第2話
暖かい…。
もうすぐ執事が朝食ができたと俺を起こしにくるだろう。いつものように目覚めの悪い俺から無理矢理布団を剥いで、準備をするように言うんだろうな。そのあと準備が終わり次第、母さんとともに食事を…。
おびただしい血とその中に倒れてる母と執事が頭に浮かび、飛び起きた。
「ここは…?」
どこかの屋敷の部屋だろうか。必要以上に物を置いてはいないが、上質だと思われるベッドやテーブル、ソファがカーペットの上に並んでいる。俺はベッドの上に寝かされていた。
「うっ。」
腹部に激しい痛みを感じた。どうやら死んではいないらしい。傷を確認すると手当がされてあった。誰が助けたのだろうか。意識がなくなる直前に感じたあの温もりは…?
色々と考えていると、ドアからノックの音が聞こえた。とっさに臨戦態勢をとる。ここがどこかもわからないのに、気を抜いてしまったらしい。
「おや。お目覚めですか。ようございました。
そんなに警戒しないでください。貴方に危害を加えるつもりはありません。」
穏和そうな笑顔を浮かべた40代くらいの身なりの良い男性がそこに立っていた。面識はない。武器も持っていなさそうだし、その男性以外人の気配もしない。
「どちら様でしょうか?」
不躾な態度だとは思う。だが、状況が状況なだけに信用することもできなかった。
「私ですか?私はここベンクール地方の領主をさせていただいてる者です。名をエリオット・ザイナールと申します。」
ザイナール。確かに彼はそう名乗った。
(彼があの有名なザイナール伯爵…。)
ザイナール伯爵は、ベンクール地方の領主である。ベンクール地方は今この国で最も豊かな地方と言って良いだろう。暴動の絶えない王都などよりよっぽど平和な土地だ。王都がどれほど揺れ動こうが決して影響の出ない土地、とまで言われるほどである。王都やその他の土地からの移住希望者が殺到しているはずだ。
「お目覚めにならないかと心配いたしました。3日ほど気を失っていらっしゃったので。」
「3日…。そんなに…。」
「はい。娘に血だらけの人が浜辺に倒れていると聞き、慌てて向かったのです。もう少し発見が遅ければ危なかったようですよ。リーベルト王国第3王子、シヴァン殿下。」
「なっっっ‼︎」
ばれている。一気に警戒を強めた。
そんな俺を見て伯爵は微笑んだ。
「先程も申しましたが、そんなに警戒しないでください。貴殿の安全は私が保証いたしましょう。しばらくはここで休養なさってください。貴殿はこの国にとっても我が領地にとっても必要なお方であるのです。この領地にいる限り、例え王や王太子の影の者であろうと、勝手な振る舞いはさせません。」
「貴方は、全て知っているのですか?」
伯爵はもう一度微笑んだ。それが全ての答えだ。俺の計画やここにくるまでの経緯。この3日で伯爵は全てを調べたのだろう。
伯爵は、俺の身分や状況などを知っているのは、伯爵自身とその執事だけということを教えてくれた。その上で一応身分や名前を偽った方がいいと忠告する。しばらく、俺はアルと名乗ることにする、と伝えた。偽りの身分の方は伯爵がどうにかしてくれるらしい。なぜ、初対面のはずの俺に対してそこまでしてくれるのかわからないが、利用できるものは利用しようとお願いすることにした。
簡単な打ち合わせの後、伯爵は部屋を出て行った。しばらくすると医者が入ってきて俺の身体の手当てをする。もう命の危険はないらしいが、しばらくは身体が思うように動かないそうだ。1ヶ月の安静を俺に言い渡し、医者は下がって行った。
ヒロインが出てこない…