おむすびころころ
霜月透子事務局長、鈴木りん福館長のひだまり童話館『ころころな話』に参加しています。
おじいさんは山へ柴刈りに行き、お昼になったのでお弁当を食べようと木の下に腰かけました。
「これを食べたら、柴を括って家に帰るとするか」
竹の皮の包みを膝に置いて、おじいさんは結んである紐をほどきます。
「美味しそうなおむすびじゃ」
朝早くから山に登って柴を刈っていたおじいさんは、お腹が空いていたので、赤ん坊の頭ほどもある大きなおむすびの一つをパクパク食べました。とても働き者のおじいさんですが、一つだけ困った癖がありました。大食いだったのです。
「どれ、もう一つ……おや! しまった」
大きなおむすびはころころ転がって、木の株の横の大きな穴に落ちてしまいました。
「食べたかったなぁ」
おじいさんは、穴の中をのぞき込みました。おむすびには海苔が巻いてあったので、多少の泥が付いても払って食べようと思ったのです。
「この穴は深いみたいじゃ」
手を突っ込んでも、おむすびは掴めません。普通のおじいさんなら、ここで諦めるのでしょうが、このおじいさんはどうしてもおむすびが食べたくて仕方がないのです。
頭を穴に突っ込んで両手を伸ばしておむすびを探します。おじいさんは、ころころと穴の中に転がり落ちてしまいました。
「あいたた……おむすびは何処じゃ? 穴の中なのに明るいのう? まぁ、ええわ。おむすびを探さなきゃ」
転がり落ちた穴の中は、おじいさんが思っていたよりも広く、それにどうやら様子もおかしいのですが、おじいさんはそんな事にかまってはおられません。
「この坂道を転がって落ちたのかのう?」
どこまでも食い意地の張ったおじいさんは坂道を下り始めました。
おむすびを探していたおじいさんは、下ばかり見ていたので、ドンと柱にぶち当たってすっ転びました。
「あいたたた……こんなところに柱があるとは??」
おじいさんは、その柱に手をついて立ち上がりました。すると上からどら声が響きます。
「なんじゃあ、お前は?」
おじいさんが柱だと思ったのは、大男の脚だったのです。
「ひぇぇ〜! 大男じゃ」
せっかく立ったおじいさんは、驚いて腰を抜かしてしまいました。恐怖で頭を抱えてブルブルと震えています。
「大丈夫か?」
大男が意外と優しそうな言葉に、おじいさんは顔をあげました。
「あっ! わしのおむすびじゃ」
大男の手には大きなおむすびがあり、おじいさんの言葉が発せられると同時に口の中にポンと入ってしまいました。
「ああ……。一口で食べてしもうた」
おいおい泣き出したおじいさんに、大男は困りました。
「そんなに泣かなくても良い。これからご飯を炊くから、食べたらええじゃろう」
大男の家は穴の中にあり、そこには五右衛門風呂みないなお釜がありました。大男は、何升ものお米をとぐと、ご飯を炊いてくれました。
「わしの使っているお茶碗では大きすぎるなぁ」
大男のお茶碗は、おじいさんは持ち上げることもできない大きさです。
「そうだ、お猪口で食べたらええ」
大男のお猪口は、おじいさんの家のお櫃ぐらいの大きさでしたが、大食らいなのでへいちゃらです。
「すっかりご馳走になりました。ありがとうございます」
大男は一人で食べるより、おじいさんと食べた方が美味しく感じたので、お土産に残りのご飯で大きなおむすびを作って持たせてくれました。
おじいさんは、柴と大きなおむすびを背負って家に帰りました。
「あれまぁ、大きなおむすびですねぇ。どうしたのですか?」
おばあさんは、山でなぜこんな大きなおむすびが手に入ったのかと不思議に思いました。おじいさんは、得意そうに、おむすびがころころと転がって穴に落ち、それを大男が食べてしまった事などを話して聞かせました。
「へぇ、そんなに大男にご馳走になったのなら、夕食はいりませんね」
「いや、あれは昼食だったのだから、夜はまた別じゃ」
食い意地の張ったおじいさんに、おばあさんは呆れましたが、お土産の大きなおむすびがあるので、おかずだけ作ってやりました。
そんなやりとりを、隣のおじいさんが盗み聞きしていたとは、大食らいのおじいさんは知りませんでした。
「あいつは馬鹿じゃ。その穴の中には米や食べ物がどっさりとあるに違いないのに、おむすび一つ貰って帰って満足しておるとは……さあ、さっさと寝て、明日は山へ行こう」
隣のおじいさんは、大食らいで働き者のおじいさんと違い、働くのが大嫌いでした。大男の所から食料を運んで来たら、当分は働かなくても良いと考えたのです。
いつもは朝寝坊の隣のおじいさんですが、今朝は大男から食糧を貰おうとの魂胆があるので、朝日が昇ると同時に起き出して、寝坊のおばあさんを叩き起こします。
「ほら、さっさとおむすびを作ってくれ。山に柴刈りに行くんじゃから」
怠け者のおじいさんが真っ当な人間になったのかと、おばあさんは喜んでおむすびを作ってやりました。このままでは、食べていけないと心配していたのです。
おじいさんは山に登ると、柴なんか刈りもしないで、穴を探して回りました。
「ここら辺の柴は刈ってある。ということは、この近くに穴があると思うのじゃが……あった! この穴におむすびを転がせば……」
せっかくおばあさんが作ってくれたおむすびを、ころころ穴の中に転がして落とします。
「後は、この穴におむすびを拾いに行って、大男の家に招待されたら良いのだな。それにしても、小さな穴だが……よっこらせ」
穴に頭を突っ込んで、おじいさんは無理矢理入って行きました。
「何だか様子が違うのう……。穴の中は広いと言っておったが、狭いじゃないか」
おじいさんは変だと思いながら、立つこともできない穴の中を四つん這いで先へと進みます。
「おお、やっと立つことができた。腰が痛くなったわ」
隣のおじさんの話と違って、大男なんか影も見えません。
「おむすびを探していたら、大男も見つかるだろう」
とはいえ、やっと立てる高さの穴で、天井に頭がつくぐらいなので、所々では中腰にならなくてはいけないのです。
「これは穴を間違えたかもしれんなぁ。大男がこんな穴で暮らせるわけがない」
おむすびも見つからないし、大男もいそうにない。骨折り損だったと腹を立てたおじいさんは穴から出ようと考えました。しかし怠け者だったので、狭い穴を抜けるのが面倒になり、少し進んだ所に見える光を目指して進みます。
「酷い目に遭った! おや? ここは何処じゃ?」
明らかに自分の知っている山ではありません。その上、秋だったのに春のように花が咲き、キラキラした羽根がある妖精が飛び交っています。
「ここは楽園かもしれんのう」
大男から食糧を貰う算段をしていたおじいさんですが、こんな綺麗な場所で暮らすのも良さそうだと喜びます。
「なぁに? このおじいさん?」
「侵入者よ!」
しかし、小さな妖精はかなり警戒心が強かったのです。小さな矢をおじいさんに射かけます。細い小さな矢ですが、何本も当たると痛いので、おじいさんは穴に潜ります。
「こんなのはこりごりじゃ。家に帰りたい」
おじいさんは穴に潜り、今度は狭い通路を抜けてやっと元の山へ帰りました。
「酷い目に遭った! 隣のじいさんに文句を言ってやろう!」
ぷんぷん怒って隣の家に乗り込んだおじいさんですが、盗み聞きしたあげく酷い目に遭ったと文句を言っても相手にされるわけがありません。
お昼のおむすびを全部転がしてしまい、穴に何度も潜ったおじいさんはお腹ペコペコです。
「おばあさん、おむすびを作ってくれ!」
家でわらじを編んでいたおばあさんは、泥だらけで帰ってきたおじいさんに驚きました。
「おやまぁ、今日はそんなに真面目に柴を刈ったのですね。どれほど柴を……無いではないですか!」
朝早くからおむすびを作って山へ送り出したおばあさんの堪忍袋の緒が切れました。
「柴を刈ってくるまで、家には入れません!」
腹ペコのおじいさんは、よたよたと山へ柴を刈りに行きました。
やっとおばあさんが許してくれそうな柴を刈りました。おじいさんは、怠け者なので、さっさと家に柴を担いで帰る前に休憩したくなり、木の株に腰掛けます。
すると、木の株の横の穴から唄声が聴こえてきました。
「おむすびころころ、すっころろん!」
自分が落としたおむすびを誰かが拾ったのだと、おじいさんは腹が立ちましたが、怠け者だし、穴に入って酷い目に遭ったので、無視して家に帰りました。
穴の中ではおむすびを何個もくれたおじいさんに感謝した小人達が、お宝をあげようと用意していたなんておじいさんは知りませんでした。
おしまい