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素晴らしい新世界

作者: Nico
掲載日:2017/07/19


不愉快なそして沈鬱な気分で車を走らせていた男は突然ハンドルを切って道を変え、会社へ戻る道から外れようとした。こんな日はどこか海にでも行って、潮風に吹かれながら寄せては返す波の音を黙って聴いていたいと思ったのだ。しかし車が車線を変更しようとすると突然車中にアラームが鳴り響いた。続いて甲高い人工音声の声が流れる。「道が違います!道が違います!会社へ戻る道は国道123号線です」

ああ、うるさい。そんなことは最初から分かってる。わかっていて会社へ帰りたくなかったのだ。

男はアラームを止めようとしたがスイッチを切るだけでは止まらないようになっていた。IDと2種類のパスワードを入力しなければならなかった。

男はうんざりし海への逃避行を諦め、車線を戻し会社に向かう。


われわれは現在全ての人がこの小型の装置を携帯している。

あらゆることを間違えることなく正確に導いてくれるのだ。予めその日一日のスケジュールを入力しておけばすべて時間通りに指図してくれる。約束に遅れそうになると「遅くとも2:32分の○○発○○行き特急に乗らないと時間に間に合いません。あと25分です!」と教えてくれる。

無論道に迷うなどということはない。常に2つの地点の最短コースを画面に表示してくれるばかりではなく、「この角を右に、次の角を左に」と、音声で教えてくれるのだ。


また例えばホームから列車に飛び込もうなどと考えると、その足取りの微妙な不安定さから測定し、これは通常の身体移動ではないと判断し、ここでも大きなアラームが鳴り響き、たちまち駅員に保護されてしまう。


無論不携帯などは許されない。所有者から10メートル以上離れるとアラームが鳴るだけでなく、駅であっても、会社であっても、店であっても、この装置こそが彼や彼女の身分を証明するのだから、これなしでは公共の交通も使えなければ会社に入ることもできない。


人々の生活から「逸脱」「すれ違い」「遅れ」「ドジ」「ヘマ」「失敗」という言葉が消えていった。


ある時、男たちは居酒屋で会社の仲間と飲んでいた。酒好きのYは、もう一杯頼もうとしたところ、「装置」に警告された。「本日の体調ではここまでで限界です。あと一杯飲むと明日の勤務に支障が出ます」それは店の端末に連動していて、C-3壁際の男性にはこれ以上アルコールを与えないことという表示が奥に表示される。


みなどこか物足りなさそうな気分で、「装置」で会計を済ませて外に出ようとしたときに、入れ違いにいかにも田舎の人らしい初老の男性がハンカチで汗を拭きながら店に入ってきた。奥で仲間たちが手招きしている。「おーい!ここだここだ!」

「なんだずいぶん待ったぞ。どうしたんだ、心配したぞ」

それを聞いた先ほどの連中は足を止めた「待った?心配した?どういうことだ?」

彼らがそばで聞き耳を立てているのも知らず、初老の男は照れ笑いをしながら仲間に詫びる。

「いやあ、すまんすまん。すっかり道に迷っちまってな。あわてて走ってきたんだ」といって汗を拭き拭き笑った。


「道に迷って・・・あわてて走ってきた・・・」

汗の中に輝く、やっとたどり着いて安心したというような安堵の笑顔を見た者は、或いは感じたかもしれない。


ああぼくたちはどこかで道を間違えたままどんなに遠くまで来てしまったことだろう・・・


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