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新婚妻の学校訪問 後編

 運動場についた。高いフェンスの向こうで、ユニフォームを着た選手たちが、右手奥にある部室前のベンチ周辺の木陰でたむろしているのが見えた。

 フェンスのあたりには、数人の女子生徒が昼休みなのに待機している。野球部のヒーローであるモテ男のファンだろう。熱心なことだ。


 普段ならいらつく状況も、うちの学校のやつらとはひと味違うお嬢様な御姉様方を紹介いただける予定の現在、俺は菩薩のような顔でスルーできる。


「こうしてみると、日差しが強いわね。野球部って大変ね」

「ですね」


 考えたら卓球部は室内で、真夏は扇風機もあるんだから気楽なもんだ。頑張れ、球児たちよ。俺は夏には彼女つくるぜ!


「お昼だし、野球部にも差し入れしにいくね」

「俺も行きますよ」


 ここまで来たら、一人ここに残されても困る。フェンスを迂回して、部室へ向かおう。と、半ばくらいで気づいたマネージャーらしき女子が、こっちへ走ってきた。


「ちょっと! 部外者は立ち入り禁止よ!」

「こんにちわ」

「え、あ、こんにちわ。じゃなくて」

「私、野球部に差し入れを持ってきたのですけど、あなたに渡せばいいのかしら?」


 ジャージの色から三年の先輩だろうマネージャーさんは、悠里さんの雰囲気にちょっと戸惑いながらも、むっとした顔で睨み付ける。


「そう言うのはお断りしています」

「そうなの?」

「フェンスに人がいたでしょう? みんな差し入れしたがってるんです。迷惑だから、一律禁止ですし、部外者は立ち入り禁止なんです。どこの誰かは知りませんが、早く出てください」

「そんな言い方、しなくても……いいんじゃないすかねぇ」


 つい口を挟みそうになって、マネージャーさんの眼光に負けて自然をそらす。こっわ。

 俺がびびってるのに、悠里さんは平然として、そうなのと頷いた。つえぇな。


「じゃあ、差し入れは諦めます。教えてくれてありがとう」

「いえ、別に」


 にっこり笑ってお礼を言われて、さすがにマネージャーも気まずそうにした。そうだそうだ。この人は顧問の奥さんだし、有象無象のファンとは違うお嬢様だぞ!


「ところで、二年生で松山優生と言う生徒がいると思うんだけど、呼んでもらえないかしら?」

「! お断りします。何度も言ってますけど、部外者は立ち入り禁止なんです。松山君のファンはあなただけではないんです! ちゃんと、フェンスの向こうで同じように見てて、それで満足してください!」


 うわちゃ。さすがに松山指定はまずい。同学年の松山こそ、現在二年でレギュラー四番を任されてる、人気のヒーロー君だ。よほどそれ関係でいらつかされてるのだろう、マネージャーさんはぶちきれた。


 だと言うのに、悠里さんは何故かぽかんとする。


「え? ファン? ……え、もしかして、あそこにいる彼女たち、松山優生のファンなんですか?」

「そうです」

「ファン、ふふっ。ファンって」


 ええっ!? な、なんで笑ってんの!?


「ご、ごめんなさい。馬鹿にしたつもりはないのだけど。ええ、はい。えっと、多分もう、私から何かを言っても説得力がないと思うから、直接呼ばせてもらいますね」


 笑われて顔を赤らめて激怒しているマネージャーにたいしても、あくまで悠里さんは微笑みながら、口元にメガホンのように手をあてた。

 って、まさか?


「ゆーうーきーくーん! もっ、てもての! ゆーうーきーくーん!」

「!? ちょっ、悠里さん!?」

「あなたね! いい加減にしてくださいよ!」


 ついにマネージャーが実力行使にでて悠里さんを押し出し始めた。あわわ、一体どうしたら。


「ま、待って。優生から聞いてほしいんだけど、私、彼の姉なのよ」

「はぁ!?」


 驚きながら部室を振り向くと、まさにその松山が走ってきた。


「姉ちゃん!? 何してんだよ!」

「ね? これで信じてくれたかしら?」

「……最初から言ってください! 松山君、後は知らないからね!」

「す、すいません、先輩」


 マネージャーさんはどすどす歩いて部室に向かっていった。松山は頭を下げてから、悠里さんに向かった。


「姉ちゃん、なに先輩怒らせてんだよ。俺が怒られんだぞ」

「ごめんなさいね。ちょっと行き違いがあって、だいぶ怒らせてしまったから、自己紹介しても嘘だと思われるかと思って」

「だからまず怒らせんなよ。で、なに?」

「学校に来る用事があったから、ついでに差し入れにきたのよ。はい、お姉ちゃんの愛を受け取ってね」


 お、悠里さんの態度が弟だとだいぶ違うな。これが素か。お姉さまっぽさが減るけど、同年代のほんわかお嬢様って感じで、これもいいかも。


「差し入れ?」

「ええ、と言っても、差し入れ禁止なのよね? 知らなかったわ。だから、これは普通に持ってかえって、家で食べてね。うちでは食べきれないから」

「身内からなら差し入れオッケーに決まってるだろ。さんきゅーな」

「あら、そうなの」


 悠里さんは鞄から3袋ほど和菓子詰め合わせを取り出して、松山に渡した。

 そうこうしていると、部室前にたむろってた部員たちがやってきた。多分姉だと断ってからきたんだろう。


「おーい、松山! 俺らにもお姉さん紹介しろよ」

「そうだそうだ」

「ちーっす、お姉さん」

「え、てか結構美人じゃね?」

「おお、お嬢っぽいよな。いいじゃん、好み」


 ガタイのいい部員に囲まれても、悠里さんは動じずに微笑んだ。


「優生の姉の、悠里と申します。みなさん、どうぞ優生と仲良くしてあげてくださいね。こちら、差し入れですから」


 そう言いながら松山に渡してた袋を一つ取り返して、一番真ん中にいたのに渡した。


「おおっ、こりゃ、ご丁寧にどうも。お姉さん、大学生っすか?」

「はい」


 そこまで話して、きーんこーんとお昼休みが終わるベルがなった。


「おっと。それじゃ、見学なら、そこのフェンスからなら自由なんで、どーぞ」

「気が散るから早く帰れよ」

「お前、ねーちゃんに対しては強気だな。おら」

「全くだ。おらおら」

「や、やめてくださいっ」


 部員たちが戻っていったので、俺らもとりあえずフェンスまで戻る。


「いやぁ、にしても悠里さん、松山の姉貴だったんすね。驚きました」

「私は、優生にファンがいることに驚いたけどね。ふふっ、ファン」


 まあ、仕方ないか。突然笑いだしてなんだ!?と思ったけど、兄弟にファンがいるとか言われてもわけわからんし。

 実際野球うまくて勉強もできて、いいやつだし多少はもてるの分かるくらいだけど、悠里さんもっと賢いみたいだし、ぴんとこないんだろうな。


「まだ見ていかれるんですか?」

「んー、どうしよう。と言うか、竹永君は、戻らなきゃいけないわよね?」

「全然余裕っすよ」

「そ、あ、ごめん。ちょっと待って」


 途中で携帯電話のベルがなり、悠里さんは俺に断ってから背を向けて電話に出た。


「もしもし、るいちゃん? …………そうなんだ、うん。よかったねぇ。……………え、今日? お買い物に行…………それなら、うん。…………あ、私、今出てて……あ、ほんとに?」


 誰かと電話しながら、どうやらこれから迎えに来てくれることになったようで、悠里さんは高校の場所を説明していた。

 電話が終わった悠里さんは振り向いて微笑む。


「ごめんなさい、お待たせして」

「いえいえ。お迎えですよね?」

「ええ。だから、もう帰ります。今日はありがとうね」

「いえいえ。ついでなんで、一緒に玄関で待ちましょう」

「え、悪いわ」

「いいんすよ、いいんすよ。ただ悠里さんは、美人なお姉さまを紹介してくだされば」


 悠里さんは俺の軽口に笑って


「私の友達は美人さんばかりだよ」


 と嬉しいことを言ってくれた。


 そして玄関で待つこと10分ほどで、すぐにお迎えがきて、俺は悠里さんの言葉は誇張や女友達特有のラインの甘い言葉ではないことを知る。


「やぁ! お待たせ、悠里!」


 迎えに来たのは、サイドカー付きの大型バイクで、ライダースーツでびしっと決めた、とてつもない格好いい美女だった。まじかっ!


 呆然と悠里さんとそのお友だちを見送り、後日悠里さんに、是非バイクのお姉さまの紹介をお願いしたのは、言うまでもない。



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