新婚妻の学校訪問 中編
「えい、よっ、とっ」
かん、こん、と玉が跳ねる音がする。顧問の奥さんが卓球を物珍しそうに見ていて、顧問がしようと誘ったからだ。お前普段用意と片付けにしか触らないくせに調子乗んなよ。
だけどそう言ってしまうと、奥さんもいい気分はしないだろうから黙って、俺らは自然と卓球を中止して奥さんを見守ることになっていた。
そんな俺らに奥さんは不思議そうに一度振り向いたけど、すぐに納得したように、顧問を向いた。初めてすぐに、奥さんがミスって顧問の顔面にあてた時は爆笑したけど、すぐに普通にラリーを始めた。
奥さんはけしてうまいとは言えないけど、いちいち掛け声をかけて一生懸命で可愛すぎる。てか、若すぎじゃね? いくつだ?
そんなことを考えていると、きーんこーんと昼をつげる金がなった。元々お昼前だったしな。
「はい、おしまい。じゃあ、お昼一緒に食べようか」
顧問は球をつかんで、にこりと奥さんに話しかけた。くそ、部活のこと忘れてんだろ。
「駄目です」
「え?」
ぷぷ。笑顔で断られてやんの。でもなんで?
「お、高文さん、ゲームしてたでしょう? お尻のポケットに入れたままよ。真面目にしないと駄目です。お仕事優先しなさい」
「う……わかったよ」
おお、若い奥さんだけど、尻に敷かれてんだな。けけ。
「じゃあ私は、食堂に行くから。みんなもごめんなさいね、お邪魔して」
「! 奥さん! 良かったら俺も食堂派だから案内しますよ!」
よっしゃあ! 今日はコンビニで昼飯買い忘れてラッキー!
「あら、気を使わなくても大丈夫ですよ? 場所はわかってますから」
「まぁまぁ!」
「ずるいぞ! 俺らも! 俺らも食堂派です!」
「嘘つけ! お前らパン買ってきてんだろ!」
基本的に食堂の飯は食べ飽きてるし、そもそも土曜日は人も少なくて、カレーかうどんしかメニューがないから基本的に皆コンビニで買ってくる。忘れたときだけ食堂だ。
揉め出す俺らに、奥さんはおっとりと頬に手をあててた。顧問が眉をしかめて俺らを向く。
「こら! 喧嘩はやめないか! 悠里ちゃん、ほら、揉めてるし、食堂なら僕も行くよ。お昼休みなんだから」
「いけません。私が何のためにお弁当を届けたと思っているの? 皆さんも、喧嘩をしないでください。最初からお昼を持ってきていなくて、食堂に行く予定だった方はいらっしゃる? もしそうなら、私でよければご一緒しましょう」
「はい! 俺だけです!」
いやっほぅ!
顧問の奥さんってことはわかってるが、それでもこんな美人さんと二人で食事とか超ラッキーだぜ! ついでに顧問の弱味もさぐってやるぜ。くくく。
奥さんと二人で部室を出る。
「奥さん、俺、竹永政人です」
「竹永君ですね。私のことは、悠里と呼んでください。奥さん、なんて、おかしいわ」
「じゃ、じゃあ、悠里、さん?」
「はい」
「! じゃあ、悠里さんも敬語やめてくださいよ。年上なのに、変でしょ?」
「そうですか? まあ、そうね。じゃあ、そうします」
「敬語になってますよ」
「あら。ふふ、まあ、いいでしょう」
あれ、何か強引に流された。おっとりしてるけど、顧問にびしっと言ってたもんな。気は強いのかも。気を付けよう。
食事には、予想通り殆ど人がいない。
悠里さんはうどんを頼んでいた。俺はカレー。
「あ、そうだわ、竹永君、悪いのだけど、私さっき、差し入れを渡すのを忘れてたの。後で、部室に持ってかえってくださらない?」
悠里さんは食べ出す前に、私が戻ったらまた高文さんが構ってくるからと言って、鞄から荷物を取り出した。
「わー、あざっす! これは……饅頭っすか?」
「ええ。本当はスポーツドリンクにしようかと思ったのだけど、重いんだもの。疲れた時には甘いものもいいと思って」
「全然いいですよ! 嬉しいです!」
水なんかは最悪水道水でもいいが、饅頭はそうもいかない。何より、我が卓球部に差し入れなんて、大会の時の母ちゃんのお弁当くらいだ! 甘味の差し入れ立ってだけで、ウルトラ嬉しいに決まってる!
「差し入れって初めてだから、色々悩んだのだけど、喜んでもらえてよかった」
受け取ってから昼飯開始だ。
ちょっとは悠里さんの固さもほぐれてきたっぽいし、色々聞いちゃおっかなー。
「あの、悠里さんて、お若いですけど、いくつくいなんですか? あ、嫌なら全然、答えなくてもいいんすけど」
思わず一番気になってたことを聞いてから、慌てて様子をうかがう。こう見えて顧問と同い年とかなら、かなり失礼な質問だよな。
だけど悠里さんは慌てることなく、微笑んで答えてくれた。
「構いませんよ。今大学生で、19歳なの。年が離れてるから、気になりますよね」
「だっ、じゅ、19!?」
「あら、見えない? もしかして私、フケてみえる?」
「や! や! 若いです! けど、若く見えるけど、やっぱり、びびります」
嘘だろ。19って、俺と2個違いなだけじゃん。なんで顧問なんかと結婚してんだよ。しかもまだ大学生って。
「ふふ、まー、驚くよねぇ」
悠里さんはおどけて笑う。そう言う砕けた口調を聞くと、あ、確かに同年代だと思わせる。
だけどそもそも、そんな同級生みたいな口調でも、話し方がいちいちおっとりしていて、お嬢様オーラはんぱない。どうやって知り合ったんだ。
「な、馴れ初めとか、聞いてもいいっすか?」
「家が隣だからねぇ」
それだけ!? くっそ! くっそ、なんで俺の隣の家はじじばばしかいないんだよ!
「あ、てか、大学ってどこすか?」
悠里さんはふぅふぅとうどんを食べて、飲み込んでから控えめに微笑んで答えた。その大学は俺も名前を知ってる、偏差値高いお嬢様大学だった。
「ま、まじすか? あそこ、そうとうお嬢様しか入れませんよね? 学費もやばいし。大学からですか? 初等部もあるんすよね?」
「ああ……えっと、中等部からだけど、私は別にお嬢様じゃないわよ? その……と、特待生、だから」
「!? はぁ! まじすか!?」
特待生って、頭いいってことじゃん! まじか! それ、そんな恥ずかしそうに言うこと!? もっと自慢しろよ! 謙虚すぎんだろ…………顧問と、全然釣り合わなくね?
いや、だって顧問とか、嫌々顧問になったのまるわかりで、大会や道具とか、そう言うのはちゃんとやるけど練習中はゲームしたりして全然指導もしないし、ふっつーのおっさんじゃん。
こんな若くて美人なお嬢様っぽい賢い人とか、どう考えてもありえねー。幼馴染みってだけでずりぃ!
「じ、自慢したみたいで恥ずかしいな。もうこのお話はおしまい。はい、ご飯も食べ終わるしね」
そう言いながら悠里さんは最後の一口を口にいれた。俺はとっくに空になってる。
「ごちそうさまでした。よし、じゃあありがとう、竹永君」
「もう帰るんすか?」
「んー、野球部の見学をしてから帰ろうかと思ってるんだけど」
うちの野球部は結構強いらしい。あんま興味ないけど、確かにクラスメートが野球部で、今年は甲子園行くぞって気合いいれてたな。
「じゃあ、俺も昼休みまだありますし、行きますよ」
「ん、嬉しいけどいいの?」
「もちのろんすよ!」
考えたらまだ弱味聞いてないしな!
悠里さんを連れて運動場へ向かう。道すがら、自然を装って聞いてみた。
「悠里さん、ところで顧問なんすけど、なんか弱味とかあります?」
「え、弱味? うーん、と、私? なんて、ふふ、違うわよね」
いや、確かにそりゃ、人質にするには一番の弱味かも知れないけど、そう言う弱味じゃなくて。つーか可愛いな! こんな人妻ありか!
「えーと、どうして弱味が必要なのかしら?」
「顧問、めっちゃ不真面目なんで」
思わず素直に答えると、悠里さんはむっと眉を寄せた。しまった! 相手がほんわかしてるから口が滑った!
「そうよね、本当にそうだわ。お、高文さんたら、教師になりたかった、なんていつも言っているくせに」
あ、良かった。俺に怒ってるんじゃないや。
「いいわ、高文さんが不真面目なら、私にどんどん言ってちょうだい。メルアド交換しましょう」
「まじっすか」
「大まじよ」
まじか! メルアドゲットしちゃった……ぐふ。
「あの、悠里さん。ついでに、その、お友だちとか、紹介してもらったりとかなんとか……お願いできたりします?」
恐る恐る聞いてみると、悠里さんはきょとんとしてから、ちょっとだけ悪戯っぽく笑う。
「いいよ。でもあくまで、みんなで一緒に遊ぶ、くらいだけど」
「全然いいっすよ! 悠里さん最高!」
ひゃっはー! 今日はウルトラハッピーデイだぜ!!