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新婚夫婦と読ちゃん 後編

「それにしても、ずいぶんと、その、変わった子だったね」


 タクシーを見送って部屋に入り、お兄ちゃんは言葉を濁してそう言った。


「まあ、そうとしか言いようがないね」

「でも、いい子だね」

「んー、私としては、読ちゃんこそ、いい子になってほしくないんだけど。エキセントリックで偉そうで意味不明な読ちゃんが好きだから」

「……君ら、ほんと仲がいいよ」


 まあ、仲はいいよ。


 その後、お風呂に入ったりしてから就寝前、ベットに揃って寝る。もちろん一つのベットだよ。


 いつものようにお兄ちゃんと寄り添ってお布団に入る。そろそろちょっと二人だと暑くなってきたから、早めの上布団の交換を視野にいれようかな。でもまだ気候が安定してないからなぁ。


 お兄ちゃんはベットにはいったまま、サイドテーブルに手を伸ばして、文庫本を読み出した。

 知的なお兄ちゃん素敵、とそうだ。一回お兄ちゃんにも話しておこう。


「そう言えばお兄ちゃん、今話せる?」

「ん? なに?」


 お兄ちゃんはすかさず文庫本に栞をはさみ直して、私を見てくれる。


「呼び方なんだけどさぁ。私、ずっとお兄ちゃんって呼んでるじゃない? 変えた方がいい?」

「んー? まあ、確かに、今はよくても、悠里ちゃんが学生でなくなったらさすがに、世間からみて兄弟仲良すぎって思われるかもね」

「うん。たまに、ウエイトレスさんにえって顔されるもんね」

「そうだっけ」


 お兄ちゃんってあんまり回りのこと見てないよね。その分私のこと見ててくれてるんですけどねっ。

 お兄ちゃんは私の頭を撫でながら、うーんと唇をひいてから、口を開く。


「でもなぁ、今更他の呼び方なんて」

「高文君、とか、どうかな?」

「……たまに君が冗談で言うのは良いけど、改められると、何だか恥ずかしいね」

「うん、私もそうだけど。でも高文さんはなしでしょ」

「まあ、さっきの掛井さんは普通にしてたけど、よほど改まった場面でもないと変かな。少なくとも悠里ちゃんが使うと変」

「どーせ、読ちゃんみたいなガチお嬢様じゃないですよーだ」

「すねないすねない。お嬢様じゃないけど、僕のお姫様だから」

「……言ってて恥ずかしくない?」

「……のってくれないと恥ずかしい」


 のってあげてもいいけど、ちょっと、うん。照れが先に立った。さすがにお姫様はちょっと。でも仕方ないなぁ、のってあげるか。


「じゃあ、お兄ちゃんは、王子様ね。王子様って呼ぼうか?」

「お、いいね」


 ……まじかっ! えー、えー……忘れてた。この人、割りとメルヘン好きだった。く、い、いいや。どうせ、今だけだ。

 私はお兄ちゃんに抱きついて応えてあげる。


「王子様大好きっ」

「可愛いね、僕のお姫様」

「……」


 こ、困る。お兄ちゃんの態度と声音にときめく心が半分、本気のお姫様発言にひく心が半分で、反応に困る。


「悠里ちゃんは、照れ屋さんだね」


 ポジティブに解釈された。お兄ちゃんたら前向きさん。


「んー、えーと、うん。あと、呼び方はやっぱり、高文君でいくね。他に考えると、高君とか文君とか、あだ名はちょっと恥ずかしいし」

「僕はそれでもいいけど? 通行人に聞かれてもおかしくなければいいんだし」

「うーん、あ、そう言えば読ちゃんが……」


 言いかけて、これお兄ちゃんに言うのはより恥ずかしいなぁと言いよどむ。お兄ちゃんは私の頭を撫でながら促してくる。


「掛井さんがどうしたの?」

「んーと。どうせ、子供ができたらお父さんお母さんになるんだし、無理しなくてもいいんじゃない、って……さ、さすがにまだだしねっ」

「そう? 僕は、すぐでもいいけど? 一年休学させちゃうのが、申し訳ないけど」

「もうっ。駄目よ」


 お兄ちゃんはぎゅっと私を抱き締めてくる。とっても強い力で、お互いの体の感触がわかって、どきどきしてくる。


「お兄ちゃん、元気だね」

「そりゃあもう」

「じゃあとりあえず、今夜のところは高文君でやってみようか」

「いいんじゃない?」

「あ、子供は絶対まだだから」

「わかってるって。それに、もし子供ができても、名前で呼びたいしね」


 お兄ちゃんは私を抱きしめながら、キスをした。








「読ちゃん、おはよー」


 翌日、見掛けた読ちゃんに声をかけると、読ちゃんは妖艶に微笑んで、私に近寄ってから挨拶を返してくる。


「おはよう。昨夜はお楽しみでしたね」

「!? な、なな、なに言ってるの!?」

「あら? 私は昨日、お宅訪問させていただきて、楽しかったわねと言っただけよ? でもその様子では……ふふ」


 嘘つき! お楽しみでしたねって、明らかに違うし! て言うかまたかまかけられた!

 うー、楽しそうな顔して、この、この


「読ちゃんの性格ぶす」

「ひどいわ。傷つくわ。でもわざわざ性格、と言うことは顔は美人だと逆説的に誉めているのかしら? もっと罵ってもいいわよ」 

「もうっ。ドン引きだよ。と言うか、何でそう言うかまかけるのさ」

「昨日、子供の話をしたじゃない? そうなったら面白いなと思ったのよ」


 ぐ、確かにそこからそんな感じになったけども。て言うか読まれてたの? 恐いわぁ。


「言っておくけど、別にその話のせいでお兄ちゃんとって訳じゃないからね」

「あら、結局呼び方はそのままなのね」

「ん……まあ」


 高文君高文君と昨夜連呼した際に、ついつい私が年上なノリで、ちょっと色々楽しかったけど、その分目が覚めてから高文君って言うとちょっと思い出しちゃう。

 とは言え、今はどきどきするから封印してます、なんてばか正直なことを言えるわけない。


「まあ、その内徐々に慣れたら変えていくよ」


 授業受けて頭を切り替えたら大丈夫だし、高文君は明日からだ。


「おはよう、悠里、読」


 話していると、後ろから足音と共に声をかけられた。葉子ちゃんの声だ。振り向くと、葉子ちゃんは私の隣に来た。


「あ、おはよう、葉子ちゃん」

「おはよう、葉子君」

「? おはよう、読君?」

「きゃっ、読君だって! ちょっと悠里さん聞いた!?」


 首をかしげながら、改めて挨拶しなおす葉子ちゃんに、読ちゃんはテンションあげて私の肩をばんばん叩いて喜んだ。

 痛いです。


「読ちゃんはほんと、葉子ちゃん好きだよね」

「ええ、愛してるわ」


 読君呼びで緩んだ顔から、きりっとした顔になって即答する読ちゃん。君、昨日葉子ちゃん好みでなくなったとか言ってなかった?

 そこまで言ってないか。


「あ、でも勘違いしないでちょうだいよ? 愛してると言っても、そう言う意図ではないから」

「?」

「そう。よかった」


 私の微妙な表情に、昨夜の会話から気づいたのか、読ちゃんははっとしたようにそう断った。

 葉子ちゃんは不思議そうにしたけど、すぐにスルーした。


「悠里、明日の約束覚えてる?」

「ええ、もちろん。楽しみね」

「うん」

「え? なになに、私何も聞いていないわよ?」

「あれ、言ったよね。るいちゃんが大会に出るから見に行くって話だけど」

「ああ……ごめんなさいね、葉子さん。朝一からだから、私の予定では行けないの」

「そう。終わったあと、遊ぶよ?」

「! それは午後からでも参加してってお誘いよね?」

「うん」

「もちろん行くわ。全ての予定を放り投げて行くわ」


 まず午前中の予定を放り投げてないよね。それでいいんだけど、読ちゃんも大概調子いいなぁ。

 私は苦笑しつつ、1時限目の教室へと向かう。読ちゃんは1時間目は別の階の教室だ。途中で別れるんだけど、別れ際読ちゃんは振り向いた。


「あ、そうそう。悠里さん、昨夜言い忘れたのだけど」

「え、なに?」

「一応、気にやまれたら嫌だから言っておくけれど、昨夜のはセカンドじゃなくてサードキスだから、気にしないでいいわよ」

「……気にするよ!」


 まず放課後までの間に、いつどこで誰とセカンドキスをすませたのさ! と言うかだから、私のをカウントするな!


 私の言葉を無視して、読ちゃんはウインクをしながら立ち去った。自由すぎるよ!


 その後、私とお兄ちゃんの関係を認めた読ちゃんからは、なにくれと話を聞こうとしてきたり、下世話なプレゼントをくれたりするのだが、それはまた別のお話である。


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