新婚夫婦と読ちゃん 中編
「ただいまー」
「お帰りなさい、あ、な、た」
「……た、ただいま帰りました」
「ちょっと読ちゃん! 止めてよ。マジで! マジでやめて!」
帰ってきたお兄ちゃんに、読ちゃんが笑顔で迎えにいったけど台詞! ちょっといい加減にしろ!
お兄ちゃんのことに関してはちょっと冗談ではすまない。お兄ちゃんは私の何だから。二人の時に冗談で話してるのとはレベルが違う。
「わ、悪かったわよ」
肩をつかんでマジギレすると、さすがに読ちゃんもドン引きしながらひいてくれた。
全く。お兄ちゃんは私を愛してるけど、読ちゃんの美人っぷりは私でもくらっとくるほどなんだから、勢いでキスくらいしてもおかしくないレベルだ。自重してよね。
「ちゃんと、約束通り猫を被るから安心して。じゃあ改めてお兄様、お帰りなさいませにゃん」
「読ちゃん! 可愛いすぎるのは罪だよ!」
猫を被る意味が違うし! しかもポーズ付きで、ガチで可愛い! 初対面で中身を知らなきゃ抱き締めるよ!?
「お、お兄ちゃん! 騙されちゃ駄目だにゃん! 読ちゃんは、ちょっと頭おかしいにゃん!」
「そうだね、何だかよくわからないけど、悠里ちゃんは可愛いよ」
「お兄ちゃん……」
この人滅茶苦茶混乱してるわ。駄目だ。収集をつけなきゃ。
「落ち着いて。まずはドアを閉めましょう。そして部屋に入って。読ちゃんは反省して」
「逆立ちはパンツ見えるから嫌よ」
「正座でいいから」
「正座は足がしびれるから嫌よ」
「しびれろ」
「あら、いつになく強い御言葉ね。しびれちゃうわ。これでいい?」
……ふふっ。じわじわきた。やばいなぁ。読ちゃん、ほんと好きだわ。
もう、怒ってるのがどうでもよくなる。そもそも、逆立ちとかどこから発想くるの。
「うん、いいよ」
「いいんだ」
「とにかく、入って入って」
玄関先でいつまで話してるんだ。お兄ちゃんの上着と鞄を受け取る。読ちゃんがさすが新婚ね。よっ! 新婚! とか訳のわからないことを言ってきたから、新婚! 新婚!と合いの手を返しておいた。
「君たち、若いねぇ」
お兄ちゃんがネクタイを外しながらしみじみ言った。読ちゃんもいるので、寝室の戸を閉めて着替えてもらってる間に机に並べていく。
「高文さん、改めてまして私、悠里さんの親友の掛井読と申しますわ。以後よしなに」
「これはご丁寧に。僕は秋吉高文。よろしくね」
「はい」
今更普通に猫を被る読ちゃん。まあ、いいか。
猫を被った読ちゃんと夕食を食べる。
今更猫被っちゃってーと突っついても、全く動じずに、あらなんのこと、とさっきまでのおちゃらけた会話をガン無視して、何もなかったことのように言える読ちゃんはすごい。
夕食を終え、片付けも私お手伝い、読ちゃんママ主導のもと行った。そしていきなり猫を脱いで、よっこらしょとソファにあぐらをかいた。お嬢様猫どこいった。
「ふー、さて、じゃあ一息ついたところで、高文さん。食事が終わったから自重しないけど、悠里さんのどんなロリコンなところが好きなの?」
「ぶふっ、よ、読ちゃん? おかしいこと言ってるよ?」
「ええ、何を言うのよ悠里さん。私はいつも、おかしいわ。とにかく答えてくださいな」
「うーん、まあ、全部好きだけど、あえて言うなら、優しくて、人のために行動できて、真面目で、可愛いとこかな」
「お兄ちゃん……」
読ちゃんの唐突さには驚いたけど、まあ恋人いじりには鉄板の質問だ。はにかんで私を称えるお兄ちゃん可愛いし、内容にもきゅんきゅんしちゃうよぅ。
「なるほど、へたれでパシり体質なところね」
「読ちゃん……私のこと嫌いでしょ」
「いえ、愛してるわよ。キスしてあげましょう。ほらほら」
「いやいい……ほんとにしないでよ」
ええー? 何この子。またキスして来たんですけど。しかもお兄ちゃんの前で。いや、二人きりならいいってもんじゃないですけどね。
嫁のまさかのキスシーンを見せられたと言うのに、お兄ちゃんは平然と微笑んでいる。
「二人とも、本当に仲がいいね」
「……つまらないわね。嫉妬しないのですね」
「いや、女の子同士だしね。本気じゃないのは見てわかってるし」
「ふーん? 案外と、いい人なようね」
「失礼だなぁ。て言うか、なんなの? 読ちゃん今日テンションおかしくない?」
読ちゃんが実は私のこと……って言う訳じゃないのはわかってる。て言うか、私が結婚して絶対ないから安心して絡んできてるのはわかってる。わかってるけど、構内で読ちゃんはガチだと思われてるし、まさかの私が恋人説まであると友達から聞かされてる。
勘弁してほしい。読ちゃんは綺麗で可愛くて賢くて、ぶっとんだ性格が大好きだけど、例え男でも絶対恋人にはしたくない。親友が一番だ。
「あんまりガチっぽくしてほしくないんだけど。本気で私に気があるのかと思われるよ」
「失礼ね。私、悠里さんのことは大好きだけど、恋人にするなんでごめんだわ。もっと尖った人がいいわ」
「それはわかってるけど、て言うか、読ちゃんより尖った人なんている?」
独創的で他に類を見ない、特徴的な尖った人だよね。個性的な人は数いれど、読ちゃんのような人は見たことない。
「全く、重ねて失礼ね。だいたい、悠里さんが私を思っているよりずっと、私は常識的な普通な人だわ」
「えー?」
「冗談を言うのが好きだから、あなたはそう思うのでしょうけど」
「まぁ」
冗談なのか本気なのかわからないし、冗談としても尖りすぎてると思います。て言うか、尖った人、なんてよくそんな表現でてくるね。読ちゃんにぴったりで驚くよ。
「私より、葉子さんの方が尖ってるくらいよ」
「うーん、そうかなぁ」
「勉強だってやる気がなくて、絵がうまいのにコンクールにも興味がなくて、回りに関係なく、自分のしたいことをしてるじゃない」
「大分改善されたと思うけど」
「そうね。あなたの余計な努力でね」
「余計って」
「悪い意味ではないわ。誤解しないでちょうだい。あなたのことは好きだから、今からちゃんとわかるように言葉を重ねます」
読ちゃんはいちいち言葉が悪意的だ。その癖どや顔だし。
確かに葉子ちゃんは変わり者に入るかも知れないけど、ちょっと無口なだけで優しくて可愛い子だ。エキセントリックな読ちゃんとどちらが変わってるかと言えば、どう考えても読ちゃんだ。
読ちゃんは私がちょっとむっとしたことで、なんと説明しようかと少しだけ視線を右上にそらしてから、にこりと微笑んだ。
「葉子さんは社交的になったわ。それは世間を生き抜く上で必要なことよ。だけど、それは個性を殺すと言うことでもある。大人になれば、公私を使い分けて当たり前だし、これは当たり前の成長だわ。だけど、私の好みで言うなら、残念なことだわ。そういう意味よ」
「そういう意味でなら、余計に自分を褒めてあげたいよ」
読ちゃんと葉子ちゃんがくっつくとかやめて。葉子ちゃんの相手はもっとストレートに思いを伝えてくれるような、気持ちのいい人がいい。
「とにかく、私は普通よ。今日だって、こうして親友の旦那様がどんな人か、見定めに来たんじゃない」
「……え?」
「何を驚いているのよ。何の意味もなく、会いたいと言い出すと思っているの?」
「え、て言うか、今更?」
付き合ってるのはもうずっと付き合ってるのに?
「恋人と旦那は違うわよ。10も年上と結婚したんだから、見ておかないと。と言うか、気づいていなかったの? 親友として普通でしょう?」
「……いやぁ」
確かに、言われてみればそうかも知れない。友達が結婚した? いったいどんな人だろうと思って普通だ。だけど、読ちゃんだよ? そんなこと考えてるなんて想像もしなかった。
今も正直半信半疑だ。またまた、そんなこと言って、建前でしょ? 裏があるんでしょ?
「疑っているわね、悲しいわ。と言うわけで高文さん、試すような真似をしてごめんなさいね。謝れと言うなら逆立ちしてパンツをお見せしましょう」
「いらないよ。試されるのにも慣れてるしね。悠里ちゃんを気にかけてくれて、ありがとう」
お兄ちゃんがさらりと返すと、読ちゃんは一瞬パチリと瞬きしてから、笑みを深くした。
「悠里さん、なかなかいい人をゲットしたわね。認めてあげてもいいわよ」
「読ちゃんはナチュラルに失礼だよね」
「悠里さんほどではないわよ」
読ちゃんはそうして、騒ぐだけ騒いで帰っていった。夜遅いし送ろうかなと思ったけど、普通にタクシーよんでた。お金持ちめ。
それにしても、見極めるとか言って、わたしの好きなところを聞いて、私にキスしただけじゃん。その反応を見てたんだろうけど。確認方法まで滅茶苦茶だなぁ。