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聖†薔薇戦姫団  作者: 猫公爵
ヒルシュフェルト編
9/33

疑惑の招待状(3)



 兄アーベルを連れ出そうとした事で、父アルフォンスによりアリーセは自室での謹慎を云い渡された。

 今日一日、兄と会う事は出来なかった。アリーセにとってそれが何よりも残酷な事なのかは、非情な父には解るまい。

 しかし――

 あれは何だったのだろうか。

 気を失う直前に見た、父の紅い眼光。兄に会えない事もそうだが、父のあの眼の事も気になって仕方なかった。

 見間違いでは無い事は確かである。

 明らかに父の眼は紅く光った。その直後に彼女は気を失った。

 関係が無いとは云えない。あの時の気絶は父の眼光によるものだろう。

 ――ふと、外で物音がした。

 こんな夜更けに何事だろうと、アリーセは窓のカーテンを微かに開け、隙間から外を眺めた。

「あれは、お義兄様?」

 義兄のカールが馬車に丁度乗り込む場面を目撃する。

 彼だけではない。

「お姉様に、お父様も?」

 姉のアンネローゼと父のアルフォンスも一緒のようだ。同様に馬車に乗り込む。

 更には、驚くべき人物の姿が――

「お、お兄様!?」

 兄アーベルだ。彼も先の三人と同じく、馬車に乗った。

 直後、御者によってドアが閉められる。

 アリーセ以外の家族を乗せた不審な馬車が、夜闇へと消えて行く。

「どういう事ですか。これは……」

 アリーセの知らぬところで自分の家の者達が何かをしているようだ。

 父や姉、義兄はともかく、兄アーベルまでもが、アリーセに秘密にしている事があるのだろうか。

 仲間外れにされたような、裏切られたような、そんな気分になった。

 否――

 アリーセは首を振るった。

「お兄様を何処へ連れて行く気なのでしょう。お兄様は病気だというのに!」

 かく云うアリーセ自身も昨夜は、病気の兄を連れ出そうとしたのだが……。彼女は自分の事を棚に上げていた。

 目が虚ろになる。

『アリーセ、あいつ等酷い家族だよなぁ? お前の時は酷く叱っておきながらあいつ等はあいつ等で兄貴を連れ出すなんざなぁ?』

 足元に、ウサギさんが現れる。

「……ええ……。お兄様を何処へ連れて行こうというのです。私の時は酷く怒ったのに……」

 歯軋り。

「追いかけましょう、ウサギさん。お兄様を連れ戻さないと!」





 門番が、招待状を確認する。

「どうぞお入り下さい」

 そう云い、仮面を纏ったヴィオラを中へと通した。

 暫く歩いたところで、彼女は眼前の巨大な迎賓館を見上げる。かつてはデンメルング帝國の前身だった王国の王家の離宮だったそうだ。今でこそ王族が住まう事は無くなったが、今も尚もその荘厳な外観は当時の威厳を放っていた。



 会場の大広間へと足を運ばせると、ヴィオラは眩暈を起こしそうになった。

 仮面の来客達は上流階級の服装をしている者が多かった。組織の提供する不老不死技術――所謂ヴァンパイア化を有難がるのは欲深い貴族に多く居るのだろう。

 此処に集った者は、その殆どが彼女にとっては"敵"も同然である。

 中にはシェーンハイト家のように、貴族の仲間入りを果たした新参の貴族も居るのかもしれない。寧ろ、この仮面舞踏会――という名目の組織の品評会はそのような新参者を"試す為の場"なのだろう。彼等の貴族社会への忠誠心を問い、跪けば正真正銘の闇の眷属の一員となり、意にそぐわなければ粛清という名の毒牙にかけるといったところか。

 会場に流れるワルツがまるで精神を狂わす洗脳曲のように聴こえてならない。聴き入ったが最後、彼等の思惑や欲望に飲み込まれてしまいそうだ。

 その曲に乗り輪舞を踊る仮面達。彼等は操り人形だ。貴族社会の(ルール)を何の疑いもせず、放蕩で享楽的なその悪しき習慣に身を委ねる愚者共だ。

 会場の全てが、ヴィオラには嫌悪の対象でしかなかった。

 忍ばせた手鏡をちらりと覗く。

 自分と僅かな人間以外、後は誰も映っては居なかった。肉眼では所狭しと人々がひしめき合っているが、真実の世界ではがらんどうである。

 ヴァンパイアは、鏡にその姿を映す事が出来ないのだ。

 此処は正に、伏魔殿以外のなにものでもない。

 ふと、ヴィオラは鏡の中で"ある異形"を見つけ、目を留めた。思わず眉を顰め、今度は自ら天井――天窓を見上げた。

「ヴァンパイアでは……無い?」

 小声で呟く彼女の表情が、いつに無く険しいものとなった。





 仮面を纏ったツインテールの少女は、普段着慣れないドレスに苦戦していた。

「うーん。丈が長過ぎたかなぁ? 歩き辛いったらありゃしないよ」

 そう云いながら、スカートの裾を微かに持ち上げ、足元を確認する。

 彼女の隣に立っていた右目の塞がれた仮面を被った癖毛の少女が、周囲を警戒するような眼で見渡しながら、

「アレなら……。きびきび動いてるじゃない……」

 そう囁くように云った。

「アレはほら、これとは何か違うんだよね。空気みたいに軽いと云うか、着ているって感覚が無いって云うか。要は、裸と同じ感覚?」

 あははと笑いながら答えるツインテールの少女。一方の片目の少女は、無言で周りの様子を窺うだけだった。

 会場は既に多くの来客で賑わっていた。その誰もが、素顔を隠す仮面を纏っている。端から見れば無機質で気味の悪い光景だ。談笑し合っている男女が居るが、果たして仮面の下では本当に笑っているのだろうか。こうして表情の解らない仮面を被り、自身の本音を隠しながら相手と語り合う事に何の意味があるというのだ。

 気前が良いのは上辺だけで、その裏側はどす黒い貴族社会を、そのまま表現しているようにも見える。

「仮面……舞踏会、ね……」

 片目の少女は納得するように、そう呟いた。

 ふと彼女の視界に、人混みに紛れるブロンドの少女の姿が映った。思わずその少女に目を留める。

「あれは……」

 明らかに周囲の者とは違う何かが、その少女から感じられた。得体の知れない異質なものでは無い。何処か懐かしい、そんな雰囲気であった。

 少女の姿を目で追っていると、眼前を遮る者が現れた。顔を上げる。

「一緒に踊ってくれませんか? フロイライン」

 そう云い、手を差し伸べてきたのは仮面の貴族の男性だった。反射的に険しい眼となり、一歩引く片目の少女。

 二人の間にツインテールの少女が割って入った。

「ああ? 気安く話し掛けてんじゃねーよ!」

 ドスの利いた声で男を威嚇する。仮面の目穴から覗く彼女の釣り目が彼を睨み付けていた。

 すると男は怯えながら後退り、逃げるように去って行く。その背を見遣りながら、中指を立てる。

「この程度で恐れ成して逃げるなんてね。貴族の男もちょろいもんだねぇ」

「見失った……」

 人混みを眺めながら片目の少女が呟く。

「へ? 何が?」

 目を丸くするツインテールに、彼女はこう答えた。

「遠い昔に見た……夢で会った子よ……」



「なあ、俺って場違いじゃね?」

 ロルフが唐突に云い放つ。

 優雅な音楽が流れ、優雅に踊る仮面達。明らかに普段着に仮面を被っただけのロルフは、場の風景で浮いている。

「すまん、ロルフ君。君の衣装を用意する時間がなくて」

 フェルンバッハ卿が詫びた。

「まあ、良いけどさ……。これ、本当に先生の仇居るのか?」

「あくまで可能性としか云えん。だが……」

 卿が手鏡を取り出した。

「覗いてみろ」

 云われるがまま、卿の持つ手鏡を覗き見た。鏡の中の会場内は、ほぼ無人に等しい。参加者の大半は人間では無い。

「――! おい、これ……。殆どの連中が映っていないぞ」

 周囲に聴かれないよう、小声で云う。

 卿も辺りを見回しながら急いで鏡を懐に仕舞う。

「ああ。とんでもないところに来てしまったようだ――」

 卿はそう呟きながら息を飲む。

「だがはっきりしたな。これは只の仮面舞踏会ではない」

「ああ」

 卿の意見に同意だった。

「それにしても、一体何があるのかな? 只のヴァンパイアの集まりってわけでも無さそう」

 フィーネが不安げに述べると、卿が彼女の背に手を回した。

「フィーネ、離れないように。バラバラになっては危険かもしれん」

「うん」

 頷くフィーネ。

 すると、不意に背後から何者かが声を掛けてきた。


「ねえ、あんた達」


 即座に振り返り、身構えるロルフ。そして卿とフィーネ。

 すると、声を掛けたドレス姿のツインテールの少女は、驚いたように両手を僅かに上げたのだった。その隣には、右目が塞がれた奇妙な仮面を被った、癖っ毛の少女。

「……おっと、何か物騒そうな立ち振る舞いだねぇ」

 と、ツインテールの方が云う。その口ぶりと声色から、気丈そうな雰囲気を与える少女だった。

「誰だあんた。いきなり俺達に話しかけるなんて。まさか、さっきの聞いていたか?」

 ロルフは警戒する眼でツインテールの少女を見据えた。

「大丈夫だ。ロルフ君。彼女達はヴァンパイアでは無い」

 そう否定した卿は、いつの間にか取り出していた手鏡を再び仕舞った。それでヴァンパイアかどうか確認したらしい。

 胸を撫で下ろすロルフ。

「なんだよ、ビビッて損したぜ」

「あんた達も人間みたいね。何故こんな場所に?」

 と、少女が訊ねてきた。それはロルフ側もそうだった。

「そう云うあんた達こそ。俺達も訊きたいな」

 ツインテールの少女は、癖っ毛の少女と一度顔を見合わせた。癖っ毛の少女が頷くと、ツインテールがロルフに向き直った。

「ここで話すのはちょっとマズイかもね。場所移そう」

 尤もな意見だった。ロルフ達は頷いた。



 二階のバルコニーに場所を移し、ロルフ達はツインテールと癖っ毛の少女に自分達がヴァンパイアハンターである事を説明した。

「へぇ。あんた達、ヴァンパイアハンターだったの? 面白い事してるねぇ」

 ツインテールの少女は興味津々と云った様子だった。

 フィーネが彼女達に自己紹介する。

「フィーネ・フェルンバッハです。そしてこちらが私のパパのエドゥアルト・フェルンバッハ。そしてこちらが――」

 ロルフが一歩前に出る。

「ロルフ・フックスベルガーだ」

 そう微かに礼をした。

「ロルフ・フックスベルガー? ってあの?」

 ツインテールの少女が彼の名を確認するかのように反復する。

「……何だ? 俺を知ってるのか?」

 ロルフが訝しむと、その少女は被っていた仮面を外し、

「ウチの子達からあんたの話は聞いてるよ。あたしはリリー・エルンスト。孤児院の院長先生やってるんだなぁ、これでも」

 その釣り目でロルフを物色するように見つめてくる。

「孤児院……。エルンスト……?」

 直後、ロルフは思い出したように手をぽんと叩いた。

「ああ! あいつ等の孤児院か! あのガキ共の!」

 ハイデマリーに群がっていた子供達の事だ。彼等は孤児として孤児院に引き取られた子達である。それにしても、その孤児院の院長がこのような少女だったとは。年齢的にもロルフとあまり変わらない。ヴィオラとも同年代であろう。

「にしても、院長先生ねぇ……」

 訝しげに呟くと、リリーはそれを疑われる事に慣れているかのように、呆れながら云った。

「いろいろとあんのよ。やむを得ずならざるを得なくなったというか。まぁ、嫌じゃないけどね」

 そして隣の癖っ毛の少女に目を遣りながら、

「で、こっちがヘルガ・メーリヒ。ウチの居候」

 その少女を紹介する。

 リリーに促され、ヘルガと呼ばれた少女は仮面を外し無言で会釈した。

「よろしくな」

 ロルフが挨拶するも、彼女は只頷くだけだった。

「彼女、基本他人には無口だから。気にしないで」

 リリーが横で云う。

「そうなのか」

 ヘルガを見遣る。その右眼は、薔薇の刺繍が入った眼帯で覆われていた。怪我か何らかの病でそうなったのだろうか。琥珀色の左眼が美しい分、それが何処か勿体無いようにロルフは思えてならなかった。

 彼女を見つめていると、リリーが脇から口を出してきた。

「あー……。ヘルガに眼の事聞くのは御法度ね。あと、美人だからってナンパも御法度」

「いや、そんなつもりでは」

 気まずそうに言葉を濁らせ、一歩引くロルフ。

「……それにしても、あんた達は何故ここに?」

 咄嗟に話題を変える。

 するとリリーとヘルガはまたしても顔を見合わせた。リリーがロルフへ向き直り、あからさまと云わんばかりのにこやかな顔で述べるのだった。

「実はあたし達も……ヴァンパイアハンターなのよ!」

 まるで云わされているようなわざとらしい声色だ。

 ロルフは胡散臭げに彼女を眺める。

「嘘だろ」

「ホントホント。疑り深いのは嫌われるぞー」

 平然と云ってくるリリー。

 ロルフは頭を抱え、

(うん。こいつ等は一般人だ。こうして入り込めたって事は……何かあったら危険だぞ……)

 云い知れぬ不安を心中で述べた。





 天窓から会場の様子を覗き込んでいた二つの影――

 カールに云われるがまま会場に訪れたが、彼の云う命令に素直に従うつもりなど毛頭無かった。

 あるのは只、目に付く者を捕食するという欲求のみ。

「カールも……莫迦な男だ。みすみす俺達を……解き放つとはな」

 深紅の眼光を湛え、ザーロモンが云う。

「フシュルルルル……。居るわ居るわ。ヴァンパイアの味がどんなものか興味があったからな」

 と、その傍ではヨドーク。

「ザーロモンよ、俺は逃げ場所を塞いでこよう。折角の獲物共を逃したくは無いのでな」

 ヨドークの影がこの場を後にする。

「任せたぞ……ヨドーク」

 暫くすると、月を覆っていた雲が晴れ、ザーロモンの身が月光の下に晒された。

 その姿は、コウモリをそのまま人の形にした異形であった。全身を茶の体毛で覆われ、腕は翼と一体化していた。魔物――そう呼ぶ以外、形容する言葉が無い程である。

 炎の如く滾った瞳で、背後に現れた気配を見遣った。

「何者だ……」

 肩越しに振り返ったその先には、青い光沢を放つ細剣を手に持った黒いゴシックドレスの少女が居たのだった。

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