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聖†薔薇戦姫団  作者: 猫公爵
ヒルシュフェルト編
8/33

疑惑の招待状(2)



 街の郊外へ出て暫く経ったところで、カール達を乗せた馬車が停車した。

 馬車を降りるカール。未だ先程の事を根に持っているのか、彼の態度はピリピリしたままだった。

 後から降りてきたアンネローゼが声を掛ける。

「まだ気にしているのですか?」

 カールが溜息をつく。

「気にしていない、と云ったら嘘になるな」

 その口調には憤りが混じっていた。アンネローゼは口だけを笑わせ、述べる。

「星の数程居る庶民の一人です。もう会う事は無いでしょうし、貴方が気を煩わせる必要はありませんわ」

「だと良いのだが」

 そう答えながら、カールは眼前の建造物を見上げた。

 古びた小屋だった。あちこちが風化しており、壁には蔦が這っている。窓は全て板が打ち付けられており、此処が今やもう使われていない廃墟だという事を証明していた。

「アンネローゼ、そこで待っていて欲しい。中は危険なのでな」

「かしこまりましたわ」

 了承するアンネローゼを一瞥すると、カールは扉に打ち付けられた板を外し、中に入った。



 窓が塞がれている為、内部は真っ暗であった。埃とカビの臭気に耐えながら、カールは天井を見上げる。

「居るか? ザーロモン、ヨドーク!」

 彼が叫ぶと、天井の暗闇に二つの小さな紅い光が灯った。

「その声は……カールか……」

 掠れた小さな声が響き渡る。紅い光は声の主の眼光だった。

「ザーロモンだな? ヨドークはどうした?」

 カールがそう云うと、背後の頭上で声がする。

「俺は此処だフシュルルルルル……」

 異音の混じった不気味な声だ。カールが振り返り見上げると、規則的に密集した複数の紅い光があった。

「ヨドーク、其処に居たか」

「フシュルルルル……。やって来たのがお前でヒヤッとしたぞ? 危うく、捕食するところだったのだからな」

 ヨドークの言葉に、カールは冷や汗をかいた。取り出したハンカチで汗を拭いながら、彼等に云う。

「き、貴様達に仕事だ。久しぶりに、外の空気を吸いたくはないか?」

「クハハハ……。俺達を此処に……押し込めた……お前が云うか」

 ザーロモンが彼を嘲笑うような態度で返してきた。するとヨドークも彼に同調する。

「フシュルルルルル……。今更何の用だ。俺達を不要と云っていたのは貴様だろう」

 彼等の文句を只冷静に聞き入ると、カールは眼鏡を指で持ち上げながら答えた。

「その事だが、前言撤回だ」

「ほう……? どういう意味だ?」

 ザーロモンが興味津々と訊ねる。

「明日の深夜、迎賓館にて毎年恒例の組織の品評会がある。その品評会で暴れてほしい」

「フシュルルルル……。何を企んでいる。カール」

「どさくさに紛れて始末して欲しい者が居る。その者は――」



 外で待機するアンネローゼは、フェザーファンを広げ、口元を隠すように小屋を見据えた。一瞬、彼女の瞳孔が猫科のそれとなる。



 カールが始末して欲しいという者の名を知らされ、ザーロモン達は窺うような眼光を向けた。

「カール、何を……そんなに……焦っている?」

「焦ってなどおらん!」

 即座に否定するカール。

「焦っているのは、寧ろ奴の方だ。あの"器"を大事にしているところを見る限り、奴は恐らく――」

 カールは一瞬言葉を濁らせた。

「……いや、何でもない」

「何だ、お前らしくもない……」

「貴様達に話したところで何になる。……で、どうなのだ?」

 改めてザーロモン達に問う。

「良いだろう……。ただし、俺達の要求にも……応えろ」

「何だ?」

「俺達は……空腹だ。此処を……開けておいて欲しい」

「たったそれだけか。……良かろう。では、頼んだぞ」

 そう云い残し、カールは暗闇を後にした。





 その馬車は、夜闇を駆けていた。人里から離れた森であった。梟の彷徨が響き渡る中、車輪と蹄の音がけたたましくかき鳴らされる。

 鬱蒼としたその森林は、針葉樹が月の光を遮っていた。その為、御者のランタンを頼りにしなければ道が解らない程、辺りは暗黒が支配していた。



 闇の中から馬車を窺う"影"があった。樹の枝へ逆さにぶら下がったそれは、まるで人間大のコウモリのようである。

 深紅の双眼が、獲物を見つけたと云わんばかりに不気味に光る。

 傘を勢い良く開いたような音を立て、その影は翼を広げた。



 道の先を眺めていた御者が、何かの気配を感じ取った。訝しげに耳を澄ます。

 翼をはためかせているような、大きな鳥が羽ばたく音だ。

 御者は一瞬、梟が飛び立った音だと思った。だが、それが後方から徐々にこちらへと近付いている事に気付いた時、彼は何かがおかしいと思い始めた。

 梟にしては音が大きすぎる。まるで人間大かそれ以上の巨体が飛んでいるかのようだ。

 音は、馬車のすぐ後方まで近付いた。どうやら後ろを飛行しているようだ。

「何だ……?」

 振り返るのが恐ろしい。得体の知れない何かがすぐ後ろにいるのだ。御者は鞭を振るい、馬の速度を上げる。

 翼の音はそれでも離れはしなかった。明らかに、こちらの速度に合わせて取り付いている。

 暫くこの状態が続く。恐怖に引き攣る御者のこめかみから、冷や汗が絶え間無く滴っていた。

 早く森を抜けねば――

 その想いに駆られ、気が焦る。

 この森さえ抜ければ訳の解らない気配ともおさらばできるに違いない。安易な考えであるが、今の彼の思考ではそれが精一杯であった。

 ふと、背後を纏わり付く翼の音が途絶えた。

 諦めたのだろうか。

 御者が恐る恐る後ろを振り返る。

 ……何も居ない。

 其処にあるのは遠ざかる闇だけであった。翼をはためかせた得体の知れないモノなど、始めから居なかったかのように。

 とんだ取り越し苦労だったようだ。安堵と共に前方へ向き直る――

「!?」

 直後、彼の表情は恐怖一色に染まった。

 想像を絶するモノを見てしまった。そんな顔であった。



 馬車が急停止した事で、中から男が出てきた。

「どうした。何かあったか?」

 御者に訊ねるも返事が無い。鼻を突く血のような臭いに男は不審に思い、馬車の前方へと回り込んだ。

「――!?」

 絶句する。二頭の馬が無惨にも切り刻まれていたのだ。

 男は、辿るように目線を"その方向"へと這わせた。

「な……!」

 御者も血だるまになり息絶えている。言葉では云い表す事の出来ない、凄惨な光景であった。死体というよりは、"肉塊"だ。とても人間業とは思えない殺され方である。この世に悪魔が居るならば、正にそれがやったとしか考えられない程の……。

「何が……あったんだ!?」

 恐怖で竦んだ足が意思に反して勝手に後ずさる。

 その背を、壁のような何かが阻んだ。獣の如き息遣いが間近で感じられる。その吐息から、血生臭い死臭が漂う。

 男は、振り返った――





 ロルフを含む数人のヴァンパイアハンターが、ギルドのアジトに召集されたのは、空が灰色に曇る昼下がり時であった。

 ヴァンパイアハンターギルドのアジトは、料亭「真夜中の月亭」の地下に存在する。一見ごく普通の酒場であるが、ハンターがマスターにある合言葉を云った場合、カウンターの裏に通される。その先にある通路の奥には地下へ降りる階段があり、其処を降りれば、今彼等の居るアジトへ通じるという訳だ。

 彼等を見渡すロルフ。

 何れも見知ったハンター仲間達だ。つい最近会った者も居れば、久しい事会っていなかった者も居る。性別も年齢も様々である。歴戦の戦士を思わす強面の初老男性やら、とても戦闘には縁の無いように見える若い女性やら。以上は極端な例であるが、ハンターの層は意外と幅広く、老若男女問わずなれるという事だ。尤も、過酷な訓練をパス出来ればの話であるが……。

「元締めのおっさん。急に俺達を呼び出して何の用だ?」

 誰になく訊ねる。

 するとロルフより若干年上と思われる角刈りの男性ハンターがぶっきらぼうに、

「さあな。大方予想はつくが……。多分昨夜の事件の事だろうな」

 そう云い、咥えた葉巻に火を点けた。

「事件?」

 ロルフが聞き返すと、壁に背を預けていた一見海賊服にも見える男装の女性が述べた。

「昨夜、街の住人が惨殺された事件が数件あったそうよ。その死体の有様から、人間業じゃないとか。ある者は跡形も無いまでにバラバラに切り刻まれ、そしてまたある者は蜘蛛の糸のような物に巻かれミイラ化していたって」

「それ、ヴァンパイアと関係あるのか?」

 胡散臭そうにロルフが云う。

「ヴァンパイアが従えた怪物の可能性もある」

 と、入室してくるなり話に割り込んできた者が居た。

 ロルフはその者へ顔を向ける。

 僅かに若さを残した壮年の男性であった。落ち着いた物腰で、その男はロルフに軽く会釈したのだった。

「久しぶりだね、ロルフ・フックスベルガー君」

「あんたは……。確か先生の友人のフェルンバッハ卿」

「覚えていてくれたのだね。てっきり、忘れ去られてしまっていたらどうしようと思ったのだが。いやはや、君も立派に成長したものだ。あの頃はまだ悪ガキだったというのに」

 フェルンバッハ卿はそう云いながら微笑を浮かべた。

「なんであんたが此処に……?」

 驚いたままの顔で訊ねる。

「ああ、君に云ってなかったか。かく云う僕も、副業としてハンターをしているのだよ」

「……知らなかった……。……ん?」

 茫然と呟いたロルフだったが、卿の後ろに蠢く小さな人影が見えたのに気付き、訝しげに眉を顰めた。

 思い出したようにフェルンバッハ卿が一旦後ろを見遣りながら、

「そうだ。紹介するよ」

 と、その者の背に手を回し前に来させる。

 少女であった。未だ幼さとあどけなさが残る十代半ばと見られるその少女は、プラチナのウェーブがかった髪を揺らしながらロルフにぺこりとお辞儀をした。

「初めまして、フィーネ・フェルンバッハと申します」

 はきはきとした声で自己紹介するつぶらな瞳の少女に、ロルフも軽く会釈する。

「ロルフだ――って」

 直後、驚きながらフェルンバッハ卿を見遣った。

「フェルンバッハ!?」

 彼を指差しながら、疑うような眼で云う。

「あんた……まさか……。良い歳してこんな歳の離れた嫁さんを――」

「阿呆」

 神業にも近い切り返しをし、フェルンバッハ卿はフィーネの肩に手を乗せながら述べる。

「僕の一人娘だ。つい先日訓練を修了したのでね。今日は顔合わせも兼ねて連れて来たのさ」

「という事は」

 フィーネを一瞥する。すると彼女はにっこりと微笑み、

「はい。私もヴァンパイアハンターなのです。今後仕事で一緒になるかもしれません。その時はよろしくお願いしますね、ロルフさん」

 再度お辞儀をした。

 ロルフはフェルンバッハ卿へ目線を移し、

「……大丈夫なのか? ハイデマリーよりは上っぽいがどう見ても子供だ」

 と、不安げに訊ねた。

「テオドールの話では、君だって十五の頃には訓練を終えたそうじゃないか。娘は今年で十四。何もおかしな事ではない」

 平然と述べる卿。

 ロルフはいまいち納得のいかない様子でフィーネを眺めた。

 か細く小さな体躯で、果たしてヴァンパイアと戦えるのだろうか。ヴィオラもそうであったが、彼女は例外中の例外である為参考にはならない。

 ふと、怪訝な眼で見つめるロルフへ、フィーネが微笑んだ。

「そんなに信じられないですか?」

 そう云ってくる。

「まあな」

 生返事するロルフ。不意に、フィーネは後ろへ振り返りながら、袖の中に仕込んでいたであろう小型の刃のような物を壁へと投げ放ったのだった。

「!?」

 ロルフは眉を顰めた。勢い良く突き立てられビィ……ンと小刻みに振動する飛刀は、壁に停まっていた小さなハエを捕らえていたのだ。

 ハエが居た事などロルフは気付く由も無かった。フィーネは一度も後ろの壁を見る事無く、其処に停まったハエを仕留めたという事になる。斯様に小さな虫の気配すらも、彼女は察知する事が出来るのか。

 茫然とフィーネを見つめる。彼女は彼を見上げ、可愛らしげな笑みを浮かべた。

「どうです? これでもまだ信じられませんか?」

「……いや。たいしたもんだ……」

 呆気に取られたまま、ロルフは呟いた。

「四歳の頃からあらゆる戦闘術を仕込んでおいたのだよ。剣術、弓術、格闘術……。一通りの事はこなせるつもりだ。だから娘に変な気を起こすんじゃないぞ? 痛い目を見るからな」

 卿が笑いながら述べる。冗談のつもりで彼はそう云ったのだろうが、ロルフにはそれがとても冗談には思えなかった。振り返り様に飛刀を投げた時、一瞬であったがフィーネの表情には非情な殺気が篭っていたのだから。

「は、はは。気を付けます」

 苦笑しながらロルフはそう答えた。

 丁度その時、元締めがドアを開け入室して来たのだった。

「待たせたな。まあ、適当に楽にしていろ」


 

「知っている者もいるようだが、昨夜、数件の殺人事件があった。被害者は何れも人間の仕業とは思えない殺され方だったそうだ」

 そう顎鬚を撫でながら語る元締めに、ロルフが意見する。

「俺達を此処へ集めたって事は、それがヴァンパイアの仕業だと」

 元締めはロルフを見据え、答えた。

「はっきりとは解らんが、ここまで見境の無い行動をとる奴は初めてだ。今夜も出没する可能性もある。そこでだ、お前達には街の警戒に当たって欲しい」

 すると、若いハンターが興味無さ気に呟いた。

「要はボランティアか。金にもなんねーな」

「ゲオルク。仕留めた奴には報酬を弾ませるぞ」

 と、元締め。

「やります! やらせていただきますとも!」

 ゲオルクと呼ばれた若いハンターは目の色を輝かせた。

 他のハンターも同様だ。報酬という言葉を聴いた途端、やる気無さげな態度を改めていた。

 彼等は金にがめつい連中だ。尤も、その為にヴァンパイアハンターという危険な仕事を選んでいるのだろうが。

「以上で解散だ。それと、例の奴は習性から見てもこれまでの奴等とは一線を画していると思われる。遭遇したら十分に気を付けろよ」

 各々部屋を出て行くハンター達。去ろうとするロルフを、フェルンバッハ卿が引き止める。

「ロルフ君」

「何だ? 卿」

 ロルフが振り返った。

「ちょっといいかな? 君に見せたい物がある」

 フェルンバッハ卿の目が、何処か真剣だった。

「? あ、ああ」





 上の料亭でテーブルを囲んだロルフとフェルンバッハ親子。フェルンバッハ卿の奢りなのは有難かった。只でさえ仕事の依頼が来なく、満足な飯もこのところありつけていなかったのだから。

 卿が羽振りが良いのは、貴族だからだというのもある。副業のヴァンパイアハンターの仕事が無くとも、本来が裕福故にこの程度の出費はどうという事は無いのだろう。

「良いのか? こんなにご馳走になって」

 テーブル一杯の料理を前にし、申し訳無さそうに云うと、卿は大笑いした。

「はっはっは! 気にするな。僕達も腹が減ってたとこだしな。なあ、フィーネ」

 と、隣の娘に振る。

「はい! 私も長い時間馬車に揺られてましたから。お腹ペコペコです!」

 無邪気な顔で述べるフィーネ。暫くテーブルの料理を眺めると、彼女は皿にヴルストを何個も盛った。真っ先に手を付けたところを見るに、彼女の好物らしい。

「いやー、ホンット、いろいろとすまない」

 そう云い、ロルフは眼前の骨付き肉に食らい付いた。

「んで、俺に見せたい物って?」

 肉を味わいながら卿に本題を訊く。

 不意に、フェルンバッハ卿がカードのような物をロルフに差し出してきた。

「何だ、これ?」

 すると卿は溜息をついた。まるでそのカードが厄介な物であるかのように呟く。

「この間退治したヴァンパイアが持っていた。仮面舞踏会の。主催者が書いていない」

「ふむ」

 ロルフはカードを手に取り、裏返した。

 何かのマークのような物が印刷されている。黒い林檎のような果実のシルエットと、その果実から放射状に伸びた黄金の光を模った紋様――

「これ、何かの紋章か?」 

「それだが。テオドールは、殺される直前にそのマークの描かれたカードを何者かから受け取っている。それを見せられた事があってね。そのすぐ後に、彼は家族もろとも殺された」

 と、卿が真顔で云った。

「なんだって!?」

 ロルフは驚いた。これは偶然だろうか。

 以前にヴィオラの云っていた事を、ふと思い出した。

 人をヴァンパイアに変える組織が存在するらしい事を。

 この黒い林檎の紋章と、かの組織。何かしら関係があるのだろうか。

「舞踏会は今日の深夜。胡散臭いのは確かだが、実際に行って確かめたいのだ。何が行われているか、ね」

「なあ、卿。これを俺に見せたのって……」

「ああ。恐らく、テオドールの仇と会えるかもしれない。君も来るか?」

 考えている事は、一緒だった。

 勿論、ロルフは頷いた。

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