闇を狩る少女(2)
†
「ロルフ、これは本当にヴァンパイアの遺灰か?」
紙の上に盛られた少量の灰をルーペ越しに眺めながら、髭面の中年男性が訊ねてきた。
「へ? そうだけど?」
きょとんとした様子でロルフが答える。
男はしかめっ面で呻り、顎鬚を撫でつつロルフを睨んだ。
「お前。報酬欲しさに只の灰持って来たとかふざけた真似してんじゃねぇか?」
即座にロルフはテーブルを叩くように立ち上がる。
「違うって!」
衝撃で灰が舞う。咳き込みながら、反論を続けた。
「……こ、こいつはっ。……げほっ! 確かに、ヴァンパイアだったんだ。間違い無い……」
胸を手で叩き咳を収めようとするロルフに、男は険しい眼を向けたまま腕を組んでいた。
「"綺麗"なんだよ、この灰。とても邪悪だったモノが変わり果てたものだとは思えん」
「死んだんだから当たり前だろう?」
落ち着きを取り戻したロルフは椅子に座り直した。
男は達観したような眼でロルフを見つめ、低めた声で云う。
「お前の云うようにこれがヴァンパイアだったとしよう。……お前が殺ったんじゃないな?」
彼の鋭い指摘にロルフは数秒程身を凍らせたが、窺うような眼で頷いた。
「あ、ああ」
「俺等の定義するヴァンパイアハンターっつーのは只の退治屋だ。邪悪を浄化する力までは持たせちゃいねぇ。だがこの灰、浄化されちまったようだな。聖職者かエクソシストっつー奴が殺ったんだろう? 何があった? で、どんな奴だ? 商売敵には違いねぇんだ、詳しく話せ」
ロルフはどう答えればいいか解らず頭を掻いた。昨夜の、まるで魔法でも目の当たりにしたかのような出来事。見た事実をありのまま話したところで信じてくれるだろうか。
「何ていうか。夢でも見たんじゃないかというか。俺にも良く解らないんだな、これが」
「曖昧だな。お前らしくも無い」
「本当なんだよ。訳が解らないのは事実だった」
昨夜の出来事が次々と脳裏に浮かぶ。どれも、昨夜の少女――ヴィオラ・シェーンハイトによる信じられない戦闘の様子だ。
そこでロルフは思い出したように顔を上げた。
「どうした?」
男が訊ねる。
「いや。……何でもない」
あの少女は師の関係者で間違い無い筈だ。彼女の名、特にシェーンハイトの名を出す事で不都合が生じる事もあり得る。師を尊敬するロルフにとって、シェーンハイトの名を貶めるような事はしたくなかった。
「まあ良い。遺灰持って来た事には違いねぇ。ほれ、給金だ。くれてやる」
男はそう良い、ぶっきらぼうに小さな布袋を投げ渡してきた。それを受け取り、中身を確認する。
「少ない……」
涙声で云う。
「当たり前だ! 欲しかったら自力で掴み取れ! お前の師が泣くぞ?」
男の口から師の事が出てきた。そこでロルフは真顔になる。
「なあ。先生って、今何してるかな」
ロルフは、胸中に抱いていた疑問を口にした。もう何ヶ月も師に会っていないし連絡も取り合っていない。尤も、ロルフは人と連絡を取るような人間ではなかった。そこで不意打ちのように現れた、昨夜のシェーンハイトを名乗る少女。
そのお陰で、音沙汰無しだった師の事が気になり始めていたのだった。
「テオドールか? さあな。本業の銀行の仕事で忙しいんだろうよ」
「銀行?」
眼を丸くするロルフ。
「知らんのか、シェーンハイト銀行を。各地に支店を持つ新興の銀行だぞ。テオドールはその実績で貴族の仲間入りを果たしたんだ。まぁ、連中からはその所為で成り上がり貴族だのと疎まれてるようだがな」
男の説明に、ロルフは只感心するだけであった。
「そうだったのか。先生が銀行家だったなんて」
「お前もいい加減社会に関心を持ったらどうだ。あと二、三年で二十歳だろう? ヴァンパイア退治一辺倒でどうする。それだけじゃ食っていけんぞ」
「いや、そういう意味じゃなくてさ。先生、自分の事話さない人だったから知らなかっただけで」
席を立ち荷物をまとめる。
「ま、今度住所調べて先生に会いに行ってみるか」
そう独り言を漏らすロルフを、男は遠い眼で見ていた。
「んじゃ、元締め。次こそは大物仕留めてくるからよ」
「ロルフ」
ドアまで行った所で、ロルフは男――元締めに呼び止められた。振り返る。
「まだ何かあるのか?」
ロルフが問うと、元締めは深刻な顔で述べた。
「このところ、ヴァンパイア退治に派遣したハンター達がことごとく殺られている。お前も気を付けろよ」
「……え?」
「只の殉職と思って黙っていたんだがな。これまでに七人……。それだけで片付けるには多すぎる」
「まさか。冗談だろ? ヴァンパイアハンターがヴァンパイアに殺られるだって?」
首を振るいながら苦笑する。すると元締めは釘を刺すような眼で睨んだ。ロルフは思わず、真顔に戻った。
元締めの様子から、本当の事のようだ。
「油断するなよ? 奴等は見境無しに人を襲う怪物って訳じゃない。人間社会に溶け込み狡猾に暮らしている高度な知能を持つ種族だ。隙を見せたが最後――」
元締めは身を乗り出すようにテーブルに両肘を付ける。
「その毒牙の餌食になるぞ?」
ロルフは息を呑み、その忠告に頷いた。
昨夜の事を思い出したのだ。
依頼の手紙が、ロルフを誘き出す為の罠だった事を。
元締めの云うヴァンパイアに殺されたハンター達も、同じように誘き出されたのだろうか。
「……ああ。解った。肝に銘じておくよ」
部屋を出て行く。
閉められたドアを見据え、元締めは呟いた。
「……流石にあれまでは云えないか。テオドールの奴が死んじまったってのは」
やりきれない表情で椅子の背もたれに身を沈め、深く溜息をついた。
†
街の広場に、子供達が集まっている。段差に腰を掛けたハイデマリーを取り囲み、少年達がここ最近の街での出来事を彼女に話していた。
「お化け屋敷?」
ハイデマリーが眼前の男の子を見上げて訊ねた。
「そそ。すっげーんだぜ、結構大きな屋敷でさ」
すると横の眼鏡を掛けた男の子が相槌を打ちながらそれに続く。
「この前オスカーが中に入ったらしいんだ。そしたら出たんだって、女の幽霊が」
ぷっと吹き出すハイデマリー。
「そんなの居る訳無いでしょ」
「本当だって! 金髪の若い女の霊がじーっとこっち睨んでてさ! 怖くてすぐ逃げたけど」
ハイデマリーの眼前に立つ少年――オスカーがむきになって反論する。
「それ、きっと見間違いね」
苦笑しながらあしらうハイデマリーに、眼鏡の少年が知識をひけらかすように云う。
「でもその屋敷、元は有名な貴族の家だったのは確かなんだ。なんでも、賊が入って一家全員殺されたって。だから、近所の人は気味悪がってあの家の周囲には近付かないそうだよ」
「ふーん」
興味無さげな様子で聞き流す。ふと目を向けた方向から、ロルフが近付いて来ていたのだった。
「あ、ロルフ」
ハイデマリーが立ち上がる。
「おらおらガキ共。そろそろウチの"姫様"返してもらうぞ?」
そう云いながら割って入るロルフ。
少年の一人が彼を見上げて云った。
「ロルフ兄ちゃんも興味あるよね?」
「あん? 何をだ?」
「お化け屋敷だって。出るそうよ」
ハイデマリーが説明すると、ロルフは声を大にして笑った。
「全くお前等、そういうの大好きだな。俺もガキの頃は空き家とかを勝手にお化け屋敷だ何だの決め付けて、ダチ連中と盛り上がって遊んでたなぁ。忍び込んだら実は人が住んでてこっぴどく怒られたが」
「本当なんだって。正真正銘のお化け屋敷なんだぞ! ロルフ兄が云ってるみたいな偽物じゃなくてさ」
少年が反論する。
「はいはい。お化けなんざ居ないし、お前等の遊びに付き合ってる程暇じゃねーんだ。この辺でお暇させてもらうぜ」
ハイデマリーの背に手を回し連れ帰ろうとすると、少年達が喚いた。
「ヴァンパイアハンターが云う台詞かよそれー!」
「ヴァンパイア退治してるくせに幽霊信じないとかおかしいぞ!」
ロルフが振り返り反論する。
「お化けとヴァンパイア一緒にすんな!」
それだけ云うと、少年達のブーイングをその背に浴びながらロルフはハイデマリーとその場を立ち去った。
後ろを振り返り、苛々した表情で愚痴る。
「ったくあのガキ共。ヴァンパイアハンター舐めやがって」
「そういう貴方も十分子供」
目を閉じて鼻で笑い、ハイデマリーがさらりと云う。
「子供のお前に云われたくねぇよ」
彼女を見下ろす。
「そう見た目で人を子供か大人かで括ろうとするのは愚かよ。子供でも聡明な人も居れば、大人になっても中身が全く成長しない人だって居る。真に大人というのは、身体じゃなく、心――精神が成長してる者を云うのよ」
相変わらずの平静な態度でそのような事を述べるハイデマリー。この年頃の少女というのは背伸びしたがると聞くが、彼女のそれは何処か一線を画しているように見えてならない。例えて云うなれば、実際に世のあらゆるものをこの目で見てきた年長者のような物云いだ。
「で、お前は俺より大人だと」
「そ」
ハイデマリーが突っぱねるような態度で肯定した。
「その割にはあいつらとつるむの好きだよな」
「只の情報収集」
「役に立つのか? あいつらの情報って」
怪しむ風な眼で問う。
「下手な大人より、純粋な子供の方が信用ある情報を持ってる。それに、子供というのは仲間内で秘密を共有する習性がある。仲間に入れば、思いもよらない有益な話を聞けたりも出来る」
人差し指を立てながら得意げに語る彼女を、苦虫を噛むような顔で見据える。
「何て打算的な……。まるでカマキリだ。末恐ろしいぜ」
ふと、ハイデマリーがこちらを睨んできた。思わず目を逸らすロルフ。
彼女は前へ向き直り、呟いた。
「カマキリ、ね。あながち……間違いじゃない」
くすりと笑うハイデマリーを見遣り、溜息をつく。
「あいつらが可哀想に思えてきた。あいつらの様子じゃ、大半がお前に気があるようだぞ?」
「知ってる」
「知っててさっきの事云うか」
ロルフは呆れた。
「俺もそうだったから解るがな、あの年頃のガキってのは、好きな子の気を引きたくてありもしない武勇伝やら無茶やらするもんだ。恐らくさっきのお化け屋敷云々は――」
「その事だけど。気掛かりね」
急にハイデマリーが口を挟む。
「何だ? あれを信じるってのか? 歳不相応に現実主義なお前が」
皮肉を込めてロルフが云うと、彼女は立ち止まり周囲を見回したのだった。
「あの子達の話によれば、この近所ね」
ロルフも釣られて見回す。いつの間にやら結構歩いてきたらしい。同じ街である事には違いないが、見慣れない街並みである。立て看板には「エッフェンベルク通り」と書かれていた。彼自身、足を踏み入れた事の無い地区だ。見慣れない場所なのも無理は無かった。
本来ならば自宅である貸家を目指していたつもりだったが、ハイデマリーとの話に夢中になり、気が付いたら此処まで来てしまっていたようだ。
彼女の術中に嵌っていたという事か。
「お前、あの話が気になって此処まで連れて来たとかそんなんじゃ、ないよな?」
訝しむ眼で彼女を睨みつける。
「今頃気付くなんて」
対し、ハイデマリーは不敵な笑みを浮かべていた。
「末恐ろしい……。まじで」
呟くロルフを余所に、先を行くハイデマリー。
「……で、お前はあの話がどう気掛かりなんだ?」
溜息と共に彼も再び歩き出した。
「その屋敷。話を聞く限りだとだいぶ前から放置されていて間違いない筈。それに誰も近付かない」
そう述べながらロルフへと振り返る。
「"格好の棲家"じゃない」
毎度おなじみの無表情だ。しかし、彼女の真意を読み取ったロルフはほう、と感嘆したのだった。
「成る程」
唐突に意気揚々とし出す。
「まだ日は明るい。駆除するなら……今が好機だ!」
頭の中にたくさんの報酬のイメージが浮かぶ。ロルフはにやにやしながら走り出した。
「ヴァンパイア共ー! 待ってやがれよー!」
明らかに欲望剥き出しの声色である。
ハイデマリーが冷めた眼で彼を眺めていた。
「そうよ。働きなさいロルフ」
口元が邪悪な笑みで歪む。
「私のお菓子代と、人形の洋服代の為に」
彼女の足元から伸びた影が、人型のカマキリの形を成していた――ように見えた。
†
その一室は、かつては居間だったのであろう。無造作に転がったソファに、ひっくり返ったテーブル。外から吹く風に靡くぼろぼろのカーテン。今にも落ちてきそうなシャンデリア。
隅の柱時計は調整される事を忘れ去られたのか、或いは外的な干渉があったのか、針が十二時を刺したまま止まっている。
さながら、ここで争いがあったような有様だ。
壁に掛かった額縁の肖像画は、一族の集合絵のようだ。椅子に座った壮年男性を中心に、彼の家族が取り巻いている構図だ。
壮年男性の右後方で家族全員を抱擁するかのような暖かい微笑で立つ貴婦人は、恐らく妻だろう。椅子の脇に立つ男子――凛々しい目で前方を見据えている青年は子息と思われる。
そして、貴婦人の隣に立ち、青い瞳で前を見つめる金髪の少女――
それは、今此処でヴァイオリンを奏でているヴィオラ・シェーンハイトそのものであった。
たおやかに奏でられる旋律が、仮初ながらも死した生家にかつての面影を呼び覚まし、ヴィオラの閉じた瞼に鮮明に映す。
此処は、家族が集まる団欒の部屋だった。父が居て、母が居て、兄が居て、そして、自分が居て……。両親や兄の笑顔が今でも忘れられない。
幸せに満ち足りた日々だった。あの頃は、まさか自分の家族があんな事になるとは夢にも思っていなかった。
(あの時の私に力があったのなら、今頃……)
唇を噛み締める。
穏やかで優雅だったヴァイオリンの旋律も一変、砂の城を崩すかの如く破壊的な不協和音と化した。
彼女の瞼に映る幸福が、ガラスのように砕け散る。
不意に、閉じていた目を見開き、弦を滑らす指と弓を止めた。
突き刺すような鋭い眼で、窓の外を見据える。
何者かが敷地内に入り込んだ気配をその身で感じたのだ。
この短い期間で備わった、野生の如き勘――正確には、家族達と同じ轍を踏まないよう、いつ如何なる時も隙を見せまいと決めた彼女の、研ぎ澄まされ尽くした空間認識力であった。
†
鉄柵の門が錆びた音を立てながら開く。
ロルフは足を踏み入れる前に、改めて廃墟となった白い邸宅を眺めた。
立派な屋敷だ。貴族の屋敷だったというのはまず間違い無い。廃屋ではあるが、放置されてまだ数ヶ月程度のようだ。窓ガラスが割れている箇所が幾つかある程度で、特別荒れているという訳ではなかった。
溜息をつくロルフだったが、ハイデマリーが先を行くので慌てて追った。
「すごい屋敷だな。勿体無いってのが第一印象だ」
歩きながら庭を見回す。
邸宅そのものは綺麗だが、庭の手入れがされていないのは明白だった。至る所に落ち葉が散乱しており、本来は刈り整えているのであろう庭木もまるでぼさぼさ頭だ。邸宅へと続く道の真ん中に設置された噴水は枯れ、濁った水が溜まっているだけの池と化している。
軽く覗き込むと、緑に濁ったプールの淵に藻が発生していて、ロルフはあまりの気持ち悪さに顔を顰めた。そのまま、通り過ぎる。
「買い手が居てもおかしくないのに。何で放置されたままなんだ?」
疑問を口にする。
「この屋敷の主だった一族が賊に襲われて殺されたそうよ。住人が殺された家なんて、欲しがる人はまず居ない。それに……」
「幽霊、か」
と、ロルフがハイデマリーの代わりに述べる。
「あの子達が見たのは、此処に棲み付いたヴァンパイアと見て間違い無いわ。襲われる前に逃げたのが幸いだったわね」
玄関口前まで来たところで、二人は足を止めた。
息を潜めた声で云う。
「俺が先に入る。待ち受けているかもしれないしな」
「ええ。気を付けて」
そっとドアを開け、中へと足を踏み入れた。
屋内も溜息が出る程に立派だ。思わず、呆けてしまう。
薄暗いロビーは吹き抜けとなっており、見上げると天井には大きなシャンデリアがぶら下がっているのが確認できた。二階はというと、テラス状の廊下となっているようだ。その奥に幾つもの部屋のドアが見える。
そして前方――
二階へと続く半円状の階段の踊り場の壁には、大きな肖像画が飾られていた。
その絵を見て、ロルフは思わず叫ぶ。
「せ、先生!?」
驚くのも束の間。
何かが、ロルフを目掛けて襲って来たのだ。
「――っ!」
突き出された太い針のような物を身を翻して避ける。
間を取り、その者へと銃を向けた。
そこで、正体が判明する。
「あんたは!」
金髪の少女――昨夜農村で出会ったヴィオラ・シェーンハイトであった。
彼女はフェンシングで使用する剣をその左手に持っていた。先程突き出してきたのはそれで間違い無いようだ。
ヴィオラは無言だった。只、刺すような鋭い眼でロルフを見据えている。その所為か、青く美しい瞳にも関わらず、見るだけで畏怖を感じざるを得なかった。
「な、何故、あんたが此処に――」
ふと、さっき目にした肖像画を思い出し、それを再び見遣る。
壮年の男性の肖像画だ。描かれている者は、ロルフが良く知っている人物であった。
「そうか。此処は、先生の自宅。……待てよ」
重大な事に気付く。
此処が師の家ならば、何故このような有様になっているのだと。
先程ハイデマリーから聞いたこの屋敷にまつわる噂を頭の中で整理してゆくと、彼の表情は見る見るうちに青ざめていったのだった。
ヴィオラへと向き直る。
「せ、先生は……。それに、俺の兄弟子――先生の長男のギュンター兄貴はどうなったんだ!?」
問わずとも、大体の事は既にハイデマリーから聞いている。だが、情報源が噂話程度のものだ。あれが事実だという確証は無い。
いや寧ろ、それでも信じたくないが故に、こうしてヴィオラに直接問わねばならなかった。
ヴィオラはロルフを青い瞳で暫く見つめると、顔を逸らして呟くように云った。
「お父様とお兄様、そしてお母様は、死んだわ」
それ以上云う事は無いと云わんばかりに背を向けるヴィオラ。
「やっぱり、あんた先生の娘だったのか。けど、何でこんな事になってんだよ! 先生とギュンター兄貴が、賊に殺されただって!? あんなに強かったのに!」
ロルフが喚くと彼女は肩越しに振り返り、小さな声で囁いた。
「帰って」
青の宝珠が冷たくロルフを凝視する。何人も拒む棘を纏っているかのようだ。自分に近付こうとする者、干渉する者は容赦しない。そう云わんばかりの"鎧"を。
唖然と彼女を眺めるだけのロルフであったが、無論釈然としない。一歩身を乗り出し、追求する。
「けどよ! いきなり死んだなんて云われて納得する訳が――」
彼の鼻先に、フルーレが突付けられた。
ヴィオラが睨みつけてくる。
「帰れと云っている。部外者には、関係無い」
静かな、それでいて重い声。それは怒りだった。彼女の領域に踏む込もうとするロルフへの警告であるかのように。
無言の圧力――
斯様に美しい少女が、その美貌すらも凌駕する厳めしさを持っているのだ。人は彼女の美しさに惹かれる以前に、彼女を畏怖し慄いてしまうだろう。
尤も、それは並の人間の話だ。これまで多くのヴァンパイアを退治してきたロルフには、この程度の威圧には屈しなかった。
「帰る訳にはいかないな。先生達の事を聞き出すまでは」
ヴィオラを見据え返すロルフ。すると、彼女の目つきは更に険しくなった。
両者が視線をぶつけ合っていると、その横からハイデマリーが割って入ってきたのだった。
「ロルフ。帰りましょう。これ以上、彼女を刺激しては駄目」
「けどよ――」
反論しようとしたロルフを、ハイデマリーが戒めるような眼で制止する。
「しつこい男は、嫌われる」
そう云うなり、彼女はロルフの袖を強引に引っ張り屋敷から出ようとした。
「お、おい!」
声を上げるロルフを無視し、ヴィオラへ振り返る。
「失礼したわ。無断で入り込んで、ごめんなさい」
尚も無言のヴィオラへ軽く会釈をしながら、外へと出たのだった。