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【4章】なかねけ 前編

今回から登場人物の視点変更の場面が入ります。

少し分かりにくいかもしれませんが、今後も多用していく手法ですので、どうかご了承下さい。

 

 

 

「風見さん、気分はいかがですか?」

管理人さんが、仰向けに寝ている俺の顔を覗き込む。

俺は、手の甲で自分の目を押さえながら、体の不調を訴える。

 

「…今、何時ですか…」 

 

「昼の1時ですよ」

 

「あれから、6時間も寝てたのか…」

独り言のように呟く。

 

俺は今、春先の日光によって温められた布団の上で横たわっている。

風邪や何かの病気という訳ではなく、単純に二日酔いというやつである。 

 

火照る体に猛烈な吐き気、更には頭痛。加えて、体中のけだるさもプラスされる。

 

昨日、かすみ荘の住人総出で催してくれた『歓迎会』で強制的に飲まされた何本かの酒が、見事に俺を襲っているのだ。

それは朝から体を動かすことが出来ず、ゆずの朝食すら作る事が出来ない程であった。

その結果、仕方なく管理人さんに助力を乞うたのだ。

 

管理人さんはすぐに駆けつけてくれ、様々な世話をしてくれた。

そして、彼女の到着と共に、二度目の夢を見ていたのだ。

 

それにしても、あれだけ酔って大暴れしていた彼女が無事なのは、なんとも納得がいかなかった。 

 

 

 

「さて、何か食べるものを作ってきますね。食べやすいものの方がいいですよね?…お粥でも作りましょうか」

納得のいかない程に輝く笑顔を向ける彼女。

酒に強いのか弱いのか…。どちらにせよ、二度と彼女に飲酒をさせてはならないという事だけは学習した。

 

「…あの、風見さん…?」

 

「あぁー…すみません。お願いします…。」

 

「はい、任せて下さいっ」

彼女はそう張り切って部屋を出て行った。体が弱っている時に見る彼女の笑顔には、かなり安心できる…。

でも、風邪じゃないから普通の料理でも大丈夫なんだけど。

 

そんな事をぼんやり考えていたら、服の裾が引かれるのを感じた。

そちらへ目を向けると、ゆずちゃんが心配そうに、弱った俺を見つめていた。

 

「だいじょぶ…?」

 

「ん、大丈…」

大丈夫。と言いかけたのを途中で止める。

ある事を思いついたのだ。

 

「…し、死にそう…」

 

「えっ!?」

全く予期していなかった言葉だったのだろう。彼女は、ビー玉のようにまん丸で透き通った瞳を、さらに大きく見開き、驚いていた。

 

「えっ…えと…」

困惑して、挙動不審に陥る彼女。

 

「…ゆずちゃんが治してくれる?」

 

「えっ?…なにしたら…」

 

「ゆずちゃんに任せるよ」

 

「…」

彼女はしばらく思案し、そっと手のひらを俺の額へと重ねる。

 

 

「いっ…いたいいたいのとんでけぇぇ!!」

そして、渾身の力で叫ぶ彼女。



まるで、子供のような行動。…子供なのだから当然なのだが、そんな当然の事さえ普段の彼女はしてくれない。


しかし、彼女をからかえば、必ずこのような反応をする。その反応が見たいがために、最近では頻繁にからかってみている。


「うっ…うがぁぁ…」

胸を押さえながら、急に苦しみだす…演技をする俺。

そんな姿に慌てふためき、

「いたいいたいのとんでけ!とんでけぇ…!」

と、必死に繰り返し叫んでくれた。


「…ありがとう。だいぶマシになった」

いい加減そんな姿に良心が痛み始めたので、彼女の頭を撫でて礼を言う。 

 

「よかった…!」

彼女は、涙目で俺に抱きついてきた。


それほどまでに、俺を頼って…いや、俺しか頼る人がいないからここまで必死なのか…。


そんな彼女の頭をもう一度撫でてやった。


痛い痛いの飛んでけ…か。小さい頃はよく母親にやってもらった…。


あの日々が始まる前の話だけれど、その言葉ひとつで本当に痛みが消えるような気がして、大好きだった。


…今は、相変わらず二日酔いのせいでガンガン痛む頭の具合は、少しも変わらなかったのだが、それでもどこかラクになった気がするのだから不思議だ。

 

 

魔法のコトバとはこういうのを言うのだろう。

 

 

 

「はーい、出来ましたよ~」

管理人さんが料理を手に持ち、戻ってきた。

 

「ふふっ…あらあら、仲がいいんですね」

そして、じゃれあっている俺たちに微笑みながら食事の準備をしてくれる。

その言葉を聞いた瞬間、急に恥ずかしくなってしまった。

 

 

「そういや、随分と早かったですね?お粥ってそんなに早く出来るものなんですか?」

そんな彼女の言葉に対しての照れ隠しとして、小さな疑問をぶつけてみる。

 

 

その質問に、小鍋から取り皿へと中身を移しながら、申し訳なさそうに彼女は答える。


「実は、浅野さんと誠君に作ったものなんです。それの残り…だったんですけど…」

 

「って事は…。あの2人も?」

 

「はい。とても具合が悪そうでした。誠君の看病は妹のこよみちゃんがやってくれてるんですけどね」

 

…誠君とこよみちゃん…。

昨日会ったばかりというのに頭痛も手伝って、全く思い出せなかった。

そんな俺の態度に気付いて、管理人さんがヒントをくれる。

 

「ほら、短髪で髪を立ててた男の子ですよ」


髪を立ててた…。

じんわりと思い出してくるのだが、はっきりとした姿までは思い出せなかった。

 

「こよみちゃんは、首からホイッスルを掛けてる女の子です」

ホイッスル…。

なんとしても思い出そうと努力してみるが、結局2人の姿は思い出せなかった。

 

「…って事はスケやんは1人で…?」


ふと思いついた疑問を口にしてみる。

 

「や、優さんが看てくれてます」


…その人物だけははっきりと思い出せる。

初日から、振り回されたのだから忘れるワケがない。

現在、二日酔いで苦しめられている俺がいるのは彼女のおかげ…もとい、彼女のせいなのだから…。

 

「さっ、口を開けてください」


右手に木製のスプーン。そして、左手にはお粥を移した器。

その状態で、右手のスプーンを俺の口へ近づけてくる。

 

「…どうしました?お口、開けて下さい」


聞き間違いだろうかと疑った言葉なのだが、どうやら真実だったようだ。 

 

普通なら喜ぶべきシチュエーション。

こんな美人な女性に、ご飯を食べさせてもらえるのだから…。

しかし、とてつもなく恥ずかしい。一気に顔が赤面していくのがわかる。 

 

「いやっ、じっ、自分で食べますから!」


…言ってしまった。

こんな嬉し恥ずかしなシチュエーションはそう体験出来るものではないというのに…。

 

「ダメです!病人はおとなしくしてなさい!」


…意外と引き下がらない。しかも、怒られた…。 

綺麗なお姉さんに見えていた彼女の姿が、綺麗なお母さんに見えてきたのは錯覚だろうか。

 

恐らく、どう反論しても無駄だろう。

…そんな彼女の姿に観念して、俺は渋々口を開けた。

 

「はい、どうぞ」

スプーンが口内へ入ってくる。

口が一気に温かくなり、薄めの塩味と、梅の風味が口中に広がった。

 

…美味い。

どうして、こう彼女の料理は美味しいのだろう。

隠し味ももちろん関係しているのだろうが、彼女の料理を口にした瞬間に感じる、どこか安心する温かみも旨味のスパイスなのだろうか。

 

などと、考えながら彼女の差し出すスプーンを再び口へと運んだ。

 

 

 

 

 

 

ようやく、少しだけ満腹感を感じるようになってきた。

といっても、小鍋には三割程度しか残っておらず、残りの七割は既に腹の中である。

 

「そういえば…」

管理人さんが口を開き、そのまま言葉を続けた。 

「ゆずちゃん、急に熱心にテレビを見始めましたね」

 

ゆずちゃんに目を向けると、彼女は無防備なリラックスしきった体勢でテレビの前に座り込んでいた。

 

「あぁ、いつもこの時間になるとアレを観てるんですよ。あの子」

 

「そうなんですか…」

 

テレビでは、家族がテーマのホームドラマが流れていた。

実は、コレを視聴する事が彼女の日課だったりする。

どれだけお絵描きなどに夢中であっても、これだけは譲れないらしく、毎日毎日テレビにかじりつくように観ている。

 

これだけではない。

彼女は、ニュースなどで家族の特集などが流れる時も必ず、テレビから離れようとしなくなる。

 

まだ、一緒に住み始めて間もないのだが、彼女が『家族』というものに敏感なのはよくわかった。 

 

…家族…か。


「はい、これで最後です」


管理人さんが、鍋に残ったお粥をスプーンで一粒残らずすくい上げて差し出す。

 

最後…。

この一言に対してなんとも不思議な気持ちになってしまった。

この恥ずかしい時間がようやく終わるという喜びと、安心な気分にもなれるこの時間が終わってしまうという名残惜しさ。 

その二つの感情が複雑に混ざり合っていたのだ。 

 

「お腹、ふくれましたか?」

 

「んー…正直言うと、あまり…」

 

「そうですか…。実は、浅野さんと誠君、あと風見さんに…と思って多めに作ったんですけどねぇ…」


管理人さんが、苦笑いしながら食器を片付ける。


管理人さんの話からすると、俺のぶんもキチンと用意されていたらしいが、実際は少な目だった。

 

…この管理人さんに限って米の分量を間違うなどといったケアレスミスをするとは考えにくい。


だとしたら、一体なにが…。と、こんな些細な謎にさえも頭を使う事が出来るようになってきた自分に気が付き、さっき飲まされた薬の威力に感心する。


「それにしては少なかったでしょう?」


食器を軽くまとめ終わった彼女は、しっかり俺へと体の向きをかえる。

 

「実は、慶太郎さんがたべちゃって…」


申し訳なさそうに苦笑いする彼女ではあったが、その聞き慣れない名前の方に気が取られてしまい、その後に続いた言葉を聞き取ることが出来なかった。

 

そんな様子に彼女が気付いたのだろう。さっきと同じようにヒントをくれた。


「石井さんですよ。石井さん。…覚えてないですか?」

 

しかし、そんなヒントも生かすことが出来ず、全く答えが思い浮かばなかった。

 

そんな俺に見かねて、更にヒントを重ねる彼女。 

「ほら、こう、髪がボワボワ~って」

その髪型を再現しているのか、頭の近くでワサワサと手を動かす。かなり間抜けな姿であるが、どうにか伝えようとする必死さだけは伝わった。

 

「んぅ…、あっ、ほら、ライオンみたいな髪型の!」


ライオンのような髪型…。

頭で、その特異な姿を検索する。そして、ようやく思い出す。

 

彼女が伝えようと奮闘したその人は、俺がスケやんが呼ぶのと同じように『先輩』と呼んでいる男性であった。

 

石井慶太郎。特撮オタクのライオン頭の彼である。

そういえば、彼は二日酔いではないのだろうか。 

管理人さんの話から考えると、二日酔いではないようである。

あれだけ飲んでおいて…。

お酒には強いのだろうか…。


「あっ…」


管理人さんが何かに気が付き、小さな声をあげた。

 

「ゆずちゃん、寝ちゃってます」

 

「うわ…。また凄い恰好で…」


テレビの前で、フリルがついたワンピースはめくり上がり、パンツを丸見えにしながら大の字で豪快に寝ているゆずちゃんを見て、2人でクスリと笑ってしまう。

 

「じゃあ、この間に…」 

 

「どこかへお出掛けですか?」

 

「ちょっと買い物へ…。食材買わなきゃいけないんで…」

 

「それなら、私が行ってきますよ…?」

 

「や、薬も効いてきたんで気分転換に…」

 

「んー…ホントに大丈夫ですか?」

 

「大丈夫ですよ。ムリはしません」

 

「…わかりました。じゃあ、ゆずちゃんの側には私がついてますね」

 

「すみません。お願いします」

 

といった形で、半ば強引に外出の許可をもらう。 

食材を調達しなければならないのも事実ではあるが、この機会に色々見てまわりたいと思ったのだ。

 

 

 

 

  

 

太陽の日差しが眩しい昼下がり。じんわりと汗ばむ陽気は、もうすぐ夏がくる事を知らせてくれているようである。

 

そんな輝く光の下、俺は駅の近くに長く延びていた商店街へと足を運んでいた。

 

こんなに余裕を持って街を歩くのは、ここへ来て初めてだった。

次々に流れてゆく見慣れない街並みに、自然と気持ちも高揚してくる。


しかし、ゆずちゃんの面倒を押し付けてしまった管理人さんの事を考えると、素直に楽しめないというのも、また事実であった。 

 

そんな事を考えながら歩を進めていくと、既に商店街は目の前に延びている事に気がついた。

 

頭上には、大きな看板。『かさのみや商店街』と書かれていた。

そういえば、ここの地名は笠乃宮というのだったか…。

 

カラフルなタイルで彩られた広い道。

頭上に延びる、透明な屋根。

そして、様々な店が軒を連ねていた。

 

意外と通行人も多く、ガヤガヤと騒がしい言葉や雑音が行き交っていた。


その雑踏の中を歩く。

 

流れていくのは、魚屋、精肉店、八百屋、書店に、見るからに貴重な色あせた古書が並ぶ年期の入った古本屋、パン屋や喫茶店、駄菓子屋、おもちゃ屋…と言い始めたらキリがない程に様々なものであった。

 

それぞれ小汚く、昔ながらの店…という感じの店構え。

しかしそこで働く人々や客の笑顔が、その店たちをキラキラと輝かせているようだった。

 

とりあえず、今晩の夕食用の食材購入のためにいくつかの店をまわった。 

どの店でも、快く接してくれ、満面の笑みでサービスまでしてくれる。

これが、スーパーやコンビニとの大きな違いである。


こういう商店街特有の暖かさというか、そういうモノは自然とこちらの心まで明るくしてくれる。 

今度は行ったことがない店にも顔を出してみようと思えた事は、なぜだか妙に嬉しかった。


一通りの買い物が済み、足を商店街の出口へ向けて歩いていると、ある店に目が止まり足を止めた。

 

さっきは、初めて見る光景に興奮しすぎて気が付かなかったのだが、買い物途中は通り過ぎただけだったパン屋の隣に、懐かしのメロンパン専門店が建っている事に気づいたのだ。 

 

実は、メロンパンが大好物で、それなりのこだわりまで持っている。

新製品は必ず食し、メーカー毎の微妙な味の違いもわかってしまい、三度のメシよりもメロンパンが好き…という程のメロンパン通なのである。

 

そういうワケで俺の足は、この甘い誘惑の香りに自然と歩を止めてしまったのだ。

 

無意識のうちに、体が吸い寄せられるように店へと近づいていってしまう。

 

そして、気づけば店員と話をしていた。


「いらっしゃい!…おっ、アンタ見ない顔だねー。観光かなにか?」


頭にバンダナを巻き、エプロン姿で焼きたてホヤホヤのメロンパンをトレイに並べている店員。

 

年はちょうど優さんくらいで、性格も似ているように感じるほどに店員の話し方は彼女と同じだった。…が、優さんよりはかなり落ち着いた感じである。

 

「いや、最近こっちに越してきて…。あ、メロンパン4つ下さい」


そんな、優さんに雰囲気が似ている彼女の質問に至ってシンプルな回答を返す。

 

「ほぉー…、引っ越して来たんだ。…あ、もしかしてアンタが風見君?」 


商店街で飽きる程に聞かれた質問を、メロンパンを紙袋に袋詰めしている彼女も俺に投げかけてきた。

 

「え…?そうですけど…。そんなに有名なんですか…?俺…」

 

「はい、メロンパン4つで550円ね~。10円はオマケで負けといてあげる」

 

「そりゃどうも…」

硬貨とメロンパンでほんのりと温かくなった袋を交換する。

 

そして、そのまま会話は続いた。

 

「はーい、ありがとね~。で、アンタの話だけど…この街じゃ有名にもなるっての」

 

「えーと…それってどういう事ですか?」


実は、この商店街で買い物する毎に毎回同じような言葉を掛けられていたのだ。

 

この商店街の人々は、ここに越してきたばかりの俺の事を知っていて、その名前と俺を確認するかのように同じ質問をしてくるのだ。「お前が風見か?」と。


「あのゆずちゃんと生活してんでしょ?」

 

「…!ゆずちゃんの事知ってるんですか!?」

 

「そりゃ、よく買い物に来てくれてたからね~」 


「買い物…?」

 

「そうそう。あの子、ウチのメロンパンが好きでね~しょっちゅう買いに来てくれてたよ」

 

「そう…なんですか…」 


「確か、3年前だったかな…?」


…3年前…。

ゆずちゃんと一緒に住みながら、彼女との間で一度も話題としてあがった事がなかった。

 

元々、俺たちの会話が少ないというのもあるのだが、その話題には触れてはいけないような気がして避けていたのだ。


管理人さんも、この話題に関しては良い顔をしない。

 

かすみ荘の主である管理人さんが快く思わない話題だ。

これについての話は間違いなく、かすみ荘の最大のタブーだと思っていた。が、その時の詳細を知りたいというのもまた事実であった。

 

「この商店街では、あの子はみんなの娘…みたいな存在だったからねぇ…そりゃあみんな注目するって」

 

「…幽霊なのに?」

 

「んなもん関係ないよ」 


クスクスと小さく笑いながら、彼女は簡単にその言葉を言い放った。

そして、


「あの子はあの子でしょ」

と、続けた。


「…そういう事が簡単に言えるって凄いですね…」


そして、俺は心に浮かんだ感想を、思わず口から洩らしてしまっていた。 

 

少しの間が空き、彼女も口を開く。

「そりゃあ、初めは信じられなかったし、どう扱っていいのかもわからなかったよ。

けどね、ここの人たちはこういう性格だから…幽霊だとかそんなのどうでもよくなってね。

いつの間にか普通の女の子として接するようになっててさ」


と、懐かしい思い出を回想しながら穏やかな笑顔で彼女は話した。

 

彼女が言った、この商店街の人々の性格。

おおらかで、気さくで、明るくて、温かい。

まだ、少ししか商店街の人たちとは話をしていないけれど、彼女が言いたい事はよくわかった。

 

こんな人たちの前では、幽霊だとかそういう事もどうでもいい事なのだろう。

 

こんな事、常識的ではないのだが、それでもすんなりと納得出来てしまった。

 

「…アンタもそうなんじゃないの?初めはあの子の事、恐かったんじゃない?」

 

「あー…、正直言うと恐かったです…」

 

「ははっ、やっぱりそっか。でも、あの子の笑顔見てると、そんな気持ちも薄れちゃうんだよね…。

あの笑顔は卑怯だよねぇ、可愛すぎだっての。

なんつーのかなぁ…イキイキとした笑顔で、こっちも元気になれるっていうか…。わかるでしょ?」

 

…笑顔?


確かに、ゆずちゃんの笑顔は可愛らしいものだとは思う。

思う…けど、イキイキした笑顔…とは言えないような気がする。

 

多分、目の前の彼女と俺の思い描いているゆずの姿は、また別のものなのだろう。

3年前のゆずちゃんは、今よりも普通の女の子だったのだ。

 

でも、彼女の思い描く姿を崩したくなかった俺は「そうですね」

と、一言答えた。


「どう?あの子は元気してる?」

 

「あぁ、元気してますよ。もう、元気すぎて困っちゃうくらいですよ。あはは…」


元気なのには変わりないのだが、多分彼女が想像している『元気なゆずちゃん』と実際の姿とは違う。

と言っても、一応ウソは言ってないハズなのに、思わず動揺してしまった。

 

「ふーん…、そっか、元気…ではないみたいねぇ」

 

「…!」


完全に見抜かれていた。 

彼女にはどんなウソも通用しないのでは無いだろうか…と思ってしまう程に全てを見透かされている気になってしまう。

…ウソは言ってないんだけども。

 

「どうしてわかったんですか…?」

 

「アンタはウソつくのが下手だねーって言いたくなる程に分かりやすいリアクションだからね。

これじゃ、バレても仕方ないっての」


彼女のそんな言葉で、真実を洗いざらい話そうという決心がついてしまった。

 

「元気は元気なんですけどね…」

 

「あー、もしかして笑わないか…。あの子」

 

「…イキイキとした感じでは笑わないですかね…」

 

「そっかそっか。まあ、仕方ないかもねぇ…」


そして、彼女はよくわからない話をし始めた。

 

「やっぱり、あの人の存在は大きかったんだねー…」

 

…あの人?

今までの会話の中で初めて耳にしたワード。

いったい、誰の事なのだろうか…まったく見当もつかなかった。

 

彼女は更に『あの人』の関係している話を続けた。


「でも、こうなっちゃうとアンタも大変だねー。あの人は、ゆずちゃんの心を開くのにかなり時間かかったらしいしねー…」

 

次々と、俺が『あの人』を知っていることを前提として話が進んでゆく。 

『あの人』を知らない俺には、同意出来る内容が一つもなかった。

 

「あの…」

 

「…ん?なに?」


全く知らない人についての昔話を聞かされるのは大して苦痛とは感じないのだが、自分がその人を知っているかの様に話されると、たちまち大きな苦痛となる。

俺は、気持ちよく懐かしみながら話す彼女の言葉を止めていた。

 

「さっきから話に出てくる、あの人…って誰ですか?」

 

「…へ?」


この言葉を全く予想だにしていなかったのだろう。と容易に察する事が出来るくらいに彼女は驚いていた。

 

「…アンタ、聞いてないの?」

 

「え?あ、はい…。

だから、まずはその人の事を教えてもらわないと…。よかったら教えてもらえませんか?」

 

「うーん…」

俺の言葉に対して、暫く考えた結果、彼女は一言 


「…ダメ」

と言い放った。

 

「え…?ダメって…」

 

「これはアタシが話すことじゃぁないからねぇ…。

もし、さくらちゃんがアンタに話そうとしたら、ちゃんと聞いてあげて」 

 

さくらちゃん…ということは、管理人さんが『あの人』に関係しているのだろう。

…もしかしたら、コレがかすみ荘最大のタブーなのだろうか…。

あながち、俺の予想も外れてはない気がする。

彼女の真剣な眼差しが、この仮説に妙な自信を与えてくれた。

 

「さて…!ちょっと話し込んじゃったねー!」


どんよりとした雰囲気を変えるように、さっきとは違う大きな声で話し出す。

 

「あー、ホントだ…。メロンパンもちょっと冷めちゃってますよ…」

 

「あらまー…、そりゃ悪い事したわ」

 

「いやいや、大丈夫ですよ!さて、ゆずちゃんも待ってますからそろそろ帰りますね」

 

「ん、そりゃ大変だ。じゃあ、色々ありがとね。またおいでください!」 


来店時と同じような明るい笑顔を彼女が向ける。 

そんな彼女に一度だけ会釈をして、歩き始めようとした時、

「あ、ちょっと待った!」

という、彼女の呼び止める声が聞こえた。

 

「これ、サービス!」


そう叫んで、乳白色の袋を俺へと投げる。

 

それを何とかキャッチし、お礼を言った。

 

「いつか、ゆずちゃんと一緒に買いに来てね」

 

優しい笑顔を向ける彼女。その彼女に、もう一度会釈をし、歩を進め始める。

彼女が投げた袋の温かさと、中から漏れだす甘い香りとを一緒に感じながら。


 

 

 

 

「ん…」


ふんわりとした桜の香りを感じ取る。

この香りは、もうすぐかすみ荘へ到着するという看板替わりでもある。

 

ここまで歩いてくる間、ずっとメロンパン屋の彼女との話を考えていた。 


3年前…。

それは、管理人さんとゆずが大きく関わっている、俺にとっては空白の期間。

気にならないと言えばウソになるが、だからといってムリヤリに管理人さんから話を聞こうとは思わなかった。

 

でも、やっぱりゆずちゃんと同棲している俺はこの事を知っておくべきなのではないだろうか…。

 

そんな事が、ずっと頭の中でぐるぐるとまわっていた。

 

「風見さんっ」


後ろから俺を呼ぶ声が聞こえた。

聞き慣れたものではなかったが、聞き覚えのある声。

 

俺は、その声がする方へ体を向けた。

 

そこに立っていたのは、俺と同じくらいの背丈がある青年であった。

声と同じく、見慣れた姿ではないが見覚えのある容姿。

しかし、頭の中で記憶をたどってみても名前は思い出せなかった。


「買い物帰りですか?あ、そのメロンパンって美味いんですよね」


親しげに話しかけてくる彼。

相変わらず名前は思い出せない。

 

「しっかし昨日は大変でしたよねー、僕なんかまだ頭ガンガンしてますわ」


彼は苦笑いしながら、流暢な関西弁を話す。

 

頑張って頭をフル回転させるのだが、やはり思い出せなかった。

そんな俺の様子に気付いたのか、彼は自ら名乗りだした。

 

「もしかして、覚えてませんか…誠ですよ。中根誠」

 

彼の名乗った名前。中根誠。

その名前を聞いて、ウチを出る前に管理人さんとの話で出てきた名前だということに気付く。

 

それをきっかけとして、スルスルと紐が解けていくように、先程からの謎が解けていった。

 

「あ…あぁ!誠君か!」 

 

「思い出しましたか?」 

 

「うん、昨日パーティー開いてくれてたのに忘れるなんて…」

 

「ははっ、ええですよ別に。今度はちゃんと覚えといて下さいよ~?」

 

中根誠君…もとい、誠君は昨日開かれた歓迎パーティーの参加者だ。

そして、彼には妹もいた。

名前は確か、こよみちゃん。

結局一言も彼女の声を聞く事はなかったのだが、珍しいその名前とゆずと似た雰囲気のおかげでまだ記憶に残っていたのだ。

 

「それにしても、昨日は大変だったね…俺も二日酔いが酷くてさぁ」

 

「僕もですよ~…、キツイっすね二日酔いって…」

 

「あれ?今までなったことないの?」

 

「あるもないも、酒飲んだんは昨日が初めてですよ」

 

「あ、そうなんだ…」


意外な言葉が返ってきた。

昨夜の飲みっぷりからは、普段から飲酒しているように感じられたのだが…。

 

「そら、法律は守るつもりでしたけどね、僕が犠牲になるくらいでさくらさんの暴走を防げるなら…ね」


哀愁ただよう静かな微笑。

そこからは様々な感情が取って見えた。

 

俺も、昨日身を持って知ったのだから、あの暴走を止めたい気持ちは痛いほどにわかる。

 

彼は、誉められた事ではないが、国の決まりに背いてまで彼女の暴走を阻止しようとしたのだ。

あれだけ頑張ったというのに、管理人さんはノンアルコール一本で覚醒してしまったのだから、いたたまれない…。

 

「次からは俺が頑張るから、任せといてよ。さすがに未成年に飲酒はさせられないしね」

 

「あ、そら、助かりますわ。あんなんがオトンにバレたら、思いっきりどつかれますから…」

彼は苦笑いをする。


オトン…か。 

ここで、昨日から疑問に思っている事をぶつけてみる事にした。


「そういえば、昨日はお父さん居なかったよね?…仕事か何か?」

 

「…」

彼は、そんな質問に対して黙り込んでしまった。 

「風見さん」

彼が言葉を発する。

 

「ウチの妹の事、どう思います?」


そして、全く関係のない質問をされる。

もしかして、俺の質問が聞こえてなかったのかもしれない。

 

「なんにも喋らへんかったし、おかしな子やって思いませんでした?」

 

俺が答える隙も与えずに彼は質問を重ねた。

真剣な彼の眼差しが俺の目を射抜いた。

 

「…うん、まあ、ちょっと。ウチのゆずと似た感じだな…とは思った」


今の彼には、適当に思いついたその場しのぎのウソなど通用しないと感じた俺は、素直に答える事にした。

 

「そうですか」


全く表情を変えずに、彼は呟いた。

 

そして、彼はまた質問をする。


「…ウチの事、知りたいとか思います…?」

 

「…君が話してくれるなら知りたいと思うよ」

 

「風見さんはスグにかすみ荘を出ていく事はなさそうなんで、話しとこうかなって思ったんですけど…」

 

「…あぁ。ゆずちゃんを何とかするまでは出ていかないよ」

とっくに覚悟は済ませたのだ。俺は、ゆずちゃんと変わっていく。それまではここを出ない…と。

 

「わかりました。じゃあ話しときますね…」


そうして、彼は話し始めた。妹の事、親の事…彼ら中根家の事を…。

 

「こよみの事なんですけど、風見さんが思ってるほど暗いヤツやないんですよ」

 

「あー…うん、だってパーティーの時に全然喋ってなかったからさ…」

 

「あの時はメモ帳がなかったんです」


彼は苦笑いしながら、またよくわからない理由を言った。

 

「メモ帳…?」


メモ帳と、パーティー時のだんまりと、どういう関係があるというのだろう。

 

少し頭を働かせてみたのだが、全く見当もつかなかった。

 

「あー…と、ごめん。意味がわからないんだけど…。説明してくれないかな…?」

観念して、素直に解答を求める。

 

「…」


彼はまた少しの間黙り込んだ。

そして、口を開く。

 

「実は、こよみは喋られへんのですよ」

 

「…え…?」


その解答は、まさに予想だにしなかった答えであった。

もしかすると、聞き間違いかもしれない。

 

もう一度、彼から解答を聞くために口を開こうとした時に見えた彼の真剣な表情は、その言葉が真実である事を静かに物語っていた。

 

「…」


そんな彼の言葉に黙り込んでしまう。

何も言えなかった。

これ以上聞くのが怖くなってしまったのだ。

 

「…そこの公園で話さない…?」


彼を公園へ誘ってみる。 

怖いからといってこのまま黙っているワケにもいかなかったし、たった数十秒の移動時間でも、心の中を整理するには必要だったのだ。

 

「そうですね。そうしましょか」


彼は快く俺の提案に乗ってくれた。

 

もしかすると、彼も心の中を整理したいのかもしれない。

…根拠はないけれど。

 

 

 

 

 

かすみ荘から、そう遠くはない小さな公園。

あるのは、ブランコやすべり台くらいで、なかなか殺風景な場所であった。

 

俺は、自販機で買った缶ジュースを持って、先にベンチへ座らせた彼の元へ歩を進めた。


「はい。これでよかった?」

 

「あ、すんません。いただきます」


適当に選んだジュースを渡し、彼の隣に腰をおろした。

 

手にした缶ジュースの封を開け、少し口に含んで一息つく。

 

「…じゃあ、話の続きを聞かせてくれるかな」

 

「そうですね」


そして、中根家の話は再開した。

 

「こよみが話せへんって所までは話しましたよね」

 

「うん。…その話せないってのは、元から…っていうか…」

 

「あー、ちゃいますよ。ちゃんと言語能力はあるんです」

 

「…話す能力自体はあるって事か」

 

「まあ、そういう事ですね。えっと、風見さん」

 

「…ん?」

 

「風見さんは、緘黙かんもくって知ってますか?」

 

「かん…もく…?」


彼が発した言葉は、全く聞いた事のない単語だった。

 

「…全然知らないな…」

 

「あんまり聞かへん言葉やし、しゃあないですよね」


そして、彼はその言葉について説明を始めた。

 

「緘黙っていうのは、重度のストレスとか、精神的な問題で話す事が出来なくなる病気の事なんです」

 

「…でも、話す能力は…」


彼は、黙って頷いた。

 

「そういう能力はあるんですよねぇ…。

だから、治る可能性も十分にあるんですけど、それがなかなか難しくて…」


彼はジュースを一口だけ口に含みほんの少しだけ一服して、話を続けた。 

 

「緘黙には種類があって、

大まかには『全緘黙』と『場面緘黙』っていう分け方が出来るんです。 

この違いってわかります?」

 

彼の口からは、全く聞いた事もないような言葉が次々と飛び出してきたのだが、話し方が上手いのだろう。混乱する事はなかった。

 

緘黙…精神的な問題によって話せなくなる病気…。

このヒントだけで、ある程度の答えは絞り出せた。

 

「全緘黙は全く話せなくて、場面緘黙はちょっとは話せる…みたいな感じかな」

 

「あぁー、惜しいなぁ!…けど、ちゃいます」

 

苦笑しながら、手にした缶ジュースをまた一口だけ口に含んで、彼は話を続けた。

 

「場面緘黙っていうのは、ある場所で…例えば、家ではなんの問題もなく話せてるのに、外に出れば全く話せなくなったり…とか」

 

「あー、なるほど。

じゃあ、こよみちゃんも、その場面緘黙だったり…?」

 

彼の顔つきが変わった。 


「そうやったら、どれだけラクやったでしょうね…」


その悲しげな表情は、彼が経験してきた苦労をはっきりと表しているようだった。

 

「こよみはね、家でも外でも話せへんのですよ」

 

「…って事は…、それが…」

 

「はい。全緘黙ってヤツです」

 

「そうか、だからメモ帳が必要なのか」

 

黙って頷く誠君。

 

「こよみにとって、メモ帳は『声』であり、ペンは『言葉』なんです」

 

「なるほど。…ふぅ…」 


思わずため息をついてしまった。

 

「あー、疲れましたかね…」

 

「うん…正直、どっと疲れた…」

 

「ちょっと重すぎたかな…。

でも、これからがもっと重いんやけどな…」

 

苦笑いして、あまり聞きたくない言葉を言い放つ誠君。

 

これ以上重い話を聞かなければならない…そう考えただけで更に疲れてしまう。

 

誠君は、多分色々と決心して俺にこんな話をしてくれている。

まだ、昨日会ったばかりの俺に…。

おそらく、ゆずちゃんの件で意外と信頼されているのだろう。

 

だから、途中で聞くのを止めるワケにはいかないのだ。


…でも、疲労が限界というのも事実で…。

 

「…メロンパン食べない?」


気付けば、先程購入したメロンパンを差し出していた。


「あはは、ちょっと休憩しましょか。いただきますね」


彼は笑って、メロンパンを受け取ってくれた。

こうして、ちょっとした休憩を取る。

 

そんな休憩も、この町の事や商店街での買い物のコツなどの世間話であっというまに過ぎてしまった。

 

ちなみに、管理人さんも優さんも今は恋人もいないらしい。

「風見さん、チャンスですよ!」

「何がチャンスなんだよ!」


まるで兄弟のようにバカなやり取りで笑い合う。

しかし、そんな世間話をいつまでもしているわけにもいかない。

 

 

いよいよ、今度は中根家の過去話が始まった。

 

「こよみが何でこんなことになったか…とかも話して大丈夫ですか?

…イヤならもう止めてもいいんですけど…」

 

「…いや、大丈夫…!

うん。大丈夫だから、続きお願いします」

 

「…わかりました。

こよみの病気は、ストレスとかじゃなくて、大きなショックによるものなんです」

 

「…ショック…って、どういう…」

 

また彼は黙り込み、少しの間を空けて口を開いた。

「…ウチね、母親いないんですよ」

 

この言葉に対して、少なからず衝撃はあったのだが、今は病気の原因の話をしているというのに、何故このタイミングでこの話題が出てきたのか不可思議に思う気持ちの方が大きかった。

 

 

「…もしかして、それが原因だったり…?」

 

彼は黙って頷き、再び話し始めた。

 

「こよみは、オカンが死ぬ所を完全に見てしもてるんです。これが、病気の原因なんですよ」

 

…母親の死ぬ所を完全に見ている…。

と、いうのは病気かなにかで息を引き取る母親を看取った…という事なのだろうか。 

…しかし、彼の言葉にはどうも引っかかるものがあった。

 

「お母さんも、病気かなにかで…?」


素直に彼に質問する事にした。

 

「ちゃいますよ」


平然と言い放つ誠君。

 

 

「じゃあ、いったい…」 

 






「殺されたんです。



ウチの母親」



思わず耳を疑った。

 

その一言を聞いた瞬間、すぅっと俺の血の気が引いていくのを感じた。

これは、そう、ゆずの過去を管理人さんから聞いた時と同じような感じであった。

 

「ころ…された…?」


俺は言葉を失った。

どう返事していいかわからなかったのだ。

 

「…トラックに跳ねられたんです。轢き逃げ。

世間では、事故やったとも言われるでしょうけどね…」

 

「そういう事か…」

 

「なんか、よくドラマとかでありそうな話でも、実際起こってしまうと、たまったもんやないですわ」

 

「誠君…」


相変わらず、気の利いた言葉は掛けてやれなかった。

そんな俺に少し目をやって、彼は続けた。

 

「…今まで元気に話をしてた自分の母親が、気がつけば道端に倒れてる。

血まみれの体で。

そこに居たのがこよみなんです」

 

「…」


もう、何も言葉が出てこなかった。

想像するまでもない。あまりにキツすぎる現実がそこにはあった。

まるで、ドラマのような事故の話。

そんな夢物語の主人公が横に座っているなんて、信じられなかった。

 

 

「それ以来、こよみは言葉を失いました」

 

「…そうか」


ようやく出た言葉がコレだった。

なにか別に、彼に掛けるべき言葉があるはずなのに、何も浮かんでこなかったのだ。

 

「…これで、話したい事はオシマイです」

 

「あ…うん…」


彼の言葉に対して、相変わらず良い返事が出来なかった。

そんな俺を見かねたのか、彼は軽く苦笑する。

 

「…疲れましたね。なんか、聞きたい事とかあります?出来る範囲でなら答えますよ」

 

質問…。

一応彼の話を聞き終わったわけだが…。

正直言えば、その内容についてもう少し突っ込んで知りたい部分もあるにはある。

 

「そうだなぁ…じゃあ…」


…あるにはあるのだが…、流石にこれ以上重い話を聞く体力は残ってなかったし、やはりこういう話はお互いに疲労が溜まるようで、彼自身もどこか疲れているように見えた。

 

「…そういえば、昨日は誠君のお父さんいなかったけど…仕事いそがしいの?」

 

軽く雰囲気を変えるつもりで、ひとつ質問してみた。

さっき、彼が聞き取れてなくて出来なかった質問だ。

 

「…すいません…」

その質問に対して彼は一言答えた。

 

「…え?」

 

「…オトンの、何が聞きたいんですか?」

 

「えっ…あぁ…。いや、ほら、お父さんがいつ帰ってくるか…とかが知りたかったんだよ。まだ挨拶も出来てないし…。

今は出張中…とか?」


 

「…わからへんのですよ。

ウチのは、せいぜい1ヶ月に1、2回程度しか帰って来うへんのです。それも不定期やから、ハッキリした日にちは…」

 

「そう…なんだ…。じゃあ…」

 

「すみません、もう、オトンの話は…」


もう少し詳細を知るために質問しようとしたのだが、それは彼の言葉によって遮られた。

 

やはり、1ヶ月に1、2回程度しか帰宅しない…という話がどうも引っかかる。

いったい、どういう事なのだろうか。

 

それだけ帰宅する暇が取れない程に、忙しい仕事なのか…もしくは、海外へ単身赴任中という話も有り得る。

あとは…付き合っている彼女がいて、自分の子供よりも大切…だとか。  

最後の推測はドラマの観すぎのような気がするし、第一、全く知らない人をそういう風に疑うというのは良くない。

 

良くないのだが、彼がその後に呟いた「嫌いなんですよ…あんなヤツ…」という言葉は、やっぱりそういう深い事情があるのではないかと思ってしまう。

 

何にせよこの時は、軽い気持ちで話し出した話題が、また場の空気を重くするなんて予想すらしてなかった。

 

「質問してくれって言ったのは僕の方やのに、ごめんなさい…」

 

「…いいよ、また話してくれる気になったら、聞かせてもらうよ」

 

「…ありがとう…ございます…」

 

「じゃあ、もう一つ質問していい?」

 

「あっ…はい」

そう言うと、彼は少し身構えたように見えた。

 

「…誠君は、いつも自分の事を僕って呼んでるの?」

 

「…へっ?」

彼は拍子抜けしたように、素っ頓狂な声を漏らした。

 

「もしかして、これもNG?」

冗談っぽく、微笑しながら彼に確認する。

 

「いっ…いや、そんな事ないですよ!

まさか、こんな質問やと思ってなかったから…」

 

「だって、もう疲れたよね。お互いに…さ」

自分の言葉に自分で苦笑してしまう。

 

「それは…そうですけど…」

 

彼は少し間を空けて、大きく深呼吸し、

「では、答えさせていただきます」

と、わざと大袈裟に答え始めた。

 

「いつもは、俺って呼んでるんですけど、年上の知らない人とか、知り合って間もない人にはこんな感じで話してます。

まあ、礼儀の1つって感じですかね。やっぱり」

 

「ふーん…なるほど。

じゃあ、これからはいつも通りの喋り方で大丈夫だよ」

 

「えっ…?いや、だって流石にまだ知り合ってちょっとしか経ってないし…」

 

「確かに知り合って間もないけど、あんな話をしたんだし、他人同士ってワケでもないかなーってさ。ムリにとは言わないけれど…」

 

「あ…。あぁ…そっか、そういう事か」


彼は、さっきとは打って変わったような明るい笑顔を見せてくれる。

もしかすると、この提案の意図をわかってくれているのかもしれない。

 

「わかりました、じゃあそうさせてもらいます。

俺…今日は風見さんに話せてよかったですよ」 

「…うん。俺も聞けてよかった。ありがとう。誠君」

 

「…はいっ」

その彼の笑顔は、今日、彼と出会ってから初めて見た、心からの笑顔だった。


「かくして、2人の間には熱くて固い男の友情が結ばれたのであった…!」

 

その時、嫌という程に聞き慣れた声が後ろからするのが聞こえた。

 

「…勝手なナレーション付けないでくれます?優さん…。

つーか、いつのまに…」

 

「買い物帰りに見かけたからね~。

それより、なに2人で青春感じちゃってんのよぅ!」

 

 

相変わらずのテンションの優さん。

普段は少し困る彼女の性格も、こういう時には何よりも有り難く思える。 

重い空気を一変出来る彼女は、なんだかんだ言って色んな意味で凄い人だと感じた。

 

「で、どんな甘酸っぱい青春話をやってたの?」 

 

「だから、そんなんとちゃいますよ!」

 

さっきまではあれだけ重い空気だったのに、すっかり雰囲気が変わってしまった事にどこか可笑しくて、誠君と大声で笑ってしまった。

 

 

 

  

 

あの後もしばらく3人で雑談して、かすみ荘へ到着したのは20分後くらいの事だった。

 

玄関の大きな引き戸に手をやったとき、誠君が俺に話し掛けた。

 

「風見さん、一つお願いがあるんですけど…」


「お願い…?」

 

「…こよみの事、どうか、普通の女の子に接するみたいにしてやって下さい。

昔は、やっぱりそれで虐められたりして、特別視されるのを嫌ってるんです…。

喋れへん子なんて、珍しいもんやとは思います。そやけど…どうか、お願いします」

 

それは、切実な力のこもった願いだった。

多分、コレが一番伝えたかった事なのだろう。

だから、過去の話を教えてくれたのだ。

 

「…大丈夫。

別に特別視するつもりはないよ。

それに、喋れない子なんて、幽霊と一緒に住んでる俺からすれば、なんてことないって」

 

俺は、幽霊と同棲している自分を考えて、小さく苦笑しながら答えた。


「風見さん…。ありがとうございます…」

 

「うん」

 

「…そっか、まーくん話しちゃったんだ」

優さんが、落ち着いた様子でぽつりと呟いた。

 

「…あれ?優さんも知ってるんですね」

 

「そりゃあ知ってるわよ~。

何年住んでると思ってんの」

 

「それに…まーくん…って…」

 

「優さん、たまにそれで呼ぶのやめてくださいよ!

せめて誠かまーくんかどっちかに統一して下さい!」

 

「あら!あらあら!言うねーこの子は!」

 

そして、2人は言い争いをはじめた。

…誠君も大変だなぁ…

 

 




かすみ荘の玄関からまっすぐに伸びる廊下を歩く。

やっぱり変わらず、建物の中は桜の香りで満たされていた。

 

この香りを感じると、少しだけ安心できた。

更に、こういう風に思えるようになった自分に気が付き、どこか嬉しくなってしまった。

 

「じゃ、私はこっちだから」


そう言うと、優さんは小さな庭に面した左右に伸びる廊下を、左へ向かって歩いていった。

 

ちなみにこの廊下は、庭をぐるりと囲んだ形で伸びていて、左側から順に、先輩、優さん、食堂、管理人さんの自室、風呂、物置部屋、中根家、俺とゆずちゃん、そして、スケやん。

というふうに、9つの部屋が設置されている。

 

ちなみに、玄関から入ったすぐ横には『管理人室』がある。

就寝時以外は、管理人さんは主にここにいるらしい。

 

そういえば、管理人さんにゆずちゃんを任せっきりだった。

管理人さんにもかすみ荘の仕事があるのだから、いつまでも任せっきりというワケにはいかない。 

 

まだ、ここへ来て数日しか経っていないというのに、彼女にはだいぶ迷惑をかけてしまっている…。

 

心の中でお礼を言いつつ、自室のドアノブに手を掛けた。

 

「じゃあ、今日は色々ありがとうございました」  

誠君が、お礼を言いつつ小さく会釈すると同時に、誠君の部屋のドアが静かに開いた。

 

「こよみ…」


そこには、こよみちゃんが立っていた。

 

「ただいま。遅くなってゴメンなぁ…」


誠君はそのまま、YES、NOで答えられるような簡単な質問をして、彼女とコミュニケーションをとっていた。

 

そして、そばでそのやりとりを見ていた俺と彼女の目がふと合った。

 

普通に…普通に…。と、自分に言い聞かせながら彼女に近づく。

さっき誠君にああは言ったものの、こういう子と話すのが初めてなのだから、やっぱり緊張ぐらいはする。

 

ゆっくりしゃがんで、彼女の背丈に自分を合わせて、一言だけ挨拶してみた。


「こんにちは、こよみちゃん」

 

こよみちゃんはポケットをさぐり、何かを探したようなのだが、どうやら目的の物が無いことに気付いたのだろう。誠君の服の裾を何かを訴えるように引っ張っていた。

 

「~…!」

 

「えっ…?あぁ、そうか、ゴメンゴメン」

彼はそう言うと、買い物袋に入った小さなメモ帳をこよみちゃんに手渡した。

 

こよみちゃんは、このメモ帳を探したのだろうか。

もうメモ帳が無かったというのは本人が一番わかっていそうなのだが、それでもポケットをさぐったのは、多分メモ帳を取り出す事が彼女にとって当たり前の事…という事なのだろう。

 

こよみちゃんは、ごく当たり前のように可愛らしいペンを取り出し、その小さなメモ帳に文字を書く。

そして、そのまま俺へメモ帳を向けてくれた。

 

『こんにちは』

 

そこには、女の子らしい丸っこい文字で一言だけ書かれていた。

この一言を伝えるだけでも、わざわざペンで書かなければならないというのは、いったいどれだけ不便なのだろう。

 

「うん、こんにちは。

えっと…、風見奨悟です。…って、もう知ってるかな」

 

彼女はまたペンを走らせる。

『よろしくです、かざみさん。あと、名前は知ってました』

 

「あはは、そっか。俺は、このままこよみちゃんって呼んでてもいいのかな?」

 

この質問に対しては、こくんと頷いただけだった。

 

「そっか、じゃあ、改めてよろしくね」


ぽんっと彼女の頭に手を置きながら、また挨拶する。

 

「こよみちゃんは、小学生…だよね?」

 

 

『にねんせいです』

 

 

「…それにしては、字が綺麗だね。

漢字もちゃんと使ってるし…」

 

こよみちゃんは、少し照れくさそうに

『ちょっとだけ自信があるんです』

と答えて、歯を見せながら屈託のない笑顔を見せてくれた。

 

こんな他愛もない『会話』をしばらくの間続けた。

   

「じゃあ、そろそろ帰らなきゃ」

 

『かざみさんといろいろお話できて楽しかったです』

 

必死に自分の伝えたい言葉をメモ帳に書いているその姿は、どこか微笑ましかったし、ちゃんとコミュニケーションもとれる。

 

彼女は、ただ『喋れない』だけなのだ。それ以外は普通の女の子と何ら変わりはない。

 

そんな彼女の頭を、最後に軽く撫でてから、2人が部屋に戻っていくのを見送った。

 

その後、自室へ戻ろうとドアノブを捻ると、横から、かん高いホイッスルの音が響いた。

 

ハッとして、振り向くとこよみちゃんが首から掛けたホイッスルをくわえながら手を振ってくれていた。

 

あのホイッスルはこういう用途があるのか、と感心しながら手を振り返してドアを開いた。


「あら、おかえりなさい。風見さん」

 

「あ…ただいまです」

 

部屋へ入ってすぐの所にある台所に管理人さんはいた。

 

「ちょっと遅くなってすみませんでした」


苦笑しながら、彼女へ謝る。

 

「いえいえ、全然大丈夫ですよ」

それに対しても相変わらずの笑顔で返してくれた。

 

「ゆずちゃんが迷惑かけたんじゃないですか…?」

 

「そんな事ないですよ!一緒にいて楽しかったです」

 

「それはそれは…。

そう言ってもらえると気が楽ですよ。あ、コレ持ってって下さい。一応、お礼のつもりです」


そう言って、手に持っていたメロンパンが入ったビニール袋を彼女へ差し出した。

 

「あ、メロンパンですか。あそこのメロンパン、大好きなんですよ。有り難く貰っておきます。

…それはそうと、体は大丈夫ですか?」

 

「体…?」


彼女の言葉がしばらくピンとこなかったのだが、しばらく考えてようやく思い出した。

 

「うぎ…ッ…!痛だだだ…!」


俺はその場に頭を抱えてうずくまる。

そんな俺を急いで支えてくれる管理人さん。

 

「やっぱり無理してたんじゃないですか…」

 

「す…すみません」


そう、当然ながら、まだまだ二日酔いは治ってなかったのだ。

誠君との話ですっかり気が飛んでいた。

 

それを思い出した途端、再び俺を襲い出した猛烈な頭痛に耐えられなくなり、その場にうずくまってしまったのだった。

 

「やっぱりしばらく横になりましょうか」

 

「そ…そっすね…」


彼女の肩を借りながら、居間にひいてある布団へ向かおうと、目の前の襖を開いた。

 

「がんばれー!チャーミー!!」

 

開けた瞬間に、ゆずの大声が部屋中に響き渡った。

 

そこには、テレビの前で大興奮しながら必死にアニメの登場人物を応援する少女がいた。


その隣には何十年もの付き合いの見慣れた金髪が、ゆずと同じように必死にテレビに釘付けとなっていた。

 

ゆずのこんなに大声で必死な姿はとても新鮮だったのだが、二日酔いの体に彼女の声はかなり効く。

 

俺は、邪魔をしないようにゆっくりと布団へと戻っていった。

 

テレビでは、日曜の朝にやっている女の子向けのアニメが流れていた。

やっぱり、ゆずもこういうのが好きなようで、目の色を変えながら、テレビの中で大バトルを繰り広げる女の子達を応援していた。

 

俺はそんな光景を眺めながら、布団に横たわる。 

そして、テレビの側にあるゲーム機が作動しているのに気がつき、それにはDVD再生機能が付いているので今はDVDを観ている事もわかった。

 

管理人さんかスケやんがわざわざレンタルでもしてきてくれたのだろう。 

 

なんとも有難い話だ。


そのあと、このDVDがスケやんの所有物という事が判明したり、

先輩が買ってきてくれたらしい飲み薬を飲んだり、

メロンパンを3人へプレゼントしたりと、

そのあとも少しだけ色々あった。

 

そして、薬のせいだろう。

猛烈な眠気が襲ってきて、ゆずの夕飯を作らなければいけない。

という気がかりもあったけれど、その心地よい眠気に身を委ねて、しばらくの間眠ってしまった。

 

 

 


  

 

 

「うっ…ぐ…」


体の痛みで目が覚める。

相変わらず体は酒臭いし、二日酔いはきついし、二度と酒は飲むまいと誓いながら俺は布団に横たわっていた。


高校生で慣れない酒なんて飲むものじゃないな。

 

こよみは、ずっと隣で心配そうに俺を看病してくれていた。

 

「すまんなぁ」

 

そんな俺の言葉に、こよみはぶんぶんと首を横に振って応えてくれる。

 

俺は、こよみの頭を軽く撫でて、風見さんに、ウチの事情を色々話した事を言おうとした。

 

「なぁ、こよみ。俺な、風見さんに色々…」


しかし、やっぱりこよみは別に知る必要もないかなと思い、話を変えた。

 

「…いや、なんでもない。そういや、夕飯作らなアカンなぁ…」


そう言って、体を起こそうとする…が、こよみに阻止された。

 

こよみが提示したメモ帳には、

『じっとしてなアカン!』

と殴り書きで記されていた。

こよみは、怒ると字が殴り書きになる。

 

「…そうは言っても、俺が作らな…」

 

『ウチが作る』

 

「…そんなワケにはいくかっちゅうねん…」

 

『管理人さんに教わったから大丈夫』

 

「大丈夫て…お前…」

 

実は、一緒に作ったりなどはあったのだが、料理の全てを任せる事はした事がなかった。


「…あかん。やっぱりそういうワケにはいかへん」

 

『なんでよ!』

 

「俺がお前の兄貴やからや」

 

 

 

こよみは、悔しそうに下唇を噛みしめる。

確かに、こよみの気持ちは有り難い。でも、こんな事で頼ってられない。…俺はコイツの兄貴なのだから。

 

『そんなにウチはたよりない?』

 

「…え…?」

 

『ウチかっていつまでも子供とちゃう!』

 

「…ちがっ…そういうわけじゃ…」

 

こよみは、そのままボロボロと涙を流し始めた。 

 

そういえば、これくらいの年の子はこういう扱いを嫌うという事を思い出した。

 

コイツは、自分が無能だと思われていると勘違いしているのだ。

…いや、勘違いじゃない。俺は、コイツを少し子供扱いしすぎなのかもしれない。

 

「…わかった。じゃあ頼むわ。…もー…泣くなよなぁー」


笑いながら、そう言ってこよみの頭をワシワシと撫でてやった。

 

その後、しばらく2人で談笑していると、こよみがこんな質問をしてきた。

 

『パパは今度いつ帰ってくるんやろねぇ』

 

「…そやな、いつ帰ってくるんやろ…。こよみは、早く帰ってきてほしい?」


この質問に、こよみは縦に頷いた。

 

こよみは、父の事をパパと呼んでいる。それに、俺とは違い、父の事が大好きなのだ。

日にちがかかる仕事をしているのは知っているし、それが俺らのためという事もわかってる。

 

けど、それでも1ヶ月に帰ってくる回数が少なすぎると感じる、

 

別に、オトンが何をしようと構わない。


ただ、こよみの側にいてくれる回数を増やしてくれるだけでいい。

 

ただ、それだけなのだ。 

  

その後もしばらく話していると、ドアの外が騒がしいのに気付いた。

かすみ荘の庭あたりから、みんなのワイワイとした声が聞こえてくる。

 

俺は、様子を見ようと体を起こすが、やっぱりこよみに阻止された。

 

「…こよみ…」

 

『ウチが見てくるから、寝てて』


こよみは、そうメモ帳に書き記して、ウチの玄関へ向かおうとした。

 

その時、チャイムも鳴らさずに玄関のドアが開けられたのがわかり、聞き慣れた声が部屋に響き渡ったのだった。

 

 

「ただいまぁっ!」

 

 

 

  

 


「…えーと、風見さん体は大丈夫なんですか?」

 

「大丈夫ですよ!

大丈夫!そんな事より、それってマジですか!?」

 

「え、えぇ…マジ…ですけど…」

 

「ふっはぁっ!すげっ!すげぇ!

後でサインもらえるかなぁ…」

 

あの部屋で睡眠を取ってから1時間。ようやく薬が効いてきたのか、体はだいぶ楽になっていた。 

 

と言っても、この、管理人さんが引いてしまうくらいの高いテンションはソレだけが理由ではなかった。

 

「パーティーしましょうよ!俺の部屋使ってくれればいいですし!」

 

「や…、そりゃ風見さんが良ければいいですけど…」

 

「俺なら全然OKです!是非!」

 

もちろん、二日酔いが楽になったというのも理由ではあるが、一番の理由は、小さい頃から憧れだった人物に会った事だった。

 


本当に憧れの人だった。


例え、現在、ここがかすみ荘の庭であっても、

周りにいる管理人さんや優さんが俺のテンションに引いていても、そんな事はお構いなしにはしゃいでしまうのも無理はない…と思う。

 

もしかしたら夢なのではないだろうか。何度も疑った。

 

でも、確かに残っている彼と握手した時の温かさを感じながら、俺は彼と出会えた喜びを噛みしめていた。

 

 

 




 

 

 

 


 

 

 


 



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