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【9章】あおぞらのしたで 前編





大学に入学し、しばらく経った。

初めこそ、慣れなかった学校生活とかすみ荘での生活の両立も、今や自然な日常となっていた。


季節は、ジメジメとした日が続く梅雨へと突入している。

寒くもなく、暑くもなく。しかしほとんど毎日、蒸し暑さが襲う。そんな季節。


洗濯物が乾かない。そんな季節。


髪の毛が湿気でごわつく。そんな季節。


「あははっ!しょうちゃんのかみのけ、くしゃくしゃー!」


「くせ毛だから仕方ないんだって!ゆずの髪だって…や、なんでそんなにツヤツヤなの…」


「元々が綺麗な髪だもんなぁ、ゆずちゃんは。いやー、すべすべだわ」


「ちょっと…ウチの子に触らないで貰えますか」


「髪触っただけだろ!」


ジメジメと湿気で満ちた部屋でいつも通り、スケやんとゆずとダラダラしながら過ごす。


「そういえば、スケやんも髪の毛綺麗だよね。なんで…?」


「ゆずも!ゆずもさわる!」


「いやー、幸せだわ。もっと触れもっと触れ。風見は触んな」


「辛辣すぎるだろ!」


スケやんは、現在美容の専門学校へ通っている。

夢は美容師。

だからであろうか。彼の肩まで伸びた一本の纏められた髪は枝毛1つなく、まるでシャンプーなどのCMに出てくるようなサラサラなものだった。


スケやんの、美容師を目指すという夢は高校時代から一貫しており、自分で資金を貯めて今年俺と同じく入学を迎えた。


彼の美容師の夢は、確か、偶然出会った美容師の腕に感銘を受けたとかなんか、そんな感じ。

彼が美容師を目指した理由は、俺も詳しくは聞いていない。


彼がそれを話す事を拒んだというわけではないし、彼が目指す夢なら特に詳しく聞く必要はなく、応援してやればいいと思ったのだ。

だから、詳しい理由は未だに知らないままであった。


「くせ毛はこの時期、大変だなー」


「くせげ?ゆずもくせげ?」


「違う違う。こういうライオンみたいなもじゃもじゃ頭を言うんだよ」


「あははっ!ライオンだって!けーたろーさんみたい!」


「人を指さすんじゃありません!」


そんなこんなで、今日も休みの時間は過ぎて行く。


学校生活と慶太郎さんに紹介してもらったバイトでゆずと一緒に居られる時間は前より随分と減ってしまった。

だからこそ、こういう一緒に居られる時間の大切さを実感出来る。


1日の限られた時間を、どうやってこの子に割くか。

それを考えながら生活していると、自分がしっかりと親をしている気分になり、嬉しくなった。









「おかえりー穂奈美ー」


「うん。ただいま…って、あれ!?なんで居るの!?」


「なんでって…今日は仕事休みだから」


「そ…そうなんだ…」


今日は久々に仕事が休みで部屋で昼まで寝ていた。

穂奈美は朝早く外出していたようで、その時の様子は寝ぼけながらも覚えている。


私の目を覚まさないように恐る恐る外出の準備をして、恐る恐る外出していった。

その理由は、大体予測出来る。


「…朝、私を起こさないように逃げるように出てったの知ってるからね」


「あ…!え…と…」


「はい。これお金ね。今日こそ行って来なさい。昼ご飯食べてからでいいから」


「う…ぅ」


この子は、昔から髪を切りたがらない傾向が強い。

それでも、普段なら特に何も言わないし、本人も自分でのボーダーラインを越えれば散髪へ行くのだが、今回は一向に切りに行こうとしない。


季節は梅雨。

癖が強いこの子の髪では、あまり伸ばす事が出来ない時期なのだ。

いつもより長くなってきている髪。

本人のボーダーラインはとっくに越えているはずなのだが、頑なに散髪を拒む。


「や…やだ…」


「やだ、じゃないでしょ!鏡見てみなさい!くせ毛がエライことになってるから!」


「や、やだ…」


「聞き分けのない子ねー!あんたが散髪嫌いなのは知ってるけど、今回はもう伸ばせないでしょ!」


「だ…だって…」


彼女が毎回散髪を嫌う理由は私も知っている。それでも、だからと言ってこんな事で甘やかすつもりもないし、身だしなみくらいはしっかりしてもらわなければ。


「じゃあ、そのボサボサの髪、自分で整えられんの!?毎朝毎朝私がセットするワケにもいかないでしょ!」


「う…うぅー…」


彼女は、口では上手く反論出来ないのだろう。目で必死の訴えをしてくる。

目で訴えられても、私にとっては可愛いだけ。

この、涙目の上目遣いでぐっと唇を噛み締めながら強い目線を私に送る姿。

写真に収めたいくらいだ。


こんな可愛い表情をしても私は別段折れる気はない。

可愛いからこそ。

自慢の妹だからこそ。

最低限の身だしなみくらいには気を使って欲しいのだ。


というような理由を伝えても、彼女は彼女で折れる気はないだろう。


近頃、こういうやり取りを毎日のようにしている為か、彼女は私と顔を合わせるのを避けるようになった。


そして、今日もまた同じような平行線のやり取りが続く。


ついに彼女は、

「お姉ちゃんのあほんだらー!!」

と叫んで部屋を飛び出して行った。


そんなおもしろ捨て台詞を吐く彼女の姿があまりに可愛くて、私は彼女を追うタイミングを逃してしまったのだった。


挿絵(By みてみん)





ゆずとスケやんの2人と部屋でダラダラしているのも飽きてきた。

それに、部屋の湿気に我慢するのも限界が近くなってきた。


そこで、3人で取り敢えず庭へと出る事にした。

そして、おもしろ捨て台詞を吐きながら部屋から飛び出して来た穂奈美ちゃんを目撃する。


「あの穂奈美ちゃんが、大声であんな事言うとはなー」


「そうだよね…なんかあったのかな?」


「さぁ?お姉さんに聞いてみるか?」


穂奈美ちゃんが飛び出して来た部屋からはため息をつきながら優さんが出て来た。


「優さん、なんかあったんすか?」


スケやんは、すぐさま優さんへ近寄り、話を聞こうとする。俺とゆずもそんな2人の側に近寄って話を聞く。


「やー。よくある姉妹喧嘩ってヤツよ。そんな心配する事じゃないっての!」


優さんはいつものように、明るく笑い飛ばす。


「…そうっすか?まあ、俺たちもあの子がらしくない罵倒を叫んでたのが聞こえたんでちょっと気になっただけなんすけどね」


「あ、聞いてたんだ。普段から言い慣れてない言葉を使おうとするから…」


優さんはまたため息をつく。

スケやんと彼女の会話を側で聞いているだけの俺とゆず。

何を言えばいいのか正直よくわからなかった。


「あほんだらーだって。全く…超可愛い」


「…優さん、俺もそう思うっすよ」


「スケやんも優さんも通常運転だね…」

「…で、なんでケンカしたんすか?」


スケやんが話の核心に触れようとする。

いつも仲が良い2人が喧嘩する事自体珍しい事なのだ。

そこには何か重大な原因があるのかもしれない。


…というのはどうやら思い過ごしだったようで。

優さんからケンカの原因を聞いて、思わず脱力してしまった。


「まあ、そりゃあの子のしたいようにさせてあげたいけどさ。そうもいかないでしょ?

学校にもあんなボサボサな髪で行かせるのはちょっとね」


「あれくらいの歳の子って複雑なイメージありますからねー。

学校でもなんか言われたりとかないんすかね?」


「そういうのは特に無いみたいだけど…身だしなみくらい…ねぇ?全く頑固なんだから」


そう言いつつも、優さんは困ったような微笑みを浮かべた。


「優さん、俺が切りましょうか?専門学校で修業中の美容師の卵っすけど」


「…下心がある気がするからダメ」


スケやんの意外な提案は、優さんの一言でバッサリと却下されてしまった。


「下心なんて…なくは無いっすよ」


それでも、スケやんはいつも通りおどけながら言葉を返す。

そして、落ち着いた表情で話を続けた。

「あの子の、散髪が嫌いって気持ち、わかるんすよね。適当に言ってるわけじゃなくて。美容師の卵としてはやっぱなんとかしてやりたいじゃないっすか」


スケやんは珍しく真面目な表情ながらも、微笑みながら優さんを説得する。


「それに、堂々と中学生の髪を触れるわけっすしね」


その、彼の雰囲気のせいでいつも通りの冗談もどこか取って付けたようなものに聞こえた。


「…わかった。じゃあ今回は君に任せてみるわ。でも、一番はあの子の気持ち優先だからね?」


「わかってますって。任せてください」


彼の説得に、ついに優さんは決断を下した。

それほど重大な問題ではないとは思う。

それでも、穂奈美ちゃんにとっては大きな問題なのだろう。

どうか、うまくいってくれれば良いと。

そう思った。


「…」


「さっきから黙り込んで、どうした?ゆず」


優さんとスケやんの会話を聞きつつも、先程からなにかを考え込んでいるゆずに声をかける。


「…がっこーかぁ…」


そして、ゆずはぽつりと一言こぼした。


「…?どうした?」


「…」


俺の言葉にも返事をせず、更にゆずは何かを考えながら黙り込む。

そして、意を決した表情で俺へと顔を向けた。


「しょうちゃん!ゆずも、がっこーいきたい!」


「が…学校…?」


「だって、みんながっこーいってる!ゆずもいってみたい!」


予想だにしなかった言葉に、思わず閉口してしまう。

学校へ行きたい。

ゆずの新しい願い。


だけど、年齢的な問題や、そもそも幽霊であるという事実。そして、かすみ荘の外には出られない現状。


この願いは叶えてやれないのだ。

どう答えれば良いか、俺には言葉が見つからず、黙り込むしか出来なかった。


「それはちょっと難しいかもねぇ…」


そんな俺の代わりに優さんが答えてくれる。


「だって、ゆずちゃん、まだ学校行ける歳じゃないじゃない?」


優さんは、ごく普通の子どもを諭すようにゆずへと答える。

幽霊であること。

かすみ荘から出られないことには触れず。


「…やっぱムリかな…」


「んー…そうね。学校へ通うのは無理かも」


「…そう…だよね」


ゆずは多分、自分でわかっていた。

叶わない願いだという事はわかってて言っている。

それでも、目を伏せるその姿を俺はあまり直視出来なかった。


「…あ」


そんな中、優さんが一言。

その表情はみるみるうちに子どものような無邪気な笑みへと変わっていく。


「…閃いた!」


そして、彼女はその表情のまま勢いよく声をあげた。


「ひ…閃いた…?」


「…風見、なんか良い予感はしないよ俺…」


「俺も…」


そんな彼女の姿に嫌な予感がよぎる俺とスケやん。

彼女が閃く時はロクなことがない。

いや、結果的には良い思い出になる事ばかりだが、基本的に常識的な閃き方はしない。

俺は、この数ヶ月でそれを学んだ。


「最近、イベントらしいイベントって何もしてなかったもんね。良い機会だし、パーっとやりましょっか!」


「…ゆうちゃん。なにやるのー?」


「ふふふ…それはね…」


そのまま、優さんはゆずへと小さな声で耳打ちする。

その行為の意味は俺もスケやんも察しがついていた。


優さんの耳打ちによって、ゆずの顔は途端に明るく輝きだした。

その顔には満面の笑みが輝く。


「えーっ!?ほんと!?ゆうちゃん!?」


「ホントホント。かすみ荘のみーんなで!ね?」


「やったぁ!ありがと!ゆうちゃん!」


そんな2人のやり取りを遠巻きに眺める俺とスケやん。

何を言ったのか。

何をしでかすつもりなのか。

俺たちは内心、ドキドキビクビクしながら2人に目を向けていた。


そして、優さんはくるりと俺たちに顔を向け、高らかに宣言する。


「かすみ荘青空教室を開催しまーすッ!!」


「あ…青空教室…?」


「そう!青空教室!ゆずちゃんは学校に行けないけど、授業くらいはかすみ荘で出来るじゃない?」


「…えーと…優さん、講師の方とかは…?アテとかあるんすか?」


「青空教室って、この時期に?今日は夕方から雨って予報が…」


「ゴチャゴチャ、ガチャガチャうるさーい!お黙りなさい!」


俺とスケやんで優さんへ当然の質問を投げかけただけなのに怒られた。


「日にちはまた後日!かすみ荘全員の休みが重なる日に開催します!

講師のアテなんてないから、私達一人一人が代わりに授業を行います!おっけー!?」


「いや、オッケーではないっしょコレ。なあ?風見…」


「スケやん、諦めよう。ムリだ。もう覆せないよこの企画」


そう言いながら、無言でスケやんにゆずを見るようジェスチャーを行う。

スケやんは、素直に従ってゆずに目を向ける。そして、優さんに逆らう事を諦める。


ゆずは、この企画に心底心を躍らせており、ここ最近で一番の笑顔を浮かべながらぴょんぴょんと小さく飛び跳ねていた。


「…先にゆずちゃんに言うの、ズルくない?」


「あの人なりに企画を通す為の小技を覚えたって事だよ…」


かすみ荘青空教室。

こうして、久しぶりのかすみ荘でのイベント開催が決定するのだった。









「ほ~なみん!」


「ひゃわぁ!!」


ふらふらと街を歩いていると、後ろから突然、名前を呼ばれながら抱きつかれる。

予想だにしていないその展開に、思わず間抜けな声を上げてしまった。


「かぁわいい悲鳴だね~!コレだからほなみんはイジリ甲斐があるというかなんというか…」


「やめなよー。ほなみん、ビックリしてるじゃん」


「もー!急にやめてよね!灯里ちゃん!」


街で出会った2人。

まるでお姉ちゃんの様な性格の灯里ちゃん。

いつも落ち着いて面倒見の良い、まるでさくらさんの様な性格の楓ちゃん。

2人とも、学校で特に仲良くなった友達だ。


「相変わらず楓は大人だねー!」


「…んで、ほなみんはなんで目を赤くしながら歩いてたの?」


「あ…えーと…」


目が赤かった事に恥ずかしさを覚えながら、かすみ荘でのお姉ちゃんとのやり取りを2人に正直に打ち明けた。


2人は、私の気持ちに共感してくれながらも、お姉ちゃんと和解する事を強く勧めてくれた。


私がお姉ちゃんを溺愛しているのは2人とも知っていたからこその言葉だった。と思う。


「まぁ、どっちが悪いって訳じゃないと思うけどさ。やっぱ謝っとくべきだと思うよ。ほなみん」


優しく微笑みながら、頭を撫でて、私に諭す様に言葉をかけてくれる楓ちゃん。

この表情は、私をいつも安心させてくれた。


「それにしても、あほんだらー!だって!ほなみんらしいよね!そういうの言い慣れてなさそうだもんねー!」


無邪気な表情で大きく笑いながら、頭を撫でる灯里ちゃん。

彼女のこの無邪気な表情は、周りの雰囲気までがらりと明るく変えてくれる。


「うん、そうだよね。ありがとう2人とも。お姉ちゃんと話し合ってみるね…で、なんでいっつも私の頭を撫でるのよぉ!」


「いや…つい…。が、頑張ってね!ほなみん!」


「今日は一段ともふもふだから…ねぇ?まあ、落ち着いたらまた連絡頂戴よ。今日はまだ2人でぶらついてるからさ」


「うー…納得出来ない…。でも、うん。ありがとう。じゃあ…私、行くね」


私は2人に手を振って、笑顔を返す。

こっちへ越してきて。

学校に入学して。

なんとなく息が合って仲良くなった2人。


性格はバラバラだけど、こうやって当たり前の様に背中を押してくれる。


2人に出会えて、友達になる事が出来て。

素直に良かったなと思う事が出来た。








「ただいま~」


友人に背中を押され、しばらくお姉ちゃんになんて謝ろうかと考えながらゆっくりとかすみ荘へと歩いていた。


しかし、結局良い案など思いつくことはなく、こうして私はかすみ荘の扉を開くのだった。


そのままかすみ荘の庭へと歩を進める。

そして、そこへ集合していた住人たちに気がつく。

更に、その異様な雰囲気にも同時に気がついた。


縁側に腰を下ろす、みんな。

その全員の視線の先にはお姉ちゃんが腕を組みながら仁王立ちしていた。


これだけでなんとなく、この雰囲気の理由に察しがついた。


「あー…優。よく意味がわからないんだけど…もう一度説明してくれるか?」


慶太郎さんが、片手で頭を抱えながらお姉ちゃんへと説明を要求する。


「もー!ちゃんと聞いてなさいよねー。じゃあもう一度するから、今度は聞き逃さないように!」


お姉ちゃんは、コホンとわざとらしく小さく咳き込んで、声を整えるような仕草をする。

そして、勢いよくその右手を掲げた。


「ここに、かすみ荘青空教室の開催を宣言します!開催は来週!全員で授業をします!

ルールとかは特になし!好きにやりましょう!」


それは、私が予想していた通りの展開だった 。

「…風見。なんか、聞くたびにルール固まっていってない?」


「多分、本人もルール考えながら言ってるんじゃないかな…諦めようスケやん」


「…また、よくわかんねぇイベントをお前は…」


「そんなに嫌な顔しなくてもいいじゃない!慶太郎の頭脳明晰な所を見せるチャンスなのよー?」


「いらねぇよ!そんなチャンス!」


「…管理人さん。止めないんですか?」


「…私に止める力は無いのよ…誠君」


この開催宣言には、流石の住人たちも苦笑い。

それぞれに諦めの声を上げるみんな。

対して、ゆずちゃんとこよみちゃんは、とても嬉しそうに小さく飛び跳ねていた。


「いやー、来週かー!スケジュール、なんとか調整せんとあかんなぁ!」


「自然と輪に入って、自然と参加しようとすんなオトン!」


私の後にかすみ荘の玄関から入ってきた、大きな体で豪快に笑う彼。

面識は多くはないけれど、誠君のお父さんだった。


「あらー!グレート~!久しぶりねー!」


「また面白そうな事やっとんなぁ!優ちゃん!もちろん俺も参加するでー!なんとかスケジュールは調整するわ!」


「スケジュール調整してまで、参加したいの!?嘘やろ!?」


「…誠君。ちょっと本音が過ぎたわね。後で校舎裏ね」


「校舎裏って何処やねん!」


…そんなこんなでかすみ荘全員の前での青空教室開催宣言は終わったのだった。








「うん…うん。大丈夫。ありがと。お姉ちゃんとは仲直りしたよ」


青空教室の開催宣言後、しばらくしてからお姉ちゃんに謝った。

散髪を嫌がった事。

お姉ちゃんに酷いことを言ってしまった事。


言葉は色々考えたけれど、どれもしっくりこなくて。

結局、ごめんね。と一言謝罪の言葉を言っただけだった。


そんな私に対して、お姉ちゃんは明るく笑い飛ばしてくれて、無事仲直りする事が出来た。


仲直り出来た事を灯里ちゃんと楓ちゃんの2人に電話で報告すると、元からそんなに心配してなかったと言ってくれた。

それでも2人はまるで自分達の事のように喜んでくれたのだった。


「…電話終わった?」


「うん。ホントにごめんね。お姉ちゃん」


「また謝ってるー。謝るほどの事でもないでしょ?…で、どうする?」


私の髪を、スケやんさんが切ってくれるという話。

その辺りの全く知らない美容室へ行って切るよりも、美容師の卵でも知り合いの人に切ってもらう方が気は楽だ。


「どうしようかな…」


「私に聞かれてもねぇ…」


「俺は大歓迎だよ~。さあさあ!お兄さんが切ってあげるから、こっちおいで!お嬢さん!ふへへ」


「うっ…お、お姉ちゃんー…」


スケやんさんのいやらしい笑みを見れば見る程、私の決意は揺らぎ続けるのだった。


「…君はホントに、自分の欲望に素直というか…もう少し隠す事を覚えなさい」


「うっ…そんなガチのトーンで窘めるのはやめて下さいよ…急に自分の行いが恥ずかしくなる…」


「ほら、穂奈美。大丈夫。この子、こう見えて割りと常識人だから」


「わ…割りとなんだ…」


もちろん。やっぱり髪を切るのは嫌いだ。

だからと言って、自分のこの髪型が好きというわけでもない。

私だって、可愛くなれるのならそうなりたい。


「もし、穂奈美に手を出したらマジで殺すからね?」


「…いや、やっぱ俺の扱いひど過ぎないっすか…」


「…うん。わかった。じゃあ…お願いします」


その一言で、スケやんさんの目が輝き始める。

…ホントに大丈夫なのだろうか…色々な意味で…


「もし、穂奈美に手を出したらマジで殺すからね?」


「に…2回言わなくてもわかってますよ!その目、マジで怖いっす!手なんか出しませんから!その目やめて!」


私は、スケやんさんを信用して散髪をお願いする。

…や、心配は心配なのだけれど。


その散髪自体はまた後日という事になった。

スケやんさん曰く、準備があるから。という事。

こうして、私はついにこの髪を切る事を決意したのだった。










「へぇー!青空教室かぁ!すごーい!」


「や、凄いかな…コレ」


青空教室開催宣言の次の日。

学校で、みやびちゃんを含んだ、学内でよく集まる友達たちに相談する。


急なイベント開催。今までは、特に俺が何かをする。というものは無かった。


しかし、今回は青空教室。

俺も授業を行う必要があるのだが、正直、授業を行うと言っても全くピンと来ない。


「授業…つっても…相談されてもアタシ達も困るよね」


「いやー、でもさ、仲間が困ってるのは放っておけないだろ!」


「あー、もー。うるさい。暑苦しい。近づくな」


「辛辣!」


仲間想いで、細かい事は気にしない。喜怒哀楽を素直に表現する男友達の敦彦。


いつも落ち着いており、物事をハッキリ言う。クールという言葉がまさに似合う女友達の火神ちゃん。


入学したばかりの頃は色々な人と一緒に過ごしたが、結局はみやびちゃんを含む4人で集まる事が多くなった。


「…そんなにイヤなら参加しなけりゃいいんじゃないの?」


火神ちゃんはタバコに火を灯しながら、切り捨てるようにバッサリと一言。

それは彼女らしい答えだった。


「やー…ちょっと厳しすぎんじゃないか?苺ちゃんー」


火神ちゃんは、敦彦の言葉にゲホゲホと吸い込んだ煙をむせながら吐き出した。


「げほっ…い、苺って呼ぶな!苗字で呼べ!」


「えー?苺って可愛い名前だし勿体無いよ~!それに、苺って美味しいし~!」


「さくらこ…アンタの主張はどっかズレてる」


火神苺。

彼女のクールで大人っぽい性格には似つかわしくない名前。

それは本人も自覚しているらしく、頑なに苺と呼ばれる事を拒んでいた。


その名前のせいもあり、服装や髪型は常にロック調を意識しており、タバコを吸い始めたのも、カッコをつける為という徹底ぶり。

苺と呼ばれる事を嫌う彼女だが、みやびちゃんに対してはそれを許していた。


いつもはツッコミ役に回りがちな俺も、火神ちゃんのハッキリとした性格のおかげで、このグループで集まる時はツッコミ役として楽が出来るのだった。


「ったく、アタシの名前の話はいいんだって。今は青空教室の話でしょ?」


「そうそう!それ大切だよ~!でも、ゆずちゃんの為なんだよね~?」


「…ま、まあ…そうなんだけど…」


「…じゃあ、頑張るしかないよな。風見」


このグループでも、知り合いの子として、ゆずの事は既に打ち明けており、ゆずにはやけに懐かれている。という認識になっていた。


「ってかさ、そんなに難しく考えなくてもいいんじゃないの?」


火神ちゃんは、タバコの煙をゆっくり吐き出しながら少しだけ微笑み、言葉を続けた。


「その子の為なんでしょ?その子に何を教えてあげたいか考えればいいんじゃないの。

別に変に授業をしなくちゃって身構えなくてさ」


「おぉー。火神、良いこと言うなぁ!」


「さすが苺ちゃん~!尊敬する~!」


「…なんか、アンタら馬鹿にしてない?」


火神ちゃんがくれた答えはとても簡単なものだった。

難しく考えなくても良い。

なんでも深く難しく考えがちなのは俺の悪い癖だと感じた。


「でも、あたしもそう思うな~!奨悟君が教えてあげたい事を教えてあげればいいんだよ~」


「もしくは、何か一緒にする…とかな。体験学習的な?」


「それだと準備が大変かもね。でも、小さな子に対してはウケるんじゃない?」


「小さい頃、体験学習とか、ワクワクしたよね~」


3人はそんな風に、青空教室を肴に思い出話で盛り上がり出す。


答えが見つかった訳ではないけど、仲間に相談した事で、ヒントというか方向性は見つかった気がする。


「みんな、ありがとう」


3人はそれぞれの笑みを返してくれた。







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