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【1章】であい 前編



駅から少し進んだ後、商店街を抜け、さらにしばらく進むと少し広い通りへ出る。

 

桜が舞い散り、辺りは桜の香りに包まれる。

 

運がよければ、桃色に染まった道を進む事が出来る。

 

そんな幻想的な風景の中に「それ」はある。

 

「かすみ荘」

アパートと呼ぶには大きく、マンションと呼ぶには小さい。

と、言っても敷地内には小さな庭があり、一本大きなしだれ桜の木が堂々と立っている程には存在感のある建物である。

 

桜の木は風に揺られ、桃色に染まった花弁達を舞い散らせる。

その風景は何とも幻想的で、一度見た者には必ず感動という名の衝撃を与えていた。


一方、かすみ荘自体はあちこち傷付き、黒ずみ、所々に修理の後が見受けられた。


この、かすみ荘の歳は優に百歳を越えていた。

しかし、その汚れや痛みも、かすみ荘が生きてきた時代を感じさせた。

 

これが大きなしだれ桜と上手く調和し、まるで一つの芸術作品のようになっていた。


かすみ荘の門から、ある一人の若い女性が姿を現した。

 

彼女の名は春見(かすみ)さくら。 

彼女はその名の通り「かすみ荘」の4代目となる管理人である。


髪は艶やかな黒。

長く、量の多い黒髪は一本に纏められ、前髪は小さな装飾が施された髪留めで七三に分けられている。

 

フード付きのトレーナーの上には、シンプルなエプロン。と、まさに「管理人」と呼ぶにふさわしい容姿であった。

その右手には箒が握られていた。

 

「ん…んんぅ~~」

大きく伸びをする。

 

「ふぅっ…」

体から一気に力を抜き

 

「さて…と…!」

パンッと腰を叩き、小さな気合いを入れる。

彼女はこれからアパート前の桃色に染まった道を掃除する。

 

この、大きなしだれ桜から舞い散る花びらの量は多く、早ければ二時間足らずで道は桃色に染まる。

 

散り初めは綺麗に桃色に染まっているが、なにぶん人通りが多い道である。

足に、自転車に、自動車に…。と、様々な物に踏みにじられ、とうとう桃色の道は黒茶色に染まる。

 

それを未然に防ぐための対策である。

 

桃色の道は定期的に掃除を。

管理人の仕事の一つであったが、その仕事は大変重労働なものであった。

 

あちこちに散った花びらを集めるのだから当然と言えば当然である。

 

これを、朝昼夕と一日三回しなければならない。

これでも足りないくらいである。 

さくらは手慣れた手付きで掃除を始める。

 

さくらにとっては当然の仕事。

全く苦ではなかった。

その時、一人の青年が門から出てきた。

 

「あ、こんにちは。浅野さん」

先に声をかけたのは、さくらからだった。

 

「…アイツ、まだ来ませんねー。

自作の地図は渡してあるんだけどなぁ」

苦笑しながら?を掻く。

 

「事故にでもあってなければいいんですが…。

少し心配です。予定の時間より1時間近く遅れてますし」

さくらも同じく苦笑する。

 

そんな彼女の心中を察したのか、浅野はニカッと笑う。

「んなワケないですって!

アイツの事だから道にでも迷ってんだと思いますよ」


「そうだといいんですが…」 

 

「心配するだけ無駄ってヤツですよー。その内ひょっこり出てきますよ」

浅野は変わらず、軽く笑って応える。

 

「そんな、人をモノみたいに…

ところで、その、ホントによかったんでしょうか。今回の件は…」


「…管理人さん。今更っすよ。

それに、コレは俺からキチンと話しますから」

さくらの言葉を遮りながら浅野は答える。

二人の顔は先程のような表情では無く、真剣そのものとなっていた。

 

「それに、提案したのは俺っす。あんまり気負わないで下さい。

…さーてと!アイツを捜すついでにコンビニでも寄ってきますわ」

険しい表情から一転。

再び歯を見せつつ浅野は笑顔を浮かべる。

 

「あ…、…はい、わかりました。お気をつけて」

さくらはそんな浅野に無理矢理つくった微笑で応える。


 

浅野は、ニッコリ笑うと後頭部で縛った金髪をなびかせながら体をひるがえし、飄々と後ろ手を振りながら桜が舞う中へと姿を消していった。




……………。

 

 

……………………………。

 

ここは何処だろう。

…迷った。完全に迷った。

風見奨悟20歳にして絶賛迷子中。

 

駅を降りるまでは完璧だった。

どこで狂ったんだ。

 

などと考える。

わかっている。原因はコレだ。

俺が握り締めている紙。

いや、地図。

いや、地図の機能は果たしてないのでやはり紙。

ちなみに、俺が方向音痴とかそういうレベルの話ではない。

 

紙には恐らく地図が書かれているのだと思う。

しかし、どうも俺には只の図形の羅列にしか見えない。

駅を降り、封筒を開けた時の衝撃と絶望感はそれはもう凄まじいものだった。

 

この封筒には「着いてから開けること!」と書いてあった。

約束を守って開けた紙に書いてあったのは古代文字の様な記号の羅列であったのだからいたたまれない。

 

この地図には一つ、横長に書かれた四角がある。

コレが、駅を表していると思うことなかれ。

地図には横長四角の前に四角が書いてある。駅の前に建物がある。という事なのだろう。

 

記憶が正しければ、駅から出たときの視界にそんなものは確認出来なかった。

いきなりのすれ違い。そして、襲う絶望感。

 

地図らしき紙は全く参考にならないと悟った俺は、勘に従いしばらく歩きまわり、今に至る。

空の青さが妙な悲しさをプレゼントしてくれた。

プレゼントならどうか翼を。

いや、贅沢は言うまい。

せめて、地図が欲しかった。

地図の機能を果たす地図が欲しかった。


さて、どうしたものか。

と、その時、視界に桜の花びらが入ってきた。

それを確認すると同時に辺りは桜の香りで満たされている事に気が付いた。

 

知らない街で迷うという事はかなりの恐怖を感じる。

この風景に気がつかなかったなんて…その恐怖に体を支配されていた証拠だ。

気持ちが落ち着くのを感じた。

舞い散る桜。

テレビで観た様な光景も生で見ると感動も段違いだった。

 

しばらくその場で呆然と立っていた。

ただ、ただその風景に心を奪われていたのだ。

桜の花びらが舞う中にある人物の陰を確認する事が出来た。

 

「あの人に聞いてみるか…」 

迷った時の一番有効な手である。 

 

「すみません。ちょっとお尋ねしたいのですが…」

 

「……?

はい、なんでしょう?」

 

女性だった。

桜が舞う中で風に髪がなびき、優しい笑顔を向けてくれた。


綺麗な人だなぁ…

 

優しく幻想的な光景に、恐怖はとっくに消されていた。

 

「あのー…」

彼女が少し困ったように俺の顔を覗く。

 

…少しみとれてしまった。 

「あ!すみません!えっとですね…」

慌ててごまかす。

 

「この辺りに、かすみ荘ってあるはずなんですけど…。」

古代文字が書かれた地図……いや、紙を見せる。

コレを地図と認めたくはない。

まあ、見せてもどうしようもないということはわかるのだが…


「あぁ、かすみ荘ですね!

そうですか…。あなたが…。

ですが、特徴的な地図ですね」

苦笑いされる。

 

いや、地図じゃなくて古代文字入りの紙です。決して地図ではありません。

心の中でつっこむ。

 

「かすみ荘なら、あなたの目の前ですよ。

風見奨悟さん」

 

「目の前…」

そこには立派な建物があった。

 

「これが…。かすみ荘…」

これが、かすみ荘。

そして、新しい生活の場。

 

舞い散る桜が強い印象を与えた。 

 

………。

 

………………。

 

…………………………。

 

「どうしました?具合でも悪いですか…?」

 

「あ、いえ、なんで、俺の名前を知ってるのかなーなんて…」

 

「えっ?あぁ、それはですね…」

 

「はっ!」

そうか、そういう事だったのか。気付いた。気付いてしまった。

 

「えぇ~と…」

 

「アナタは…ズバリ、エスパーとか…!?」

 

「ちがいますっ!」

ビシッとつっこまれた。

ボケとしては寒すぎたか…。

 

「あ、違いましたか!えーと、じゃあ…」

 

「もういいですからっ!」

ビシッとつっこまれた。

まだ、ボケてもいない。


「私は、かすみ荘の管理人ですっ!」

 

…管理人さんだった。

「そうだったんですか!いやぁ、遅れてしまいすみませんでした。道に迷って…」

 

「とにかく、無事でよかったです…。」

彼女はホッと胸を撫で下ろした。 


とりあえずまずは自己紹介。


「えっと、改めて…。

はじめまして。風見奨悟です。

今日からお世話になります」

完璧の自己紹介だろう…

出会って突然ボケるという謎の冒険をしてしまったのだ、自己紹介くらいは普通すぎるくらいがきっと良い。

 

「あ、はい。はじめましてっ。

私はかすみ荘管理人、春見さくらです。」

 

「…………。カスミ…ザクラ…さん…?」

「か・す・み・さ・く・らですっ!

よく間違われますが霞桜ではありませんので!」


彼女は食い気味で訂正する。

その勢いに単純に聞き間違えてしまった事を謝罪するしか出来なかった。

しかし、春見さくらと霞桜…確かによく間違われそうな…


「…何やってんだよお前…」

 

後ろから声がした。

昔からよく聞き慣れた声…。

 

「スケや……むぐっ!」

その声の主に口を塞がれる。

「その名前で呼ぶなって!」

そのまま、小さな声で釘をさされた。

 

「むぐぐ…ぷはぁっ!久々に会ったのに随分だなぁ!もう!」 

「お前があの名前で呼ぼうとするからだろ!」

彼は浅野純一。俺の親友とも呼べる人物だ。

かすみ荘に住むために色々な手続きを手伝ってくれ、格安の部屋を貸して貰えるように管理人さんに口添えもしてくれた。

つまり、一人暮らしという夢の実現に大きく貢献してくれた。


ただ、その格安の部屋は「いわくつき」らしい。


「それより…遅かったな風見」

場を取り繕うように彼は話し出す。

 

「つーか、なんだよこの地図…。道を教える気無いだろ」

 

「え?わかんない?そうかなぁ。結構上手く作れたと思ったんだけどなぁ」

彼は俺には理解出来ないほどに不思議そうな表情を浮かべる。

絵心はあるのはずだが…作図能力がここまで致命的だとは知らなかった。

 

それよりもこのご時世にまさか、封筒に自作地図が入っているなんて思わなかった。

 

「せめて、ちゃんとした地図を入れてくれよ…

PCで印刷とか他にもあったろ?」


「手作りの温かさってなんかいいじゃん?」

「全く求めてねぇよ!!」


「まあまあ。

それより久々だな。こうして会うのは」

手続き関係の話は全て電話で行った。最後に会ったのはいつだったか…。

「変わってねぇなぁ風見」

 

「そっちだって」

 

お互い笑いあう。

やはり親友。かなり久々に会うというのに昔と変わらず話せる事は素直に嬉しい。

 

だが、彼の笑顔はどこか不自然な様にも感じた。

ただの気のせい…かもしれない。

しかし、何年もの付き合いから確かに感じ取る事が出来た違和感だった。



「ところで、スケやんは…」 

 

………あ。

言ってしまった。

スケやんこと、浅野を見ると何とも言えないような顔でこっちを見ている。

 

「いっ…!言うなって言っただろーっ!!」

 

叫ばれた。

 

多分、浅野は管理人さんに「スケやん」というあだ名を知られたくなかったのだろう。

まあ、今となってはもう遅い。

しかし、何故だろう。あまり悪いという気分にならない。

 

ちなみに、この「スケやん」というあだ名は小学校からの付き合いで、確か3年の頃に女子の着替えを覗こうとした所をバレてこういうあだ名となった…と思う。

 

その頃から、スケベをもじったあだ名で呼ばれるようになった。

 

ちなみに、今では典型的なオタクとなり、さらにはロリコンの金髪野郎で、恐らくスケベ成分も和らいでいる…なんて事はないだろう。

 

「風見くーん…。かーざーみーくーん…」

 

スケやんが何か言ってるが、無視する。

そして、このスケ…「お前の考えてる事、だだ漏れだからぁっ!!!」

……。

だだ漏れだったらしい。


「急に攻撃的すぎんだろ!地図の件、結構怒ってらっしゃるよね!?」


「悪かったって。“ スケやん”」

 

わざと誇張して言ってみた。

 

「微塵も思ってねぇだろ!」


「フフッッ…」

 

小さな笑い声が聞こえた。

笑い声が聞こえた方を見る。

 

「あっ…。失礼しました。

でも、ホントに仲がいいんですね」

管理人さんがおかしそうにこちらを見ながら話す。

仲がいい……と見えるのだろうか。

昔と同じ様なやり取りをしているだけでそういう風に見えるのは正直悪い気はしない。

 

「浅野さんも、いいお友達をお持ちですね」

今のやりとりを聞きながらも“スケやん”と呼ばない所に何となく管理人さんの優しさを感じる。

 

「いやいやー、只の腐れ縁ってやつですよ」

「腐れ縁ってなんだよ!親友に向かって酷いんじゃないの~?」

「腐れ縁でも何でもお友達には変わりないじゃないですか」

などと、三人でしばらく談笑する。

まあ、悪い雰囲気な所ではなさそうで安心した。


新生活には期待だけではなくやはり不安も相応にあった訳で…

 

さて、いつまでも談笑しているワケにはいかない。

一番気になっている事を口に出す。

 

「あ!そういえば、僕の部屋ってどんな感じなんです?

いわく付きって聞きましたけどそれって一体…」

さっきの談笑中と同じ様な軽い感じで切り出す。

 

しかし、場は一転して重い空気へと変わり、二人も深刻な顔へと変わる。

 

「えっ…?ちょっ…。

ど、どうしたんですか?管理人さん?…スケやん?」

それぞれの顔を見ながら名前を呼ぶ。

理解出来なかった。深刻になるような話題でもないと思っていたのだが…

いわく付きというのも軽いジョーク的なものではないのか?

 

「あー…えっと、風見…」

初めに口を開いたのはスケやんだった。

口籠もりながらも真剣な表情で俺と向き合う。

 

「なっ…、なんだよ、そんな真剣な顔で…。お前らしくない…」

「…悪い、風見。これは真面目な話なんだ」 

空気を変えようとしたが、失敗。

…冗談はこの空気には合わない。この二人は真剣だ。

何を言われるかは見当も付かないが、口出しをすべきでは無い。という事はわかった。

 

「…わかった。ごめん。ちゃんと聞くよ」

「あぁ、悪いな。そうしてくれ。

えっとだな…風見、俺はその、お前に…」

スケやんは言葉に詰まる。

それ程に言いにくい事なのだろうか。


もしかして、告白とか。

いわく付き=スケやんの愛…。

考えるだけで吐気に襲われる。

 

「俺はお前に…」

固唾を飲む。いよいよ告白か。

噂に聞く、BLってヤツか?

 

「…謝らなくちゃいけないんだ」

「へっ…?」

意外な言葉。

謝らなくちゃいけない…?どうやら、告白では無かったらしい。

まあ、当たり前ではあるが。

 

「謝るって…何を…?」

「えーっと、実はな、俺はお前を騙してたんだ」

 

意外すぎる告白。俺は騙されたらしい。

…何について?

もしかして、ホントは部屋は無いとか?格安じゃない…とか?

 

「お前の住む部屋なんだけどな、一つ言ってない事があったんだ」

「言ってない事…?」

「いわく付きって言ってたろ?その中身についてだ」

 

…それだけ?

それだけでは、騙してた…とは言えないのでは…。

 

「お前…さ、一人暮らしをするためにここに来たろ?

それなんだけど、一人暮らしじゃないんだよ…」

 

「…は?

い、いやいや、意味がわからないんだけど。えっと?どういう事?」

ますます理解出来ない。

一人暮らしが出来ないって…新しい入居者が決まったとか…?


「お前がこれから入る部屋な。そこに…その…」

スケやんはまた言葉を詰まらせる。

そこまで言いにくい事なのだろうか。一体、この二人は何を隠しているのか。

…と、考えていたがこの後のスケやんの言葉がそんな思考を吹き飛ばしてくれた。

 

「…その……、幽霊が…いるんだよ。その部屋には」

 

…は?

 

幽霊…?

つまり、あの部屋で生活をする事は幽霊と一緒に住むということ。結果、一人暮らしの夢は潰れる…と。

なので、「騙してた」という言葉が使われたらしい。

 

生憎、俺に霊感は皆無。

血だらけの女性や、足のない男兵士、髪を垂らしながらテレビから這い出てくるあの人や、皿を数えるお菊さんなどには会ったことは無いし、心霊写真もテレビでしかお目にかかった事はない。

 

一言で言えば、全く信じられない話だ。

騙した…と言われても現実味が無さすぎて怒りすら沸き起こってこない。

 

「は…ははっ。何かと思えば、幽霊だって…?

つくなら、もっとマシな嘘をつけよ」

冗談混じりで冷やかす。

だが、冗談にしては真剣な表情の二人を不思議には感じた。


「…まあ、嘘だと思うわな。

仕方ないっちゃ仕方ないんだけども。

誰だって常識外れの事は認めにくいもんな。

お前にそう思われるのもやっぱ仕方ないよな」

 

「…なんか良い気分しないな。その言い方」

 

「だってそうだろ…?」

 

「…っ!そうだとしてももっと言い方ってもんがあるだろ!」

お互い言い合う。

昔はしょっちゅうこんなくだらない言い争いをしたものだが、今はこんなただの言い争いが大ゲンカに発展しそうな気がして恐い。

 

しばらく言い争い、お互い少し落ち着いた頃にこちらが妥協する。 

 

「…わかった…。とりあえず話して欲しいんだけど。まだ終わりじゃないんだよな?」

そういや、昔もいつも俺が妥協していた事を懐かしくも思いながら強めに言い放つ。

 

「あぁ、とりあえず全部聞いてくれ。信じるかは聞き終わってから…な」


「わかった」

 

「その幽霊っていうのは小さな女の子なんだよ。

ただ、幽霊…って言っても誰にでも見えるんだ」

 

「…幽霊ってのは普通、特定の人に見えるモノなんじゃないの?

霊感関係ナシか?」

 

「あぁ、ナシだ。

こんなのアリなのかってくらい関係ない」

 

「え…えぇ~……」

そんなのアリなのかよ…


「だから、まあ、お前にも見えるっ!」

そんなに意気込まれても正直困る。

つまり、この話が本当ならば俺はこれから幽霊と…。幽霊だが誰にでも見えるそうで、俺はそんなよくわからないものと完全に同居する事になる…と。

 

「…ふっ、ふざけんなぁぁっっ!!」

思わず大声で叫んでしまった。

予期しなさすぎて、脳内がパンクしそうだ。

 

俺は、ただ一人暮らしをするためにここに来たんだよな…?

あれー…?

 

「風見…。一応他のアパートはピックアップしといた。

値段は高くなるが、一人暮らしは出来る。

今からどうするか考えてくれなんて酷な話だとは思うが…」

 

…コイツは、俺が人からの頼みを断る事が極端に出来ない性格だという事を知ってる。

それに、金銭的にもキツイものがあるという事も…。

 

俺は、文字通り「騙された」のだ。親友…と呼んでいた幼馴染みに…。

コレはキツいな、ちょっと泣きそうになる。

 

今回ばかりは断ろう。こればっかりは…。

でも、この話、疑問は残る。

それはハッキリとさせておきたい。

 

「…その子は…どんな子なんだよ…?」

一番気になっていた事を質問する。

小さな女の子が地縛霊…という呼び方が正しいのかどうかはわからないけど、そういう風になる程の事があったのだ。

やっぱり気になる。


「それは…私からお話しします」

管理人さんが口を開く。

そういえば、この人はこの計画に賛成したのだろうか。

そうだとしたら、管理人としてどうなんだろう。

少し…いや、かなり見損なった感じがある。

 

「まず、その子の名前は、ゆずちゃん…というんです」

 

「ゆず…」

 

「はい。50年前にかすみ荘にお母さんと住んでいたと聞いてます。

残念ながら本人の口から聞く事はありませんでしたが…」

 

「…え?

本人の…って?」

 

「3年前に、一年だけ一緒に暮らしたんです。

もちろん、幽霊…となったゆずちゃんと…ですが」

 

一緒に暮らした…。

簡単に言ってくれるが、常識外れすぎる。

幽霊と一緒に住む…なんて…。

「でも、それなら俺なんて必要なかったんじゃ…?」

 

「確かに3年前の彼女なら…。

そういう彼女の過去を詳しく知らなくても充分一緒に生活出来ました。

しかし、ある事があって彼女は心を閉ざし、部屋にこもってしまったんです」

 

「ある事…?」

 

「それは…、その…。ごめんなさい。まだ言えないんですが…」

顔が更に暗くなる。

しまった。地雷を踏んだか。

 

「まあ、言いたくないならいいですけど…」



誰にだって言いたくない事はある。

相手に腹が立っているからって無責任に聞くべきではない。

 

気にならないワケではない。

だけど、興味本位で聞いてはいけないものもあると思うから。

 

「すみません、続けてくれますか?」

だが、そのゆずちゃんは一緒に住むかどうかという関係。

そりゃもちろん。断るつもりではあるが…。一応その子の過去は聞いておきたかった。

 

「あっ…。はい。

彼女は、あの部屋で亡くなった…という事はお分かりですよね?」

 

「えぇ、重要なのは死因ですよね。地縛霊になるくらいだから…」

この後の管理人さんの一言を聞いて、体が凍りついた。

 

「彼女は…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「殺されたんです。

 

 

 

 

 

 

一緒に住んでいたお母さんに。」 

 

彼女の一言は俺の心に鋭く突き刺さった。

その瞬間に、ある場面が頭をよぎる。

 

ある男性が怒鳴りながら拳を振り上げる風景。

俺の過去が瞬時にフラッシュバックする。

 

…やめてくれ。

思い出したくない…。

頭は真っ白になり、鼓動が早まるのを感じる。

 

「今まで、いろんな方があの部屋を訪れました。ですが、皆さんスグに…」

 

立っていられない…。

俺はその場にへたりこんだ。

呼吸が上手く出来ず、彼女の声が遠く離れていく様に感じる。

 

「風見っ!!!」

「風見さんっ!!!」

二人が同時に名前を呼ぶ。

 

「だっ…大丈夫っ…」

なんとか答える。

 

…ある程度の予想はしていたが、まさかこんな過去を背負っていたとは思わなかった。

小さな女の子が自分の親に殺される…。

 

俺はこの言葉を聞いた時に、彼女を自分と重ねてしまった。

 

「…と…りあえず…その子に…会わ…せてくれないかな…」

まだ呼吸は上手く出来ないが、どうにかスケやんに頼む。

 

よく考えればわかる。

俺がかすみ荘に来た時点でスケやんの計画は成功だったのだ。

 

俺の性格…そして、俺の過去…。

全てを知っているからこそ、今回の話を持ちかけたのだ。

俺になら救えると考えたのだろう。


確かに、痛い程にゆずちゃんの気持ちはわかる。

 

「ほんと、最悪な過去だよな…」

幽霊の彼女へ、自分に対して。

2人には聞こえない程に小さく呟いた。




 


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