どうしたもんだか
さて…どうしたもんだか…
私は小さく溜息をついた。本当にどうしたもんだか…そんな風にして私は考え始めた。
そう、まずは状況整理をしてみることにしよう。
Q:今は私はどこにいる?
A:会社の近所の行きつけの居酒屋。1階奥の座席に座っている。テーブルの上には生中と突き出しの枝豆、串揚げが10本。ピンクガーリック、揚げ出し豆腐。
Q:何故ここにいる?
A:悪友である松田雄二と飲みにきたからだ。誘い文句は電話で「なぁ、朝倉…居酒屋の10%割引券貰ったんだけど飲みにいかない?」だったと認識している。
Q:では松田とは如何なる人物か?
A:私の悪友兼、親友…のはず。年齢は私と同い年の26歳 身長は約180cm 体重は知らない。だが学生時代に比べるとスマートといって差し支えの無い体型だろう。髪の色は黒、髪型は学生時代から変わらぬとんがり頭で服装は会社帰りなのか紺色のスーツを着用している。首元に見えるネクタイは去年の松田の誕生日にやった赤い色のネクタイ。一応ブランド物。性格は典型的なA型で几帳面だが変わり者だ。
Q:それでは何故私は混乱しているのだろうか。
A:それは松田が真剣な表情で
「なぁ…俺と付き合わないか?」
などと突然言い出したからだ。
私は無言のまま、中ジョッキの中身を飲み干すと
「お姉さん、お代わりお願いします」
と空になったジョッキを振り上げ、店員の女の子に声をかける。
女の子は笑顔で
「はぁい、喜んで!」
と元気な返事で私のオーダーを受理してくれた。
オーダーが通ったのを確認すると、空になったビールジョッキをテーブルの片隅に置き、箸置きから割り箸を掴むとピンクガーリックを摘み、口に投げ込み食す。
こり こり こり
うん、おいしい。などと現実逃避を決め込んでいた。
しかし珍しい松田の真剣な表情と何かを待ちわびる視線に
「ふむ」
と小さくため息つくと箸を置き、意を決して松田の目を睨み
「…本気?」
と、ようやく返答を返した。
松田は鳩が豆鉄砲を食らった表情を見せたが、すぐさま元の真剣な表情に戻り、
「お前は冗談でこんなこと言えるのかよ」
と、もう酒に呑まれた真っ赤な顔で私にぼそりと呟いた。
はぁ…いつものお前だったら「冗談にきまってるだろ?」と言ってくれそうだから言ったのだが…
と期待を込めた予想が外れたことを苦々しく思いながら、枝豆を一粒口に入れる。
…大体どうしてこうなったんだ?
私は口の中に枝豆の味を感じながら自問自答をはじめる。
いったい何が原因で奴はこんなことをいいだしたんだと。
そして私は思考を自分の内側に向けた。
そう、思い返せば奴とはかれこれ10年来の付き合いになるのだ。
といっても男女として付き合ったことはなく、腐れ縁あるいは悪友といった呼称が似合う二人だと思っている。少なくとも私は。
そう私が断言するのには当然、理由がある。それは私達の出会いの第一印象はといえば最悪と呼ばれるにふさわしい出会いだったからだ。
時代は高校時代にさかのぼるのだが、その当時の私は成績は中の上、クラスのどこにでもいるような少しおとなしい印象の女だった。
顔立ちも美人といわれるよりは可愛いといわれることが多かった。
実際、私は美人といわれたことは一度もないが、数人の物好きな奴--中学、高校を通しても僅か4人だけだが--と私のおばあちゃんの言葉とクラスメイトのお世辞を信じるのであれば--ではあるが。
しかし、いかに外面が多少可愛かろうと中身に問題があれば、交際相手として選ぶ相手からは除外されるのであろうと、その当時の私は既に自覚していた。
そもそも、その当時、私は別段彼氏が欲しいとも思っておらず、また憧れを抱いていた相手も相応の大人であった。
そんな私の性格はと言えば、今よりは幾分か理性のたがが緩んでおり、一言で言えば個性的な性格をしていたと言えるだろう。
それを象徴しているのが私と松田の出会いだと思われる。
なにせ私が松田に対して最初に放った言葉はこれなのだ
「…あなたのどこが松田なの…?」
今にして自分でも思うのだが、松田からしてみれば第一声にして既に理不尽極まりなく、また理解しがたい言葉だっただろう。
そもそも、あなたのどこが?と尋ねられても生まれた時から松田雄二である彼からしてみれば
「どうしろって言うんだよ?」
と、ヤクザに難癖をつけられたような心境だったに違いない。
そして更に最悪なのは周囲を見渡せばA組のみんなが私達を注目しているのだ。
無理も無い。昼休みに見知らぬ女子から胸倉を掴まれなにやら詰め寄られているのだ。
クラスメイトもおそらく松田が私に対して何かやらかしたのだろうと興味津々で見つめる一派と、触らぬ神にたたり無しと無関心を決め込む一派に分かれ、仲裁してやろうというような気概のある人間は居なかったのである。
実際のところ高校に入学して一週間の経たない内に起こった事件であるから、その時点で松田に親しい友人と呼べる人間関係を醸造する期間が与えられていなかったことも不幸な理由になるであろう。その時の松田の心情を察するに
「これは夢か?それとも悪夢か?」
と思ったに違いないだろう。
いや、悪夢の類に思ったことだろう。
言い訳をすれば、このときの私の行動には若干の理由があるのだが、それはある意味理不尽極まりないものであった。
事の仔細を簡潔明瞭に説明するのであれば、当時。私が憧れていた芸能人「松田に似ている人がA組に居るよ?」という友人の情報を信じた私が喜び勇んでA組に行くと、理想とは似ても似つかぬ松田様を冒涜するような姿がそこにあった。その瞬間、私は脳内で
ぷっつん
という音を聞いたような気がする。おそらく何かが切れてしまった音だなと今思い返してみてようやく気がつけるのだが、その当時にはそんな余裕はなかった。
更に間の悪いことにその怒りの矛先をどこかに向けなければならないと判断してしまった為、騙した友人でなくとりあえず目の前にいた松田がその不幸な被害者に選ばれてしまったというわけだ。
今思えば若気に汗顔の至りなのだが、実際なんで私が衆人観衆の前であのような暴挙に出てしまったかは未だに自分事ながら不明だ。
だが、その結果
「朝倉って可愛いけど怖い」
という、妙なレッテルを貼られてしまったことは事実である。
「朝倉さんは考えるよりも先に行動を起こす傾向にあります。」
と、幼少の頃は幼稚園の連絡帳に毎度書かれる程度には積極的行動派の私であったのだが、成長するにつれ理性によって本能を抑制する性質の人間に成長してはいったのだ。しかし私が現在のように理性的な人間に成長するまでにはあと5年ほどの歳月を必要とするわけで、その当時にはまだ理性の鎖もたがも緩みやすかったのであろうと推測する。
とにかく私はそういう高校生だったのだ。
まぁ、そんなこんなが私、朝倉美波と松田雄二の最悪と思われる出会いであったわけだ。
さて、そんな感じで出会った二人だが、その当時の関係を第三者に聞いてみると
「え?朝倉が松田を虐めてたんじゃないの?」
と、いう評価が大半を占めるだろう。そしてそれはある意味間違っていないと私自身自覚している。
実際、後に松田本人にそのあたりのことを尋ねると
「初対面で胸倉を掴むような女に関わりたくはない」
と、思っていたそうで高校1年生の間は結果的に最小限度の接触で済んでいたそうだ。
しかし、高校2年から3年にかけては不幸なことに私と松田は同じクラスに所属し、さらに松田にとっては残念なことに高校3年生の時、なんの因果か学級委員長と副委員長という関係になっていたのであった。もちろん私が学級委員長だったのは言うまでも無い。
その頃の私の思い出といえば学食で松田のおかずを強奪したり、弁当のおかずを奪い取ったり、3年生の時には松田の所属する天文部の部室を部員でも無い私がある意味私物化してしまっていたり、あまつさえ公衆の面前で顔面を張り倒したこともあった。
どうして顔面を張り倒したのかといえば、
「男のクセにうじうじするな…」
と、その当時、男子の間で仲間外れにされていた松田の態度に腹が立ち、気がつけば松田の横顔を平手で叩いたのだと思う。
何故自分がそこで腹を立てたのかは分からないが、なんとなくいじめという陰湿な雰囲気が嫌いで、またそれを甘んじて受けているような松田の煮え切らない態度にも腹が立ったのだろう。
もちろんいじめを行なっていた男子数人の顔面も張り倒した覚えがあるが、そっちの方は何を言ったのかは覚えていない。おそらく、
「ダサい事はするなよ」
とかその類の言葉であったと思う。
思い返せばその当時の私は傍若無人で無鉄砲だった。実際、自分自身何故あんなことしたんだろうと思うのだが、敢えて言い訳を述べるとすれば、その当時は松田が嫌がってるようなそぶりに見えなかった上に、
「嫌なら嫌と言うだろう」
と勝手に思っていたのであった。また、自分以外の人間が松田を弄るのはまだ許せるが、苛めることに対しては感覚的に嫌だったのだろう。
もっとも後に本人にその当時のことを尋ねると
「そんなの…怖くて断れなかったに決まってるやん」
なのだそうだが。
まぁ初対面のあれがトラウマになっていては無理もないように思えるが。
さて話を続けよう。
やがて二人は高校を卒業し、私と松田は別々の大学に進学した。
本来はそこで二人の縁が切れるはずだが、何の因果かその縁は切れなかった。
実際のところ今もって不明なのが松田はあんな酷い目に遭いながら、大学1年生の夏に一通の封筒を送って来たことである。
その内容は松田のサークルが主催する日帰り旅行(参加費用1人5,000円)に参加しないか?といった簡潔明瞭な内容の文面だった。たまたまその時取り立てて用事もなかった私は参加の意向を電話で松田に伝え、その日帰り旅行に参加したのであった。その旅行そのものは5,000円を支払った価値があると認めるに値するものであったのだが、仔細はあまり記憶には残ってはいないので敢えて割愛するとしよう。
ともあれ、それ以降、私は松田とはたまに連絡を取り合うようになっていたのだ。
それからはといえば私と松田は月に1度の割合で会うようになっていた。
といっても艶っぽい話があるわけではなく、むしろお互いがお互いを
誘えば断らない相手。
男女の仲を意識しないですむ相手。
として認識していたにように思える。
その当時の関係をあえて言葉にするならそれこそ悪友という呼称が相応しいと思う。
実際、私は松田を以前のように扱ったりすることはなく、単純に弄りやすい対等の存在と見ていたし、松田もその頃になると私に対して遠慮の無い口調で話しかけるようになっていたのだ。
それまでは
「朝倉さん」
だった呼称が
「朝倉」
に変わったのもちょうどその頃だったように思うが定かではない。
その頃の松田の特徴はと言えば私を面白がらせる話題を不思議なことに豊富に持っており、そういった話題で盛り上がったりすることが多くなっていたように思う。
それどころか私をからかうという高校時代には有り得なかったスキルまで身につけていたのだ。それまでは私は松田の事を単なる硬い男。まじめなだけがとりえの男と思っていたのだが「へぇ…案外面白いところもあるんだ」
と別の一面を発見して見直していた時期でもあった。
また松田という男は典型的なA型で、これまた典型的なO型の私とはまったく違う側面を持っている男でもあるわけだが、それを象徴するのは
「こんな汚い台所で飯が作れるか!」
という名言に松田の人物像がうかがい知れる。
大学の時分には突如思い出したかのように電話をかけてきて
「飯作ってやるぞ」
などと一方的に告げ、
「お邪魔します。約束どおり飯を作ってやりにきました。」
と、遠慮なく私の部屋にスーパーの袋を引っさげ侵入し、台所に入った瞬間にこんな暴言を言い放ち、問答無用で掃除から始めて料理まで作ってしまうような変な奴なのだ。
そしてその料理が小癪な事に私より美味いのだから始末に終えない。
また、私がリビングにブラをほったらかしにしてようものなら
「お前には恥じらいというものはないのかぁ!」
と顔を真っ赤にして怒り、
「ん?見たいのか?胸…なんなら触ってみる?直に」
と、からかう度に
「女ってのはなぁ…もっと恥じらいを…」
と、顔を真っ赤にしながらお決まりのお説教をするといううぶな奴であった。
そんなやり取りの後は決まって私は
「お前はそんなんだからいつまでたっても彼女ができないんだよ」
と、そんな可愛い反応をする松田をからかっていたものだ。
とはいうものの意外というか、案外というか松田も健全な青少年らしく、その半年後にはきちんとした彼女を作り、さらに私にも紹介をしてくれていたのだった。
「俺と付き合ってくれる物好きが出来たんだ」
が電話口での第一声だったと覚えている。
「そりゃぁおめでとう。そいつはよほどの変わり者だな。だが大切にしろよ?」
と、にこやかに祝福の言葉を述べたことだけは覚えている。
その松田の彼女--名前はもう覚えていないのだが--は話に聞くだけでも
「類は友を…」
と感じたのは今でも忘れない。要するに松田と比して尚、変わり者だったのだ。
私が知っているのは彼女の容姿と奴と付き合えるという奇特な性格くらいなのだが、そういった漠然とした印象ではあるが私は彼女をいい奴と判断していた。
実際に初めて松田と彼女の二人と会った時の印象は
「ある意味、似合いのカップルだな」
といった失礼な印象を抱いたものだがその印象のまま今日に至っている。
というのも、私が生きている彼女に会ったのはその一回だけで、二度目に会ったときは彼女は棺の中で横たわっていたのだ。
死亡の原因は交通事故。その当時の松田はある意味ぽっちゃり系と呼んでいいような体型だったが、その頃を境に急激に痩せて行ったのを覚えている。
それが彼女が亡くなったことに起因するのか、幸か不幸か就職活動に追いたてられてなのかは結局判らなかった。
その後は--なんとなくだが--しばらくの間、私は松田と疎遠になっていた。というのは私自身、親のコネで大手企業に入社しており、松田も入社した大手家電量販店でこき使われていたからだった。
そして二人が再会したのは去年の暮れ。きっかけは松田からの一本の電話だった。
「を、松田かぁ お久しぶり。元気なのか?」
「ぼちぼちなぁ」
「ん、そっか、元気で何よりだな。それで?用件は?」
「いや、なんとなく酒が飲みたい気分やねんけど付き合ってくれへんか?」
「酒?そりゃ構わんがお前のおごりな」
「ええよ、泥舟に乗ったつもりで任せておけ」
「あぁ、いやいや割勘でいいよ。で、何時、どこでだ?」
「何時でもいいけど日本酒の美味しいのが飲めるところが…」
「了解。まぁ、今週末でいいか?」
と、そんな会話だった気がする。
私が意外に思ったのはこの松田という男は酒が飲めないと思っていたからだ。
まぁ、飲めない男が飲みたいだなんて何らかの愚痴話かと覚悟を決めて約束の場所にいくと見事に痩せた松田の姿とのご対面である。ひさしぶりに会った松田はそれこそ昔のぽっちゃり君の面影は欠片も残っておらず、ある意味健康的だが別の意味では何があったのだと思わずにはいられなかった。
そんな私の予想は正しく、案の定というかやっぱり愚痴話であったがのだがその内容としては上司との軋轢やら何やらであった…と思うが、詳しいことは覚えていない。
私もほどほどには飲んでいたし仕方ないだろう。
まぁ、それの一件がきっかけとなったのだろう。私と松田は旨い物を食べに、或いは飲みに行くようになった。と言っても専ら飲むのは私一人だが飯を食いながら気兼ねなく言葉を交わせる友達としての関係をその頃に確立していったように思える。
私自身も美味しい食事やお酒は好きな性格であり、またその当時はこんな性格も災いしてか偶然にも彼氏も居らず誘いを断る理由もなかったことがそういった関係の醸造に拍車を掛けたような気がする。
念を押しておくとその時点で私には松田に対する恋愛感情というものは皆無といってよかった。実際のところ私が美味しいものは一人で食べるよりも二人で食べたほうが美味しいといった理念の持ち主だったに過ぎないと思っている。そして私達はいつものように他愛のない馬鹿話をし、ちょっとした愚痴を聞き、
「ん、お休み。じゃ、またね」
と別れるのが常だったわけである。そして今日に至るわけなのだ…
「お代りお持ちいたしました!」
店員さんの元気な声に、ふと我に帰る。
目の前では松田が相変わらず真剣な表情で私を見つめている。
さぁて…どうしたもんだか…
私は私自身の心に尋ねた。
私は松田をどう思っている?
そして、どう返事すればいい?
さぁて…どうしたもんだか…
私は今一度自問自答する。
そして、意を決して松田に対して口を開いた。
まずは、ここまで読んでいただきありがとうございました。
え?これで終わり?!それでどうなったんだよ!
と思っていただけたら
「よっしゃぁ」
と小躍りして喜んでしまいます。(ヲイ)
これは元々そーゆー趣旨の小説を目指して書いてみたのですが、いかがだったでしょうか?
拙い文章力と表現力、及び読みにくさはご勘弁くださいませ。
そして今一度ここまで読んでいただいた皆様に感謝を。
またどこかでお目に掛かれる時を切望しながら…