いしうり
彼に会うのは十年ぶり二度目であったが、彼を一目見ただけで、あの夏の記憶がよみがえってきた。故郷の大きな楠木の下で江戸時代の農民の様な襤褸を纏った彼は、掌ほどの丸い石を売っている。赤、青、緑などの色をした石は艶をおびている。
「緑の石を御望みか?」
「いえ、赤いのをください」
「あなたには緑の石こそ必要に感じられますが」
「どうしてその様に思うのです?」
「あの夏と同じ顔をされている。それだけで十分わかります」
全てお見通しと言うように目を細める彼を、僕は口をゆがめながら見つめ返した。あの時もそうだった。僕の全てを見通しているようであり、上手く僕を誘導しようとしているようでもあった。しかし、あの夏を再現するためにここに来たわけではない。十年前と違い僕には確固たる目的があった。
「やはり赤いのがいいです」
「そうですか。そこまでいうのであれば赤い石を差し上げます。お代は後払いで構いませんよ」
「よろしくお願いします」
僕は彼に頭を下げ赤い石を手に取った。
あの夏。十二歳の僕は彼にすすめられるがままに緑の石を買った。そのおかげで、僕は弟と親友を失うことになった。あんなことは二度とごめんだ。
ひとつ年下だった弟は、僕よりも体格がよく気性が荒かった。僕は毎日のように怪我をさせられていて目障りな存在だった。
親友のAは陰気だが優しい心の持ち主で、幼いころよりよく遊んだ仲だった。家も近く頻繁に互いの家を行き来したものだ。
Aを捧げる代わりに弟を消してくれる。緑の石は僕の願いを叶えてくれた。
Aは親友としてとても役にたってくれた。しかし、今の僕にはAの様な親友はいない。僕に協力してくれる存在がいないのだ。
「赤い石はあなたの将来の一部を捧げる代わりに、誰かを消しましょう」
彼は十年前にそう言った。
僕にはそれしかなかった。
「それで、誰を消しましょう」
彼は首を亀の様に僕の方へ伸ばした。
「彼女」
僕は交際している女性の名前を告げた。
「で、あなたの将来の一部ですが、何を捧げてくれますか?」
「お腹の子供」
「かしこまりました」
彼は目を細めてうなずき、その後ひとことも発しなかった。
僕は赤い石を握りながら、彼の元を離れた。
ふたりがいなくなる。殺されるのかどこかへ売られるのかはわからない。しかし、僕はこれで邪魔なものを消すことができる。
彼がどのように仕事をするかを知るすべは無いし興味もない。ひとつ言えるのは彼の様な職業が僕の故郷には脈々と受け継がれており、僕の様な人間には有用であるということだ。
僕は故郷を離れるために駅へと向かった。
大きな楠木の下に座る男の前に佇む者がいた。
「青い石をください」
「あなたと引き換えに誰を消しますか?」
「彼と子供を」
男は目を細めてうなずくと、青い石を女に渡した。