一言目 それは、とおいむかしの。
使い古した指ぬきグローブをはめた手を眺めながら、真夜中、月明かりだけがあたしを照らす中であたしはぼんやりと景色を眺めながら、物思いに耽る。
雑草や花の生えている地面へ寝転がり、月を見上げながら、過去のことを思い出して。
◆
昔は、『緋色の王者』と呼ばれ、ヒーローとして称えられていたお母さんの背中を追って、あたしもヒーローになろうとただひたすらがむしゃらに頑張っていた。成長していくにつれて、いつの間にかあたしは念願のヒーローになっていて。『真紅の英雄』として崇められた。気が付けば人助けをして、気が付けばたくさんの人を救っていて。その反面、あたしは孤独だった。
傍に居て、あたしのことを応援してくれるような人は居なくて、自画自賛になるけど、それでもひたすらに頑張っていたあたしは凄いと思う。お母さんだって、いつの間にかあたしの傍から居なくなっていた。そんな中、たった一人で、昔から戦い続けて。
その成れの果てが、今のあたし。もう英雄なんて二度と呼ばれることないであろう、あたしが出来てしまった。
「 」
風の音でかき消されてしまった、その微かな呟きは、遠い遠い昔にお母さんがあたしに教えてくれた、魔法の言葉。
――今、お母さんはどこで何をしているんだろう。どこかでずっと、人の為に戦っているのかな? あたしはもうこんなに落ちぶれちゃったのに、お母さんがまだ人の為に戦っているとしたら……あたしはお母さんに顔を合わせることなんて、二度と出来ないだろう。でも、それでも……あたしはお母さんに、会いたい。
もう十八歳なのに、こんなことで泣くなんておかしいかもしれないけど……独りぼっちはもう嫌で、誰かに会いたい。お母さんとか、あの娘とか。
そういえば、あの娘はどうなったんだろう。あの場所が荒野になる前に、どこかへ移動したのかな。それだったらいいんだけど。
科学がそれなりに進歩して、魔法がとても進んでいるこの時代で、魔法使いになると言って彼女は一生懸命修行をしていた。四人の兄妹が居る、裕福な家に養子として引き取られ育った彼女。彼女は毎日が幸せそうで、そんな彼女と居ると、あたしも幸せになれた。
……彼女は、魔法使いになれたんだろうか。
そんなことを考えていると、頭の上の茂みのほうからがさがさと音がした。ふと起き上がって目をやると、そこには懐かしい顔があった。
噂をすればなんとやら。
「あ……――もしかして、ユウキちゃん?」
「え、あ、あぁ、うん……」
名前を呼ばれて、ぎこちない返事しか返せなかった。よく見てみると、彼女は酷く傷ついている。可愛らしい洋服は、あたしのスカーフやハチマキのようにぼろぼろで、綺麗な顔には傷があって、手にはたくさんの絆創膏。
あたしは真っ先に、その傷のことについて問いかける。
「その傷どうしたの?!」
「これ? えへへ……ちょっと、怪我しちゃって」
「ちょっとどころじゃないでしょ!?」
彼女は、傷など気にしていないかのように、明るく可愛らしい笑みを浮かべた。……いつだってこの娘はこうなんだ、傷ついているのに、傷ついていないふりをして。
月明かりが二人の少女を照らす中、英雄と呼ばれた少女は、魔法使いであるはずの少女の手を繋ぎ、温めた――。