国王陛下の恋患い。
※『私は王妃』『敵に回すべからず』の続き。陛下side。
「はじめまして、陛下。公爵家が長女、リナーシャと申します」
はじめて見た時、息が止まるかと思った。まだ幼さの残る愛らしい顔立ちを持つ金髪の少女。
公爵家の娘で、父上が死んで国王という地位を継いだ俺の後宮にやってきた少女――それが、リナーシャだった。
後宮入りした時、まだリナーシャは13歳。一目見て何処か衝撃的で、綺麗だと思って気になってた。でも、まだ子供だからもう少し手を出すのは待つようにと周りが色々いってきたのと、やりはじめた政務に手間取っていて我慢した。
一年も経った頃にはすっかり我慢できなくなって、ついリナーシャの元へと通ってしまった。
宰相であるカインにロリコンを見るような目で見られたが、別に3歳差でそんなにいわれる筋合いはない! ちなみに後宮入りしたのは4人の娘で、その中にはカインの娘もいた。
でもカインは無理やり娘に寵愛をなんていってこないから楽だ。リナーシャ以外の3人にも通ってはいる。けれども、頻度が少なくて後の二人の親は色々と煩い。
色々な事情があるわけで、これからも側妃は増えたりするだろう。王族とはそういうものだ。色々と言ってこなければ楽なのに、と正直思う。
「リナーシャ」
後宮に通えば、リナーシャはいつも笑顔で俺を迎えてくれた。
「あら、陛下。来てくださったんですね」
そういって笑うリナーシャの部屋の中には本も沢山溢れていて、リナーシャは聡明で、そして綺麗で俺はリナーシャに夢中だった。
正直後宮は女のドロドロとした戦いで、リナーシャを守らなきゃと思っていたが、
「心配しなくていいですわよ。チカ様やアイサ様とはお友達になったもの。他の二人には敵視されてるけど問題はないわ」
リナーシャは自分で自分を守るだけの術――というか、人を味方につける能力に優れていた。
俺がリナーシャの元に通いながらも、リナーシャは王宮内で味方をどんどん増やしていった。人を惹きつけるようなそういう力をリナーシャは持っていて、俺もきっとそんなうちの一人なのだと思う。
リナーシャが笑って、俺を受け入れてくれるだけで幸せだと思った。
リナーシャが16歳の時、妊娠をして生まれたのが第一王子のルシアだった。それと同時に王宮内で多くの支持を得てリナーシャは正式に王妃になった。嬉しかった。
子供はそこまで好きではなかったけれど、リナーシャとの子供っていうだけで可愛がれた。その頃には国交の問題もあって、側室は少し増えていたけれどもそれでもリナーシャはうまくやっていた。
だけど、リナーシャが25歳、俺が28歳の時にふと魔がさした。
もし他の側妃にばかり構うようになったらリナーシャは嫉妬してくれるだろうかと。見てみたくなった。いつも笑ってるリナーシャが、嫉妬してくれたら幸せなのにとそう思った。
宰相のカインとかに、何をバカな企みをと呆れられたがどうせリナーシャが嫉妬してくれればすぐにやめるんだからという事でその行動を始めた。
リナーシャに嫉妬してほしかった。
ただそれだけだった。でも、リナーシャは俺が他の女に通おうと何もいってなど来なかった。もっと側妃に通えば何かいってくるかもしれない。そうやって俺は意地になった。
侍女たちに見に行かせても、リナーシャには憂いの様子が見られずにただ楽しそうに仕事などに励んでいると聞いた。側妃を集めてお茶会をしたり、あまり親に構われない王子や姫と遊んだり、仕事をこなしたりと生き生きとしていると聞いた。
どうして俺が通わなくなったのに、そうなんだ。どうしてそんな風に生き生きと出来る。どうして悲しまない。そればかり思ってますます俺は意地になった。
好きだと思った。こんなに執着している女なんてリナーシャだけだ。それなのに、リナーシャは王妃なのに、何で何もいってこない?
政務の時だって、リナーシャは普通に俺を見て笑う。だけど名前は呼ばない。通ってる時、最中にフェオスと呼んでくれたその呼び声はもう長く聞いていない。
俺の元に縋ってはこないのに、側妃や子供達や、王宮勤めの面々と日々仲良くするリナーシャ。俺なんてもうしばらくリナーシャとお茶をしたりもしてないのにと苛々してしまう事も多くあった。
リナーシャは俺の事を愛していないのか、そんな風に結局ずるずると8年も経過してしまった。ルシアは俺を敵視しているし、周りの宰相達も全くと呆れた目で俺を見るし、城下町では俺がリナーシャに酷い扱いをしているだのわけのわからない小説が出回るし…。
「陛下、いい加減にしてください。リナーシャ様が好きなら意地を張らずに…」
カインにもそう言われた。それでもリナーシャに縋ってほしかった。俺を愛してるとその口からいってほしかった。最後に通ったのは3年前。ああ、リナーシャの所にいきたい。政務の時には会えるのに。我慢していて、苛々していた。会いたい、抱きしめたい、名前を呼んで欲しい。
こうして離れてもなお、俺はリナーシャでいっぱいなのだ。リナーシャを一目見た時からずっとリナーシャに夢中だ。
そんなある日、新しい側妃ノア・ヒロアルナが来た翌日。チカのもとに苛々しながら通った時、いわれた。
「本当に陛下ってば意地を張らずにリナーシャ様に聞いたらよろしいのでなくて? 最中にリナーシャ様の名を呼ぶほど恋しいのでしたら…」
情事を終えてベッドに座りこんだチカの言葉に、俺はチカを見た。
チカはこちらを見てにっこりとほほ笑んでいる。
「何をだ」
「リナーシャ様の事で意地を張っていますでしょう? ですから愛してるかどうかお聞きするのが一番だと思いますわよ?」
「………」
俺の心情なんて昔からの付き合いであるチカにはバレバレらしいのだ。くすくすと笑うチカの言葉に俺は思わず黙り込む。
「………聞けって言ったって」
「いいから聞いた方がいいですわよ。リナーシャ様相手ならそっちの方が断然問題解決の道だと思いますわよ?」
「いや、でも…」
「陛下。リナーシャ様と一緒に居たいのでしょう! それならばちゃんとお聞きください。それともリナーシャ様が陛下を嫌いとでもお思いですか?」
全く、とでも言う風にチカはそう言い放ってこちらを見据える。チカのこんな言い分が、俺とリナーシャの仲をもとに戻すためな事は十分に理解している。
チカとカイトの親子は、本当にリナーシャを慕っているのだ。寧ろこの王宮内では、俺よりもリナーシャの味方をするような面々が多い。
「………いや、でも」
「そんなんだから駄目なんですわよ? そもそももしリナーシャ様が陛下をお嫌いだというのでしたら、さっさと見限ってますわ。リナーシャ様の人となれば、どうにでも出来ますもの」
チカは俺に容赦がない。カイトの娘であるチカとは幼い時からの付き合いで、チカは友人のようなものなのだ。王と側妃って関係だけれども。
「……」
「ほら、さっさと明日にでもいってくださいませ」
「…ああ」
行かないと駄目ですわよ? とでもいう風にこちらを見ていうチカに俺は頷くのであった。
とはいっても、リナーシャの元に久しぶりに行くのは妙に緊張する。
リナーシャの事が好きだからこそ、余計。そもそも聞いて愛してないなどとはっきり態度で示されたら俺はどうしようもない。それでも、リナーシャを王妃としてとどめておきたいし、自分の物にしておきたい。意地張ってずっといってなかったから、行くのが躊躇われる。俺が悪いのだろうけれども。
チカにいわれた翌日、俺は久しぶりにリナーシャのもとに緊張しながらいった。
「あら、陛下。私の元に訪れるなんてお久しぶりですわね」
リナーシャはいつも通り微笑んでいる。俺が来ないことなど全く気にしていないとでも言う風に。俺がずっと来なかった事などどうでもいいとでも思っているかのような態度が何ともまぁ、俺を躊躇わせる。
「リナーシャ」
名前を呼べば、リナーシャは本当に美しく笑った。何処までも綺麗で、その笑顔を見ているだけで幸せな気持ちになれる気がした。
出会ってから、20年。ずっと俺はリナーシャにとらわれてる。離れていても、しばらく顔を見なくても、それでもいつもリナーシャの事を考えてる。
「……リナーシャ」
「どうしました、陛下」
「好きだ」
久しぶりにその華奢な体をぎゅっと抱きしめる。鼻につくリナーシャの甘い香りに、理性が揺らぐ。
意地を張ってた。でもそれでも俺はリナーシャが結局好きで、リナーシャのもとに通わないのもそろそろ限界だった。
「はい? 突然どうしたんですの?」
驚いたようなリナーシャの声。耳に響いてくる声が心地よい。
「……リナーシャは」
その体を抱きしめたまま、俺は言葉を告げる。
「俺の事愛してるか?」
「え? 愛してますけど? 何で突然そんな事聞くんですの?」
さらっと答えられた言葉に、俺は思わず固まった。躊躇いもせずに告げられた言葉、柔らかな声。
一旦、抱きしめていたリナーシャの体を離す。
「……本当に?」
「どうしてそんな事を聞くのですの?」
体を離してじっとリナーシャの顔を見れば、その顔は不思議そうにこちらを見ていた。
「どうしてって…、リナーシャが」
「私が?」
「………俺が来なくても平気そうだから」
そう告げる声は徐々に小さくなる。だってこんなことをいう何てなんか女々しい。リナーシャは俺が来なくても平気そうで、それに対して色々と考えてしまったんだ。
他の側妃が何を思おうときっとどうでもいい。だけれどもリナーシャだけは特別だった。他の何にも変えられないそんな存在だった。
「だって陛下は側妃の方がいっぱいいらっしゃいますし、陛下が側妃のもとに通うのは当たり前の事でしょう? それに陛下ってば私に飽きたんじゃなかったんですの? 来ないから若い子が好きなんだなぁと思ってましたけど…」
「違う! 俺は…、リナーシャに嫉妬してほしかっただけだ!」
飽きただなんてとんでもない、と思わず思った。というか側妃のもとに通ってたのをそんな風に思われていたとは…。嫉妬してほしかったのに、飽きたんだって納得してたとか…。
意地張ってたのがバカらしいぐらいリナーシャはさっぱりしていて、何とも言えない気持ちになる。
「嫉妬…? それで来なかったんですの?」
「………つい、意地になって。リナーシャは全然、俺が来なくても気にしてなかったから」
「気にしてないわけではないですわよ? でも陛下には側妃が沢山いますし、ただ単に私に飽きたんだなぁと割り切っていただけで…。ですからもちろん陛下が来てくださるなら嬉しいですわよ? ですから私は今嬉しいですわ。陛下に飽きられてないってわかったので」
リナーシャが、そういって満面の笑顔を浮かべた。何処までも嬉しそうな笑み。それに何だか心が温かくなってくる。
「リナーシャ、リナーシャ」
俺はリナーシャをぎゅっと抱きしめる。
リナーシャが、俺が来てくれたらうれしいって言ってくれた。それだけで何だか色々十分だった。愛してるって告げてくれて、嬉しいっていってくれて、それだけで俺の心は満たされる。
こんなんだったらさっさと聞いておけばよかったかもしれない。意地なんて張らなければよかったかもしれない。
嫉妬なんて感情は見られなくても、リナーシャはちゃんと俺の事を思ってくれている。
「愛してる」
そう告げて、そのまま唇を塞いだ。
――そしてそのまま、久しぶりにリナーシャを抱いた。
俺はリナーシャを愛してる。それだけはずっと変わらない真実。
その後、またリナーシャの元に俺が通うようになって側妃達に「陛下ってば、わたくし達がリナーシャ様とお茶をする時間がなくなるではありませんか」と理不尽に怒られるのは別の話だ。
本当にこの王宮でリナーシャは俺以上に慕われている。それを実感して何だか複雑な気持ちになった。
―――国王陛下の恋患い。
(意地を張っていたのが、バカみたいだった。これからは意地なんて絶対張らない。離れているのなんて我慢できない)
国王陛下目線書いてて楽しかったです。
でも国王って立場の人間の恋心なんて難しいのでうまくかけているかはわかりません。楽しんでもらえたら幸いです。
感想もらえたら喜びます。
一応ルナベルク王国の王宮のお話はこれで終わりです。
というか、陛下の一人称俺でいいのかとかちょっと迷いました。不自然ならどうか指摘お願いします。
あと恋愛描写とか普通に書くの苦手ですのでうまくかけてないかもしれません…。