#01
外の空は恐ろしく澄んでいて、冬に見た雪が降った後の空のようだった。
もちろん、今の季節で雪が降ったら異常気象どころの騒ぎではない。
人の騒ぎではなく、蝉の忙しい声が学校に入り込んでくる。
清潔そうなカーテンがふわりと涼しい風に揺られて、私のすぐ目の前をゆらりと白煙のように動く。
廊下からは騒がしい女子らしい会話が耳にはいるが、その声は別世界から聞こえてくる音の様で、私の耳に入ってすぐに消えてしまう。
「気分はどう?」
私がいるこの教室の主――保健室の天使こと旭美咲センセーはため息混じりに私に訪ねてきた。
白い穢れを知らなそうなベットに横たわっている私は、右腕で隠していた顔を少し見せて笑う。
「全然良くない。良くなるわけないじゃない」
保健室の天使はもう一度、さっきよりも深くため息をつくとベットと保健室を遮断しているカーテンを音を立てて閉める。
私は苦笑いを浮かべて、右腕を顔から外して白い天井を見上げた。
「ちゃんと5限目には出てね」
「・・・」
黙って天井を見つめて、彼女の問いには答えなかった。
蝉の声が保健室の沈黙を邪魔している。
遠くでチャイムがなるのが聞こえて、やばいやばいと声とともにパタパタと廊下を誰かが走っていくのが聞こえた。
「5時間目はじまっちゃうなー」
わざとらしく呟くと、大きなわざとらしいため息が聞こえてまたカーテンが開いた。
半袖のワンピースからのぞくモデル顔負けの細くて長い腕と足が夏らしい太陽の光に照らされて、私が男だったら悩殺されてしまうだろう。
白衣と白い可愛らしいワンピースが、本当の天使に見える。
「私が男だったら美咲ちゃんと付き合うのにー」
「アタシそっちじゃないし。愛してる夫がいますから」
自慢げに薬指に光る結婚指輪を見せつけてくる。
その輝きは私にとって、太陽を直視するような、眩しすぎるものだった。
大人っぽく、可愛らしく笑う彼女は幸せという言葉そのものなのだろう。
「その夫は私の知り合いっていうのが複雑だ」
上半身を起こして、微笑む。
背を壁に付けて、枕元にあるブックがバーのついた単行本を手にとって適当にページを開いた。
哲学という堅苦しいものが私の大好物で、これがあれば私は生きていけるまでというのは過言かもしれない。
美咲ちゃんは不安そうに私を見つめて、首をかしげた。
「アンタ・・・何かあったの?」
私は本から目を外して、美咲ちゃんの顔を見つめて微笑む。
「なんでもないよ」言葉に出さずに首を振った。
そして本に目を落とす。
そして、一番に思っていなかった事を呟く。
「別にクラスの空気である私がいたっていなくったって、同じじゃない」
ふわりと窓のカーテンが風で揺らぎ、二人の間にわずかに壁をつくった。
その壁はすぐになくなったが、もう一つの壁がそのまま二人の間に残ってしまった。
二人は気付いていたが、何も言わずに木々が奏でる音にこの場所の沈黙を任せる。
授業が始まったあとの学校は静かで、夏の音がこの学校を支配している。
その時間が私にとって、とても心地いい時間なのだ。
人と会話しなくていい時間。
人の意見に同調しなくていい時間。
ただ、新しいことを知れば過ぎて行く時間。
素晴らしいの一言で片づいてしまう。
私は音を立てて本を閉じて、窓の外・・・特に何も見ずに外というモノを見つめた。
そして、口を静かに開いた。
「言葉ってさ・・・人を守る凶器だよね」
自分の目から、生温かい雫が流れそうになるのを必死に堪える。
これは叶わないのだろうか?
そんなことを思ってしまった今日は・・・
私、保志野夏鈴が初めて流れ星を見た、次の日であった。