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第六話

お母さんに手を引かれながら遠ざかる私とお母さんの背中を見送る。


『生きて』


二人のどちらかが、そっと呟いた。




・ー・ー・




目を覚ますと、昨日目覚めた時とは違った天井が目に入る。

そうだ、私は退院しておばさんに引き取られたんだった。

寝起きだからかぐらぐらと危うい視界にもう一度ベッドに倒れこむ。ぼんやりと霞んだ視界を手で強引に拭って顔を手のひらで被った。


ああ、なんて残酷な夢だったのだろう。

二度と訪れることのない幸せ。あの頃はこれが当たり前だったけれど、その当たり前が何よりも幸せなのだと思い知らされる。

穏やかなお母さんの顔を見ることも、柔らかい笑顔で微笑みかけるお父さんも、いたずらっぽく笑う兄の顔も、可愛らしく私になついてくる妹の姿も、もう見ることはできないのだ。

一週間、まだみんながいなくなってたったの一週間だ。

これから私は一人で、生きていけるのだろうか。


ぼーっと天井を眺めていると、控えめなノックが鳴らされる。


「皐月ちゃん…?起きたかしら?」


「はい」


「朝ごはんのしたくができたわ。準備ができたら降りていらっしゃいね」


「わかりました」


トントントン、と、部屋から遠ざかる足音が聞こえなくなった頃、私はゆっくりと上体を起こした。

ここの家の人は、おじさんとおばさんはとてもいい人なのだ、と、思う。

私を引き取ってくれたし、こうやって朝食だって用意してくれる。部屋も、服も、机も、ベッドも、必要なものは全部全部揃えてくれていた。新品のものを一式。シンプルだがオシャレな、私好みの部屋に。

そういえば、お母さんとおばさんは仲が良かった。おばさんには子供がいないからか、小さい頃に非常にお世話になっていた記憶がある。その交流がまだ続いていたのかどうかは知らないが、こうやって部屋の中が私にピッタリだということは、私のことを気にかけていてくれたのだろう。さすがに下着やらのサイズはわからなかったみたいだけど。


タンクトップにゆったりめのワンピースを着て階段を下りる。

いつも家で漂っていた朝食の香りによく似ていて、思わず涙が出てきそうになった。


「皐月ちゃん、そこに座って?」


「はい。ありがとうございます」


「いいのよ、これくらい」


そう言って出されたご飯はやっぱり好きなものばかりで、胸に熱いものがこみ上げる。

おばさんも、おじさんも、私を怖がっては居るけれど、とてもいい人なのだ。子供を見捨てられないくらいには、とてもいい人。

まだまだ恐怖の目で見られている。…もしかしたら怖いからこんないい待遇を受けているのかと思って、ゆるりと頭を振った。この人たちは、そんな人じゃない、はず。


「…おいしい」


味噌汁に一口口をつけるとお母さんの作ったものと同じ味が広がる。

やっぱり、お母さんとこの人は姉妹なんだ。


「あなたのお母さんと同じ味付けになってるかしら?」


「はい。びっくりしました。ありがとうございます」


「いいえ、お礼を言われるようなものではないわ」


そういってそそくさとキッチンに引っ込んで行ったのを見て、少し申し訳なくなった。

昨日あんなに心の中でボロクソに言ったことを少し反省する。


「…今日は、君の家族の葬式だ」


「…!」


今まで黙っていたおじさんが口を開いて、とんでもないことを言った。

おじさんは何もなかったかのように再び食べ始める。


今日、だったのか。


いきなりのことに少し唖然とするも、思えばあの事件から一週間。

そろそろどころか遅すぎるくらいだ。なんでこんなに遅くなったのかなんて考えたくもなかった。


「お葬式、行く?」


「…行きます。見ておかないと、いけないので」


「そう…服は学校の制服でいいのかしら?」


「…はい、お願いします」


「ごめんね、いきなりで。驚いたでしょ。昨日言いたかったんだけど気落ちしてたみたいでなかなか言いづらくて…」


「…いえ、大丈夫です。わざわざ、ありがとうございます」


「8時になったら出発だ。それまでに着替えてなさい」


「…はい」


そっけなくそう言われて、おじさんはさっさと書斎にこもってしまった。おじさんも、いろいろ思うところがあるのだろうか。おばさんは気にしないでというけれど。

私は部屋に戻ってクローゼットのハンガーにかけてある学校の制服に腕を通した。真っ黒なセーラー服は事件当日、私の部屋に置いてあったため汚れは一つない。一年着ていたため少しよれているが、綺麗なままのそれはまるであの日がなかったかのようなそんな気配を感じさせて、少し泣きたくなった。


家族の残骸を今から、見に行く。

お別れをしに行くんだ。

四人の亡骸を見て自分は何を思うのだろう。

死んでしまった四人に、私は何ができるのだろう。


生きているだけで罪だと言うのならば私は喜んで死ぬのに。

それでも、夢の中で聞いた声が、私を生へと引き止めるのだ。

死んではいけないと、心がさけんでいる。


(生きて、という一言に、どれだけ重い想いが込められているんだろう)

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