第四話
小さくため息をつく。あれからさらに三日がたった。思い出す気配はまったくない。もっとも、思い出したいとも思わないけれど。
空は相変わらず晴天だ。時が流れているのもわからないような、雲も何もない真っ青な空。このまま時が止まってしまえばいいのにと思うのは、私の我侭だろうか。
「退院おめでとうございます」
ずっと私の担当だった看護師さん。晴れやかに、本当に嬉しそうな顔で私に別れを告げる。
事件から一週間がたった。大抵の事件は一週間くらいしたらほかのニュースに埋もれてしまうというのに、未だに報道されているこのニュースは私の心を苦しめる。早く消え去ってしまえばいいものを、どうして人の個人情報をあさって公開するのだろう。悪趣味だ。
けれど事実だから否定することもできないし、思い出せないから全貌なんてわからない。世間では私がやっただの他に犯人がいるだのいろいろな憶測が飛び交っているが、あの事件に関することはひとつも覚えてないし思い出せないからどうしようもない。
「皐月ちゃん、行きましょう」
「はい」
優しげな声に言葉をかけられ動き出す。
引き取り手がいない、訳ではない。これはよかったのかどうかはわからないけど、どちらにせよあの家には住めないからそのことはプラスに働いているのだろう。
私の引き取り手は母の妹の雅恵おばさん。優しくて暖かい人。結婚はしていて旦那さんは居るけど、子供は居ない。
どことなくよそよそしいのは私がみんなを殺したと思っているからか。表面上は優しくても、私を拒絶するような視線が気持ち悪かった。
『―が―にちに起こった事件の―――――』
私のことをどこかで嗅ぎつけてのか、病院の前にはたくさんの報道陣。このままじゃ外にも出れない。顔は割れているから隠しても無駄だし、どうしようか思案する。
そういえば、おばさんたちは車で来ていたような。
「すみません、この病院、裏口ってありますか?」
「あるけど…皐月ちゃん何か考えでもあるの?」
「いえ、ただ車を裏口の方に回して頂ければバレずにここを出れるかなと…」
「確かにそうね。あなた、お願いしてもいいかしら?」
「ああ。裏口の場所は?」
話がどんどん進み、私たちは裏口に移動することになった。ちなみにおじさんは報道陣にもみくちゃにされながら道を通っていた。彼は顔が割れてないから何も言われなかったけど、あれだけの人が入口に集っていたら通る道もなく、仕方なくその中を掻い潜って行くしかないのだ。はた迷惑にも程がある。
「それじゃあ私たちも裏口に行きましょうか」
「はい」
「お大事にしてくださいね」
看護師さんがそう言い貼り付けたような笑顔を私に向ける。どうやらここで別れてさっさと自分の仕事に戻りたいようだ。おばさんは気にしてないかもしれないけど、その貼り付けたような笑顔と他人行儀な態度が少し引っかかった。
「…はい」
そう返事をしておばさんと共におじさんがいるであろう裏口に向かった。
・ー・ー・
裏口まで来ると報道陣どころか誰もいない。都合がいい。
おばさんは前の席に、私は後ろの席に乗る。
すぐに病院から逃げるようにして車が出発した。
「皐月ちゃん、何かあったら言ってね。おばさん力になるから」
「…はい」
そういいながらも拒絶の色を孕んだ目が私を見つめる。多分おばさんは私がその感情には気付いてないと思っているんだろうな。そうでなければ、「力になるから」だなんて言えやしない。
その一言を交わしただけで車内には沈黙が訪れる。聞こえる音は車の走る緩やかなエンジン音とうっすらと聞こえるラジオの知らない音楽だけ。
私は、大丈夫だろうか。
この人たちと共にいて、本当に、大丈夫だろうか。
そんな思いが私の中で渦巻いていた。
(やっぱり、神様なんて大嫌いだ)
事件が起こってからずっと思っていたことを頭の中で呟いた。
…だからと言ってどうにかなる、だなんて思ってないけど。