第三話
ひたすら真っ白い部屋と、そこから見える真っ青な空。今私の目に映るのはそれだけで、この空間だけが外とは別次元だと思わせる。外から聞こえてくる元気な声は微笑ましい気持ちにはさせるけど、完全に私を奮い立たせる材料になんてなりやしなかった。
家族が死んだ。生き残ってるのは私だけ。そして、その死体のあった家の中で血まみれになったまま無傷で倒れていたのが、私――――――――
意識が戻って、すぐに警察が来て詳しく説明されたときは何かのドッキリかと疑った。事件のことを詳しく教えてくれだなんて言われても、思い出せない。
それどころか家族が死んだということ自体、納得できていないのに。
「皐月ちゃん、ちょっといいかしら?警察の方が来られたんだけど…」
「大丈夫です」
思考に介入する声。気を遣うように接する看護師さんもどこかよそよそしい。意識が戻って三日間ここにいるけど、そのよそよそしさは改善されなかった。
理由は、なんとなく分かってるのだけれども。私から口にするのも気が引けて、自分自身のことなのに聞こうとは思えなかった。
「北条皐月さん、だね?」
「はい」
入ってきたのは大柄で無愛想な二十代後半から三十代前半くらいの男性と二十代前半ぐらいの女性。
昨日とは別の人だと頭の端で呟いた。
「何か思い出せましたか?」
「…いいえ、何も」
「そうですか…」
後ろにいる女性に合図を送り、それを受け取った女性が何かを書き込む仕草を見せる。おそらく事件の調査書か何かだろう。詮索しても意味がないのは分かりきってるからそれが何かなんて聞かないけど。
「申し遅れました。今回この事件を受け持つことになりました、私は警察庁警部の旭川秀夫と申します。こっちが秘書の」
「斎藤美波です」
仏頂面のまま言葉を放つ男性、旭川警部。淡々と言葉を紡ぎ軽く会釈をした女性が斎藤さん。
言葉が敬語のままなのは義務感からなのだろうか。決められたマニュアルに沿って言われたような淡々とした言葉が紡がれた。
「本当に、何も思い出せないのですね?」
「…はい」
思い出せたならこんなに苦労はしないと言いそうになるのをぐっとこらえる。
「思い出そうとしすると頭痛がするんですよね?」
「…はい」
「困ったものだ」
仏頂面で睨むように私を見てきた。後ろの斎藤さんは未だに何かを書き留めている。
困ったものだなんて言われても、私にはどうすることもできない。
思い出せないのはおそらく自己防衛しているのだ。聞いた話によるとかなり悲惨なことになっていたらしいから、私はそれを思い出さないように脳が働いているのだろう。人間の体は便利だから、覚えていたら気が狂ってしまいそうなことは忘れてしまうという。私もそうなのかどうかは、わからないけれど。
「思い出せないなら仕方がないので今日はここまでです。明日、また伺います」
「…はい」
席を立ってゆっくりと歩く後ろ姿を見る。
そういえば、まだ聞いていないことがあった。
「すみません、一つ、聞きたいことが」
「…何ですか?」
「あの、家族のお葬式は…」
発する声はだんだんと小さくなり空気に霧散した。
それでも意味を汲み取ったのだろう、無表情でこちらを見て一言。
「まだ終わっていません」
ほっとすると共にどこか諦めの感情がこみ上げてくる。
「それでは失礼します」
その言葉を頭の端で聞き取ったものの、返事をするには至らず部屋を出ていく背中を見送った。
お葬式は出なければならない。家族が死んだという現実を見るために。まだ信じきれていない自分を叱咤して、最後の挨拶を言わなければ。
死んでしまった人間は二度と戻らない。分かってはいるのだけれども、みんなが死んだと実感できていない自分は、一体どうやしたら家族の死を理解することができるのだろう。今だって、扉を開けてみんなでお見舞いに来てくれるのを待っているというのに。
神様、かみさま、カミサマ。
あなたの存在を信じてはいないけど、それでもどうか、私に何か意味をください。
何でもいいです。生きる意味でも、死ぬ意味でも、何か意味が欲しいのです。
今の私は空っぽで、大好きだった歌だって歌おうとは思えない位に、空っぽで。
何か、何か意味をください。
ちっぽけでもいい。汚いことでもいい。欲張りなんてしない。
だから、何か意味を…
空を見上げる。憎たらしいくらいの晴天が目を刺した。外では相変わらず元気な子供の声が聞こえている。今の心境と全く正反対のようなそれに目眩を覚えながらも、空を見上げていた。
まだ三話目なのにものすごくクライマックス。
というかこの話はこんなのばっかりになりそうです…