6話:ダイエットの心得!
2月26日土曜日の休みの日になりましたあ……。
休みは普段、うれしいはずなのに、今日は全然来てほしくなかったあ。
「神様、なんで神様はあたしにこのような試練を課すのでしょうか」
「ほれみさき、壁に向かってぶつぶつ言わない。きちんと私の話を聞きなさい」
うう……嫌だから現実逃避してるのに。
今、あたしと春香はあたしの部屋にいる。1DKに、ど真ん中におっきなこたつ。そのこたつに二人で入ってお茶してる最中。普段みたいにただただお茶だけでいいのに、今日は春香が『ダイエットの心得』なるものを話するらしいです。
「で、今現在の体重は? 四捨五入しちゃだめだからね」
春香が単刀直入に聞いてくる。しかもきっちり逃げ場所をなくして。
「えっとお…………73.0だよお」
2月21日から、全く変わってない。ダイエットするって志しているのに、全く減ってないのは問題な気がするけど……まあ、仕方ないよね。
そう思いながら、お茶うけに出しているクッキーに手を伸ばし、1つパクリと口に入れる。
「……全く減ってないわね……。みさき、あんたこの1週間、何か体重減らす努力した?」
「ほっひろん!」
「口に物入れながらしゃべるな! というか、ダイエットしてますと堂々と宣言しながら食べるな!」
おなかがすくと、ストレスがたまるもん。しょうがないじゃんかあ。
ああ、クッキーって幸せ。ほんとおいしい。
「それでは、ダイエットの心得をみさきに説明します!」
「ところで、春香ってダイエットしたことあるの?」
バレンタインの日に聞いたら、部活やめた後、食べた量を減らさなくても、体重増えなかったって言ってたから、なんとなくダイエットなんてしたことないんじゃないかなあって思ってたんだけど。
「んー。私はないけど、母親がダイエットに熱心で、子供のころから延々と付き合わされたんだよね。だからダイエットの知識は、その辺の人には負けないわよ」
何か一瞬、遠い目をした気がするけど、きっと気のせいだ。そう思おう。
「という訳で、みさきはようく話を聞くように」
「はい、春香先生!」
元気に返事をするあたし。春香の顔には『なんだそのノリは……』という表情がうかんでるけど、こういうノリの方が面白いもん。
「こほん……まず1つ目。現状と向き合って、毎日必ず把握しなさい!」
「せんせー。よくわかりませーん」
「なんかむかつくわね、そのノリ。要は、体重は毎日測るようにしなさいって事。2日、3日間を空けちゃうとか、1週間体重を測らないなんて絶対やっちゃダメ」
なんでだろ? 理由がよくわかんないけど。
「春香、なんでえ?」
「1週間の間、自分と向き合わないと、その間体重を気にせずぱくぱく食べちゃうでしょ? 1日1日向き合えば、『体重増えてる……今日、何が悪かったのかな?』って振り返ることができるでしょ。1週間もたっちゃうと、何が悪かったか反省もできないし。借金も体重も、まず一番最初にすることは、自分と向き合うことが大事なんだから。ちなみに春香。今週1週間、毎日体重、測ったかな?」
「え? ええとお……あははは」
な、なんで測ってない日があるってばれてるんだろ? お、おかしいなあ……。
冷や汗が出そうになりながら、乾いた笑いをこぼしてしまう。
「はぁ……そんな事だと思ったわよ。まあいいわ。それじゃ、ダイエットの心得、その2!」
「どんどんぱふぱふう」
なんとなくバックミュージックっぽく効果音を鳴らしたけれど、その瞬間、春香の肩ががっくりと下がった。
「……みさきと話してると、なんだか気が抜けるわあ。まあいいわ、その2、ダイエットは大変だ!」
「えええ!? 大変なの嫌だよお! 楽をしながら、ダイエットしたいよお!」
だってだって、本にだってインターネットにだって、たくさん簡単ダイエット術! みたいな本、たくさんあるでしょお? それなのに、なんでダイエットが大変だなんていうのさあ!
慌ててしまって、持っていたクッキーをついぽとっと落してしまった。
「みさき、なんでダイエットの本がたくさんあるんでしょう? 簡単にダイエットできるんだったら、ビジネスにはなりません。難しいから、大変だからビジネスが成り立ち、本になるんです。ダイエットなんて簡単って言ってる人は意志が強い人。『飽き性だったけど、続けていれば楽しくなる』って言う人もいるけど、それは数字遊びが好きだったり、Mだったり、他にもいろいろあるけど……とにかく、続けることも結構大変」
「おおお、春香ってば本物の先生みたい」
そう言いながら、あたしはさっき落としたクッキーを拾って口に運ぶ。ううん、クッキー最高。
「たぶんみさきみたいな性格だと『続けよう』って思うことも大変。だから、最初っから『ダイエットは簡単』なんて気持ちは捨てること。そう思わないと、みさきはやせらんないよ。必要以上に『大変だ!』なんて思う必要は全くないけどね」
「はーい、了解しましたあ」
あたしは元気よく手を挙げて返事をする。その後、紅茶に砂糖を入れて、スプーンでかき回してこくっと飲む。
ああ、おいしい……甘いもの幸せ。
「あんた見てると、一生懸命してる自分が悲しくなってくるけど……最後、本当はもう一つあるけどそれはまた今度で……ダイエットの心得、その3! 仲間を見つけましょう!」
「仲間? 春香が仲間になってくれるの?」
「私はダイエットの必要ないからしないけど」
うわ、なんかやな感じー。春香、その言い方、『私スタイルいいですよー』って聞こえるよお。
「心得その2で言った通り、ダイエットは大変。1人でやろうと思っても、どうしてもおいしそうなケーキがあったりしたら、誘惑に負けちゃう。運動しててつらいとき、1人で頑張り続けようと思っても、大変。そんな時に仲間がいれば、結構がんばれたりするよ」
「でもでも、あたしの友達、スタイルいい人ばっかりだし、きっとみんなダイエットなんて興味ないんじゃないかなって思うんだよねえ」
目の前にも1人。ちょっとだけ悔しい。
はぁ……いいなあ……そう思いながら、もう一枚クッキーをほおばる。はぁ……いいなあ……クッキー。
「うんうん。なかなか自分の周りで一緒にダイエットしてくれる人っていないよね。一緒にダイエットしたいと思ってても、時間が合わなかったり、恥ずかしかったり、理由はいろいろあるけど」
そうなんだよねえ。男の社員の人だと、ふとっちょさんもいるけど、ちょっとその人と一緒にダイエットは恥ずかしいし、いやかなあ。
「そこで、インターネットを使うんだよ! 世の中はインターネットでつながってる」
「……出会い系でもするの? 嫌だよあたし」
そんな、ネットで知り合った人と一緒にダイエットだなんて、いやすぎる。
あたし、こう見えても人見知りなんだからあ。
「違う違う。ダイエットの話を公開するんだよ。そうすれば、いろんな人がきっとコメントくれて、一緒に頑張ってる気持ちになれるよ。インターネットの先には、同じように悩んでる人がたくさんいるんだから!」
「ええ? めんどくさあい」
ネットにわざわざ恥ずかしい話なんて書かなくたっていいよお。
そんなことしたって、私に何もメリットないしさあ。ああ、紅茶おいし。
「ぐだぐだ文句言わない! あと、そんなにたくさん食べない飲まない!」
……はぁい。そう心の中で返事しながら、クッキーに伸ばしていた手を引っ込めた。
ちょっとだけ文句も言いたかったけど、ダイエットの為に、言うこと聞こうと思った。
頑張れ、あたし!