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16-6


 あたしたちが起きたのは、昼近くになってからだった。結局あたしは眠った後、タクかルイスに部屋に担ぎ込まれたらしい。目を開けると、隣のベッドに理緒子が座っていた。

「おはよ」

「……おはよ」

 なんだか微妙に睨まれている気がする。

「真紀ちゃん、ルイスとなにかあった?」

 あったと言えばある。なかったと言えば、そういえば珍しく頭にちゅーすらされてない。

「んー……ないよ」

「だって、その服」

「借りたの。寝巻き持っていかなかったから」

「目、腫れてるし」

「……泣いたから」

「なんだか妙に色っぽいし」

「い……っ!」

――色気はないよ! むしろお勉強だったよ!!

 でも、相談して気が楽になったのは確かだ。妙に意地悪い理緒子に反撃する。

「理緒子だって、タクとなにかあったんじゃない? 結構長いこと話してたでしょ」

「な、なにもないよ。謝ってもらっただけ」

「ほんとにー?」

 寝転がったまま下から覗きこむと、理緒子は顔を真っ赤にしてぷいと横を向いた。

「……だって、タク真面目なんだもん」

 それにはあたしも異論はない。タクから真面目を取ったら、なにが残るんだっていうくらい真面目で一途な性格だ。まあ、だからそれで誤解されるようなこともあるわけだけど。

「仲直りできて、よかったね」

「べつに……喧嘩してたわけじゃないけど」

 口の中でぼそぼそと、言い訳するように理緒子が喋る。

「でも、話せてよかった、かな」

 その言い方に、やっぱり〝謝ってもらっただけ〟じゃないんだと悟ったけど、それ以上は突っ込まなかった。理緒子がそう言うんなら、それでいい。

 理緒子の横顔はすごく穏やかで、きらきらした表情をみせていた。

 

 服を着替えて下の階の食堂に行くと、三つある四角いテーブルの一番奥にタクとルイスと――見知らぬ女の人がいた。

――あれ……?

 いや、完全に知らない人じゃない。くりんとした大きな目と長いポニーテールが、あたしの記憶を刺激する。理緒子が呟いた。

『ナアカで会った人……?』

 そうか、市場で転びそうになった理緒子を助けてくれた人だ。この人も乙女護衛隊(勝手に命名)の人だったんだ。

 ルイスとタクの間に座っていた彼女は、立ち上がると、あたしたちに笑顔で手を差し伸べる。

『アマラよ。よろしく』

――なるほど、この人がアマラさんか。

 身長は、日本人よりやや大きいこっちの人にしても、ちょっと高め。あたしと十センチくらい違う。口調も仕草もきびきびしていて、デキる女性って感じだ。

 あたしたちと似た旅の格好なんだけど、砂時計もびっくりな凹凸のせいでセクシーさが半端ない。理緒子と二人で見惚れて、ぽーっとしたまま握手した。

『ま、真紀です。よろしく』

『理緒子です。えと、このあいだはありがとうございました』

 律儀に理緒子が頭を下げる。

『いいのよ。あなたたちを守るのが仕事なんだから。だいたい、女の子の歩幅を考えずに歩くほうがどうかしてるのよ。ねえ?』

 笑顔でふられ、タクが気まずそうに視線を逸らす。このお姉さま、お口もおデキになるらしい。

『ほら、二人とも座って。お腹減ってない?』

 うながされ、いつものようにタクの左に理緒子、あたし、ルイスと並ぶように腰掛けた。ルイスは下ろした髪の上からショールをざっくり巻いて、気だるげに黒っぽい飲み物を口に運んでいる。香ばしい薫りが漂う。

 テーブルの中央には小さめのパニと、ざく切りの火の鳥の実がお皿に盛って置いてあった。

 アクィナスでの最初の朝食を思い出し、あたしは何気なく隣に話しかけようとして驚いた。ショールの陰になったルイスの顔はいつになくやつれて、目の下には隈ができている。

 魔法で乱闘して怪我したうえに、あたしに治癒術使って愚痴まで聞かされたんだから、当然といえば当然だけど。

『ルイス、大丈夫? なんかしんどそう』

『ただの寝不足だよ』

『ごめん、あたしのせい?』

『まあ、半分はね』

『……ルイス!』

 咎めるように彼を呼んだのは、珍しいことにタク。しかも眉間に皺なんか作って。

 ごまかすように、ルイスが肩をすくめる。

『冗談だよ。マキが悪いんじゃない。私が未熟なんだ』

 あたしの髪の毛に指をすべらせ、くしゃっとかきまぜる。

『君がよく眠れたならそれでいい。なにか飲むか?』

『それ、飲んでみたい』

『苦いぞ? 子どもの飲み物じゃない』

 ちょっとカチンとするな、その言い方。

『飲めるよ。アルだって飲んでたし』

『……』

 なぜかむっとした顔で、ルイスがカップをテーブルに置く。すかさず手を伸ばした。

『ちょっと貰っていい?』

 断りを入れ、カフェオというらしいその飲み物を一口飲んでみる。

『どう、真紀ちゃん。美味しい?』

 隣で香茗茶をもらった理緒子が聞いてくる。もう一口飲んだ。うん、やっぱり苦いっていうより辛い。

『アメリカン・コーヒーを五倍くらいに薄めて、それに赤唐辛子エキス加えた感じ』

『……それって美味しいの?』

『酸っぱくはない。甘くもない。ほんのり苦くて辛いって、美味しいっていうのかな?』

『わたしに聞かないでよ』

『あ、なんか口の中熱くなってきた。理緒子も飲む?』

『絶対いらない』

 笑顔で拒否された。気がつくと、他の三人が必死に笑いをこらえている。声は出さなくても三人とも目も口も笑ってるから、ばればれなんですけど。

 頬を弛緩させたまま、ルイスがあたしに言う。

『口に合わないなら、無理に飲まなくてもいい』

『でも、なんか目が覚めそうでイイ感じだよ?』

『ちょっと濃いめに入れてあるから。薄めたのを持ってこさせよう』

『……あ、ごめん。全部飲んじゃった』

『飲んだのか?』

 ルイスが目を丸くして、あたしの手の中のカップを覗き込む。

『夜眠れなくなるぞ』

『平気。だいたいどこでも眠れるし』

『……確かにそうだな』

 寝つきが悪くて困ったのは昨日くらいだ。本当にあのテンションはおかしかった。

『ルイス。昨日は、ほんとごめんね』

『謝ることじゃない。目が覚めるように、私ももう一杯もらおうかな』

 あたしの手の中からカップを取る。給仕をしているお姉さんを呼ぼうと持ち上げると、別の手がそれを奪った。

『こんなもの飲んでいないで、部屋に戻って休めば?』

『アマラ』

『旅の途中で寝不足で倒れたなんてことになったら、天都魔法士団の恥なのよ。せっかくわたしが協力を申し出てるんだから、ありがたく甘えておきなさい』

 きれいで自信に満ちた大人の女性にしかできない顔で、アマラさんはにっこりと隣の男に告げる。眉尻を下げ、ルイスが苦笑した。

『アマラリーヴァ・ラキス・スオウシア。君を推挙したレスを少しばかり恨むよ』

『ルイセリオ・セイアン・カーヅォ=アクィナシア。それはわたしが力不足だということかしら?』

 よそよそしさの中にどこか親しみの籠められたその会話に、二人の距離の近さが分かる。

『君の優秀さは知っているよ。ツークス勤務にしておくにはもったいない』

『そう? じゃあ自分を律しきれない未熟者に代わって、わたしが旅に同行するという提案なんてどうかしら? 彼女たちも気遣いの足らない男たちと旅するより、女の子同士のほうが気楽なはずだもの。ねえ?』

 いきなり話が飛躍して、あたしは理緒子ときょとんとしてしまった。

 女子同士でわいわいって、基本的に嫌いじゃない。気兼ねがなくて楽しいけど、でも好きかと言われるとそうでもない。なぜか女子で固まって話してると、絶対に恋バナの暴露大会や、そこにいない誰かの噂話になる。その雰囲気があたしは苦手だ。

 それにアマラさんは〝女同士〟というより、なんだか〝知り合い同士〟で話したがっているみたいだった。あたしの胸の奥が、みしりと軋む。

――なんか……やな感じ。

 思ったのが顔に出たのか、ルイスが口元で笑って、またあたしの髪を撫でてきた。一応これでもセットしてきてるから、ちょっとは控えて欲しいんですけど。

『アマラ。いくら君が優秀でも、この役目ばかりは譲れないな。諦めてくれ』

『あら残念』

『だが、好意には甘えさせてもらうよ』

――え?

 頭に置いた手をそのままに、ルイスはあたしと理緒子を向いて切り出した。

『マキ、リオコ。実は、少しここヒューガラナで休憩をとろうと思うんだ。そんなに長くはとれないけれど、少なくとも出発は明日以降にしようと思う。どうかな?』

『だけど……』

『わ、わたしなら平気、だよ?』

 倒れたことを気にしているらしい理緒子が、顔を真っ赤にして言い出す。ふわりとルイスが微笑んだ。

『リオコ、君のせいじゃない。正直なところ昨日の襲撃で、後衛部隊が今こちらの護衛どころじゃなくてね。情けない話だけど、態勢を整えるのに時間が必要なんだ。この先は徒歩になることだし、万全の態勢で君たちを見守りたいと考えている。私も休憩が欲しいところだしね。いいかな?』

 自分の顔色の悪さを逆手にとって聞き直す。ずるいけど、それが彼なりの気遣いなんだと分かった。あたしたちは承知した。

『よかった。じゃあ、後で』

『うん、お休み』

 そう言うあたしたちに頷いて、ルイスが席を立つ。階段を上がって二階の居室に向かう彼の姿が完全に消えると、タクの口から深い息がひとつ洩れた。

『……恐ろしいことを口にする、スオウシャの姫。肝が縮んだぞ』

『あら、意外と小心者なのね。ムシャザ将軍。〝風神〟の異名が泣くわよ』

〝姫〟と呼ばれる立場の人にしてはざっくりした言い方で、彼女は切り返した。

 口紅を塗っていない、ふっくらとした唇の両端が、きれいに吊り上がる。

『あの頑固者には、あれくらい言わないとダメなのよ。ちょっと休めって言ったくらいじゃ聞かないんだから。仕事中毒もいいとこ』

『あの……アマラさんは、ルイスの知り合い、なの?』

 おずおずと理緒子が尋ねる。

『ええ、わたしは元[双月]。昔、彼と一緒に副団長をしていたのよ。あと個人的な繋がりといえば――』

 ポニーテールを揺らして小首を傾げ、朝食のメニューを告げるようにさらりと、彼女は続けた。

『元婚約者ってことくらいかしら』



長かったので分割。次節で16章終わりです。

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