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第2章 曲がり角――理緒子の現実


 わたしは目を覚ました。

 香を焚き染めたような淡い匂いと煙が鼻をかすめる。どこか懐かしい、お線香に似た香り。

――鎌倉のおばあちゃんちみたい……。

 ぼんやり思う。違うことは分かっていても、そう思うことでこの不安から逃げたかった。

 不安。そうだ。わたし高遠理緒子は、今まったく知らない場所に居た。十六年間生きてきたのとは確実に、言葉も国も、たぶん世界も違う異質な場所に。

 寝転がったまま、痛いくらいにぎゅっと眼を瞑った。

――どうして……?

 どこがいけなかったのだろう? どこで間違えてしまったのだろう?

 さっきから頭の中でくり返される問い。夢の中でも、ずっと。

 数時間前まで、わたしは普通の高校生だった。部活も塾もなくて、いつもより少し早めに電車を乗り継いで家に帰る途中のこと。最寄りの駅で降りて、歩いて五分の家に辿り着く直前だった。

 年頃なんだから夜道は気をつけなさいと母親がいつも言うから、人通りの少ない駅裏に入った途端、急に夜が進んだ気がして少し怖くなった。

 でも街灯はついているし、同じ方向に帰るサラリーマンの姿もちらほら見える。大丈夫だと自分に言い聞かせながら、わたしは足を速めた。まだ十月なのに、震えるくらい寒かったせいもあると思う。

 薄手の綿のマフラーをきゅっと巻きしめ、足早に曲がり角を左に折れる。

 瞬間、車のヘッドライトより数倍も強烈な閃光が、かあっとわたしを照らした。目の前が真っ白になる。足元が浮く。

 気がつくとわたしは――見たこともない荒野にいた。


******


――どこなんだろう、ここ。

 薄暗い景色。一歩踏み出そうとして、あるはずのない出っ張りにつまづき、小石が転がった。

 さっきとは違う場所にいるらしいと悟ったわたしの頭に、トンネルを抜けると、なんていう有名な小説の書き出しがよぎる。本当はそんな余裕なんてないのに。

 住宅地の道路から突然荒野に現われたわたしは、最初死んだのかと思った。

 直前に覚えているのは、視界を埋め尽くすまばゆい光。だから、車にでも引かれて死後の世界にでも来たのかと考えたのだ。

 それくらい景色は全く変わっていて、まばらな草の生えた岩と石のごつごつした大地が目の前のはるか向こう先まで広がっていた。

 ふり仰ぐと、爪先まで染まりそうな一面の星空。そこにはちょうど月くらいの星が出ていた。でも、月じゃない。

 白と青と淡いピンクがかった、三つの大きな丸い星。家族みたいに寄り添って浮かんでいる。

――パパ……ママ。

 高2にもなって子供じみた呼び方は恥ずかしくて、みんなの前では違う呼び方をしていた。だけど、こっちのほうがしっくりくる。

 わたしの両親。大事な家族。

 わたしが帰って来ないことを知って、怒ってるだろうか。哀しんでいるだろうか。

 鞄に入れていた携帯を取り出してみるけど、やっぱり圏外。

――わたし、本当に死んだのかもしれない。

 ほっぺたを引っぱってみる。痛い。それにさっきから風が吹き抜けて、ものすごく寒い。

 じっとしていられなくて、歩き出した。少しでも体を動かさないと、体の芯まで凍えてしまいそうだった。

 どの方角へ行ったらいいか分からなかったけど、後ろ側には岩か森みたいな黒々とした影が横たわっている。とりあえず視界の開けているほうへ進んだ。

 ふと、大地を叩くようなリズミカルな音が聞こえる。

 わたしはきょろきょろと辺りを見渡して、夜の闇の中を動く影を見つけた。次第に大きくなる。こっちへやってくる。

――人だ!

 どんな人なのかまったく考えず、地面に鞄を置くと、わたしは大きく両手を振った。

「おーいっ!」

 我ながらベタな呼び方。でも、他に思いつかなかった。

 思えば、随分わたしも不注意だったんだ。

 だって冷静に考えてみれば、地を蹴るような足音は人じゃないってすぐに分かったし、近付いてくるシルエットでその人の服装が普通じゃないって気がつくはず。

 だけどわたしはそのとき何も思い至らないまま、やってきたその影に喜んで近寄っていった。そして――凍りついた。

 荒々しく息を吐く巨大な動物と、それに跨る大きな男。鈍く光る甲冑に剣、ひるがえるマント。

 助けてくれませんか、と言う声を悲鳴とともに飲み下す。その人が喋りかけた。

「xxx?」

 聞いたことのない言語。わたしはもう一度足元が浮く感覚と同時に、意識を失った。



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