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第16章 砂上都市――マキの心

一部残酷(に近い)表現があります。ご留意ください。


 ルイスとタクがなにか隠しごとをしているのは、気付いていた。

 あたしたちが命を狙われてるということを教えたくらいだから、その隠しごとは悪いものではないのかもしれない。でも、それに関係する何かであることくらい、平和大国から来たあたしにだって分かる。

 知らないほうがいいのか。知る必要がないと思っているのか。

 どっちかは分からないけど、自分のことが自分の関知しないところで進んでるっていうのは、あんまりいい気持ちじゃない。

 だから、食堂であたしを助けてくれたあの人に再会したときも、素直に喜べなかった。

 いや、ギターみたいなの弾いてるのは驚いたけどね? 歌うまいのもびっくりしたけど。

 だけど、それ以上に疑問が湧き起こる。なぜ、送心術の使えるほどの人が吟遊詩人なんてやってるんだろう。それに、明らかにルイスは彼を知っていた。

――じゃあ、やっぱり魔法士ってことだよね……。

 あたしを助けたのも、ナアカの村にいたのも、何か謀るところがあったような気がしてどうしようもない。

 最初はもう一度お礼くらい言おうと思ってたんだけど、ルイスに視線で止められた。空色の普段やさしい瞳が、魔法士団長の顔で咎めてきたから、素直に従うしかない。

 それなのに、ルイスからの説明は一切なかった。こんなときいつもフォローに入ってくれるタクも、理緒子までがどこか自分の中の想いに沈んでいて、あたしたちの間はすごくぎこちなくなってしまう。

 雰囲気をほぐそうと、あたしはあえて明るく振舞った。でも、慣れないテンションはちょっと疲れる。そんなとき目に入ってきたのが、市場で売られていたケージの中のミヤウだ。

――ひどい……。

 左前足の先を怪我して血が出ているし、暴れすぎて体の毛の抜けたところもある。衛生なんて考えてないのか、木の籠からはひどい臭いがした。しかもペットとして売ってるのに、この暑い中、飲み水も置いてない。

――動物愛護の精神はこの世界にないんかぃ!

 ネウロを飼っていたというアルが、すごくいいやつに思えてきた。もし水門を見つけられて雨が降ったら、王様に動物愛護法を制定してもらおう、なんて考える。ふと乾いた笑いがよぎった。

――〝もし〟か……最近そればっかり。どんだけ楽観的なんだ、あたしって。

 不確かすぎる未来への不安を打ち消すように、半分やけくそでタクにミヤウを買うことを告げる。もちろん〝飼いたい〟んじゃなく、命が売り買いされてるんだったら、あたしが〝買って〟自由にしてあげようと思ったのだ。

 貰ったお金よりも高かったら諦めるつもりだったのに、あっさり値切れてしまい、あたしは支払いと同時に店の人に証文を要求した。

――とーぜんだよ。旅には連れて行けないし、口約束じゃ守ってくれそうにないしね。

 あたしにはいたって普通のこと。うちはわりとみんな筆まめで、大事なことは文章にして残す習慣があるからその延長のつもりだったんだけど、周りはどん引いていた。

 だけど最終的に証文も貰えて、タクも理緒子もちょっとだけ明るい顔になって、あたしは大満足になる。

――絶対、迎えに来るからね。

 心の中で誓う。小さな約束だけど、戻ってくると誰かに誓うだけで、少しだけ強くなれる気がした。

 でも――その後で、戻ってくるどころか、聖地に辿り着けないかもしれない事態が起こってしまった。


 タクが次の街まで一緒に行けない、と言い出す前から、理緒子の様子はおかしかった。

 言いたいのに言えない。疑いたいのに疑えない。怒りたいのに怒れない。

 そんな負の感情と打ち消そうとする気持ちの振り子が、ぐるぐるめぐって渦を巻いて、自分でも持て余してるみたいだった。こんなとき、あたしのとる態度はひとつ――静観することだ。

 悩みって結構口に出してしまったほうが、すっきりすると思うんだ。自分では重大だと思っていたことが案外みんなの標準だったりして、言うだけで気持ちが軽くなることも多い。

 だけど本当に大事な悩みって、そう簡単に口にはできない。したくても、言うべきとっかかりが見つからない。そういう悩みだってある。あたしだって、十六年間生きてきてるんだ。

 だから居心地の悪い空気にも耐えて、あえて見てみないふりをしてた。そのうえ馬車の行く道は悪いし(二度ほど天井に頭突きしかけた)、別の意味でしんどい道中だった。

 理緒子の抱えるコジが柑橘系のいい香りをずっと漂わせていて、それだけが緩和剤。

 無言の空間に飽きてきて、あたしが眠気に襲われはじめた頃、派手な音を立てて馬車が傾いて止まった。左前側の車輪が穴にはまったみたい。

 『見てくる』と声をかけ、ルイスが御者台から降りる気配がする。あたしは理緒子の向かい合わせに座った窓際で、ガラス越しに外を見た。埃がすごくて閉めっぱなしだった窓からは、推定A4サイズの窓枠いっぱいに少しぼやけた夕焼けが貼りついている。

 ふと、窓の近くで小石を踏みしめるような音がした。ルイスが降りたのは進行方向の左、つまりドア側だ。胸騒ぎがする。

 とっさに理緒子の手を強く握り、ささやいた。

『なんか変な感じがする』

『え……』

 人の顔覚えるのは苦手だけど耳はいいんだ、あたし。ついでに悪い勘ほどよく当たる。

 案の定ドアが蹴り破られ、見知らぬ髭面の男が乗り込んできた。悲鳴をあげる理緒子と抱き合いながら窓へぴったり身を寄せるけど、当然逃げ場なんてない。やすやすと理緒子はあたしから引き剥がされ、別の男に連れて行かれた。

 髭面が顔を近づけて、なにか言いながらあたしの肩を掴む。言葉は分からないけど、確実に味方の対極にいる人だと、冷静なもう一人のあたしが告げた。

――だいたい〝いかにも〟すぎるんだよ、その格好。

 オシャレじゃない、むさくるしいだけの髭。脂ぎった体形と脅しつけるようなドラ声。しかも口臭も腋臭もすごいんだ、このおっさん。

 恐怖よりも、あたしの心には怒りが湧きあがる。たとえ万が一まかり間違ってこのおっさんがすごく優れた人格であったとしても、立ち往生してる馬車のドア壊していきなり入ってくる人と友だちになろうとは、絶対に全くまるっきり一欠けらも思えない。

 女の子なら怖がるべき状況かもしれない。実際、理緒子は半分放心状態だ。だけどあたしは、わりと怖い場面に慣れている。

「おまえなにしよんじゃ、コラ」

という地元ではいたって標準的な言葉での言い合いというのを、小さい頃から目の当たりにしてきたからだ。小児喘息だった二つ上の兄は、医療の進歩のおかげで180センチを超えるまでにすくすく育ち、病弱だった体を鍛えるためにはじめた柔道は県代表レベル。

 あたしとよく似た一重切れ長の目に長身、ごつい体格、低い声できっちり訛る兄は、妹視点でも本気で怖い。県内でこれなんだから大学で県外に出て大丈夫なんだろうかと思っていたら、やっぱりこの夏、睡眠を邪魔した選挙カーを怒鳴って止めさせたと言っていた。ビバ広島弁。

 そんなわけで、兄と喧嘩して負け続けるあたしは、たいていの〝怖い〟と言われる人に対して妙な免疫がついてしまっていた。ついでに、がさつだから怪我も絶えない。生爪はがれたことも、ナイフでぐっさりも足首骨折も経験済みだ。ああ、兄との喧嘩では髪掴まれたりとか足蹴とかざらだしね。ってことで。

――どんな目に遭わされても、絶対逃げてやる。

 あたしは決意する。痛いのも怖いのも嫌いだけど、それ以上に嫌なのは自分の意志を奪われて言いなりにされることだ。

 だけど、腕力がないのが女子の悲しさだ。散々わめいて抵抗したけど、あたしはその髭面に抱えあげられるようにして馬車から連れ出されてしまう。

 外に出てはっとした。せいぜい五、六人だろうと踏んでいた相手は、十数人の集団だった。ルイスは剣を奪われ、一番体格のいい大男に捕まえられている。理緒子は悲鳴がうるさかったのか、猿轡(さるぐつわ)みたいなのをされていた。

――ちくしょう、なにやってんだよタク。

 女の子にあるまじき暴言を胸中で吐いて、やっぱりマフォーランド語の悪口を教えてもらうべきだったとあたしは後悔した。

 いつもの調子で気の済むまで暴言を言い連ねてやろうと考えて、はたと思い至る。ルイスが黙って捕まっていることの意味を。

 横目で窺うと、彼がかすかに首を振って、おとなしくしていろと指示してきた。

 ルイスは屈指の魔法士だ。魔法光で岩を砕いたこともある。その彼が手を出さないのは、おそらくあたしと理緒子がいるからに違いない。彼の実力でも、あたしたちを守りながらこの人数と戦って逃げるというのは慎重にならないといけないってことだ。

 強盗集団に思える男たちは、ルイスの髪を掴んで嘲笑っている。彼の色を見て馬鹿にしているんだろう。

――おまえらみんな禿げろ!

 心の中で呪う。それでも言動だけはおとなしく、促される通りに従った。

 一回だけルイスが反撃に出たけど、投げたナイフは変な方向へ飛んでいって、すぐに取り押さえられる。パニくって暴れていたコマたちの手綱が切れ、仲良しの二頭があたしたちを置いて逃げていくのが恨めしい。

――あれ?

 あたしの胸に、もやっと疑問が湧いた。偶然にしては、二頭とも逃げるなんて出来すぎている。何かを果たして気が済んだのか、ルイスは男たちに殴られ、蹴られるままにされている。

 あたしたちは街道を外れた荒野に連れて行かれ、大きめの岩の上に理緒子と背中合わせに座らされた。縛られた両手は痣どころじゃないくらい痛いし、そのうえ括りつけられた岩の突起が背中に当たって最悪だ。

 少しでも状況を知ろうと、後ろ手のまま指をもぞもぞ動かして、理緒子の指に嵌まっているはずの指環を探す。恐怖のせいか、理緒子の震えが指と肩越しに伝わってきた。

 探りながら考える。どうみても『お宝はどこだ?』と聞かれている状況ではない。

 だけど、こちらから〝異界の乙女〟のことを持ち出して墓穴を掘るのも問題だ。

――とりあえず人違い路線でいくか。

 指先で指環に触れ、あたしは腹筋を使って声を絞った。リーダーらしい男が右斜め後ろの岩にいるから、体をひねって顔を向ける。

『あんたたち、あたしたちをどうする気よ? 誰と間違ってるか知らないけど、いい迷惑だよ。さっさと帰して!』

『元気なことはいいことだが、これが仕事なんでね。答えろ。どっちが異界の娘だ?』

――もういい加減〝どっちが〟って聞かれるの、うんざりなんだけど。

 ちょっとだけ期待してた、ただの強盗という設定があっさり却下されて、あたしはまた頭を回転させた。とりあえず、今までの会話が理解できていなかったことがバレるのはまずい。

 なんとなく推測して、強気に出てみる。

『答えたら命が危ないって分かってるのに、誰が言うもんかっ!』

『……ほう。じゃあ、おまえが本物か』

 あたしは息を呑んだ。異界の乙女を教えなかったら殺すぞ、ではなくて、この人たちは異界の乙女を殺す気なんだ。仕方なく、交渉の段どりを探ることにした。

『じゃあ聞くけど、あたしが教えたからって、それをそのまま信じるの? もしあたしが本物庇って嘘ついたら、本物逃げ出しちゃうんだよ。それでもいいわけ?』

『――御頭。面倒だ、全員殺っちまいましょうよ』

 短気なのか、あたしの声に被せて部下のひとりが言った。ターバン男は笑って、さらに恐ろしいことを告げる。

『どのみち、あと五日も経てば国王が殺してくれる。本物でも偽者でも、な……。おまえも目の前で同じ年頃の娘の首と胴が離れれば、逃げる気もなくなるだろう?』

 わりと内情を知っている。だけどルイスが何者か分かってる様子はないから、天都に詳しいわけではないようだ。となれば、結論はひとつ。天都にいる誰かが、お金で彼らを雇って異界の乙女を殺そうとしているということだ。

――ああ、もう。なんでこんなときにいないかな、タクは!

 まさかタクが関係しているんじゃ、と考えて、あたしはそれを打ち消した。彼が裏切っていたら、こんなまどろっこしいことなんてするはずもない。

 理緒子の震え方が尋常じゃなくなる。正直、どうしたらいいか分からない。なにかきっかけでもあればルイスが動きやすくなるんだけど、それすら思い浮かばない。

 あたしはロープが痛いふりをして体を動かし、わずかな希望を探すように辺りに必死で目を配った。と、視界の隅の地面で、なにかがきらんと光る。

――……まさか。

 角度的にはぎりぎりだ。めいいっぱい右に首をひねってターバン男のほうを向くと、やっぱり確かに、あたしたちのいる岩の手前の砂地の一画が小さく輝きを放っていた。

 小さくて、だけど不気味な輝き。しかも悪いことに、理緒子の目の前だ。

 あたしたちが馬車を照らす松明を背にする形だから、ちょうど逆光になって、彼らは誰一人気付いていない。あたしは賭けに出ることにした。

――ごめん、理緒子。

 先に心で謝っておく。あたしは今から友だちを裏切るんだ。

『さて、考える時間はやった。返答がないなら、男の耳を削ぐ』

『ま、待ってよ! じゃあ……言うから。その代わり、違うほうとその人は助けて』

 できるだけ哀れっぽく、怖がっているように見えればいい。この作戦がうまくいかないのが不安で震えているのだとは気付かれないように。

『いいだろう』

『異界の娘は――こっちだよ』

 あたしは、背中越しに理緒子のほうを顎で示した。理緒子の細い肩が、ぴくんと震える。

――ああ、ごめん。ごめん理緒子。

 心の中で頭を下げながら、それでもあたしは芝居を続けた。どうにかして理緒子のほうへ誰かを来させるために――罠に嵌めるために。

『本当だよ。あたしは北のクイ族の娘で、お金もらってふりしてただけ。本物はこっちのほう。疑うんなら、指環してるから見てみれば?』

『指環?』

 ターバン男が疑うように聞き返した。

 立たされているルイスが、非難する眼差しをあたしに送ってくる。あたしは一瞬だけ目を合わせ、向き直るふりをして例の光に彼の目を誘った。

 ルイスがいるのは、あたしのいる岩の右横。馬車よりさらに離れた砂地の上だ。角度的に微妙かもしれないと思ったけど、分かったみたい。ルイスは二度と視線を向けてこなかった。

 芝居続行だ。

『そうだよ。聞いたことない? アクィナスの魔法の指環。彼女、異界から来たからその指環がないと言葉が通じないの。だからずっと嵌めてる』

『主人を売るのか』

『あたしだって命は惜しいんだよ。疑うんなら、確かめてみれば? 今も嵌めてるから』

 ターバン男はさすがにまだ疑いを解かないらしく、少し黙り、目顔であの髭面に指示した。

――よし来い。

 胸がばくばくする。これがもしアレじゃなかったら――ただの見間違いで、本当に理緒子が殺されてしまったら――。

――そのときは、あたしも一緒に死のう。

 だってもう他に考えつかない。理緒子ひとりを死なせるのは絶対嫌だ。自分が死ぬのもルイスが死ぬのも嫌だ。だったら、みんなが生きられるようにもがくしかないじゃんよ。

 あたしは、小さく悲鳴をあげて逃げ出そうとする理緒子の後ろで、岩に擦りつけて必死で体のロープを解こうとした。ここの岩はさほど切りたってないけど、ぎちぎちに縛ってあるロープも動かせば緩むんじゃないかっていう淡い期待だ。

 あたしは作業を続けながら、理緒子にささやいた。少しでも気が紛れるように。

「ごめんね理緒子。だけど、なにがあってもここから降りちゃだめだよ」

「なに……わかんないよぉ……」

「怖かったら目を閉じてて。絶対に、ここから降りないで」

「いやだ。怖い……たすけてぇ……」

 かすれた理緒子の叫びは、ほとんど懇願に近い。胸が痛い。なんてひどい友だちなんだ、あたし。

 一歩、二歩、三歩。男が近づいてくる。ロープはまだ解けない。

 数メートルをこんなに長く感じたのは、人生で初めてだ。早く来て欲しいのに、来て欲しくない。あたしの馬鹿な決断の是非を問われる、その一瞬が怖くてたまらない。

 四歩、五歩、六歩。ついに彼の足先がはじいた砂が、あの輝きにかかった瞬間。

 砂粒が動いたと同時に、あたしは叫んだ。

「理緒子、伏せて!!」

 螺旋状にあたしたちの岩の下の砂が一点に吸い寄せられ、すり鉢になったその底から、あいつが不気味な長い姿をみせて宙に踊りあがる。

 直前にいた男が、おもちゃみたいにその大きな口に吸い込まれた。湧き起こる悲鳴や怒号、混乱、恐怖を隠すように、括りつけられたロープを無理矢理たわませてあたしは体を捻りきり、理緒子の上に覆いかぶさった。

 同じく様子を窺っていたルイスが、暴れまくる大穴喰に目もくれず、捕まえていた男を殴って拘束を解く。というか、殴った段階でロープなんて外れている。

――やっぱ、ふりだったんだ。

 結構殴られていたように見えたけど、ルイスは華麗なフットワークで男をあしらい、金髪をなびかせて少し外れた一際高い岩の上に飛び移った。その手には、二本の白銀の剣。

――いつのまに……?

 疑問に思ったのは、あたしだけじゃなかったらしい。一匹の巨大な虫に逃げ惑う男たちも、あっという間に形勢逆転したルイスの動きに、驚きの目をみはった。

 あたしはまた解けきらないロープを纏わりつかせたまま、気を失ってぐったりとなる理緒子の頭を膝に乗せて、それを見守った。ターバン男がさすがに蒼ざめ、それでも冷静に問う。

『貴様、やはり魔法士だな』

『……』

『しかもその剣――[双月]か』

 [双月]はルイスのいる魔法士団の名前だ。その士団長なんて知ったら、この人たちはどうするんだろうとあたしは考える。

 [双月]士団長〝氷のアクィナス〟の異名をとる彼が、静かに告げた。

『私が何者かなど知る必要はない。どうせ貴様たちの行き着く場所はひとつだ』

 喧騒の中でも凛と響く声は、星の光さえ凍りつきそうな怒りに満ちている。

『彼女たちを傷つけた罪は深い。償うがいい』

『なに……』

『いや、私だけの成敗では済まないな。貴様たちが怒らせた者がもうひとりいる』

 その台詞に、あたしは首を伸ばして、きょろきょろと周りを見回した。

 そして、わずかに松明が照らす薄闇の向こうから、見えない土煙が目に浮かぶほど激しい蹄の音が、ぐんぐん近づいて来ているのに気がついた。

――まさか……。

 その、まさかだった。ものすごい勢いで走ってきたコマに乗っていた人物は、道を逸れてこちらに踊りこむや、鞍から飛び上がり、逃げようとする男たちの間を走り抜けた。

 剣で斬ったのか、殴ったのかは分からない。それでも大きなマントがひるがえるたび、お芝居でも見てるかのように、面白いように男たちがばたばたと地面に倒れていく。

 まさに一陣の風のように現われたその人物は、あたしたちの頭上で暴れる大穴喰を剣の一薙ぎでとどめを刺すと、ひらりと岩に飛び乗り、

『怪我はないか?』

と聞いてきた。思わず皮肉が口をつく。

『……遅いんだよ、タク』

 無骨なタクの顔が、すまなそうに、少し安堵したようにやさしくほころんだ。



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