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15-7


 真紀があの吟遊詩人のヴェルグを気にしていた理由が分かったのは、食事のあと市場へ買い物に行ったときのことだ。わたしたちは、足りなくなってきた旅の必要品の買い出しをするタクに付き添って、市場に並んだ露店の間を縫うように歩いていた。

 ちなみに、ルイスは市場の外れに馬車を止めて待機している。昨日の夜寝ずの番をしてくれたから、昼寝も兼ねて休憩だ。

「実はあの人、大穴喰の巣に落ちそうになったあたしを助けてくれたんだよね」

『え、そうなの?』

「うん、ルイスも知ってる。おっきな荷物持ってると思ったら、ミュージシャンだったんだね」

 わたしたちの世界風に〝ミュージシャン〟と呼ぶには、なんだかイメージが違うけど。

『ミュージシャンっていうより、吟遊詩人みたいよ?』

「どう違うの?」

『よく分かんないけど』

 言いながら、わたしは日除けのために被ったマントのフードの下から、人波の向こうの大きな背中を目で追った。人がごった返していて、話しているうちに前を行くタクと随分距離が開いてしまっている。

 そのとき、向こうから来る人が激しくわたしの肩に当たった。こらえきれずに左側の露店の台に腰をぶつけて、後ろへ倒れかかる。

「りお!」

 仰向いたわたしの背中を、やわらかい壁が支えた。さらり、と頬に冷たい何かが触れる。

『大丈夫?』

 背後からわたしを支えて覗き込んでいるのは、年上の女の人だった。大きな目はワインのように艶のある紅を含んだ黒。長い髪をポニーテールにまとめて、その端がわたしの頬に降りかかっている。その髪も同じ黒紅(くろべに)色だ。

『気をつけて歩かないと、この辺りはみんな周りをよく見ないから』

 にっこり笑うその女性は、眉も濃くて目鼻立ちのくっきりした顔立ち。どちらかというと個性的な容姿は溢れるほどの生命力に満ちて、磁力のように人を引き付ける。

 こういう人を本当の〝美人〟というのかもしれない。それに、なんだかどこかで見たことがある気がする。

『あ、ありがとうございます』

『いいえ。彼からはぐれないようにね?』

 眼差しで促されて目を上げると、人の波を押しのけるようにして、タクの大きな姿がこちらに向かってやってきていた。

 真紀の手を借りて立ち上がり、もう一度お礼を言おうとふり返ると、そこに彼女の姿はない。驚いて、真紀が声をあげた。

「あれ? いない」

『どこいっちゃったんだろ。名前聞きそびれちゃった……』

 あの金色の目の人といい、こっちの人は神出鬼没なのかな。魔法の力だってあるんだから、そういうこともあるのかもしれないと、わたしと真紀は話した。

 やって来たタクは、お店で買ったらしい紙袋を小脇に抱えている。

『リオコ、大丈夫か? ふり向いたらいないから驚いた』

『ごめんなさい。ちょっとおしゃべりに夢中になってて』

『いや、俺も君たちは市場が初めてなのを忘れていたよ。はぐれないように、きちんと手を繋いでおけばよかった』

 ごく自然に、タクの右手がわたしの左手を取る。聞いたばかりの怪我の話が頭をよぎって、握り返すのを一瞬ためらった。でも、その手をわたしに預けてくれるのが嬉しくて、少しだけ力を籠める。

 指環を右に移し替え、その手を真紀が取って、三人でぞろぞろ歩く。

『必要なものは買ってしまったから、あとは二人の欲しいものを買うとしようか。次のヒューガラナからは徒歩になるから、ゆっくり市場を見て回る時間はもうとれないかもしれない。今のうちに買うといい』

『欲しいものって言われても、思い浮かばないよ』

 そう言ったけど、タクはお小遣いだと百ウェン硬貨を五枚ずつ、真紀とわたしにくれた。こっちの貨幣価値は分からないけど、さっき食べた食事が四人分で百ウェンちょっとだから、数万円の感覚かな。これだけあったら、なんでも買えそうだ。

 市場には木の棒に布を張っただけの簡易のテントでできた露店が、みっしりと軒を連ねている。もちろん大きな籠を抱えた物売りの子どもたちもちらほらいたけど、剣を提げたタクと一緒にいるせいか、声をかけてくることはなかった。

 露店では、いろんな果物や野菜、茸、木工細工や金物、加工した石や動物の骨まで並べられている。小豆より小っちゃい種みたいなのが精製する前のコメイ。これを木のカップで量り売りしていた。パニの原料であるテム芋は、黒っぽい皮のごつごつした形で、籠に盛った一山で売っている。

 コジは丸いグレープフルーツくらいの黄色い実。ベイワは瓢箪型のオレンジの実だ。食べていたものの元の形を見るのは楽しい。料理は好きなほうだから、色とりどりの食材を見ながらどんな味かを想像するだけでもわくわくする。

 もちろんお肉も売られていて、籠の中に閉じ込められたカケロという鳥がそれだ。なんていうか、鶏というには貧相な、ぱさぱさの銀色と青の羽根。長い首にはほとんど羽毛がなくて紫っぽい地肌が見えて、小さな飾り羽が頭の上で数本ふよふよしている。近づくと、首でも絞められたような声で威嚇された。

『な、なんか脅されたぁ』

『あっちかわいいよ?』

 真紀に指差されたほうを見れば、小さな木の格子の中にまんまるの生き物がいた。両手大くらいの大きさで、丸い団扇(うちわ)のような耳とくるんとした黒い目がすごく愛らしい。

 白と茶色のまだら模様で、もぐもぐしている感じがリスとかモルモットに似ている。とはいえ、やっぱり目は四つあった。模様に紛れてあまり気にならないけど。

『あ、ほんとだ。かわいいかも』

『ねー、飼いたいなぁ』

 動物大好きらしい真紀が、満面の笑顔で木の檻に指を近づける。その動物は咬みつきもせず、ふんふん匂っていた。

――すごくかわいーんだけど、ここにいるってことは……。

『お嬢さん。そのネウロは今朝捕まえたばかりだから、美味しいよ』

 やっぱりね。

 店の人に笑顔で教えられ、わたしたちはうう、と呻いた。

『食用なんだ……』

『はぁ、お肉食べれなくなっちゃう……』

 菜食主義じゃないけどさ。ガウルのことといい、生きてる姿見ると食べる気なくなっちゃうんだよね。お肉は好きなんだけど、しばらくは無理かもしれない。

 そう思っていると、後ろからタクが声をかけてきた。

『ネウロを飼う人もいるぞ。おとなしいからな』

『ひょっとしてアルが飼ってたのって、これ?』

『ああ。食用として売られていたのを数匹引き取ったら、みるみる増えて収拾がつかなくなって止めてしまったが』

 ネズミ算式というやつかな。真ん丸のネウロに埋もれているアル王子を想像すると、ちょっと可笑しい。

 食用じゃないけど、その店には、真紀がアル王子に似ていると言われたミヤウもいた。

 ほっそりしたウサギくらいの動物で、立った耳が長くて、大きな目には太い隈取りがある。黄色っぽい毛を縦にぎざぎざと走る縞は、茶色いのに光線の加減で緑にも見えた。

 気が強いのか、きーきー鳴きながら檻の中を暴れ回っている。

『珍しいだろう?』

 店の人は得意そうに言ったけど、なんだか痛ましくて、わたしはあまりかわいいとは思えなかった。真紀がぽつんとつぶやく。

『この子、足怪我してる』

 見ると捕まえる時に傷ついたのか、そのミヤウは、左前脚だけ下につけずに中途半端に上げていた。それでも三本足で木枠を引っかいている。その子から目を離さないまま、真紀が言う。

『タク。好きなもの買っていいんだったら、あたしこの子が欲しい』

『旅へは連れていけないぞ?』

『わかってる』

 真紀は真面目な顔で頷くと、たちまち店のおじさんと交渉して、持っていた五百ウェンでそのミヤウを買ってしまった。そのうえ、

『これ、書いてください』

 肩にかけた鞄から、ルーズリーフとペンを取り出して差しだす。

『あたし、これから旅に出るから、その子は連れていけないの。だから、戻ってくるまでおじさんに預けるから、これに証文書いて下さい』

『わ、わしは字は……』

 突然のことにおじさんがうろたえる。

『じゃあ、タクお願い。おじさんの名前と、この子をあたしに売ったってことと、あたしが戻ってくるまで大事に預かりますってこと書いてくれない? 念のため今日の日付も入れて』

――どれだけ男前なんだろう、真紀ちゃんてば。

 わたしには思いつかない。怪我をした動物を助けるためにその子を買って、そのうえ書類で約束をかわそうなんて。

 タクもおじさんも意外だったようで、心底びっくりした顔で真紀を見ている。タクが日に焼けた顔を崩すようにして苦笑いした。

『まったく、なにを思いついたかと思えば』

『そんなに変?』

『いや。だが、彼がきちんと世話をするか保障はないぞ?』

『じゃあ、戻ってきたときに無事じゃなかったら倍額返金とか、付け加えてもいい?』

 店のおじさんが首をぶるぶるふるい、タクに何事かわめきたてはじめた。どうやら条件を加えるなら売らないと言っているらしい。

 揉めた挙句、戻ってきたときにミヤウが無事じゃなかったら支払額を返金するということで話がまとまった。タクが書いた簡易の契約書に、おじさんがミミズののたくったような字でサインする。

 書類は二枚作って、一枚は店のおじさん、一枚はタクが保管することになった。真紀は上機嫌だ。

『じゃあ、よろしく!』

 スキップでもしちゃいそうな彼女に、わたしも少し協力することにした。小さく切ったルーズリーフにソーイングセットで穴を開けて糸を通し、それをリボンにくっつけてミヤウの籠のてっぺんに結ぶ。このリボンは、わたしの鞄にぶら下がる、ピンクのクマのぬいぐるみからとったものだ。

 そのリボンにつけた紙に、大きく〝売約済❤真紀〟とピンクのボールペンで書く。

『わ、ありがと理緒子。これでおじさん、他の人に売れないもんね。だけど……こっちの文字で書かないと分かんなくない?』

『あ、そっか』

『俺が書こう』

 わたしからペンをとり、タクが丁寧な筆致で、マフォーランド文字を裏面に書き入れた。曲がってしまっている右手は、持ち方が多少おかしいことを除けば、まったく問題なく使えているように見える。きっとこれは、タクの努力の賜物なんだろう。

 二種類の文字の書かれた札を提げ、わたしたちはペット屋さんを後にした。おびえきったミヤウは、真紀が声をかけてもただシューシュー怒っているだけだったけど、それでも真紀は、しばらく離れてからも、すごく名残惜しそうに何度もそちらを見ていた。

『……あーあ。ルイスにバレたらやばいよねぇ』

『黙ってるの?』

『だって、絶対怒られるもん』

 それは確実だ。それでも、ルイスは真紀のためを思っているからお説教もするわけで、むやみやたらに反対するんじゃないと思うんだけど。

――過保護なんだよね、ルイスって。

 タクも心配性なんだけど、それとはまた違う。守ろうとするだけでなく、積極的に手を差し伸べる保護者的な意識。突っ走ることの多い真紀は煩わしいようだけど、わたしにはちょっと羨ましい。

 手を繋いだまま斜め前を行く、タクの顔をちらりと見上げる。

 タクはやさしいし、誠実だ。鞄を隠していたことも素直に謝ってくれた。だけど、彼はあくまでわたしを〝守護〟してくれるだけ。

――それだけ、なんだよね……。

 わたしがどんなに我が儘を言っても、無茶なことをしても、タクは受け入れてくれるだろう。よほどの危険が伴わない限り。

 わたしとタクの間には、見えない壁がある。それは、わたしが異界から来たということや立場的なことだけじゃなくて、もっと心の根深い部分で拒まれている感じだ。

 わたしの腰の辺りで、肩から提げた鞄についたテディベアが、ぽんぽん跳ねている。

 タクと両想いになりたくて、学生鞄につけていたのをわざわざ付け替えた。もうそんな幼稚なおまじないも、この壁を超えるパワーを与えてはくれそうにない。

 わたしの視線に気づいたのか、タクの藍色の目がこちらをふり向いた。

『もう市場は終わってしまうが、リオコは何も買わなくていいのか?』

 いつの間にか、市場の外れまで来ていたみたい。わたしは慌てて首を振った。

『あ、うん。思いつかなくて。果物でも買えばよかったかな』

『それなら買ってある。もう少しきちんと案内できればよかったんだが、そろそろ発つ時間だから』

『ううん、平気』

『次のヒューガラナでも、市場を見て回る時間がとれるようにしよう。せっかく来たんだから、少しは旅を楽しまないとな』

 切れ長の瞳が笑う。わたしもつられて笑ったけど、うまく笑えていたか自信はない。胸の奥が、大きな石でも詰まっているように重い。

 市場のテントが途切れ、道の向こうの木陰にわたしたちの馬車が見えてきた。この道は重要な街道筋らしくて、旅路を急ぐ外套姿の人がちらほら行き交う。

 人いきれを抜けたせいで籠もったような熱からは開放されたけど、高く昇った太陽が、地面を真っ白に焼いていた。もういいと思ったのだろう、タクが繋いでいた手を離した。離れてはじめて、自分の手が汗ばんでいたことに気づく。

――そういえば、ずっとタクに荷物持たせっぱなしだったな。

 馬車までもうちょっとだけど、少しくらい手伝おうかとわたしが口を開きかけたとき、ふいにタクが何かに気づいたように立ち止まった。

『すまない、忘れ物をした。取りに行ってくるから、二人とも先に戻っていてくれ』

『分かった。荷物、持って行っとこうか?』

 真紀に先を越されてしまった。

『いや、軽いから平気だ。二人とも寄り道はしないで、まっすぐに馬車に帰るんだぞ?』

 もう数メートルなのにタクはそう言い、笑顔で来た道を引き返していく。

「タクでも忘れ物するんだね」

 後姿を見送りながら、真紀がのん気に呟いた。背の高いタクは割と目立つのに、混雑している市場の路地にすっと入り、もう見えなくなっている。

 市場の入り口となる道路の片隅では、黄色い果物の入った籠を抱えた幼い兄妹がしきりと旅人にまとわりついていた。馬車のあるほうへ向かおうとしたわたしたちの耳に、シャラリと聞き覚えのある音が飛び込む。

「あ、あの人だ」

 本通を少し外れた露店のテントとテントの狭間に、シトゥラを抱えたあの吟遊詩人の姿が見える。歌詞は雑踏のせいで聞き取れないけど、甘くてハスキーな歌声は外でもよく響いた。心地よい音楽が、太陽の暑さをやわらげてくれるみたい。

 馬車へ促したけど、真紀はその場に立ち尽くして動かなかった。聞き惚れているというより、何か思いつめたように彼を凝視している。

――彼のこと、気になってるのかな……。

 危ないところを助けてくれた人なんだから、いろいろ思うところがあって当然なんだろうけど、わたしは少し苛立った。ずるい、と思う。

――ルイスがあんなに大事に想ってくれてるのに、なんで他の人を気にできちゃうんだろう。

 勝手な言い分だとは分かってる。人の気持ちなんて、理屈じゃ動かないってことも頭では理解してるつもりだ。でも。

――やっぱり真紀ちゃんはずるい。

 ルイスに想われて、アル王子を味方につけて、王様の協力だってもらって――わたしには何もないのに。

 タクは守ってくれるだけ。アル王子も王様も〝異界の乙女〟が必要だっただけ。ツークス領主がいろいろ言ってきたけど、あんなのはただのお世辞だ。

 元の世界でも、わたしは同じようなことがあった。たぶん、あんまり意見をはっきり言わずに笑ってごまかしてるから、勝手な理想を押し付けやすいんだと思う。今まで付き合った人は二人しかいないけど、二人とも最初はすごく積極的だったのに、付き合った途端「つまらない」って言われて浮気されて終わった。

 だから、今回もそう。平凡の固まりのような本当のわたしを知ったら、きっとみんな去っていく。でも、タクだけは本当のわたしを受け入れてくれるんじゃないかって、期待してた。

――もう、どうしたらいいか分かんないよ。

 彼との距離の縮め方がまったく分からない。すごく怖い。なにをしても受け止めてくれるのは、逆になにをしても彼の心に入っていけないってことなんじゃないだろうか。

――だめだめ。

 恋に弱気は禁物だ。嫉妬や猜疑心や、その他のどす黒い感情を消し去るように、わたしはクマのぬいぐるみを掴んだ。

 そのとき小さな悲鳴が聞こえ、足元を転がる黄色いものが目の端に入った。旅人にまとわりついていた物売りの少女が倒れ、持っていた籠のコジが地面にばら撒かれている。

『おまえ、なにすんだよっ』

 兄らしい男の子が食ってかかるけど、旅人もしつこい物売りが嫌だったのか、冷たく追い払った。倒れた女の子はまだ起き上がらない。

「ちょっと、乱暴はやめなって」

『真紀ちゃん』

 止めに入る真紀を、慌てて追いかける。わたしと真紀が泣きもせずにうつぶせる女の子を看てるうちに、旅人はさっさとどこかに行ってしまった。

『大丈夫?』

 声をかけると、女の子は唇を噛み締めたまま、うなずいて起き上がった。手のひらも膝も擦りむいて痛々しい。

「あたし、ルイスに治癒頼んでくるよ」

『分かった』

 わたしは真紀が戻るのを待つ間、その兄妹と一緒に道に散らばったコジを拾って集めた。確かにルイスの言うとおり、市場で売られているものよりも小さくて色や形もいびつだ。それでも二人は、服の裾で拭きながら、丁寧に籠に入れていく。

『これで全部かな』

 マントの裾を入れ物代わりにして集めていたわたしは、木立の近くまで転がっていた最後の一個を手に取り、足を止めた。

――え……。

 市場の裏手になる建物の陰で、二人の人が話していた。影になって顔ははっきり見えないけど、見覚えのある姿にどきんとする。

 ベージュの外套をすっぽり被って横向きになっている人は、あの金色の目をした旅人。そして、その話している相手は――タクだった。

――なんで……忘れ物じゃなかったの……?

 頭が混乱する。

 会話は聞こえないけど、すれ違ってちょっと挨拶を交わしてるという雰囲気ではなかった。明らかに知り合いのような親しさで彼が話し、タクが頷く。そしてタクは取り出した紙切れと何かを、彼に手渡した。

 ぼとぼと、とわたしのマントの裾からコジが滑り落ちていく。

――今のは、お金……? まさかタク、なに、してるの……?

 タクが裏切るはずがない。きっと理由があるはずだ。そう自分に言い聞かせるしかなかった。

 わたしは震える指先でそっとコジを拾い集め、音もなくその場から立ち去った。

 何気ないふうを装って、物売りの子たちにコジを返す。でも、焦りと不安でいっぱいのわたしは二人からお礼を言われても、真紀がルイスを連れてきても、心は上の空だった。

――タク、早く安心させてよ……。

 あのやさしい声で、なんでもないのだと言って欲しかった。

 だけど、帰ってきた彼が告げたのは、『次の街まで一緒に行けない』という一言だった。



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