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その夜、わたしと真紀は馬車で眠った。タクとルイスは火の番をしながら、外で毛布に包まっていた。いくら暖かい気候でも、結構山を登ってきたから寒いはずなのに。
――風邪引かなきゃいいけど。
思いつつ、さすがに馬車で四人で寝ようとは言えず、わたしたちは彼らの勧めに甘えた。
「あー、なんか悪いことしたぁ」
倒した座席の上で寝転がりながら、真紀が唸る。ガウルの子を連れてきたことが、こんなにも旅に影響したことに、さっきから軽く落ち込み気味だ。
『もう、言ったってしょうがないじゃん。みんなで決めたことだし』
「でもさー、あたしたちはいいけど、あの二人きっと交替で見張り番とかするんでしょ? 馬車運転してくれた挙句見張り番とか、どんだけこき使うよ。あたし馬鹿だー」
『んじゃ、あの子置いてく?』
「やだ。やなんだけど……なんか、やっぱり軽々しく考えすぎてたのかな、あたしって」
『真紀ちゃんは勢いのヒトだからねぇ』
茶化して言うと睨まれた。
『だけど、わたしたちにできることって、ほんとに少ないんだよ。だって、まだ来て十日でしょ? 環境だって全然違うんだから、そんなにすぐいろんなことなんてできないよ』
「うん、分かってる。ルイスが聞いたら絶対〝君のできることは、みんなに迷惑をかけないようにおとなしくしていることだ〟とかなんとか言うんだろうけど」
『はは、ありえるー』
「でも、なんか口惜しいんだ。してもらってばっかり、てのがさ」
うつぶせで両肘をつき、その手の上に顔を乗せて、真紀は外を見ながら呟いた。
その瞳と横顔に、赤い火の色が揺らめいて映る。真紀の花は、真っ赤なフェイオウ。わたしの花は――。
『そのために今、旅してるんだよ。わたしたち、なんにもできないんだもん』
聖地へ、行く。
わたしがわたしでいる理由は、辿り着いた地にはないかもしれない。だけど、わたしがわたしでいるために、わたしにしかできないことをするために、わたしはそこへ行く。
タキ=アマグフォーラへ。
真紀が、小さく微笑んでわたしの手をとった。きゅっと握る。
『うん、そうだね。一緒に行こう』
『うん、行こう』
囁き合いながら、わたしたちは眠った。
真紀の連れてきた小さいお客さんがもたらした変化は、野宿だけじゃなかった。それは睡眠。
――だよね……。
食べては寝て、寝ては食べる赤ん坊に昼夜は関係ないことを、わたしたちはすっかり忘れていたのだ。長く続く鳴き声に、真紀がむっくり起き上がる。
「行ってくる」
『ん~ついてく』
「いいよ、りおは寝てなよ」
『いく』
わたしは毛布を頭から被り、そのまま真紀の後ろにくっついた。
なんだか真紀の背中って気持ちいいんだよね。実は胸もふっかふかなんだけど、いらない嫉妬が燃え上がりそうなので、抱きつくのはもっぱら背中だ。
やわらかいのに安定感があるその背中に、わたしはぺったんと貼り付いて、眠い目をこじあけてご飯を用意し、ガウルの子を籠から出す真紀について回った。ちなみにご飯一式は真紀が、ガウルはわたしが持って歩く。
『ルイス、お湯ちょうだい』
火の傍で長く伸びている布袋の細いほうが、ぺろんとめくれて金髪が頭を出した。
『もう少し放っておけ』
『ん。さっき食べが少なかったんだよ。これあげたら朝までほっとく』
『君たちも寝ろよ』
『分かった。お休みー』
お湯を入れたカップの中の蜂蜜をスプーンでかき混ぜながら、真紀がずるずるとわたし(とガウルの子)を連れて立ち去る。馬車に戻りかけ、はっとふり向いた。
焚き火から離れたその奥は、わたしたちの目では何があるか分からないくらいの、洞窟のような暗さだ。夕方まだ日があったときには、そこには岩と木が何本かあったはずだ。それすら眼を凝らしても見えない。
その闇が、なぜだか揺らめいて、こちらへ襲いかかってきそうな錯覚がした。首筋の肌がぴりぴりと騒ぐ。わたしはガウルごと両腕で真紀に抱きついた。真紀も抱きしめてくる。
『なにこれ……なんか、周りざわざわしてる』
『恐いよぉ』
『落ち着け、二人とも。彼らはこちらが何かしない限り、何もしない』
ルイスの言い方に、本当にこの真っ暗闇の向こうに何かがいるのだと気付いた。焚き火の向こうを見ると、そんな状況なのにタクはすっかり寝入ってしまっている。
『タ……』
『寝させておけ。この中で眠れるとは豪胆な男だ。危機を察したら、勝手に起きるさ』
『ルイス、これってまさか』
『ああ、おそらくこちらの様子を見に来たんだろうな。タクの作戦が上手くいったようだ』
――つまり、今ここにガウルの群れが来てるってこと?
あのミルクを求める鳴き声は、馬車の中だけでなく外にも聞こえて当然だ。わたしは今さらながら、タクが言っていた〝群れを探す〟という意味がようやく飲み込めた気がした。
『危なくないの?』
『近くにいるように感じるが、実際はもっと遠い。半チェクほど離れた崖からこちらを見張り、ときどき数頭が様子を偵察に来ているようだ』
――わ、さすがルイス。真っ暗でも見える魔法とかあるのかな?
なんてくだらないことを考えていたら、ルイスに優しく『そろそろ馬車に戻れ』と促されてしまった。仕方なく二人で返事をして、ひっつきもっつきしたまま馬車に戻り、そこでガウルの子に食事をあげる。
ルイスもタクも、見張ってくれている。あのうごめいた闇が襲ってくることはないのだと言い聞かせつつも、わたしたちは恐くて、ガウルの子を元の籠に戻しに行くことができなかった。
そのままもつれ合うようにして、二人と一匹で朝までのわずかな眠りに浸った。