1-6
6
湯浴みは思ったより快適だった。カーテンで仕切った部屋がもうもうと蒸気で白くなる中、大きな盥(たらい)に張ったお湯に腰から下を沈める。
石鹸もボディーソープもシャンプーもないけど、香りのする葉っぱを束ねたもので体を擦るとささやかな泡がたち、肌もすっきりした。元々日焼け止めくらいしか塗っていないから、これで充分だ。
ついでに髪も洗う。さすがにそこまですると、湯の量に物足りなさを感じた。
――お湯、きっと貴重なんだよね。
さっき、ルイスから聞いた話を思い出す。庭には木が茂っていたが、それでもこの世界は水に飢えているのだ。
葉っぱの汁でやや白濁したお湯を両手ですくう。贅沢すぎたかと後悔が掠めるけど、もう遅い。それに、お湯を浴びないと本当に正気に返れない気がした。
汚れも厭な予感も哀しい気持ちも、苛々も涙も全部洗い流さないと、明日きちんとルイスたちに会えないような――もう戻れないかも知れない、あっちの世界の親や友人達にも会えなくなる。そんな気が。
あたしは振り切るように、乱暴に何度も顔を洗った。
半身浴を終えると、タオルの代わりに用意された切りっぱなしの無地の布で体を拭いた。吸い取りが悪いけど、我慢するしかない。
ドライヤーもないので、髪から垂れる雫に後ろめたさを感じながら、体を拭いた布で髪を巻いた。短いから、こうしていればそのうち乾く。
着るものが見当たらなかったので、カーテンの向こうに顔を突き出して呼びかける。すると外で待っていたアルノが、着替えを差し出してくれた。
下着は、なんだか短パンに似たざっくりした形のもの。ブラジャーはないらしく、代わりとみられる腹巻状の布に紐がついたものを摘みあげ、あたしは眉をひそめた。
――どうやって着るんだ、これ。
しばらく一人で奮闘してみたものの、紐が絡まってどうにもならない。仕方なくアルノとミルテに助けを求めた。
知らない人に裸を見られるのは恥ずかしいけど、アルノはおばあちゃんのような雰囲気だし、もう一人世話に来てくれたミルテは少し年上くらい。そんなにこだわらなくても大丈夫そうだ。二人とも気にしてないし。
アルノの器用な指先が、ブラジャー代わりの腹巻もどきを胸の辺りに巻きつけ、紐で下から縛って固定していく。肩紐がないので少々心許ないけど、割合しっかりしたホールド力だ。
寝巻きは前合わせで、袖の短い浴衣に紐をつけたような雰囲気。その下に長いズボンを履く。ズボンは履いても履かなくてもいいと言われたけど、寝相の悪さは自覚している。
すっかり異界の服に身を包んだあたしは、肌に馴染むその生地のやさしさに、ほっと気分が落ち着くのを感じた。
『あの、片付けは……』
『お気になさらず、マキさまはお休みください』
『すみません。じゃあ、お願いします』
『気になるようでしたら、明日の朝片付けにまいりますが』
『あ、いえ。あたしはどちらでも……アルノさんとミルテさんの仕事がやりやすいようでいいですから』
『では、少し出入りをいたしますね。お邪魔であれば遠慮なくお申し付け下さい』
『じゃあ、お先に。お休みなさい』
あたしが頭を下げると、可笑しかったのかミルテが小さく微笑んだ。黒髪の巻き毛を編んで結った明るそうな女性。打ち解けた話ができたら楽しそうだ、と勝手に思う。
働き者の二人の侍女が手早く盥や湯壷を片付ける物音を聞きながら、あたしはベッドに横たわるなり、あっという間に眠りに落ちた。
第1章終了。次章からは別の子の視点に変わります。