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13-3


「鞄の中身、確かめんと」

という真紀の勧めに従い、わたしは戻ってきた学生鞄を開けることにした。一昔前のものではなく、最近デザインが変わったボストンバッグ風の洗練されたタイプだ。

 机に鞄を置き、どきどきしながらファスナーを開く。中身はぐちゃぐちゃにされている感じではないけど、サイドポケットにあったものやバックインバックの中身が全部外に出ていたりして、わたしは一瞬また泣きそうになった。

「無くなってるものとかない?」

「ん、調べてみる」

 わたしは一つずつバッグの中身を取り出して確かめた。ファイルしたノート三冊、ペンケース、手帳、財布、化粧ポーチ、ハンカチ、ペットボトル、お菓子、ウェットティッシュ……。

「理緒子、どんだけモノ入っとるん?」

「えー普通だよー」

「化粧ポーチ二個もいらなくない?」

「必須だよぉ。一個はメイク用、もう一個は基礎化粧品なの。メイク落としとか」

「うわ、理緒子メイクするんだ」

「するよー。学校では禁止だけど、ばれないようにみんなしてるもん」

「あたし、こっちきて初めてされたよ」

「真紀ちゃんもしてみる?」

「うー……いいわ。もうちょっと後で」

 なんて会話をしながら、わたしはバッグの底を攫った。何しろ肝心なものが出てきていないのだ。

 真紀がソファベッドに寝そべったまま、大きなビニールの包みを手に取る。

「……これ、まんま入れてんの?」

「だって使うでしょ? これだって一番小さいやつだよ」

 女の子なら誰だって月に一度お世話になるんだから。女子校だからみんなこうやって入れてたり、袋ごとロッカーに置いてたりするのが普通なんだよね。

 共学らしい真紀が微妙な表情で唸った。

「う~ん。開いてないし、まあ、この状態のほうが良かったといえば良かったかも?」

――バラよりいいかってこと?

 わたしの頭に嫌な妄想がよぎった。

「た……タクも見たかな?」

「あいつは見んでしょ、さすがに。でも、アルは見たかもね」

「み、見ても分かんないよね?」

「たぶん何かは分からんと思うよ。ってか、これじゃフツー分からんって」

「わ、分かんない、よね。はは」

 わざとらしい笑いでごまかしながら、わたしは顔を赤らめた。ほとんどのものを机に広げ、わたしの指が冷たく固いものをようやく探り当てる。

「あ……あったあ~っ!」

 わたしの携帯だ。メタルホワイトのフリップを開けると、画面は真っ暗。一週間も放置していたのだ。電源なんてとっくに落ちちゃってるに決まっている。

「ふう……」

 なんて重い溜息をつきながら、それでも親指は電源ボタンを押してしまう。すると、ピロリロ~と明るいメロディが響いて、画面が復活する。

「あ……電源入った」

「誰か間違って電源落としたんじゃない? よかったじゃん」

 真紀は軽い感じでそう言ったけど、わたしは複雑な気分だ。もちろん表示は圏外のままで、メールも着信もなし。本当に今届かないどこかにいるのだと、元いた世界の連絡ツールをもって、わたしはしばらく考え込んでしまった。

「だけど、あたし理緒子の見方少し変わったな~」

 いつのまにか広島弁モードから戻った真紀が、鞄のチャームを摘みながら呟く。

「なにが?」

「だってさ、てっきりめちゃめちゃお嬢かと思ってたのに、鞄の中身見てると、なんかギャルっぽいんだもん」

「だから、お嬢様じゃないって言ったじゃん」

「う~だまされたあぁ~」

 言いながら、真紀がチャームのクマで遊んでいる。淡いチェックのピンクとブルーの二匹のテディベアは、おっきなどピンクのハートとセットになっていて、恋守りだとか謳い文句がついてるやつ。元彼に告られる前に自分で買ったんだけど、気に入ってるからまだつけてるんだ。

 真紀が遊んでいる横で、わたしは携帯をいろいろいじった。ネットの接続はダメ。保存されているメールとか着信履歴は見れるみたい。カメラは――。

「あ、映りそう!」

「あんまりいじってると充電切れるよ? こっち充電器ないし」

「そだね……」

 充電マークも二つしか点いてない。もし帰れるんだったら、大事にとっておいて、使えるようになったらすぐ家族に連絡を入れたいけど。

「使っちゃおっかなあ」

「なんで?」

「んー……ここに来た、記念、かな?」

 先のことは、考えない。考えたくないっていう逃避かも知れないけど、今はなんとなく目の前のことだけに集中したかった。もう、泣き言は言いたくない。

「真紀ちゃん、写真撮ろ!」

 わたしは強引に真紀の傍にくっつき、携帯をかざした。カシャッという合成音と共に、手の平サイズに収まった、わたしたちの笑顔。

「ふふふ、ほ・ぞ・ん~」

「理緒子、キャラ変わってるよ?」

「いいのいいの」

 わたしは、向こうでは有り得ない格好をした自分たちを携帯に保存した。

 学生服とビルが映る写真たちに紛れていく、新しい一枚。これが今のわたしの日常だ。

「他のみんなも撮りたいな」

「驚くよ、きっと」

「だね」

――隠し撮りとか、しちゃおっかな。

 想像して、わたしはくすりと笑った。

「ね、真紀ちゃんの携帯は? 電池あるうちに赤外線しておこうよ」

「あー、ごめん。ない」

「え?」

 ないって、まさか。

「持ってないんだ、携帯」

「えええええ~っっ!!」

 驚いた。ひょっとしたら、異世界にきて一番――とまではいかないにしても、それくらい驚いた。同い年で携帯持たない子がいるとは思いもしなかった。

「真紀ちゃん……それかなりやばいよ? 時代とかいっちゃってるよ? 女子高生じゃないよ??」

「だって使わないもん。部活忙しくて、家と学校の往復だし。遊びに行く時も、だいたいのことは会って決めちゃうし」

「持てって、友達とか彼氏に言われない?」

「彼氏いないし。友達も、あたしはどうせ携帯を携帯しないタイプだと思われてるから、諦められてるもん」

 ま、周りは持ってるわけね。ちょっとだけ安心だ。

「遠距離の友達と長話するときは不便だな~って思うけど、あとはあんまり必要って思わない。家族はみんな持ってるし」

「友達と連絡取りにくくならない?」

 仲間外れが一番心配だよ。情報は先取りしないと、お喋りから取り残されちゃう。

「メールとネットはパソコンでしてるし、携帯なくて連絡なくなる友達ならそれだけのもんでしょ」

 さらっとすごいことを言うんだな、真紀って。手にした携帯が、すごく重く邪魔に感じた。

「……やっぱ真紀ちゃんはすごいね」

「なにが?」

 どうしよう。一瞬迷う。ここで感じたことを話せば、少し楽になるかもしれない。だけどすごく重く取られて嫌われるのも嫌だ。

『――リオコはリオコになればいい』

 ふと、耳元でタクの声が甦った。

 わたしが唇を噛み、震えそうになる声を絞るようにして言い出した。

「わたしね……小学校の時、いじめられてたんだ。だから、人がすごく恐いの。人が嫌いって言うか……自分が、嫌われるのが、恐いの。だから、真紀みたいに、強くは、なれない」

 やっぱり、ちょっと涙ぐんでしまった。息を吐いてごまかす。

「メイクも、彼氏も、携帯も、みんなと一緒じゃないと、不安なの。お守り。だから、一人でいれる人とは、違うの」

「いじめ、どれくらい続いとったん?」

「……小4から卒業まで、かな」

 真紀はふっとわたしから眼を背け、鞄についている学校のエンブレムを見た。おそらく〝私立〟という文字も。

「理緒子。あたしははっきり言うほうだから、キツい言い方になってたらごめん。謝る。でも……」

 言い差し、真紀はわたしの横にすとんと座った。

「あたしは一人でいられるっていうより、一人でいたいタイプなだけよ。それだけの違い」

「え……」

「みんなでいるのも楽しいよ。でも基本、少人数が好きなんだよね。一人も好き。たくさんいるとなんだか圧倒されて、苦手なんだ」

 わたしに気を遣ってるのか、真紀の言葉が微妙なイントネーションを漂う。

「友達も深く狭くっていうほうで、結構レア」

「……真紀ちゃん、誰とでも仲良くなるタイプと思ってた」

「人にはこだわらないよ。だいたい、どういう人でも初対面で喋れる。だけど1対1に限るかな。で、仲良くなったらとことん。だけど大勢でうわーって来られると、どん引くんだよね。つるんだりも五人くらいが限界。集団も、クラスの人数までだね。それ以上は体が拒否する」

「意外……」

「だって恐いじゃん。人の話聞かずに勝手に盛り上がりそうだし。すっごい冷めるんだよね。名前と顔覚えるのも面倒だし」

 真紀、結構ひねくれてる。まっすぐ、少し天然気味に育った明るい子っていうイメージが、ちょっと変わった。

――ブラック真紀、発見だぁ。

「だから、理緒子もあんま気にしない。どっちがすごいとかすごくないとか、いいとか悪いとかないんだからさ。比べっこはもう止め」

 真紀はまだちょっと赤い目で、わたしを見た。ぱさんと黒髪が頬にかかる。

「どーしても決めたいんなら、じゃんけんする?」

――そうきたか。

 わたしは笑った。きっとじゃんけんって聞くたびに、わたしはあの光景をあの瞬間を、このひねくれた友達を思い出してしまいそうだ。

「そう……だね。決めなくていいよね。お終いにしよ」

 だぶん、お終いにはならない。きっとまた真紀ではなくても誰かと比べて、わたしは悩む。だけどそれでいい。悩むのが、わたし。わたしはわたしだ。

「ん、お終い……あ!」

 真紀が突然声をあげた。

「なに?」

「しまった、お終いじゃないっ」

「なにが?」

「理緒子、タクに仕返しせんと!」

 本当に真紀は、なんて思考の持ち主なんだろう。

「仕返し、するの?」

「うーん。じゃあ……罰ゲーム?」

「……」

――それ、あり? ありかも??

 わたしはくすりと笑って頷いた。

 意外に黒いわたしたちは顔を突き合わせ、タクの罰ゲームへ向けて真剣に作戦を練りはじめた。

 そろそろこのあたりで、異界の乙女の本領発揮?しておかないとね。



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