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13-2


 床に指環を投げ捨て、わたしは抱え込んだ両膝に泣き顔を押しつけた。

 泣いているのだか痙攣しているのだか、しゃっくりのような声を必死で止めようとしていたら、視界の片隅に誰かの足が見える。

 なぜかさっきまでいたソファベッドでなく、わたしと同じように床にしゃがんでいる真紀の姿。

「で……てって……」

 一人になりたい。一人になって、このどうしようもない可哀相な自分を小さく小さく隠してしまいたい。失くしてしまいたい。惨めな自分を。

「で、てってぇ……」

 しゃくりあげながらだから、きちんと言葉にならない。

 真紀が同じように膝小僧を抱えて、ぷっと頬を膨らました。

「やだ」

「ひと……りに、して」

「だから、さっきから一人にしてるじゃん」

 なぜか不機嫌そうに、真紀が自分の爪先を見る。いつからそこにいたんだろう? 自分のことに精一杯で、全然気がつかなかった。

 膝に顎を乗せて、真紀がぼそぼそ喋る。

「外に出てったってタクを殴りつけたくなるだけだし? 中にいる理緒子が気になるだけだし? たぶんルイスにも八つ当たりすると思うから、出てってもろくなことにならない」

 たしかに真紀ならやりそうだ。

「だから、理緒子が泣き止むまでここにいる。好きなだけ泣きな」

 そういえば、前に泣いた時もそんなふうに言ってくれてたな。我慢しなくていいって。

 わたしの鼻を啜りあげる合間で、ぽつ、と真紀が続ける。

「気が済むまで泣いたら……さ。二人で、タク殴りに行こ」

 ちょっと笑ってしまった。失敗。あーあ、また真紀にやられちゃったよ。

 ぐす、と鼻をすすりながら、指で涙を拭う。

「……殴るの、やだ」

「なんで?」

「手、痛くなりそう」

 真紀もちょっと笑った。彼女を見ると、少し目が赤い。もしかして一緒に泣いていた?

「なんで……真紀、ちゃん……泣いてる、の?」

「もらい泣き」

 少し恥ずかしそうに言う。そうだ、彼女は気が強いくせに涙もろいんだった。

「……泣き虫」

「あー理緒子がそれを言う? 誰のせいだっていうかなー」

 真紀がおどける。わたしもそれに乗った。

「タク」

「それは間違いないね。あいつが悪者ぉ」

「……でも、悪く、ないよ?」

 思わず言い返してしまう。タクは悪くない。悪いのは――気づかなかったわたし。

 真紀はすごく怒るかと思ったけど、意外に変わらない調子でまた返してきた。

「うん。あたしもそう思う。タクは悪い人じゃない」

 少し、驚いた。はっきり言ったわけじゃないけど、わたしのタクへの気持ちも知っているはずだから、からかうのかと思ったらそうでもなくて。

「だって考えたらさ、タクはずっとこのまま黙っていることもできたはずなんだよね。鞄捨てるか隠すかして、そのまま知らん振りしてさ。でも、タクはそれをしなかったんだよ」

「……」

「鞄は王様に渡してあったって言ってたでしょ? ひょっとしたら、返すようにかけ合ってくれたのかも知れない。たぶん……アルが。王様に直接話すのは、タクじゃ無理だと思うから。

 だけど、アルにそうするように言ってくれたのはタクだと思うんだ。あのばかちん、年下だけあってそういう気配りできなさそうだから」

 王子をばかちん呼ばわりするかな。本人聞いたら卒倒しそう。

 だけど、わたしが泣いている間、真紀はそんなことを考えていたんだ。

 わたしは涙が止まっていることも忘れて、真紀の話に聞き入っていた。

「想像だけど、理緒子の鞄渡すの、タクは反対したと思うよ? でも……どうしようもないことってあるじゃん、オトナはさ。それで取り戻して頭下げてきてくれたんだから、今は許せなくても、いつかは許してあげなよ」

「でも……ずっと黙ってた」

「うん、それは酷いと思う。だけど、鞄を取り戻した後で全部話そうって思ってたかもしれないじゃん。言い訳下手くそっぽいもんね。タクはどう見ても、全身筋肉系だし」

 なんだかなあ、その表現。真紀はタクをどう見てたんだろう?

「こう、思ったら一途な感じ? だから周りに配慮……できるんだかできないんだか分かんないなー、あの大男は」

 なんだか独り言。

「だけどさ。タクは、嘘だけはつかないと思うよ?」

 どきん、とした。嘘。嘘をついていたのは彼? それとも―――わたし?

「タクが言うことは、なんていうのかな、すごく芯があるんだよ。自分の言葉っていうのかな。自分の経験から出たこと感じたこと、そうしたいと思っていることしか話さないと思う。あたしはそう感じた」

 うん。わたしも同じだよ。だから信じようって思ったんだ。だけど。

「理緒子さあ、裏切られたって思ったかもしれないけど、タクの〝ごめん〟は本気の〝ごめん〟と思うよ?」

 そんなこと分かってる。それなのに許せないって思う自分が、大嫌い。

「……ねえ。理緒子は、タクが好きなんじゃないん?」

 素っ気ないような、確認でも疑問形でもあるちょっと訛った問いかけ。

 わたしは鞄を胸と膝の間でつぶした格好のまま、両手で顔の真ん中を覆った。泣きすぎて鼻の奥が痛い。

「……もう、分かんない」

「あたし、恋愛に疎いけんよう分からんけど――タクはいい人よ? けど、完璧じゃないんよ?」

 ふと、乗馬の時彼が言っていた言葉が甦る。誰かを羨ましく思うって。彼ですら、いや彼もそうなんだ。

「今はいいとこしか見えてないかもしれんけど、弱いとこもダメなとこもあるんよ。それ全部好きになれとは言わんけど、受け入れんと。受け入れて欲しかったら、自分も受け入れてあげんと」

「……わたし、真紀ちゃんみたいに強くないもん」

「あたしのどこが強いんよ?」

 即答で真紀が返してきた。

「王様の前であたしが足震えとったこともパーティから一人で逃げたことも、ルイスに謝りにいけんでうじうじしとったんも知ったうえで、理緒子はあたしをそう言うん?」

「……でも」

「あたしが強く見えるんじゃったら、それはあたしの演技力万歳よ」

「え……」

 あたしは真紀を振り返った。まだ赤い、ちょっと怒ったような一重の眼。表情の加減で二重にも見えるのに、今は腫れぼったい。

「あたしは弱いよ。弱いけん、強く見せようとする。強い自分でおろうとする。そうありたいと思う。けど、それは錯覚よ。あたしは……理緒子のほうが強いと思う」

「……わたし?」

「うん。ドレス選びの時、あたしの代わりに全部決めてくれたじゃん。すごいなって思った。あのときから心の余裕なかったんよね、あたし」

「わたし……服、好きだから」

「でもさ、あれだけあたしが機嫌悪いと普通は構わんよ? ほっとくか無視るかウザがるか。でも、理緒子そうせんかったでしょ?」

「だって、服決めないと真紀ちゃん困るし。わたしも困るし」

「それにさ、あたしがいろいろ勝手なことしても、理緒子はきちんと怒ってくれたじゃん? なんか……嬉しかったんよね。変になんでもないって流されたり、マジで愛想つかされたりせんで、ちゃんと受け止めてくれとる感じで」

 だってそれは、わたしが真紀に置いてかれたりするのが嫌なだけだったから。それに真紀に謝られると許せちゃう。それだけなのに。

「なんか居心地いいんよね、理緒子の隣。あたし……理緒子に甘えとるわ」

 ごつん、と真紀の額が膝小僧に落ちる。

「はぁ~失敗」

「なに……?」

「せっかく理緒子励まそう思っとったのに……自分の愚痴で終わってしもうたぁ」

 〝しもうた〟って、絶対女子高生の発言じゃないと思う。

 なんだかすっかり広島弁モードに突入した真紀がおかしくて――嬉しくて、わたしはまた泣きそうになった。

――すごく励まされた……んだけどな。

 こんな愚痴なら大歓迎だよ。そう言いたいけど、口を開けば泣き声になりそうで、わたしは黙った。

 ぐすん、ぐすん、とわたしと真紀の鼻を鳴らす音が、不規則に続く。低いモーター音が響く部屋にそれだけが籠もった。

「……ぷ」

 わたしはなんだか可笑しくて、吹き出してしまった。くくっと横から真紀の笑い声が聞こえる。

「笑わないでよ」

「どっちがよ」

 言いながら、わたしたちは笑った。泣く時間は終了だ。自分を可哀相がる時間も。

 わたしは笑いながら顔を上げ、浮かんだ涙をぐいと手の甲で強く拭った。



2/20冒頭改稿。

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