第13章 空の道――リオコのすべきこと
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飛行船はじわじわと宮殿の地から離れたと思うと、あっという間に上空へ舞いあがった。鈍くエンジンの音は響いているし振動もあるけど、そんなに揺れないから気分は悪くない。だけど、景色を見続けるのも飽きてきて、わたしと真紀は船内の個室へ入った。
天井が低くてちょっと狭いけど、秘密の小部屋みたいでなんだか落ち着く。備え付けのソファベッドに寝そべって二人でだらだらと喋ったり、習ったマフォーランド語なんかを復習してると、ドアがこつこつと叩かれた。
『はーい』
二人で返事をすると、タクが長身を折り曲げるようにして入ってくる。
『リオコ、いいか?』
なんて聞かれて笑顔で頷いたけど、彼の手にあるものを見て、顔が強張るのが分かった。
見覚えのある黒革の手提げバッグ。わたしの学生鞄だ。
『なんで……タクが持ってるの?』
尋ねる声がうわずってしまう。答えなんて聞きたくないのに、それでも聞かずにはいられない。
異界に持って来たはずの鞄。わたしが失くしたと思っていたそれを、タクが持っているという状況の真実を。
『リオコ……』
『それ……タクが探しに行ってくれたの? わざわざ、ありがと、ね』
わたしの様子がおかしいことに気付いたのか、真紀が黙って左手を握ってきた。
『なんで……今頃?』
『すまない。君が異界から来たと証明するために、王子に君の持ち物を見せて説明する必要があった。君は……気を失っていたから』
つまり、タクはわたしと一緒に城にこの鞄を持ち帰ったってことだ。
――ひどい……。
すごく裏切られた気分だった。
信じていたのに。あんなに優しくしてくれた影で、わたしをずっと騙していたんだ。そう思うと、頭が真っ白になって涙が滲んだ。
『すまないことをした。だが、どうしても必要なことだった』
『……ちょっと待ってよ。異界から来た証明ってことは、断りもなく鞄取り上げて勝手に中覗いたってこと?』
真紀が苛立たしげに口を挟む。
ああ、もう言わないで。分かっているの。分かっているのに――わたしは勝手に信じて、また騙された。また、だ。
――もう誰も信じられない……。
悔しさと哀しさと腹立たしさと恥ずかしさで頬が熱くなる。わたしは唇を噛みしめ、泣くまいと我慢した。
――それくらいのプライド、わたしにだってあるんだから。
そう思ったけど、うまくいかない。眼を上げてタクを見ると涙が零れそうだったから、俯いていた。肩が強ばるくらい、必死で。
『すまない。すぐに取り返そうとしたのだが……王子が王に渡していて』
『はあ? なにそれ。有り得なくない?』
真紀の尖った声。もういいよ。友達のふりして無理してわたしを庇おうとしてくれなくても。これ以上惨めになるのは嫌だ。もう嫌だ。
『なんなの。女の子の鞄勝手に開けといて、もういらなくなりましたから、はいすいませんでしたって、謝って返せば済むと思ってるわけ?』
『もういいよっ!』
わたしは怒鳴って、タクの手にあった鞄をひったくった。ぎゅうっと力を込めて腕に抱きしめる。
『もういいから! みんな出て行ってよぉっ!! 出て……行ってよぉ……』
どうやっても怒鳴りつけるなんて、わたしにはカッコよく決まらない。
わたしは泣きながら床にへたり込んだ。そのまましゃくりあげて号泣してしまう。
『……リオコ』
タクが声をかけようとしてくれたけど、言葉が途切れ、彼は出て行った。わたしの言ったとおりに。
わたしは泣きむせぶ口を抑える両手の隙間から、その大きな後姿を涙目で追った。もし彼がふり返って、哀しそうな顔をしていたら許せるんじゃないかと期待をこめて。
でも、タクはふり返らなかった。