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理緒子のお説教から解放されると、あたしはすぐ自分の客室に飛び込み、大急ぎで用意されていた旅の服に着替える。というより、すでにあたし待ち状態だったので、即行で着替えるよう言われた。
見習い魔法士服も動きやすくて良かったので、ルイスたちに『これじゃダメ?』と聞いたら即答で拒否された。まあ確かに汚れたら困るけどさ。
こちらの世界の女の人は滅多にズボンを履かないということだけど、さすがに旅ではそれも難しいらしく、用意されていたのは地味なグレー系のズボンと上着。素材はインナーらしきものも含め、全部綿っぽい肌触りの良い感じだ。
着方はよく分からなかったけど、みんなが着ていたのを思い出して、なんとなく袖を通す。ゆとりを持たせた上着が腰周りでだぼついたので、その辺にあった緑色の布でベルト代わりに締めた。
あたし、肩幅あってお肉もそれなりだから、ウエストマークしないと太って見えるんだよね。
服と一緒に編み上げの革靴も置いてあった。これがファスナーなしで本当に編み上げだから面倒だけど、岩や山を歩くのにはこういうタイプが向いている。最後にフード付きのマントをひっかけて出来上がりだ。
「お待たせー」
出て行くと、一斉にみんなの視線が向けられた。
ルイスやタクがいつもの笑顔なのはいいとしても、ヘクターさんにその他諸々の面子と理緒子が、驚いたような顔をしている。彼女の手をとり、訊いてみた。
『ね、なんか変?』
『ううん、変じゃないよ。けど魔法士さんの格好も似合ってたけど、真紀ちゃん、こういう格好似合うね~』
『そ、そう?』
『魔法士さんはコスプレのエロカッコイイお姉さんって感じだったけど、これは本当に普通にカッコイイよ』
ちょっと待て。理緒子の中でのあたしの評価が微妙だぞ。
たしかにラクエルより身長もあって肉厚な体形ですが、普通は膝丈ないといけない上着が股下辺りで終わってましたが、エロカッコイイとは何事だ?
――そんなもの目指してないっつーの。
しかも今度は〝普通にカッコイイ〟だよ。あたしゃどうすればいいんだよ?
ヘクターさんがしみじみと呟いている。
『これほど衣装によって違って見える方も珍しいですね。まあ……今がちょうど変容の年頃ということですか』
『真紀ちゃん、ジャニーズ狙えるかもよ?』
なんて言う理緒子をよくよく見れば、形も素材もあたしと同じ服。なのに、なぜかとてもキュートだ。
長めの上着を臙脂の布で締めてふんわりさせているから、まるでミニ丈のシャツワンピにレギンスとブーツを合わせたようなかわいらしい組み合わせなのだ。
――なぜ、違う……。
どよんとしていると、突然後ろから、ぱさりと頭にフードが被せられた。
『旅の間はこのほうが安全だ。それに、こちらのほうがよほど君らしい』
少し笑いを含んだルイスの声。ぷっと頬を膨らませてフードを払いのけ、隣に立つ男を睨む。
いつものように涼しげな表情を纏った男は、あたしたちと同じような旅装をしていた。腰には細身の二振りの剣を差している。
――そうだ。ルイスもこれからあたしたちと一緒に旅に出るんだ。
じんわりと嬉しさが込み上げる。ラクエルの服でお揃いの格好になっても、感じられなかった嬉しさ。きっとあれは、何の能力もないあたしの背伸びにしか見えなかったんだろう。
だけど今は違う。彼と同じ場所に立てている。なぜだかそのことが、無性に嬉しかった。
荷物は、昨日侍女の人と一緒に詰めたものが、もう先に運ばれているらしい。理緒子と手を繋いで、ヘクターさんたちの後をついていく。
『馬車に乗っていくの?』
『いえ、船です』
『船??』
あたしと理緒子は顔を見合わせた。行った先は、今まで足を向けたことのない王城の西南。たぶん来る時に馬車で通り過ぎたはずなんだけど、しっかり記憶にない。だいたいここは広すぎるんだよね。
なので、行った先に船があると言われても「川なんてあったかな」くらいの感覚で、着いた瞬間あたしたちは言葉を失った。
そこにはまったく、水一滴もなかった。あったのは途方もなく巨大で見上げるような――。
『ひ……飛行船?』
『船です』
そりゃまあ、船っちゃー船ですが。
『もしかして空、飛ぶの?』
『この船が他にどこを通るというのです?』
平然として答えられれば、すみませんと言うしかないですけれども。
理緒子と二人で、ぽかんと仰いでしまう。
『うわー。大きいねえ。初めて見るよぉ』
『うん』
『本当に空飛ぶのかなあ?』
『うん』
驚きすぎて、適当な返事しかできない。ぺしりとはたかれた。
『もう、真紀ちゃんしっかりしてよぉ』
『だ、だってこんなの知らなかったし。それに、こんなのあれば時間かけて馬車で来なくても余裕でイェドから来れたんじゃないかなあって』
『あ、そっか』
なぜそこに気がつかない、理緒子。
『――船を所有し、航行の許可ができるのは天都だけだ。今回は王が特別に貸し出してくれた』
言いながら、ルイスが船から下りてきた梯子を地面に設置し、少し上ってふり返る。
『これで半日でツークスに着ける。乗って』
『う、うん』
高いところが苦手らしい理緒子が蒼ざめていたが、ルイスに手を取られ、あたしに押し上げられるようにして小さな船室に移った。
この〝船〟と呼ばれる飛行船もどきは、ぱっと見大きな楕円の気球だ。その底に箱型の船室がついている。船室の前後にはプロペラが計八つ。船室は、客室と操舵室、機関室なんかがぎゅうっと詰め込まれていて、お世辞にも広くはない。だけど船内は絨毯にシャンデリア、固定された家具も立派なものだ。
『王も査察の時には利用される。私も数度しか乗ったことがない。二人はラッキーだな』
『俺は初めて乗る』
後からきたタクが、もの珍しそうに辺りを眺める。長身の彼にはちょっと窮屈そうだ。
『本当に飛ぶのか?』
『発動機の音がうるさいが、すぐに慣れる』
ぴくり、とあたしの耳がその単語を捉えた。
『ね、ルイス。マフォーランドには、なんで車ないの?』
『くるま?』
『そうだよ! これだけ大きい飛行船浮かせて飛ばせられる技術があるなら、それを小型化するとか、エンジンを別のものに組み込んで地上を走らせるとかできるんじゃないの? なんでしないの?』
ルイスが困ったような顔をした。
『君は本当に質問が多いんだな』
『だって、不思議なんだもんっ』
車、便利だよ?
『船は天都しか所有できないと言っただろう。浮力を生み出す気体も、発動機のためのエネルギーとなる材料も非常に貴重なもので、おいそれと手に入るものではない。マキが言ったように地上を走らせる乗物も開発が考えられていたが、中断された』
『なんで?』
『エネルギー源となるエイドスを採掘するよりも、水源を探すほうが優先される』
水不足は深刻らしい。
『でも、エネルギーを採掘して車作ったほうが遠くまで水を探しに行けるよ?』
『君の言う〝くるま〟がどのような乗物を指すか分からないが、車輪を持った発動機付き乗物ということであれば、砂が機械に混入して技術的に無理だという話だ』
そっか、道は整備されていないもんね。
『道作れば?』
『石の道をか? 天都内ならまだしも地方にそれだけの労力をかける意味がどこにある?』
む、確かに。
『じゃあ、エンジン搭載して自動で地下を掘れる機械作るとか――』
あたしが滔々とルイスに疑問を並べ立てていると、ひょっこり現われたヘクターさんが話に割り込んできた。
『あなたは本当に奇妙な娘ですね。そんなことが気になるとは』
『そ、そんなことないよっ』
『……真紀ちゃん、ここに乗ってくる間でそれだけの疑問が出てきたの?』
『うん』
もうあたしの頭の中は疑問で一杯さ。中に入っている気体ってなんだろうとか、どうやってそれを積めたんだろうとか、どういうふうにこれを造ったんだろうとか、聞きたくてうずうずだよ。
『ね、ひょっとしてルイスとずっとこんな会話してたの?』
質問攻めにはしたような気もするが。
『う~ん。地図の話とか星の話とか?』
『星の話?』
『一年が何日で、とか。一ヶ月が三十日とか。あとは月の合が三~四年に一回あるとか』
鏡電話のことも聞いたけど、ルイスは詳しく知る必要はないと教えてくれなかったんだよね。
なんて説明をしたら、ヘクターさんがちょっぴり苦笑の眼差しをルイスへ向けた。
『彼女はあなたのところへ現われて正解ですね』
『だろう? 退屈はしないんだが、最初はちょっと指環を取り上げようかと思ったよ』
そんなこと思ってたんかいっ。
『そうだ、リオコに訊くのを忘れていた。マキは自分が異界の普通だと言い張るんだけど、そうなのか?』
『うーん。普通、かなあ?』
ちょ、ルイス、今ここでそれを聞くか? それに理緒子ナゼそこで疑問形??
『見た目は、まあ普通と思うよ。結構いそうな感じ。ここまでコスプレ似合うってのは意外だけど』
あーそーですか。あくまであたしはコスチュームプレイヤーですか。
『言動は……あたし、広島の人と友達になったことないから分かんないけど、まあ……アリ?』
上目遣いであたしを窺わないで下さい。頷くに頷けませんから。
『友達に一人いたら楽しいタイプだよねー。……ね、真紀ちゃん、得意教科なに?』
『国語と生物と倫理政経』
『……ばらばらだね』
ええ、おかげで自分が文系か理系か分かりませんとも。ちなみに有機化学も好きだ。数学もログとか好き。漢文は好きだが古文は苦手。もう、わやですわ。
『なんか理屈っぽいから理系オタクかと思っちゃった』
『物理と歴史と図形と英語は苦手だよ』
英語は先生とのトラウマで拒否モードなのだ。
『動くの好きそうだよね?』
『走るのは好きだけど、球技はダメ。ちなみに部活はコーラス部』
『ええっ』
理緒子が驚いたように身を引いた。しばらく考えて、大きく頷く。
『うん、分かった』
『なにが?』
『結論。真紀ちゃんは普通に見えて、意外性の多い人です。ねっ?』
かわいく同意を求められても困るんですけど。
ひきつった笑顔になるあたしの前で、異界の男たちがぷっと噴き出した。特にルイスの目がものすごく嬉しそうなのは、絶対あたしの気のせいではないはずだ。
『なるほど。マキは〝意外な〟タイプなんだな。異界でも』
『ぐ……っ』
今までの彼への感謝の気持ちもどこへやら、あたしが一瞬殺意を覚えたのは如何(いかん)ともしがたい衝動といえるわけで。
そうこうしているうちに、出港の声が船内を響き渡った。
胸が隠れると、マキは爽やか少年系(笑)。なんだかな~。