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考えながらアルの部屋を出たら、道に迷ってしまった。どうやら景色が違うらしいと気がついたのは、高い生垣と宮殿とは違う静まり返った空気に包まれきってから。
――うーん、困った。
道を聞こうにも、人の影も話す声も気配すらない。とりあえず大きな建物のありそうなほうへ向かった。生垣を曲がって覗き込むと、白い石畳が敷きつめられ、同じく白い石で造られた三角屋根の建物が見える。建物右手には噴水、左手には木が植えられていて、塵ひとつ落ちていない美しい空間だ。
これだけ立派なら誰かいるだろうと、石畳の道を歩きながら、あたしは不思議な感覚にとらわれた。なんだかこの景色、どこかで見たことがある。
――どこだろう……?
疑問に思いながら建物の前まで来て、大きな三角屋根の下に立ったとき、はたと思い当たる。
――これは神殿だ。
まぎれもなく石造りの宮殿調だけど、この清浄なたたずまいといい三角屋根といい、これが木造だったら日本のお社にそっくりかもしれない。
太陽神が主神らしいし、神様にまつわることは万国、いや万世界共通なんだと、あたしは妙に納得をした。
――とゆーことはつまり……。
あたしは、扉の開いていない神殿の前まで進み、ぱちんと大きく手を叩いてみた。
ぴい…んと、全身に弾きかえる残響。やっぱりだ。
神殿、お社というものは、神様と対話する場所。だから拍手(かしわで)を打って、神様に語りかける。そのため反響がよくなるように設計されているのだと、何かで聞いたことがある。
それは聖歌を奉じる西洋の教会にも通じるものがあり――。
「あー……」
試しに声を出してみると、すごく響く。自分の声が二、三割増しに気持ちいい。
――あ~~~歌いたいっっっ!
ふつふつとコーラス部魂が湧きあがる。だって、もう一週間も歌ってないんだよ? これってほぼ毎日歌っていたあたしにとって驚異なんだよね。
こっそりと首を伸ばして、辺りに誰もいないことを窺う。こほんと咳払い。乾燥しているから水が一杯欲しいところだけど、まあ我慢して。日本式に神様に一礼して、あたしは息を吸い、止めて、ゆっくりと声と共に吐き出した。
曲目は〝Amazing Grace〟。完全に歌う場所を間違っているけど、知っている宗教歌ですぐに歌えそうなものはこれしかなかった。それに、とても美しい曲だ。低い音と中域の音で構成されているから、あたしの声にも合っているし。
歌詞は〝なんてすごいんだ。神様、あたしのみたいな子にも恵んでくれてたんだね。今まで見えてなかったけど、やっと分かったよ。ありがとう〟ってな感じ。気付く、悔いる、感謝するっていう人生で大事なキーポイントの曲なんだ。今のあたしにも必要なんじゃないかな。
そういう思いを込めて歌う。アルは心で絵を描いていたけど、あたしは心で歌を描く。目覚めてしまった馬鹿野郎な神様に向かって。
――あたし負けない。あんたに絶対、勝ってやる。
それは改悛や感謝とは程遠いけど、この世界に来てあたしはいろんなことを教わった。だから感謝の気持ちを込めて、あたしは戦うことを決意する。この世界のために。
――水門の鍵、手にしてやろうじゃん。あんたがやれっていうんなら……あたしにやれっていうんなら。
やってやるさ。
歌いながら思う。ひょっとしたら太陽の神様は、この世界が好きで好きで、抱きしめようとしてるのかもしれない。抱きしめた相手が燃え死ぬとは思わずに。
熱すぎる愛。ある意味悲恋だ。
――オトナだったら、一歩退いて見守るくらいのことしろよな。
あんたも頑張れ。あたしも頑張るから。
なんだか楽しくなってきて、調子に乗って三番に突入しようとしたあたしは、背後に何かを感じた。はっと歌い止めてふり向くと、そこにはにこにこ顔のヘクターさんと、神官の人数名が妙な顔であたしを見ていた。
――ま……まずい。
あたしは焦った。異界の神殿で異界の神の賛美歌を大熱唱だよ。これはまじで怒られる!と思って首を竦めたのに、ヘクターさんはいつもの笑顔で何か話しかけてきた。内容は分からないけど、笑顔が曲者の人だけにびくびくしてしまう。
ヘクターさんはあたしが魔法話の指環をしていないことに気付いてか、話すのを止め、あたしについて来るように手招きをした。しょんぼりと後をついていく。
部屋に戻ると、すでに出発のために準備万端整っていたらしく、いつにない質素な格好をした理緒子にルイス、タクが並んでいた。
そう、驚くなかれ。旅はこの四人で行くのだ。
ヘクターさんは何も言わなかったけれど、アルに会いに行った挙句神殿に迷い込み、さらに心地よく歌を歌ってきたと聞いた理緒子は、軽くマジギレしていた。
ごめん、理緒子。って、あたし理緒子に怒られてばっかりだ。
思わず正座してしまうあたしとぷんぷん怒る理緒子の姿を、どこか苦々しくどこか微笑ましく、ルイスとタクとヘクターさん(と、その他大勢)が見守っていた。