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12-3


 考えながらアルの部屋を出たら、道に迷ってしまった。どうやら景色が違うらしいと気がついたのは、高い生垣と宮殿とは違う静まり返った空気に包まれきってから。

――うーん、困った。

 道を聞こうにも、人の影も話す声も気配すらない。とりあえず大きな建物のありそうなほうへ向かった。生垣を曲がって覗き込むと、白い石畳が敷きつめられ、同じく白い石で造られた三角屋根の建物が見える。建物右手には噴水、左手には木が植えられていて、塵ひとつ落ちていない美しい空間だ。

 これだけ立派なら誰かいるだろうと、石畳の道を歩きながら、あたしは不思議な感覚にとらわれた。なんだかこの景色、どこかで見たことがある。

――どこだろう……?

 疑問に思いながら建物の前まで来て、大きな三角屋根の下に立ったとき、はたと思い当たる。

――これは神殿だ。

 まぎれもなく石造りの宮殿調だけど、この清浄なたたずまいといい三角屋根といい、これが木造だったら日本のお社にそっくりかもしれない。

 太陽神が主神らしいし、神様にまつわることは万国、いや万世界共通なんだと、あたしは妙に納得をした。

――とゆーことはつまり……。

 あたしは、扉の開いていない神殿の前まで進み、ぱちんと大きく手を叩いてみた。

 ぴい…んと、全身に弾きかえる残響。やっぱりだ。

 神殿、お社というものは、神様と対話する場所。だから拍手(かしわで)を打って、神様に語りかける。そのため反響がよくなるように設計されているのだと、何かで聞いたことがある。

 それは聖歌を奉じる西洋の教会にも通じるものがあり――。

「あー……」

 試しに声を出してみると、すごく響く。自分の声が二、三割増しに気持ちいい。

――あ~~~歌いたいっっっ!

 ふつふつとコーラス部魂が湧きあがる。だって、もう一週間も歌ってないんだよ? これってほぼ毎日歌っていたあたしにとって驚異なんだよね。

 こっそりと首を伸ばして、辺りに誰もいないことを窺う。こほんと咳払い。乾燥しているから水が一杯欲しいところだけど、まあ我慢して。日本式に神様に一礼して、あたしは息を吸い、止めて、ゆっくりと声と共に吐き出した。

 曲目は〝Amazing Grace〟。完全に歌う場所を間違っているけど、知っている宗教歌ですぐに歌えそうなものはこれしかなかった。それに、とても美しい曲だ。低い音と中域の音で構成されているから、あたしの声にも合っているし。

 歌詞は〝なんてすごいんだ。神様、あたしのみたいな子にも恵んでくれてたんだね。今まで見えてなかったけど、やっと分かったよ。ありがとう〟ってな感じ。気付く、悔いる、感謝するっていう人生で大事なキーポイントの曲なんだ。今のあたしにも必要なんじゃないかな。

 そういう思いを込めて歌う。アルは心で絵を描いていたけど、あたしは心で歌を描く。目覚めてしまった馬鹿野郎な神様に向かって。

――あたし負けない。あんたに絶対、勝ってやる。

 それは改悛や感謝とは程遠いけど、この世界に来てあたしはいろんなことを教わった。だから感謝の気持ちを込めて、あたしは戦うことを決意する。この世界のために。

――水門の鍵、手にしてやろうじゃん。あんたがやれっていうんなら……あたしにやれっていうんなら。

 やってやるさ。

 歌いながら思う。ひょっとしたら太陽の神様は、この世界が好きで好きで、抱きしめようとしてるのかもしれない。抱きしめた相手が燃え死ぬとは思わずに。

 熱すぎる愛。ある意味悲恋だ。

――オトナだったら、一歩退いて見守るくらいのことしろよな。

 あんたも頑張れ。あたしも頑張るから。

 なんだか楽しくなってきて、調子に乗って三番に突入しようとしたあたしは、背後に何かを感じた。はっと歌い止めてふり向くと、そこにはにこにこ顔のヘクターさんと、神官の人数名が妙な顔であたしを見ていた。

――ま……まずい。

 あたしは焦った。異界の神殿で異界の神の賛美歌を大熱唱だよ。これはまじで怒られる!と思って首を竦めたのに、ヘクターさんはいつもの笑顔で何か話しかけてきた。内容は分からないけど、笑顔が曲者の人だけにびくびくしてしまう。

 ヘクターさんはあたしが魔法話の指環をしていないことに気付いてか、話すのを止め、あたしについて来るように手招きをした。しょんぼりと後をついていく。

 部屋に戻ると、すでに出発のために準備万端整っていたらしく、いつにない質素な格好をした理緒子にルイス、タクが並んでいた。

 そう、驚くなかれ。旅はこの四人で行くのだ。

 ヘクターさんは何も言わなかったけれど、アルに会いに行った挙句神殿に迷い込み、さらに心地よく歌を歌ってきたと聞いた理緒子は、軽くマジギレしていた。

 ごめん、理緒子。って、あたし理緒子に怒られてばっかりだ。

 思わず正座してしまうあたしとぷんぷん怒る理緒子の姿を、どこか苦々しくどこか微笑ましく、ルイスとタクとヘクターさん(と、その他大勢)が見守っていた。



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