第11章 白い野の花――リオコの居場所
1
天都に来てなんだか事件続きだった。お披露目のパーティで突然真紀がいなくなって大騒ぎになるし、それにはアルマン王子が関わってて、真紀は一人で解決しようとして心配するルイスと気まずくなるし。
結局タクが間に入ってくれて、アルマン王子のこともルイスのことも上手くいったみたいだけど、見守るしかできないわたしはハラハラし通しだった。
正直――真紀がいなくなった時、わたしが一番ショックだったと思う。
裏切られたって思いと、そんなわけないって気持ちの間でものすごく混乱した。様子を見ようというヘクターさんにも、思わず強く当たってしまった。
――わたしのせい……わたしがいけなかった?
ドレス選びの時から真紀の様子はおかしくて、心ここにあらずって感じで。だからひょっとしたら、わたしが泣いたり甘えたりしたのが嫌になって出て行ってしまったのかと心配した。
そう。わたしは親友がいなくなったのに、彼女の身ではなくて、自分を心配していたのだ。捨てられたらどうしようかと。
――ひどい……最低だね、わたし。
泣いたのはそのせい。だから、戻ってきた真紀のひどい顔色と腕の痣を見た途端、ものすごく後悔した。
――わたし、なにを考えていたの? 何を心配していたの?
翌朝、空白の時間に起こった出来事を聞かされて、わたしの後悔はさらに深くなった。真紀が恐がっていたことにも気付かないで、ずっと頼っていたんだ、わたし。
なんとか力になりたかったけど、タクに部屋にいろって言われるし。真紀は自分でアルと話に行って、友達になったって笑顔で帰ってくるし。
――わたしの居場所って、どこにあるんだろう……。
本当に情けない。話しかけてきたたった一人のクガイの人にも恐くて固まってしまって、結局はラクエルに助けてもらった。真紀だったらきっと一人で追い払ったんだろうな。
そう考えてまた厭になる。嫉妬してるんだ、わたし。ないものねだりの醜い子だ。
――わたしは真紀にはなれっこないのに。
言いたいことをぽんぽん言って、思いついたらぱっと行動して、無理そうなことも勢いでやってのけちゃいそうなあのパワー。わたしにも欲しい。でも、無理だ。
真紀は優しいから、わたしをすごく褒めてくれる。いてくれてよかった、理緒子で良かったって。不機嫌な顔も意外に泣き虫な顔も甘えん坊なところも見せて、心を許してくれる。
だけど、わたしにそれはできない。本当のわたしは醜くて汚くて、絶対に誰にも見せられないから。
抑え切れなくて一度真紀の胸で泣いちゃったけど、それでもかっこいいこと言わなきゃって、心のどこかで意地を張ってた。
――強く……なりたいのに。
小学校のときにいじめられていた。理由なんて分からない。背が低くてやせっぽちでおとなしくて、いじめるのにいい標的だったんだと思う。
いじめのきっかけは、一人の男子だ。その子がある日突然いじめてきて、そこから急速に周りに広まっていった。仲の良かった女子でさえも。
そのことを話すと〝男の子が好きな女の子をいじめる、あれじゃない?〟なんてにやにやされたこともあるけど、わたしは違うと思う。だって、わたしには本当に辛いことだったから。
みんなの前で癖毛をからかわれたり、ランドセルの中身をばらまかれたり、帰ろうと思ったら運動靴が見つからなくて真っ暗になるまで泣きながら探した。変な貼り紙や落書きもいっぱいされた。
それが小4の時から続いて、ずっと我慢してたけどクラス替えしてもやっぱり変わらなくて。何度も親や先生に言おうとしたけど、〝チクったらぶっころすぞ〟って影で脅されて言えなかった。だから中学受験して、遠く離れた誰も知らない学校に通うことだけをずっと目標にして耐えた。
本当に、あの受験だけはわたしの我儘を貫き通したのだと思う。私学だから受験料も馬鹿にならないはずだけど、頼み込んで親に塾にも通わせてもらった。
わたしの受験を知って、周りからは〝またお嬢様面してる〟だの〝落ちろ、死ね〟だとか悪口が酷くなったけど、耳を塞いでいた。受験して受かった時は飛び上がるくらい嬉しくて、人生の運を使い果たしたっていうくらいの気分だった。
だから、びくびくしながら通い始めた私立の中高一貫校では、絶対に敵を作らないと決めていた。愛想よく笑って、みんなと友達になるのだと。
――そんなの……無理なのに。
だけど幸運は続いていたらしく、その学校はおとなしくて温和な子ばかりで、中にはわたしみたいにいじめられてた子もいた。十二年間生きてきて、初めてわたしにも友達ができて学校生活も楽しくて、やっと春が来たって感じだった。
それでも、いつもにこにこしてみんなに付き合うのも結構疲れる。誘われて入った週三の茶道部の部活も、放課後の買い物も休日の遊びも合わせるとかなりの出費だ。みんなより遠くから電車通学してるせいもあってお小遣いは多めだったけど、あっという間に消えていった。
友達に言われて、好きでもない男の子と付き合ったりもした。女子校だから友達の彼の友達とか、紹介で引き合わされる。みんな彼氏がいるのが普通だったから、適当に付き合って別れて。
この春まで付き合ってた人とはまあまあいい感じで、それなりのこともした。でも本当は好きとかどうとかより、これでみんなに追いつけたって達成感のほうが勝っていたのかも知れない。
いつも周りの顔色窺って、おどおどして。作り笑顔を振りまいて。今も乙女だとか言われて調子に乗ってドレス着て。
――わたしって……最低。
本当にもう底なし沼の泥にはまった気分だった。ただ、この精一杯の〝かわいい理緒子〟の演技が旅が終わるまでもってくれればいいと、それだけを思った。