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Interlude Ⅱ――男たちの思惑(3)

(3)――ヘクトヴィーンの驚嘆


 異界の娘には驚かされてばかりだ。二人現われたというだけでも驚くのに、さらにあの言動。ルイセリオが〝氷〟のままでいられないのも無理はない。

 彼からの報告の直後、イェドのアルマン王子からも異界の乙女を保護したとの連絡を受けた時は正直、王ともども困惑した。

 それまでにも王が戯れに出した通告のせいで、多くの偽者が現われていた。このたびの三月の合を狙って多少なりともそういった者が現われるだろうことは、予測の範囲内ではあった。

 しかし、このたび連絡を寄越したのは、あのアクィナスとアルマン王子。騙すにせよ騙されているにせよ、相手が悪すぎる。早急に確かめる必要があり、王は私に召喚の命を下した。

 懐疑的な気持ちが大きかったのは否めない。だが、まさか当の娘から反論が来るとは予想だにしていなかった。それが可能性として考えていた、王への言い訳のひとつであったとしても。

――あの時点で、すでに彼女が本物であることは明らかでしたね……。

 苦々しく心中で呟く。実は最初は、イェドの娘が本物かと思っていた。

 見たことのない持ち物。異界の言葉しか喋れず、怯えきった態度。なにより発見者があのムシャザだということも、嘘のないように思われた。しかし、本物は二人いたのだ。

――まったく……これが異界から来た〝乙女〟の力なのですかね。

 王の意向に逆らい、指環を外して堂々と異界の言葉で会話し、さらに保護をする者と〝基本的な衣食住が賄えるだけの自由になるお金〟が欲しいとは。

――無欲にすぎる。

 彼女らは特別な客人なのだ。疑われているのを知っているのであれば、いくらでも自分たちを正当化する言葉を並べたて、好きなだけ金品を要求すればよい。そうしなければ異界に帰ると、駄々をこねてみせればよいのだ。偽者たちは皆そうして、王の不興を買ったが。

 本当に真の異界の乙女であるからこそ、彼女たちは取り繕うことができない。恐ければ怯え、孤独に泣き、理不尽なことに腹を立てる。普通の娘だ。

――普通の娘……。

 思い至ったその考えに、私の中で急激に罪悪感が膨れあがった。

 異界の乙女は、神官たちの間で伝説の救世主として神聖化されていた。百五十年前の史実がほとんど残されていないことでそれはさらに神秘さを増し、信仰が篤いところでは女神のように慕われている。

 苦境に忽然と現われてわれわれを救い、忽然と消える奇跡の存在――それが異界の乙女だと。

 ところが実際現われた彼女たちは、われわれが想像していたような神秘に満ちたなどではなかった。それどころか、この世界の存在すら知ってはいなかったのだ。

 それなのにわれわれは、彼女たちを住んでいる世界から無理矢理引き離し、勝手に使命を押し付けようとしている。ただの十六の少女たちに。

 自室に引きこもり、重苦しい気持ちでいた私に、レスラーンが訪れて声をかけた。

「どうした? 暗い顔がさらに暗いぞ」

「……もし、あなたの子どもがどこか別の場所に行ったきり戻らなかったら、どうします?」

 皮肉屋の年上の男は、何とも複雑な笑みを浮かべた。

「血眼になって探すだろうね」

「私もそうします」

 お互い幼い子どもを持つ身だ。実感として、わが子を失うことに耐え難いものを感じる。

「まさか、おまえの口からそんな台詞が出てくるとは思わなかったな」

「甘いとおっしゃるのですか?」

 レスが口の端で笑う。

「クガイらしくないと言いたいのさ」

「名門の異端児からお褒めの言葉を頂けて、感激のあまり泣きそうですよ」

 同じクガイの家に生まれた彼は、棘を隠したいつもの穏やかな顔を見せた。それでも、明るい茶色の瞳は、どこか深い翳を湛えているようだった。

「まったく……おまえが神官長で正解だったな」

「なぜです?」

「他の者では彼女らを祀りあげて人形のようにするか、さっさとクガイの餌食にしていただろうからさ」

 キヨウへの遷都以降、神政分離が叫ばれ神官の地位は下落している。代わりにクガイの台頭が著しく、異界の乙女の存在は神官の勢力を盛り立てる有益な材料としてみる者も多い。神官が政務に口を出していた頃の名残で、クガイでありながら神官でもあるという一族に生まれた私に、大きな役割を期待されていることは否めなかった。

 政府要人である年寄りクガイたちは、頭から二人を偽者と決めつけ、われわれに恥をかかせようと大々的な会見の場や披露の宴を開くことを王に進言した。

 おのれこそが本物だと主張する醜い争いが勃発することを待ち望んでいた彼らに、彼女たちの行動はさぞ度肝を抜かれたことだろう。

 同時に神官たちも、異界の娘がおとなしくこちらの手駒となるような者たちではないと思い知ったはず。それはまた宮廷の権力争いに飽き飽きしていた私にとって、良い憂さ晴らしとなった。いや、それ以上に愉しめたと言っていい。

 私は絡みつく因習を振り切るように一瞬目を瞑り、閉じた書物の上で両拳を握った。

「どちらの手にも彼女たちは渡しません。こちらは一方的に彼女たちを家族から引き離し、国の命運というとんでもない重圧を与えているのです。それ以上何を求めるというのです?」

「だと思ったよ。旅の人員に気を配らねばならないな」

「その点は考えてあります。イェドの王子が協力を申し出たと聞きましたので、多少は道が広がりました」

 レスラーンが、少年のような童顔をしかめた。

「協力? 王子がそんなことまで言ったのか?」

「なにしろ〝友達〟だそうですから」

「……やっぱり息子の嫁にもらおうかな」

 なにやら不穏な呟きが聞こえる。

「だが、イェド側がついてくれたのであれば助かる。あとは俺がツークスで手配しよう」

「助かります」

 名門の生まれというものは、こういう時に役に立つ。彼は主権領のほぼ全域に顔が利くのだ。魔法士ながら政治世界の裏表を自在に歩く男は、ひょいと私の手元を覗いた。

「なんだ。ソロンの書ではないのだな」

「あんなものは今さら読みたくもありません」

 素っ気ない私の言い方に、くすりとレスが笑う。予言の乾期が迫り、どれほどの間私があの書物にかじりついていたことか。思い出すだけで頭痛がする。

「夕刻から部屋に籠もりっぱなしと聞いたから、ルイスに魔法話の指環の創り方でも探させられているのかと思った」

「そんな途方もないことなど、即刻お断りです。代わりに、アクィナスから連れて来た彼の侍従に神王記の原文を貸し出しました。気の毒に」

「露ほども思わないのにそう言うところはクガイなんだな。――じゃ、それはなんだ?」

 私は、手の平ほどの大きさの冊子を持ち上げて見せる。

「ルイセリオがアクィナス領主宅から借り受けた、キリアンの手記です」

 キリアノール・エクタル・カーヅォ=アクィナシア。

 世界で初めて異界の乙女と出会い、タキ=アマグフォーラまで護衛した人物である。ルイス同様優れた魔法士であり、最終的には魔法士長の座に就いた彼であるが、異界の乙女に関しては口を封じ、記録は一切残さなかったと聞く。

「手記があったとは知らなかった」

「先日家探しをしたところ、別の本を刳り抜いて隠してあったそうです。日記ではなく追想録ですね。覚書のような形のものを後日まとめたのでしょう。なかなか興味深いです。

 これによると彼は異界の娘に心惹かれていたようで、その様も詳しく書かれています」

「心惹かれた、か。血筋だな」

「かもしれません。その乙女は〝肌白く、黒髪にして目は大地を思わせる深い茶色。話す言葉は異質にて、作法もまた知らぬようであった。だが魔法話の指環で会話が可能と知ると、次々と質問を浴びせてはわれわれを困らせ、また愉しませた〟」

「マキみたいだな」

「ええ。ただ問題なのは、この手記がアマグフォーラに到達した途端、終わっていることです」

「それは……?」

「護衛二人を残し、彼女が一人聖地に消えたことまでは仔細に書いているというのに、ぷつりと記録がそこで途絶えているのです。後にはただ雨の中もう一人と共に帰還し、民と共に感謝の祝祭を開いたというだけで、彼女のことには一切触れていません。

 どう帰還したのかも……アマグフォーラから戻ったという記述すら」

「まさか、異界に帰るための扉が、タキ=アマグフォーラにあるとでも?」

「分かりません。聖地にわれわれは入れないのです。そこで何が起こったか知る由もありません」

 私はそこまで言って言葉を止めた。息を吐き、語を噛み締める。

「それに、さらに肝心なことがこの手記には抜けているのです」

「肝心なこと?」

「ええ。いつどこで出会ったか――そこがまるっきり抜け落ちているのです。手記は彼女を王に謁見させたところから始まります。おかしいと思いませんか? 普通は異界の娘を見つけたのであれば、その部分を飛ばすはずがないでしょう。まさに最初の発見者なのですから」

「では……替え玉、か」

「ええ。ルイスもそれを疑ったようです。発見者は別な者、あるいは、彼女は本当は異界から来てはいないのではないかと」

 まるで振り出しだ。抜け出せない迷路を延々と彷徨っているようなこの謎を、私は解き明かすことができるというのか。

 励ますように、レスラーンが私の肩にぽんと手を置いた。

「まあ、頑張れよ。手記を読み解くのが先か彼女たちが来た場所を調べるのが早いか、それは分からんが――やるしかあるまい」

「心強い励まし、かたじけなく思いますよ。レスラーン」

 皮肉の香辛料をたっぷり効かせた笑顔を送る。とはいえ、彼に通じるはずもない。わずか三才ほどしか違わぬというのに、老獪という言葉の似合う童顔の彼に勝てた例(ためし)がないのだ。

「異界の扉の探査は、本来ならば魔法士の仕事です。どうです? あなたが指揮をとっては」

「自由にやらせてくれるならやってもいいけど、どうせあとで神官に口を出されるんだろう? 面倒だな」

「となると、ここはやはり、オリザリオ魔法士長にお願いする他ありませんね」

 途端レスが渋面になった。彼が逆らえない存在は、王と妻とこの男だけである。

「あの親父に話をもっていったら、ルイスがいなくなる以上、俺に振るに決まっているだろう。 やめてくれ!」

「魔法士長にも先程のように辞退を申しあげればいいのでは?」

「あの頑固親父が辞退など許すわけないだろうっ。万一断りでもしたらアイアンクローで押さえ込まれて、無理矢理頷かされるんだぞ! ……ああ、もう俺も旅について行くって言えばよかったよ」

 レスががっくりと肩を落とす。平民出身のオリザリオ・アーヴェンが魔法士長となった背景には、優れた魔法力もさることながら、個性の激しい魔法士たちを御しこなせる人格が大きいのだと言われる。レスの様子を見れば、それも頷ける。

「……分かった。やるよ。あの親父に勝ち誇った顔をされるよりましだ」

「それは助かります」

「ただし神官が文句つけてきたら、即撤収するからな。それに報告は直接おまえにする。他を間に立てると揉めた時に面倒だ」

「分かりました。マキからも任せたと言われていますので、よろしく頼みますね」

「はん?」

「分担作業なんだそうです。彼女らは水門を探し、われわれは異界の扉を探す」

「なんでまた?」

「失敗した時はわれわれも一緒に異界に逃げるのだそうで。脱出用とか」

 くっと喉を鳴らし、レスが笑った。

 王が本気になれば異界の扉を超えても追い続けるだろうし、また残された者たちを盾にとって戻るように命じることも可能だ。それを幼稚な愚考と一蹴するのはたやすい。

 だが、そんな濁った勘繰りなど全部捨てて――あっけないほど単純な空論に興じてみるのも悪いものではない。

「脱出か……俺も連れて行ってもらおうかな」

「妻子を捨てて、ですか?」

「いいや、もちろん一緒さ。彼女たちなら、一緒に行くと言っても許してくれそうだろう?」

「では私も家族連れということで――なんだか大所帯ですね」

「ああ、大移動だ。それも面白そうだな」

 冗談を続け、レスが笑顔をふっとおさめた。私も真顔に戻る。

「だが、それはさせられない。彼女たちに命の責任をとらせるわけには」

「……分かっています」

「しかし、俺たちにできるのが過去の謎解きと異界の門探しとはね。なんとも情けないな」

「魔法話の指環の創り方を探すよりはましでしょう?」

 私の言葉に、レスが苦笑した。

「ツークスでの手配、お願いします」

「ああ。任せろ」

 頷き、彼は出て行った。ちり、とかすかな音を立て、部屋を照らしていたエイドスの燃える匂いが濃くなる。

 異界の娘たちの旅立ちが、もうすぐそこまで迫ってきていた。翌日、彼女たちはタキ=アマグフォーラに向けて旅立つ。



ちょっと長めでした。。。次章、ようやくリオコに戻ります。

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