Interlude Ⅱ――男たちの思惑(2)
(2)――レスラーンの愉しみ
昼過ぎ、王との会見を済ませた私が、ルイスやニコルらと合流して廊下で語らっていると、慌ただしい駆け音をさせてマキがやってきた。男物の服に革のブーツ、上着を着た姿だ。私は話に聞いていたのでそこまで驚かなかったが、[双月]の二人の部下は目を丸くしている。
髪も短いので一見まだ成人前の少年のようでもあるが、きゅっと締めたウエストから伸びるまろやかな曲線はまぎれもなく女性のもの。
中性的な感じがかえって目を惹いて、部下の視線に気付いたルイスの顔にさっと暗雲が差した。おそらく、早急にマキの服装を改めさせようと心に決めたのだろう。私でもそう勧める。
「ルイス!」
あんなに大声で彼の名を呼ぶ者もいない。苦笑していると、マキは息を切らせながら、われわれの前までやって来た。
「えー……と、あたし、行く、馬乗り」
習いたてのたどたどしい言葉が、初々しいかぎりだ。ルイスがやや表情を和ませて頷く。
「ああ、聞いているよ」
話によると、異界の二人の娘たちはあのアルマン王子から乗馬に誘われているのだという。しかもマキと〝友達〟になったという彼が、じきじきに部屋に顔を見せて誘ったらしい。律儀にもルイスのところまで報せを寄越したというから驚きだ。
ルイスは保護者らしくマキの肩に手を乗せ、送心術で見送りの言葉らしきものを伝えていた。
マキはこくりと頷き、なにか言いたそうに彼を見上げた。どこか心配そうな、不安そうな顔をしている。
「ルイス……」
呼びかけて彼の頭を下げさせた彼女は、突然腕を伸ばすと、ルイスの両頬を手のひらで挟んだ。そのまま、むにゅっと指で左右に引っぱる。
「わらって!」
その場の全員が固まってしまった。呆気にとられるルイスを尻目に、異界の娘は弾けるような笑顔で、手を振りながら駆け去っていく。咄嗟に私は後ろを向いた。
「あれが異界から来たという、噂の娘ですか」
「なんともまあ……元気でいらっしゃる」
背後でニコルとフェイリーがぶつぶつ言っているが、それどころではない。この腹筋の痙攣の波をどうしてくれよう。いや、押さえ込まずにいられるものか。私は爆笑した。
「しかし……笑って、とは」
「異界のゲームか何かなのでしょうか?」
「いやいや、さすがに好意の表われなのでは?」
士団長の立場を気遣ってか微妙な感想が述べられつづける陰で、私は必死に声だけを押し殺す。今にも殲滅(せんめつ)させられそうなルイスの脅しが、その場に低く響いた。
「……笑うな」
「いや……あはは。はは、すまん」
私は笑いに息を引きつらせながら謝った。
「いいね。いや、いいよ、うん。俺もしてもらいたいなあ」
「何がだ」
照れ臭さのあまり、ルイスは苦虫を噛み潰したような顔になっている。
「だって、ほっぺた摘んで〝笑って〟だよ? 俺、娘にもあんなことされたことないのに」
「改めて言うんじゃない」
「いいな~。マキちゃん最高。息子の嫁にもらおうかな」
私の息子は五歳だ。娘は三歳。さらにその下に今年産まれた息子がいる。ルイスと同年齢に見られるが私は二十九才。三児の父だ。
「年の差を考えろ」
「冗談だよ。だけど、十一才差ってありだと思うけど?」
ルイスの青い眼が明らかな殺意を帯びた。面白い。一昨日の夜動揺しているこいつの姿もかなりの見物(みもの)だったが、こんな表情が見れるとは夢にも思わなかった。
あまり笑うと本気で殺されそうなので堪えたが、それでも唇の端が緩んでしまう。
笑いの余韻を楽しむように、私は独りごちた。
「笑って、か……。しばらく愉しめそうだな」
「確かに団長には笑いが足りませんが」
「氷のアクィナスがとろとろですね。団員たちが見たら卒倒します」
「とろとろというより、でれでれなんだよ」
私の指摘に、ルイスが唸って額に手を当てた。まあ、事実だから仕方ない。本当にあの娘には彼も形無しという訳か。
こんな姿を他の者に目撃されなくて良かったような、惜しいような気になる。もし彼女が嫁いだら、どうなってしまうのだろう?
想像が膨らむ。このアクィナスが本気であればそれも興味深いが、先程の彼女の様子では好意以上のものは感じられない。それよりむしろ――。
「微妙に親子な感じが、またたまらないね?」
私は止めを刺した。
ルイスが絶句する。さて、彼はこの状況を彼女にどう伝えるのだろうか? この複雑極まりない男心というものを。
――愉しみが増えたな。
異界の娘が、これほどの変化をもたらすとは思わなかった。水門の鍵どころではない。
またも笑いに沈む私の側頭部にルイスの痛い一撃が見舞われ、われわれはなかば強引にその場から引き上げさせられた。
…ルイス、ごめん(笑)。