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10-4


 あたしができることって、一体なんだろう。

 たぶんみんなは、タキ=アマグフォーラに行って、水門の鍵とやらを理緒子と一緒に見つけてくれればいいと思っているだけなんだろう。だけど、なんだか物足りない。もし救うなら、この世界のことをもっと知っておきたい。

――言葉もきちんと喋りたいし。

 ぺらぺらとはいかなくても、意志の疎通くらいできないと旅の間困る。

 指環をもつ理緒子といつもべったりってわけにもいかないし、文字だって読めない。予言のことだって、もっときちんと聞いておきたい。

 理緒子にそう言うと、だよねって話になった。理緒子もいろいろと不安に思うところがあったみたい。

 なので、二人で相談して、ヘクターさんに頼んでみることにした。あたしたちの世話係だし、なんたって神官長様なのだ。

『よろしいでしょう』

 ヘクターさんは、あっさりあたしたちの勉強を認めてくれた。しかも、じきじきに教えてくれるという。

『忙しいんじゃないの?』

『忙しいですよ。異界の扉やら娘やら乙女やら、私のするべきことは山積みです』

 能面というか人形というか、絶対に笑ってない笑顔で、ヘクターさんはさらりと言う。まあ彼の仕事はあたしたちの世話でもあるわけだから、いいことにしてもらおう。

 お勉強会は夕方、あたしたちの部屋のリビングでお茶を囲みながらはじまった。

 ヘクターさんはよく分からない人だ。年はたぶんルイスより上なんだろうけど、何歳って言われてもすぐには答えられない。お香に似たいい匂いがして、星屑をまぶしたような不思議な黒髪を腰まで長く伸ばして、落ち着いた物腰に穏やかな微笑。

 この笑顔が曲者なのだと、ルイスが言っていた。怒る時もみんな同じ顔なんだって。

 クガイという身分の人は、この手の人が多いらしい。笑顔で自分の意志を貫き通す、腹黒タイプ。宮廷はそんな人たちの腹の探りあいだから、表面上は穏やかでも裏は殺伐としているようだ。だから王位継承者の暗殺なんてのさばるんだよ、絶対。

 そんなクガイの中でもヘクターさんはかなりの若手で、新進気鋭の神官長というわけ。前の神官長が亡くなる時、直々に指名をしたということだから、かなり優秀なのだろう。

『若いというだけで、確実に奴等の後まで生き残りますから』

と、陰で毒を吐きつつ、日々年寄りクガイたちと丁々発止しているというのは、レスから聞いた話。

 彼ら三人は、若いのにいい身分に就いてしまった同士で、なんだかんだと気心の知れた仲らしい。

 特に同じマーレインで魔法士でもあるルイスとレスは、学生時代からの知り合いだそう。

『ヘクターさんは、マーレインじゃないの?』

『私がマーレインであれば、神官ではなくレスのように魔法士の道を進んでいるでしょうね』

 む。その言い方はもしや。

『レスもクガイ?』

『そうですよ。名家カシュゲートの長子。本来ならば跡を継ぐのでしょうが、マーレインの力のために家督は弟君に譲られたそうです』

 お坊ちゃんなんだ。確かに、まろやかな物腰なのに毒のある感じは、クガイっぽい気もする。

 花の香りがするお茶を飲みながら、理緒子が訊いた。

『クガイって、あの変なお化粧をしていたおじさんたち?』

『そうですよ』

『ヘクターさんはお化粧しないの?』

『不気味だからじゃない?』

 突っ込んだあたしに、ヘクターさんが苦笑した。

『あの化粧は、伝統的なクガイの正装です。由来ははっきりとは知られていませんが、化粧をすることで豊かさを表わそうとしたのではないかと言われています』

 豊かさというより趣味の悪さだろう。歌舞伎のようでも京劇のようでもなく、白塗りの上に赤や黒で線を引いたお面チックな化粧。見た瞬間、正直ひいた。

『家柄によって紋様が異なり、家同士を見分けるためとも言われていますが……確かにかなり不気味ですよね。私もしろといわれたら全力で嫌がります』

『なのに、なんでみんなしてるの?』

『古いしきたりを重んじる者は、いつの世もいるものです』

 しきたり。伝統。慣習。過去の時代の人が頑張って作った形式というのは大切だ。その上に則って今があるから。カタチは年月を経て洗練されて磨かれていくもの。だから、安易に否定すべきではない。カタチから入って、それを自分に染み込ませることで学ぶことは多い。

 だけど、あんまりカタチにこだわりすぎても本質を見失ってしまう。時の流れは止まらないのだ。

『家を見分けるなら、他にも方法がありそうなもんだけど。お化粧で顔分かんなくなったら、それこそ挨拶もできないよ?』

『ええ。若いクガイの中では化粧をせず、紋章を服やマントに縫い取らせる者もいます』

 それが普通だろう。そう思っていると、理緒子が首を傾げてヘクターさんの胸元を見た。

『そのボタンの模様って、ヘクターさんのお家の紋章?』

『ええ。我が家はヤーマトゥーロ。古都ヤーマトゥーラの地を治める家柄です』

『古都(こと)?』

『ここキヨウに移る前、天都はヤーマトゥーラにありました。太陽神アーミテュースを祀る最大神殿をもつ神官都市です。ですので、私の家の紋章は太陽です』

 そう言ってヘクターさんは、ボタンの模様をみせてくれた。いろいろ装飾はあるけど、簡単に言うと八角の星型模様。ルイスの家にもあるのかな。今度聞いてみよう。

『天都って移るもんなんだね』

『遷都は過去に数度あります。疫病や王の即位に合わせてなど……昔は、イェドが天都だった時もあるのですよ』

『えっ!』

 驚いたのは理緒子。あたしはへーって感じだったけど、イェドから来た理緒子にはビッグニュースらしい。

『イェドってどんなとこ?』

『んー、何もない……かなあ。お城からちょっと見たのと馬車からだけだから、全部はよく知らないけど』

『一度目の乾期が訪れる前、イェドはもっと豊かな都市でした。聖山フージャイの麓も見事な森が広がっていたようです。今となっては見る影もありませんが』

 聖山フージャイ。そんな山があるんだ。

 せっかく勉強するならと、ヘクターさんは持ってきた地図を広げて説明してくれた。リアルな山地が色つきで描かれている豪華なものだ。

『ここがイェド。これがフージャイです』

『えっと天都は……』

『ここだあ。うわ、結構離れてるねー』

『だねー』

 数えると、六都市くらい通過しないと辿り着かない。自分が来た道なのに、理緒子は他人事のように笑った。うん、こののんびりさんがとても良い。

『あ、アクィナス発見!』

 文字は覚え切れてないけど、見覚えのある単語の並びが目に止まった。

『そうですよ。よく覚えましたね』

『ねえ、ヘクターさん。アマグフォーラってどこ?』

『南です。ここ、ですね』

 指差されたのはマフォーランドの端と思いきや、大きな湖を飛び越えたアクィナスの斜め下辺り。

『あれ、意外と近い?』

『だけど交通手段がねー』

 そうなのだ。新幹線も飛行機も車もないのだ。あ、車はあるけど馬車ですから!

『どれくらいかかるの?』

『馬車ですと、一週間といったところですか』

 軽く言われたけど、じんわりと焦りが出てくる。こんなところでお茶飲んで地図広げてる場合ではないのでは、あたしたち?

『急がんと間に合わんじゃん……』

『だよね』

 思わず出たあたしの広島弁をスルーして、理緒子が同意する。

 なにせ二週間すぎたら首をちょん!なのだ。やっぱり自分の首を撫でてしまう。うう、ネズミの心臓め。

『明日には支度を済ませ、遅くとも明後日には出発して頂こうかと』

『ヘクターさんもついてくるの?』

『いえ、私は参りません』

 じゃあ誰がついてくるのだろう。アルの言った『ただの護衛ではない』という言葉が耳に甦った。不安そうに理緒子が尋ねる。

『誰が来てくれるの?』

『タクは来てくれるみたいだけど……さすがに一人じゃないよね?』

 あたしの言葉に理緒子が嬉しそうな顔をし、ヘクターさんが眉を顰めた。

『タキトゥス・ムシャザの承認は誰が?』

『アル』

『……』

 おや、ヘクターさんが黙ってしまった。考え込むように顎に手を当てている。

『アルというのは、もしやミア=ヴェール・アルマン殿下のことですか?』

『うん』

『あなたを脅した?』

 その情報を知ってるなら、あたしがアルとタクと三人で会ったって話も聞いてそうなのに。

『そうだよ。アルとは友達になって、アマグフォーラまでタクを貸してやるって言ってくれたの』

 偉そうな言いかただが、一応タクの主人はアル。上下関係はきっちりさせておかないとまずいからね。

『友達、ですか』

『うん。変な噂があるみたいだけど、アルは悪い人じゃないよ。謝ってくれたし。ね?』

 理緒子の焦げ茶色の頭がこくんと頷いた。実は昼過ぎ、アルの方から訪ねてきてくれて、理緒子とあたしにもう一回謝ってくれたんだよね。

 で、ついでに明日乗馬に誘われちゃった。理緒子とタクも入れて四人で。

『最初の印象と違って、なんか普通の男の子だったよ』

 理緒子も言うなあ。確かに年下だけど。今度はヘクターさん、額に指先を当てている。

『どしたの?』

『……いえ、予想外の展開にいささか疲れただけです』

 疲れるとは失礼な人だ。大変だったのはうちら(タクとルイスを含む)だからっ。

『ヘクターさん、アルを誤解しすぎだよ』

 友達を悪く思われるのは嫌だ。あたしはできるだけ誤解を解いておこうと言った。

『アルは気をつけて行って来いって応援してくれたし、あたしに裏切らないって誓うって言ってくれたんだから』

『裏切らないと誓う?』

『えと……うん』

 手にちゅーとかではなかったけど、あれはきちんと彼自身が正式に宣言してくれたのだと思う。あたしを裏切らないと。

『口で言ってくれただけだけど。ながーい名前で、ほら、さくっと』

『名前?』

『んと、ミア=ヴェール・アルマン・シ……』

 言おうとしたあたしの口を、ヘクターさんの手の平ががっしと塞いだ。

『他人から教えられた真名(まな)を軽々しく人前で言うものではありません。特に王族の方のものは絶対にお止めなさい』

 え? ちょっと今お茶噴き戻しそうになったけど。

『そ、そうなの?』

『真名とは正式な名という意味です。われわれも礼節をもって名乗る時は、真名を名乗ります。ただし、王族は自ら真名を明かすことはほとんどありません。相手が対等か、それ以上でないと真名を明かすことは許されないのです。

 ですから王族は王以外、敬称である〝ミア〟を冠した名で呼ばれます。王族の真名を口にすることは、不敬罪にあたると言われてもおかしくはないのですよ』

 アルって呼んでますが。つまりこれも、かなりやっちゃってる?

――タク。そーゆーこともきちっと教えておいてよ。

 心の中で恨めしく思う。

『アルは、自分で〝アル〟って名乗ったけど?』

『どういう挨拶をしたのです?』

『〝友達になりたいです。よろしく〟』

『……』

 ヘクターさん、またも無言。そして溜息。首切り役人風の恐い視線で、あたしをちらりと見る。

『彼が名乗ったのなら、そう呼ばなければかえって失礼にあたるでしょう。アルマン王子が真名にかけてあなたを裏切らないと誓ったのであれば、それは本物です。まったく……』

 深々ともう一度息を吐いて、あたしと理緒子を見つめる。

『あなた方の行動力には完敗です。われわれの案じた問題を軽く飛び越えてしまう』

 問題って王位のことかな。

 なんだかヘクターさんの言い方だと他にもあるって感じだけど、彼の穏やかな表情からはそれ以上のことは読み取れなかった。



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