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目を閉じるあたしに、ルイスが気遣わしげに声をかけてきた。
『マキ……大丈夫か? 気分でも?』
『ううん、大丈夫』
大丈夫、と言うしかない。
夢なら覚めれば問題ない。現実ならなおさら、じたばたしても始まらないから。
『異界から来たばかりなのだろう。無理をすることはない』
『ルイス。なんで、あたしを異世界から来たと思うん……ですか?』
ショックのあまり緊張が途切れ、方言が出そうになってごまかす。
ルイスは少し困った様子で息をつき、部屋の右手の窓を指差した。四角い木枠に、星々の輝く夜空の断片が切り取られている。
『月が見えるか』
『う、うん』
地球で見るのとは違う、白くてなだらかな大きめの月。その脇に少し小さい青い月。その二つから少し外れて、赤くぼんやりした中くらいの月が浮かんでいる。
さっきはもっと重なっていたはずなのに、もう三つの月は別々に離れて見える。
『一番大きいものが第一の月・白月(はくげつ)。青く見えるものが第二の月・青月(せいげつ)。残るひとつが第三の月・幻月(げんげつ)だ』
『月が三つって初めて見ます。綺麗ですね』
適当なあたしの感想に、ルイスの頬に何とも言えない表情がよぎった。
『この三つの月が合(ごう)を成す時、扉が開かれ、異界より渡り人が訪れる――この国の伝説だ』
『え――?』
食い入るように月を見つめた。
つまり、この月があたしをここへ引き寄せた、ということなのか。
『君を見るまで、私はその伝説を信じていなかった』
驚くようなルイスの台詞が続く。
『だが合が終わると同時に、庭に君が現われた。どう見てもこの国のものとは思えない格好で――だから、異界の人かと聞いたんだ』
あたしの格好。
つまり地味なチャコールグレーのブレザーに臙脂のタイ、膝丈ボックススカート。ハイソックスに運動靴、ショルダーバッグという女子高生スタイルは、この世界の人間では有り得ない宇宙人服っていうことだ。ものすごく珍獣な気分。
『〝合〟って、どれくらいの間隔で起こるものなんですか?』
『三年から四年に一度だ』
結構頻繁だ。異界の扉なんて開きまくりじゃないか。そこまで考えて、
『ここの一年は何日ですか?』
『三百六十日』
微妙に近い。では――。
『一日は二十四時間。三十日が一ヵ月。最初の三ヵ月が始季(しき)、六ヵ月が盛季(せいき)、残り三ヵ月が終季(しゅうき)に分けられ、三つの季節を巡る』
『そこまで詳しく教えてもらわなくても』
『君は質問が多いから、先に答えておこうかと思って。それに――』
まるで教師のように説明していたルイスが、唐突に言葉を止める。
言わなくても分かった。あたしは一生をここで生きていかないといけないかもしれないのだ。
あたしは質問をすることで、その考えを無理矢理意識の下に押し込めた。
『そんなに頻繁に合が起きるのに、ルイスは異界の人と会ったことがなかったんですか?』
『合が起こるのは不思議なことではない。月たちはテーエの周りを廻る星だから、軌道が重なると合は起こる。ただの自然現象だ』
なんだか科学的な発言。世界地図や星球儀があるくらいだから、科学が発達していてもおかしくはないけれど。
――服装は昔っぽいけどね。
中世というより、開拓時代のアメリカくらいだろうか。そんなにびらびらせず、動き易そうではある。剣はさておいて。
『合は、ただの……象徴だ。印とでもいうか』
歯切れ悪くルイスが言う。考え込むように拳を口元に当て、視線を逸らす。
『――そうだ。お腹が空かないか?』
『はい???』
そりゃもちろん減っている。
運動場を十周とスクワット二十回、腹筋を百、背筋を百こなして一時間のパート練習と三十分のコーラス合わせをしてきたのだ。減らないほうがおかしい。こちとら健康優良女子高生だよ。
――でもさ、この状況で食事なんて言い出すか?
思わず胡乱な目をルイスに向ける。が、あたしの身体は正直だった。
ぐるぉぅ~。
脳に食事というキーワードが打ち込まれた途端、声高に訴える間抜けな胃袋。
ルイスが笑った。聞こえたのか、戸口にたたずむアルノの口元もほころんでいる。
『食事にしよう。君の口に合えばいいけど』
そう言って、ルイスはあたしを部屋から連れ出した。