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10-3


 結果は――まあ、うまくいったんだと思う。予想通り徹夜したっぽいルイスは、アクィナスの実家に向かったとき以上に、最高最悪に機嫌が悪そうだった。

 だけど意外と声は普通で、ちょっと安心した。タクの手紙を先に読んでたからかもしれない。何書いてあったんだろう。あとでタクにきちんとお礼言っておかなくちゃだ。

 ルイスとは、三人掛けくらいのソファに隣同士に座って話した。

 びしばし問い詰められるのかと思ったらそうでもなく、彼はあたしの手を握り、話が聞きたいと言ってきた。しかも、ドレスを選んだところから。

『なんで……そこ?』

 動揺してしまう。あたしの気分が急降下した初っ端をなんで突いてくるんだ?

――マーレインって力のせいかな?

 思ったけどそんなこと聞けるわけもなく。話をしながら、なんとなく彼の顔を見てた。

 顔色が悪くて目も重そうで、ちょっと顎の先とか髭も伸びてて、今のルイスはかっこいいって感じではない。年下のあたしの知らない経験を積んだ、大人の男の人だ。

――なんであたしが、彼の隣にいるんだろう。

 せつなくなる。異界から来たってことがなければ、絶対にあたしなんか近寄れもしなかったんだろうな。もし最初から同じ世界に生まれていたら。

――あたし、ここにいても……いいのかな。

 思ったら泣けてきた。彼に抱き寄せられて、子どもみたいに胸で泣いてしまう。

 ああ、また迷惑かけてる。

 そんなあたしの耳に落ちてきたのは、思いも寄らない言葉。

『すまなかった、マキ』

 なんでルイスが謝るの?

『私のせいだな。最初から何を置いても君の傍にいるべきだったのに』

 違うよ、そんなの逆だってば。ただ、あたしはルイスの負担になりたくなくて。いやもうなってるけど、それでも少しは頑張りたかったのに。

 いろいろ思うのに、うまく喋れない。泣いたせい。いいや、ルイスのせいだ。

『タクもいるし、君はかわいいリオコに夢中だし、もう私など要らなくなったのかと思っていた』

 ちくしょー、大人の余裕の冗談で躱してやがるよ。

 悔しくて、ぽすりと胸の辺りを拳で突いたのに、それも笑っていなされてしまう。

『間違いでよかった。君の傍にいる』

――ああ、こういうのを殺し文句って言うんだよ、馬鹿。

 百ぐらい普通の文句で返してやりたいけど、泣いてたし、それでも気分は一瞬乙女になってつまらない言葉しか浮かんでこない。

『でも……仕事しないと、クビに、なるよ……?』

『変な王子に付きまとわれたりしたら困るだろう?』

 ルイスはそう言って、あたしの腕の痣を治した。

 なんか痛くはなかったけど、違和感がある。ちょっと軽い運動をしたような、それでいて暖かい。ストレッチで解れた後、体が気持ちよく弛緩する、そんな感じ。

 超人的なことをさらりとされるとやっぱり悔しくて、あたしは袖をまくって、過去のルイスの悪行を晒した。

『ルイスの』

『……なに???』

『おとーさんのところに行くのに、腕掴んだでしょ。その痕』

 痣の絶えないあたしとしては、これくらいはいいかと黙っておいたけど、ちょっとくらいは優位に立ちたいもん。ルイスは気まずそうな顔になって、すぐに癒した。

 なんだってこいつは、見た目もよくてすごい力もあって殺し文句まで言えるんだ? 天は二物を与えずっていうんじゃないのか?

――ここの神様は偏りすぎてるんだ、絶対。

 そんなことを思っていると、ルイスが何か企んでいる眼をあたしに向けてきた。

『……ルイス。今、絶対なんか変なこと考えてた』

『いいや?』

 そういや、こいつは尋常じゃなく性格がひねくれてるんだった。容姿も力も相殺されるくらい。

『傍にいさせてくれ』

 だから、そんなふうに耳元で囁くのは反則なんだってば。

 慣れないシチュエーションに凍りついていたら、あったかい息が髪にかかり、額の辺りに軽く――キスをされた。

――なんで……?

『私ではだめかな?』

 ううん、そんなわけない。でももうなんか、いっぱいいっぱいで倒れそうだった。

 恥ずかしいのと泣きそうなのとどうしていいか分からなくて、胸がすごく苦しくなった。もう心臓の音が耳の傍でがんがんいっている。

――ひょっとしたらまだ怒ってて、意地悪とかだったらどうしよう……。

 よく分からない思考で哀しくなる。混乱する。

『ルイス……もう、怒ってない……?』

 精一杯そう聞いたのに。彼は笑って冗談を返してきた。

――あーもう、ほんま腹立つわっ!

 悔しくて腕をぶんぶん振り回して暴れたけど、ルイスの両腕にとられて効果なかった。

 彼にとってあたしは、いったいなんなのだろう?

 異界から来た、ひょっとしたら世界を救えるかもしれない子。アクィナスの名誉を挽回できるかもしれない子。それ以外は?

――なんも思いつかん……。

 最初ルイスは穏やかで優しくて、うちの兄と取り替えたいと思った。見た目も性格もすっかりそのまま全部まるっと。

 だけど一緒にいるうちに、彼の馬鹿っぽいところや意地悪なところや怒るとめちゃめちゃ恐いところや複雑な生い立ちなんかも見えてきて、日数は浅いけど居た時間が密だったから、余計にもう他人のような感じはしなくなっていた。

 友達というには馴れ馴れしく、兄妹というには下ネタもちらほら(あたしをからかうだけかもしれないけど)。ルイス的には保護者の立場なのだろうから、親子って感じにも近い気がする。まあそこまで年が離れていないにしても。

 あの頭にチュッてやつも、外国映画でよくある親が子どもにするようなものなのかもしれない。濃厚なスキンシップに慣れない身としては、心臓ばくばくだから、もうちょっと控えて欲しいのだけど。

 ルイスがこのままソファで一緒に寝よう、と言ってきた時、あたしは思った。なんとなく彼にとってあたしは女とかではなく、もの珍しい動物のようなものではないかと。

――アルにもミヤウみたいだって言われたしな……。

 そういえば、タクにミヤウってどんな動物か聞くのを忘れていた。かわいいといいけど。

 ルイスの腕に抱っこされ、仕方なくあたしは彼の胸を枕にした。

 女の子と違って、やっぱり平らで硬いんだな。人生で初めて密着した男性がルイスでよかったような、複雑な気分。

 だって、あたし今からこれを基準に男の人と付き合うことになるんだよ? ハードル高すぎだー。

 複雑な思いで、彼の腕の中で目を閉じる。

 自分ではない人の温かさと匂いに包まれている。だけど、嫌じゃない。心地よいまどろみの中で、もう一度髪に暖かいものが触れ、彼の頭が倒れて体から力が抜けるのが分かった。

――寝たのかな。

 彼の眠りも、あたしと同じくらい穏やかで安らかであればいい。そう思って、あたしは意識を手放した。


 気がついたら本当に熟睡してた。起きたらルイスがいるのはいいとしても、理緒子にタク、シグバルトまで揃っていた。寝過ごして心配かけてしまったらしい。

『ごめん、りお。寝てた』

「だったら一言言いに来てよっ! 心配しちゃったじゃないっ」

 寝てたから言いに行けなかったんだってば。

 あたしはえへらと笑い、涙目の理緒子に指環を返して手をつないだ。

『ごめんって。昨日寝てなかったから、ほんと落ちちゃって。ルイスも寝れた?』

『ああ』

 枕にされていたルイスが苦笑する。あんな格好で本当によく寝れたんだろうか?

 なんだか性格的に平気で無理しちゃいそうだから、体が心配になる。そう思って、どう言おうか考えていると、シグバルトが口を挟んだ。

『お二人で寄り添われて、本当に仲良くお眠りでしたよ』

『シグバルト、見てたの?』

『はい。異界のお客様に主人が失礼をしてもいけませんので、しっかりと』

――う。一体どのあたりから見てたんだろう。泣いてたのも頭にチュッも、しっかり見てたってこと?

 恥ずかしくて頭の先が燃えるようだった。

『幸いにもご兄妹のように仲睦まじくお休みで、傍で見ておりましても、ほのぼのした雰囲気がとても心温まるご様子にございました』

 平然と報告する侍従をルイスが睨んだ。

『シグ、仕事に戻れ』

『御主人様がお仕事をくださるのであれば、おのずと私も仕事に戻ります』

〝御主人様〟だって。シグバルトの厭味に呻くルイスとの遣り取りが面白くて、あたしは笑ってしまった。

『ほら、仕事しろってさ、ルイス。あたし戻るね』

『ああ、分かった』

 立ち去ろうとすると、ルイスが指を引っぱった。なんだろう、じゃれてるのかな。

 青い瞳が少し笑って、少し寂しそうにあたしを見ていた。ぐっと胸が辛くなる。

――ああ。彼は本当に、あたしを心配してたんだ。

 彼にとって、あたしが何であるかが問題じゃない。どう想ってくれているかなんだ。

 あたしは一瞬でそう悟り、その指を指先で握った。通じないと思いながら話す。

「いっぱい心配かけてごめんね、ルイス。今度はちゃんと行く先伝えて出てくから、ね?」

 彼の瞳がちょっとだけ和んだ。あたしは手を振り、理緒子と一緒に部屋を出た。



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