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不安だったのか、シエナとラクエルにサンドイッチされるようにして待っていた理緒子の元に辿り着いたあたしは、指環を返し、怒涛のようにアルとの話し合いの様子を語って聞かせた。
そんなあたしを、シエナとラクエルがほとんど呆然と見ている。彼女たちにしてみれば、王子があたしと普通に会話したっていうことだけでもう、目の玉飛び出そうな驚愕事実らしい。
シエナとラクエルにも分かるよう、理緒子の両手(ほんとは左手だけでいいんだけど)を握ったまま喋りたおすあたしを、理緒子はずっとにこにこしながら見ていた。
『……なに?』
『ううん。なんか、やっと真紀ちゃん戻ってきたって感じ』
うう、ごめん理緒子。そこまで心配させてたのか。
うるうるっときて、思わずがしっと理緒子を両腕にハグする。
『りおこ~、ごめんね。心配かけて』
『うん。ほんとに心配した』
うえええ。だからごめんって。
『寝直したくても心配で眠れないし、まだ朝ご飯も食べてないし』
『ごめん、りお』
『今度黙って消えたら、許さないからね?』
「うう、ごめんなさい」
両手を合わせて体を縮めるあたしを、理緒子が下からじとりと睨む。
「あー、怒ったらお腹減っちゃった」
「……ごめん、アルと一緒に食べてきちゃった」
しかもがっつり。理緒子はあたしと、ついでにタクも睨んで頬を丸くした。
「いーもん、シエナとラクエルと三人で食べるからっ」
「怒んないでよ、理緒子。謝るからさ。ねっ、許して?」
手を合わせたまま、えへえへ笑って擦り寄る。
理緒子はぷいとあたしから離れ、ティーセットの並んだテーブルに腰を下ろした。まだこちらを見ないまま、お披露目の時よりもシンプルな白いふんわりしたドレスを丁寧に直す。
「……いいよ。許しても」
「ほんとっ?」
「ただし条件がありま~すっ」
突然、お笑いの司会をする女子アナみたいな言い方をして、理緒子があたしをくるりと振り向いた。紅い指環を外し、あたしの手にぽとんと落とす。
『なにこれ?』
「はーい、条件です。今から真紀ちゃんは、ルイスに謝ってきてくださーいっ」
『は???』
ちょっと待った、理解不能だ。なんで理緒子に許してもらうのにルイスに謝る?
ってか、関係……なくなくはないか。動揺して日本語おかしくなってきたぞ。
『やだ』
「えーっ。だめだよ、真紀ちゃん。きちんと謝りに行かないと。真紀ちゃんいなくなって、ルイスほんとめちゃめちゃ心配して、周りの人がびっくりするくらい動揺してたんだから!」
だから余計に無理です。考えただけで泣きそうだ。
『……だめだよ』
許してくれそうにないよ。許してくれなかったら、あたしまじでヤバい。壊れるかもしれない。だから、謝りにいけないよ。
『会えないよ』
指環を返そうとするあたしに、理緒子ががたんっと席を立った。色白の顔が、さくらんぼみたいに真っ赤になっている。
「もう、真紀ちゃんのへたれっ!」
うん、もう心はくたくたのへにょへにょさ。だけど、あたしの心のひねくれ天邪鬼がわさわさ騒いで、口からは違うことが飛び出す。
『……へたれじゃないもん』
「じゃあ、なんで謝りに行けないのよ?」
真っ赤な顔のまま、理緒子が腕組みをしてあたしを見た。身長差約9センチ。その差をぐんと追い越して、あたしより高いところから見下ろすように理緒子が言った。
「勝手なことをして心配かけた真紀ちゃんが悪い。だから謝る。なんでできないの?」
『だ、だって……』
「もお、ルイスは真紀ちゃんが嫌いだから怒ってるんじゃないんだよ? 逆じゃない。す、好きだから怒ってるんだよ?」
まあ、どの種類の好きかはさておき。怒られながらあたしは、少しずつ冷静に考えられるようになってきた。理緒子の言っていることがもっともだという気がして、こくんと頷く。
「分かってるんなら、ほら行ってくる。わたし、朝ごはん食べるんだから」
なんだか理緒子、どこかのお母さんぽいぞ。ってか、それって絶対、理緒子のお母さんの口癖だ。
手の中の指環をぎゅっと握り、あたしはもう一度頷いた。
『……分かった。行ってくる』
「行ってらっしゃい」
やっぱり見送る母親のようなことを言って手を振る理緒子に、あたしは手を振り返して、ルイスのところに向かった。