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9-4


 久しぶりに、マキとたくさん話をした。内容は、リオコのことやアルマン王子との会話。

 他の男のことを嬉しそうに語られて面白いはずもなかったが、心の狭い男と思われるのも嫌で笑顔で聞いておく。

 なにしろ、こちらは七つも年上。異界との周期差を差し引いても、余裕で年長者だ。心の広いところを見せておかねばならない。アルマン王子には即刻イェドに御退去願うとしても。

 泣いたのと話し続けたので疲れたのか、マキが私の胸に頭をもたれるようにしてきた。まあ、彼女を自分の横にぴったり寄り添わせていたのは私だが。

「どうした?」

『なんだか……安心して眠くなってきちゃった』

「寝ればいい」

『だってルイス、仕事行くでしょ?』

「行ってほしいのか?」

 意地悪で聞くと、マキは困ったように顔を赤くしてうつむいた。

 行ってほしくない、と答えてもらいたいものだが、彼女にそれは期待できない。自分より他人の都合を優先させてしまうから。

 私は頭を寄せ、彼女の体を抱える左手で黒髪を撫でた。張りのある冷たい手触りの髪が指に心地よい。これが嫌いだなんて、本当にどうかしている。

「だいぶ仕事をして疲れたから、私も寝るよ。いい天気だし、昼寝にはちょうどいい」

『うん』

 マキが体を離そうとしたので、腕に力を籠めた。

「どこへ行く?」

『だってルイス、ベッドで寝るでしょ?』

 できれば、もうちょっとロマンチックに聞きたい台詞だ。意図したつもりはないのだろうが。

「マキも一緒?」

 火がついたように、マキが耳まで真っ赤になった。意味は通じたらしい。

『……るいす、やらしい』

 やらしくない男がいたら、見てみたいものだ。

「じゃあ、ここに居て」

『……え』

「ベッドに行ったら、マキは帰るんだろう? だったら、ここで寝るよ」

 マキの眼が泳いだ。寝るという意味に二通りあるのは異界でも一緒か?

 彼女の中で自分が男性なのだと知って、ちょっと安心する。少し保護者としての立場が強くなってきていたから。

 肩を抱き寄せて髪にキスをすると、かすかに震えた。恐がらせてしまったか?

「何もしないから。マキも眠いんだろう? 一緒に寝よう」

『ここで?』

「うん。寝心地は悪くないよ」

 ソファは三人掛けの広さ。座ったまま仮眠を取るなど、私には日常茶飯事だ。

 マキは頷くと、私の胸に頭を寄せ、わずかに服を握り締めた。

『……うん。寝心地悪くないかも』

 呟くように言って、目を閉じる。少し――いや、かなり厭な予感がした。

 マキは私を、本当に何もしない男だと思い込んだんじゃないだろうか。

――ここはもっと強引にいくべきだったか……?

 後悔してももう遅い。異界の娘は、私の腕の中で安らかな寝息をたてていた。

 私はその頭にもう一度やさしくキスを落とし、瞼を閉じた。


 人の気配がして、目を覚ました。すぐ傍に、シグバルトが苦笑をして立っている。はっと左腕の中を見ると、マキはまだそこで眠っていた。

「なんだ?」

 ぶっきらぼうに尋ねる。

「お二人ともよくお眠りなので、起こすのに憚られましたが」

「マキはまだ寝ている。用件なら手短に言え」

 囁くような詰問に、前髪から垣間見える瞳が笑った。

「ムシャザ将軍とリオコさまがお見えになっております。マキさまをお迎えにあがられたと」

「……そうか」

 私のところに行ったきり戻らないので、心配になったのだろう。

――つまらぬ気苦労をかけてしまったな。

 まったく我ながら、今回ばかりはどうかしてしまったようだ。

 腕の中にいる少女を覗き込む。安心しきった、子どものような寝顔。あどけない。この娘にわが国の命運を背負わせるなど、神も非情な運命を用意したものだ。

 だが――そのせいで逢えたのだと思えば、複雑な気持ちになる。

「マキ……」

 そっと肩を揺さぶる。わずかに身じろいでしがみつき直されては、起こすに起こせない。

 手を振りほどくべきか考えていると、シグバルトの後ろから、待ちかねたらしい少女と大柄な男が駆け込んできた。

「マキxxx!」

 淡いシンプルなラインのドレスを着たリオコが、泣きそうな声で呼びかける。

 マキよりもかなり華奢な彼女は、折れそうだがその実しっかりしていて、マキがいなくなった時も『彼女は自分からいなくならない。絶対何かあったはず』だと、ヘクトヴィーンの尻を叩くようにして探させていた。異界の娘とは、みな肝が据わっているものなのかもしれない。

 彼女の声を聞き、マキが頭を持ち上げた。まだ開けきらない目が探す。

『……りおこ?』

 私の胸にもたれ夢見心地でいるマキの姿に、状況を誤解したらしいリオコが真っ赤になって横を向いた。彼女はマキよりも男女の仲に敏感なようだ。ムシャザも気まずげに苦笑している。

 私は笑って、気にするなと手招いた。今は異界の娘の貞操を汚したと思われるより、昼寝用の枕にされた情けない保護者のほうが良い。

「マキ、ほらしっかり起きろ。リオコが迎えに来ている」

『ごめん、りお。寝てた。……今何時?』

 完全にとぼけたマキに、理解したリオコが駆け寄る。異界の言葉でまくしたてた。

 マキはほわりと笑い、指環を彼女の指に嵌める。

『ごめんって。昨日寝てなかったから、ほんと落ちちゃって。ルイスも寝れた?』

「ああ」

――誤解されるから、そういうことはこっそり聞いて欲しかったが。二人きりで。

 そう思うと、出しゃばりな侍従が口を挟んだ。

「お二人で寄り添われて、本当に仲良くお眠りでしたよ」

『シグバルト、見てたの?』

「はい。異界のお客様に主人が失礼をしてもいけませんので、しっかりと」

 いつかこいつの首を絞めよう。まあ、マキが赤くなって私を意識してくれたから、多少は大目にみるが。

「幸いにもご兄妹のように仲睦まじくお休みで、傍で見ておりましても、ほのぼのした雰囲気がとても心温まる様子にございました」

「……シグ、仕事に戻れ」

 命じると、乳兄弟でもある侍従が、にんまりと私を見た。

「御主人様がお仕事をくださるのであれば、おのずと私も仕事に戻ります」

 私は呻いて額に手を当てた。外せないままの腕の中で、マキが笑う。

『ほら、仕事しろってさ、ルイス。あたし戻るね』

「ああ、分かった」

 するり、と腕の中から異界の娘が抜け出る。名残惜しくて、指先を捕らえた。マキが軽く握り返し、何か言った。言葉は分からない。だが、その瞳はもう知らない娘のものではなかった。

 指が離れていく。それを胸の前で小さく左右に振り、マキはリオコと出て行った。

「――タキトゥス」

 最後に出て行こうとした男を呼び止める。

「ありがとう」

「気にするな」

 飾らない言葉。彼が仕える相手なら、アルマン王子もそう悪い男ではないのかもしれない。

――妃探しを王に勧めるか。

 違う方向へ頭を振り替えてみる。まだ座ったまま、腕と胸に残る重みと温もりが消えていくのを惜しんでいたら、物言いたげに立つ侍従の視線を感じた。

 前髪で隠れていても、私に気付かれないなどとは思っていないだろうに。

「……何も言うなよ」

「申しませんとも」

 皮肉なやつだ。

「では何だ?」

「いえ。叔母と姉に良い土産話ができたと、喜んでいるだけにございます」

 確かに、彼女たちなら喜びそうだ。

 そういえば、来る途中マキが、彼女らにお土産を持って帰りたいと洩らしていたのを思い出す。つまりマキも、あの家の者に好意を寄せているわけだ。

――周囲から搦め手でいくか……それも悪くないな。

 私の頭の中で、異界の娘をこちらに引き止めておくための算段が組み上がりはじめる。だが、その前に私には為すべきことがあった。二人の娘が旅立つ日までに、できるだけの仕事を片付けておかねばならない。

――二週間も留守にするのだからな。

 ムシャザ一人に護衛を任せるなどという発想は、最初からない。私は、心置きなくタキ=アマグフォーラに向かうべく、ソファから立ち上がった。




ルイス終了。真紀のターンに戻ります。

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