第8章 王冠――アルマンの野望
少し時間が遡ります。
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異界の乙女など興味はなかった。だが或日、父であるマフォーランド国王ディーノ=サルディンが驚くべきことを口にした。
「異界の乙女を連れてきたものに、わが王冠をやろう」
耳を疑った。
覇王などと称され、正妃を迎えず幾人もの妾妃らに種を植え、その子の数は十を超えると噂されながらも玉座への執念を燃やし続けた男――それが、王冠をやるだと?
俺はその話を鼻で笑ったが、同時に強く惹かれるものも感じていた。俺は第一妾妃ミア=コラーユ・ジェニア・エメリア・スゥーマの息子。事実上の長子で、第一位王位継承権を持つ。だが、安泰ではなかった。
母は無欲な人で、あの王を心底慕っていることで、他のどの妃よりも寵愛を得ている。しかし姦計には疎く、王城内で繰り広げられる後継者争いから俺を守りきる策を講じることができなかった。
三歳になり母のいる後宮を出た俺に待っていたのは、毒や刃物の襲撃から逃れる日々。当然父の庇護はなく、俺は母の縁者にあたるイェドに居を移して難を逃れた。その間、腹違いの兄弟たる王子王女の数は半分に減ったと聞く。
俺はイェドで悠々自適な生活を送りながら、のんびり父の寿命が尽きるのを待つつもりだった。
乾都と称されるイェドは荒涼とした土地で、贅沢は望めないが、住まう人も質実堅固なブーシエの家系が多い。豊かさとは程遠いここで、俺は自由と安らぎを見つけた――そのはずだった。
あの日。近衛隊長に抜擢したタキトゥスが、異界の渡り人らしき娘を保護したと聞いて、俺の心に奇妙な感覚が湧きあがった。
――これで俺は、誰に後ろ指差されることなく王になれる。
王になりたいと願っていたわけではない。ただ、幼き頃より命を狙われ、周りに翻弄され続けてきた俺が、天都の王と貴族どもに一矢を報いる時がやってきたと悟ったのだ。
胸が高鳴る。俺はこの瞬間のために今まで生きてきたのだと感じる。
――見ていろ、王。俺が貴様の前に、異界の乙女を引きずり出してやる……!
どうせただの女だ。王子という身分に群がる淑女の皮を被った狸(たぬき)どもをよく知っていたから、年も変わらぬ若い女と聞いても、さほどの感慨はなかった。
だが、彼女が滞留する間、世話をさせて欲しいとタキトゥスが言い出してきたのには、少しばかり驚いた。
――あの堅物が心動かされた女か……面白いかもしれんな。
そう思い、会うのを楽しみにしていた。いや、それよりも頭の中を占めていたのは、俺が連れてきた異界の乙女を見て驚く王の顔だったのだが。
リオコという名の異界の娘は、小さくはかなげな風情の娘だった。話す言葉は異質で、落ちていたという持ち物を見たが、やはり目にしたことのないものばかりだった。
――間違いなく異界の乙女……。
身の裡(うち)の深いところから、表わしようのない優越感が込み上げてくる。あの王ですら手に入れることのできなかった娘を、俺は手にしたのだ。
俺はタキトゥスに身柄を引き受ける旨(むね)を伝え、白く細っそりとしたリオコの手を取った。
『異界の乙女よ。わが国に水をもたらし……我に王冠を授けよ』
思いが嵩(こう)じてそう告げると、リオコは驚いているようだった。怯えたのかもしれない。
そんなことはどうだって構わぬ。好かれようと嫌われようと、俺はこの娘を手放す気はないのだ。
しかし、嬉々として天都に報告を入れる俺の元に、恐ろしい一報が舞い込んできた。アクィナスにも渡り人が現われたというのだ。
――なんだと……?
聞いた瞬間、俺はそいつを偽者だと直感した。しかもアクィナス。魔法話の指環をもつ家柄の元に、都合よく異界の乙女など現われてたまるものか。
俺がそう言うと、大神官ヘクトヴィーンも困惑した顔になった。俺はそいつの化けの皮を剥がし、この手で正式にリオコを乙女と認めさせるために、自ら天都に向かうことを決めた。