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7-3


 明日の晩は、お披露目の宴会なのだそうだ。王様が強引に決めた。

 あたしたちの――というか、一応理緒子が主役。乙女だから。あたしは付き添いだけど異界から来てるので、ついでにドレスアップすることになった。

 ドレスアップと聞いて理緒子は喜んでいたけど、あたしは沈んだ。

 悪いけど、あたしは女らしい格好が大の苦手だ。似合わないんだ。びらびら、とかレースとか花柄とか。いや似合うよ、物によっては。ただ微妙に宝塚チックになるだけ。もちろん男役。

 ため息を吐くあたしの横で、理緒子はシエナたちと盛りあがっている。

 ついさっきまで「夕飯食べ過ぎて失敗ぃ~」なんて言っていたのに、王様ご推薦の仕立て屋さん一同が見本のドレスと生地をもって現われた途端、目つきが豹変した。

 なんだか一回きりしか着ないのに、部屋には色も種類も想像以上に豊富な生地が山のように広げられて、もうものすごいことになっている。お金持ちって、ちょっと迷惑。いや、雇用が広がるからいいことなんだとは思うけど、一回着るだけのドレスにこのお金の掛け方はどうよ? もっと有効活用しようよ?

――それにお披露目、明日だよ?

 なのに仕立てろという王様も、かなりの極悪だ。いや、凶悪だ。

 あの無表情な顔を思い出して、あたしはまたむかっ腹が立った。正確に言うと、今は自分に一番腹が立ってるんだけど。

「ねね、これどう?」

 シフォンに似た白い生地をふわりと舞わせて、理緒子が笑う。何を着てもかわいいよ、うん。

「いいね、白。理緒子は淡い色が似合うな」

「ピンクと迷っちゃうの」

「その薄い水色もよくない?」

 今の白と重ねたら、妖精みたいでよく映えそうだ。理緒子はきゃっきゃとはしゃぎながら、生地を選んでいる。

 ドレスの形は大体決まったらしい。アンダーバストを締めたロマンチックなAライン。ま、細いから何でも似合うんだけどね。

「真紀ちゃんは?」

「えーあたしはいいよ」

「だーめ! ほら立って」

 あたしはせっかく着替えたルイスお下がりの上着を脱がされ、シャツ姿で仕立て屋さんの前に立たされた。メジャーみたいなので、胴やら首やら肩やら測られる。

 ちらりと覗いた仕立て屋のおじさんの手帳に、理緒子と同じふわふわドレスが描き込まれているのを見つけ、あたしは慌てた。

「わ、ちょっとそれは!」

 あたしが着たらピエロだよ。

 止めようとしたら、仕立て屋さんが変な顔をする。そうだ、指環してないんだった。

「ごめん理緒子、通訳!」

「あ、うん。そうだね」

 ああ、意外と不便。

 貸したことは後悔してないけど、なくても平気と過信していた自分の能力の低さにため息が出る。

――なにやってんだ、あたし。

「真紀ちゃんは、シンプルなラインが似合うよね」

 もうどうにでもしてくれ、なんて投げ遣りな気分で仏頂面のまま立っていたら、理緒子が心配そうな顔になった。あ、気を遣ってくれてる。

 変わらない明るさで、あたしの不機嫌なんか気にも止めないようなふりして、笑いながらあたしのドレスを決めていく。すごいな、理緒子。あたしなんかよりよっぽど大人だ。

「真紀ちゃん、どっちの色がいい?」

 理緒子が、光沢のあるシルクっぽい生地の深い緋色と紺色をもって首を傾げる。

 きれいな色。着るなら濃い色がいいって思ってた。嬉しいな。

「……こっちにする」

 あたしは緋色を指差した。これなら絨毯と同化して目立ちにくいかも、なんてちらっと思ったのは言えないけど。

「じゃ、決まりね」

 理緒子は、一生懸命あたしのコーディネートを考えてくれていた。やさしい子だな。本当、みんなが助けたくなるのも分かるよ。あたしみたいに棘々してなくて、ほんわりしてて。

 二人目があたしみたいなタイプじゃなくて、きっとルイスはほっとしてるだろう。

 あたしは一世一代の決意でしたつもりのじゃんけんで、本当に運命が分かれたのだと、そのとき身に染みて感じた。


 翌日お昼御飯もそこそこに、あたしたちは数十人の侍女に囲まれて、お披露目の支度に取り掛かった。香水の香りのするお風呂で体を隅々まで洗われることから始まって、羞恥心どころじゃない。これはもうドレスアップという名の苦行だ。

 初めてのお化粧にドレスにハイヒール姿の自分をまじまじ確認する余裕もなく、あたしは理緒子と一緒にヘクターさんに連れられて夜宴の会場にやってきた。

 胃が痛い。こんなに気持ち悪いの、人生で初めてだ。

 最低最悪の瞬間なのに、人生最大のスポットライトの当たる場所にいるなんて、なんて皮肉なんだろう。正確にはスポットライトの端っこだけど。本当、主役が自分じゃないのだけが救いだ。

 主役の理緒子は、幻想的に折り重ねた白と淡い水色のドレスの裾を長く引き、髪をくるくるに巻いて花を飾って、まさに乙女にふさわしく可憐に輝いていた。

『真紀ちゃん。手、繋いでてね』

 声が震えて、足も手も震えてる。

 大丈夫、あたしは理緒子を支える柱になる。あたしは柱。そう思うことで今の自分の姿を忘れようとした。

 理緒子とは対照的な深い緋色のドレス。飾りも一切拒否したので、胸元と裾に入ったドレープだけ。リボンもなし。髪はつけ毛を勧められたけどそれも断り、タイトにまとめて服と同じ色の花を飾った。紅に濃淡の斑が入ってて、すごくきれいな花。フェイオウっていう名前だと教えてもらった。

 理緒子が髪に挿したのは、小菊のような雰囲気の花だ。キッキーナっていう白い普通の花っぽいけど、実は国花。国の花だ。

 この花は生命力が強くて、土地に草が根付くとき一番初めに花をつけるんだそう。だから、この花は豊かな生活の先触れ。幸せをもたらす花と信じられているんだ。うん、乙女にぴったりだ。

 眼を見合わせ、二人で頷き合う。そしてスポットライトの当たる舞台から、アリーナを埋め尽くす観衆の元へあたしたちは降りていった。


 正直、パーティはめちゃくちゃだった。壇を下りた途端ものすごい人数に取り囲まれて揉みくちゃにされそうになり、あたしは必死で理緒子を庇おうとした。

 その時、巨大な青い影がふわりとあたしたちを包み込む。タクだ。

――さすが、英雄。勇者様だ。

 あたしと理緒子は、ほうっと大きな息をついた。そのうちどこからか銀色の甲冑を被った兵士たちが現われて、遅ればせに群集の整理をはじめる。

『リオコ、マキ。二人とも大丈夫か?』

『う、うん』

『ありがと、タク』

 タクの無骨な顔が、そっと微笑んだ。藍色にも見える短い髪をざっくり後ろへ撫でつけ、ピアスと対の細い金属の鎖を額にくるりと巻いている。今まで着ていた軍服やマントも房飾りのついた丈の長いものになっていたけど、全体的な雰囲気やその笑顔はいつもと同じで、あたしたちの緊張も少しだけ緩んだ。

 周りを見渡すと、少し離れたところにルイスやレスの姿もあった。やっぱり彼らも普段より数段グレードアップした衣装を纏って、きらきらして見える。

 服や髪を飾る豪華な宝石のせいだけじゃなく、たたずまいそのものが、きららかな光に満ちた高貴な存在だっていうことが漂ってくる。そんな美麗さ。

 声を掛けようにも、名前を呼ぶことすらためらわれた。しかも二人ともいろんな人に囲まれて、ひっきりなしに誰かと話している。

 ルイスがちらちらとこちらを見ていたけど、あたしはあえて視線を合わさなかった。彼の重荷にはなりたくない。ここは、彼らの居場所。あたしはただの――影、だから。

 入れ代わり立ち代わり現われる人に、戸惑いながらも笑顔を返しつづけている理緒子の左手を握り、あたしはコバンザメみたいにぴったりとくっついて立っていた。

 ときどきドレスの裾を踏まれたり、話しかけられたり、どんってぶつかられたり、靴で踏まれたりもした。だけどその場を動くわけにはいかなくて、慣れないヒールを履いた足をぐっと踏ん張る。

『なんか……暑いね』

 顔を上気させ、理緒子が息をつく。二人ともドレスは袖無しなんだけど、人いきれがすごい。

『飲み物、何かもらってこようか?』

『うん、お願い』

『俺が――』

 言い出す勇者殿を慌てて止める。

『だめ! タクがいなくなったら理緒子が潰されちゃう。あたし行ってくるよ。何がいい?』

『お水でいいよ』

『分かった』

 タクに目顔で頼むと告げ、あたしは思い切って雑踏に飛び込んだ。すぐに給仕の人を見つけたので声をかけて水をもらおうとして、言葉が通じないことに気がつく。また忘れてた。

――しまった、指環借りてくるんだった。

 理緒子の元に戻るには、距離が開きすぎていた。あたしはとりあえず給仕の持つお盆から、一番無難そうなグラスを二つもらった。よし、と来た道を振り返る。

「え……」

 ものすごい人の波。人、人、人。色彩と匂いと熱が渦を巻き、それに知らない音がうわんと鼓膜にぶち当たって、あたしは一瞬頭が真っ白になった。

 あたし、どうしてここにいるの? なんでいるの? なにしてるの?

――いやだ……いやだ。ここに、いたくない……!

 あたしの肩をぽんと叩き、顔の分からない男が話しかけてくる。

「xxx?」

 見知らぬ言葉。

 二つのグラスを両手に持ったまま、あたしは人をかき分け、押し退けるようにして一目散にドアを目指した。



理緒子は長めのAライン、真紀はマーメイドドレスです。

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