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7-2


 さり気なく理緒子の体調を治したルイスは、仕事があるらしく、また去っていった。彼がいなくなるや、ラクエルの口から深々と息が洩れる。

『さすがアクィナス。良いものを見させてもらいました』

 どうやら跡取りであるルイスは、地名と同じ名前で呼ばれるらしい。彼女はルイスとも知った風に話していたけど、魔法士はみんな知り合い同士なんだろうか。

『良いものって? 今の何だったの、ラクエル』

『失礼しました。今のはリオコ、の乱れていた気の流れを整えて、あるべき方向へ流したのです。胸がすっきりしたでしょう?』

 理緒子に〝さま〟付けを禁止されたラクエルは、そこだけ少し言いにくそうにそう告げた。

 理緒子が頷いて、そっと胸に手を当てる。

『うん……なんか不思議な感じだった。ぜんぜん苦しくなかったよ?』

『彼は稀代の魔法士です。彼の技を間近に見られて、とても光栄です』

 落ち着いたお姉さんに見えるラクエルが、やや興奮している。目がきらきらだ。同業者だから、感激もひとしおなのかもしれない。

『今のも〝魔法〟なんだ』

『ええ』

 思わず洩らしたあたしの独り言に、ラクエルが真面目に頷く。

『送心術も鏡電話も光を飛ばすのも、魔法なんだよね?』

『鏡デンワ……? ああ、マキは遠話鏡と魔法光を見たのですね。そうです、それらも魔法ですよ』

 鏡電話は〝遠話鏡(えんわきょう)〟、飛ぶ光は〝魔法光〟というのが正式名称のようだ。それにしても、どうやってるか分からないっていうこと以外、共通点がまったく見当たらない。

 あたしは、ルイスには聞きそびれた質問をラクエルに振ってみた。

『あのさ……そもそも、魔法ってなに?』

 一級魔法士だというラクエルが、やや考え込み、口を開く。

『この世は、われわれ人間や物質の根本を定める理律(りりつ)と天の定めた天律(てんりつ)とによって成り立っていると考えられています。

 理律とは、物を投げれば地面に引き寄せられるといった、われわれの概念でも理解かつ介入が可能な法則のことをいいます。対して天律は、われわれの関与することのできない、神秘の領域です』

 あたしたちの世界で言うと、理律が物理法則、天律が運命、といった感じだろうか。

『この理律の領域に居ながらにして天律の法則を引き寄せる力――これが、魔法です』

 おっと、いきなり飛躍した。

 文字通りぽかんとするあたしたちを置き去りに、ラクエルは『例えば』と、右手のひらを宙にかざしてみせる。その手のひらからほんのわずか離れたところに、瞬きほどの火花が散ったかと思うと、いきなり野球ボールくらいの炎が燃えあがった。

『わっ!』

『きゃ……ラクエル、火傷――』

『大丈夫です』

 ラクエルは微笑み、手のひらをくるりと返して炎を消した。再び開いた右手には、赤味ひとつない。

『今のは天律を通じて、空気中にある空気のもと――空素(くうそ)に発火を促し、火素(かそ)を強めて炎を創り出しました』

『つまり、本物の火?』

『そうです。空気にはもともといろいろな成分が含まれています。火・水・光……今は、われわれの息と同じく宙を漂っていますが、同時に〝燃えている状態〟というものもどこかに存在するわけです。

 そこで今は天律に働きかけて、〝燃えている状態〟を一部借り受けたのです。魔法光の原理もこれと一緒です』

 言われても見せられても、なんだかしっくりこない。分かったような分からないような顔をするあたしたちに、ラクエルは苦笑いを浮かべた。

『魔法の基礎概念は非常に込み入ったものです。その勉強だけでわれわれは数年をかけるのですから、すぐに理解できなくて当然ですよ。

 大雑把な感覚では、自然の法則をほんの少しだけ推し進めたり、形を変えることのできるもの、という捉えかたで充分です』

 分かりにくいけど、普通の現象をちょっとひねるってことなのかもしれない。

 送心術では言葉の代わりに意志を送ったり、遠話鏡では遠い距離を縮める、という非日常の法則を強引にやっちゃうのが魔法……なんだろうか。やっぱり難しい。

『指環は?』

『魔法話の指環はソロンの七大秘術のひとつで、その構造を解き明かしたものは未だかつて存在しません。送心術を発展させ、持ち主の魔法力を拡大して意志を声として認識させているといわれます』

 ここまできたら、ほーと感心するしかない。呪文なんてないっぽいのが余計すごい。

『先程のルイセリオどのの治癒も、人の生命力の素(そ)である〝気〟の流れに働きかけたもので、初歩といえば初歩なのですが、あんなに的確にすばやく行うことは稀です。わたしでしたら数分はかかってしまうでしょう』

『ルイス、すごいんだね』

 ぽつりと呟くと、理緒子が今さら?と言ってきた。

『だって、魔法士って数が少ないんでしょ? それの士団長なんて、すごいに決まってるんじゃない?』

『それだけではない。彼はマーレイン――精霊加護者だ』

『え??』

 タクの発言に、あたしと理緒子は同時に驚きの声をあげた。

 せいれいかごしゃ。

 聞き慣れない言葉だ。意味は分かるが――いや、さっぱり分からない。魔法の指環で変換された意志とやらは、辞典の役割までしてくれるわけではないから。

 顔を見合わせるあたしたちの無言の問いに、タクが教える。

『マーレインとは、もともと優れた魔法力をもって産まれた者をいう。本来魔法士は、素質あるものが修練してなるものだが、彼は産まれた瞬間に魔法士となることを定められた。それだけの力の持ち主ということだ』

――あの難しそうな魔法を、習わずに軽々と使えたってこと?

 あたしの想いを読んだように、ラクエルが頷いた。

『マーレインは、百人から千人に一人と言われます。ですが、決して少なくはありません。先程のレスラーンどのや……アルマン王子もそうです』

『あの昔のソロンさんっていう人も、そのマーレイン、だったの?』

『ええ』

 ルイスはソロンさんの子孫の一人。血を継いでいてもおかしくはない。それに、ご先祖様も魔法士だったといっていた。きっと家系なんだろう。

――だけど……じゃあ、アクィナスは? 跡は継がないの?

 それだけ優秀な人材を、きっと天都は手放さないだろう。

 ひょっとしたらルイスのお父さんの頑なな態度は、彼をアクィナスの地からわざと引き離そうとする親心だったりするのかも知れない。

――なんで、ルイスばっかりなんだろう……。

 異質な色というだけでなく、彼の複雑な立場を思うといたたまれなくなる。

 アクィナスでみた屈託のない彼と、王城で魔法士として働く彼の顔がうまく重ならなくて、あたしは混乱したまま立ち尽くした。

 そんなあたしの変化に理緒子が気づいて、

『真紀ちゃん、だいじょうぶ?』

 腕を引っぱり、覗き込む。

 あたしはおぼつかなく頷いて、お風呂浴びてくる、とその場を離れた。

 ここにシグバルトでもいれば、少しはこのもやもやを解決できたかもしれない。だけど、彼の魔法士としての外面しか知らない人たちからの情報なんて聞きたくなくて、あたしは一人になるために自分の個室に入った。

 部屋付きの侍女が、湧かしたお湯を盥に汲み入れている。手早い。石鹸が置いてある。

――そういえば、理緒子はずっと石鹸を使ってるって言ってたな。

 あたし葉っぱだったけど?と言うと、理緒子は驚いていた。

 タクが教えてくれたところによると、

『それはイカカスの葉だろう。聖人が身を清めるときに用いる、特別なものだ。聞いたことはあるが、俺も本物を見たことはない。さすがアクィナス、気の配り方が違うな』

ということ。全然知らなかった。

 この葉っぱなに?って聞いたら、『イカカスの葉です』とアルノに言われて、そのまま鵜呑みにしてしまっていた。

 馬鹿なあたし。なんだかんだ言って、ルイスも〝乙女〟に気を遣ってくれてたんだ。

――彼はこんなにしてくれたのに、あたし何やってるんだろう。

 ヘクターさんに啖呵切って、お父さんに怒鳴って、王様に楯突いて、彼を困らせてばっかりだ。本当、あたし彼の寿命を縮めてる。

 盥に張ったお湯がすっかり冷めてしまうくらい、あたしはしばらく一人でうじうじと考え込んだ。

 それでも何ひとつ結論は出なくて、冷えきった重い体を持ち上げると、お風呂を切りあげた。



葉っぱ石鹸のネタ、こんなところで回収~。

実は、ルイスはいろいろと有名人です。

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