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6-3


『えへ。タク、ラクエル。わたしの言葉、分かる?』

 そう話しかけたら、二人はちょっとびっくりした顔をして笑ってくれた。

『ええ、分かりますとも』

 なぜかやや涙目で、ラクエルが頷く。タクも頷いて、すごく優しい声で言ってくれた。

『これでやっと、きちんとリオコと会話ができるな。大丈夫か?』

 やだなあ、タク。魔法で会話する最初から大丈夫かなんて、本当どれだけ心配性なんだろう。

 会場には、列を崩して去っていく人やまだ残っている人たちのいろんな話し声が、魔法の指環でも聞き取れないぐらい渦巻いていたけど、わたしはできるだけそこから意識を切り離すようにした。わたしたちに向けられる視線や声なんかより、もっと重要なことがあったから。

 胸に押さえ込んでいた想いを落ち着かせるように、息をひとつ吐いて、二人に頭を下げる。

『えっと、二人ともこれまで本当にいろいろとありがとう。これからも、よろしくお願いします』

 真紀のようにうまくはいかない。ちょっと声が震えてしまった。

 それでもタクとラクエルは、やっぱり少し驚いて、これまで以上のあったかい笑顔をくれた。

『もちろん、お傍におります』

『ああ、これからもずっと俺たちがリオコを守る』

『……ありがとう』

 わたしが二人と和やかな会話をしている横で、真紀がやってきた金髪の人の前で、ものすごく罰が悪そうな顔になっていた。左手を繋いだままだから、まだ魔法で会話可能なんだ。

『ごめん、ルイス。指環、勝手にまた貸ししちゃった……』

『……』

『怒ってる……よね、やっぱり?』

 あれれ? さっきの勢いが嘘みたいに、真紀がしょげかえってる。

 ええと、塩を振りかけたなめくじ――はあんまりだから、ほうれん草ってくらいで。

 ラクエルとは色違いの服を着た金髪の男の人は、外国の俳優に負けないくらいきれいな顔立ちで、だから余計に無言なのが恐い雰囲気だ。大きく溜息をついて、真紀の髪の毛を片手でぐしゃぐしゃっとかき回す。

『指環はいい。問題は――』

『う。でででも、必要なことしか喋んなかったよ?』

『挨拶だけにしろ、と言ったはずだけど?』

 あ、この人、真紀が暴走するのを予想してたんだ。それで眉間に皺かあ。納得だ。

『挨拶する暇もないくらい王様感じ悪くて……』

『当たり前だ。王が臣下の前でにこにこしているとでも思うのか』

『違うの?』

 真紀がきょとんとした顔で、ルイスって人を見てる。きっと大企業の社長さんとか想像してたんだろうなあ。わたしもアルマン王子の時、そうだったから。

 だけど、やっぱ身分制の上に立つ人と〝お客様は神様です〟って世界の人は全然違うんだよね。コインの裏と表くらいに。

『王が臣下に媚びる理由がないだろう?』

『にこにこしてないと部下に嫌われない?』

『好きでも嫌いでも、王は王だ。にこにこ笑う王など、気味が悪くて私は仕える気になどならないぞ?』

『――本当に面白いことを考える娘ですね』

 艶のある猫みたいな声がして、髪の長い男の人がその場に現われた。さっき列の一番前にいた人だ。

 ぱっと見分かりにくいけど、濃い墨のように鈍い光を放つ色の髪が印象的。ところどころ白いメッシュが入って、余計きらきらしている。

 着ているのは僧服のようにも見える丈の長い上着とズボン。同じ格好をしていた人たちより、首から金色の布とか数珠みたいなものをいろいろ提げていて豪華だ。

 その人を見た瞬間、真紀が二十メートルくらいダッシュで退った。

「ででででたああぁっ!」

 まるで幽霊みたいなことを言っている。みんなには分からないけど、雰囲気は伝わったらしく、長髪の人が不機嫌そうな顔をした。

『何ですか、その反応は。私をなんだと思っているのです?』

 戻ってきた真紀が、わたしの左手を取る。どうやら言葉の後半は聞けたらしくて、

『首切り役人?』

と即答した。

 ぶはっと向こうで青い服の茶髪の人が笑い転げている。ルイスもタクもラクエルも苦笑い。だけど、当の二人は大真面目だ。

『なんですか、その言い草は』

『え、だって失礼な人の首、刎ねちゃうんでしょ?』

 その人はかすかに舌打ちをして、ルイスを横目で睨んだ。恐い笑顔を真紀に向ける。

『そうですよ。首を刎ねる相手と知って、その態度ですか?』

『だって首は一個しかないし、今さら取り繕っても無駄かなぁって。だったら言いたいこと言っておこうかと』

『ほう……』

 つめたーい視線。こういうのを氷の眼差しって言うのかな。

『せっかく出発までの時を快適に過ごして頂こうと最上のお部屋をご用意したのですが、どうやら必要なかったようですね』

『え? なんでヘクターさんが部屋を準備してくれるの?』

 真紀が真剣な顔で首を傾げる。

『ヘクターさんは大神官で、クガイっていう身分でカヌシェのえらい血筋の人なんだよね? なんでうちらのために働くの?』

――真紀ちゃん、そこまで分かってるなら敬語使おうよ。

 思わず、心の中で突っ込みを入れてしまう。うちら、なんて関西のノリっぽいし。

『異界の乙女は伝説の存在。神殿では〝神聖な〟使いとされ、私ども神官がお世話をする決まりとなっているのです』

『ふーん。そっか、それでルイスがヘクターさんに報告してたんだ。お世話になりまぁす』

 素直にぺこりと一礼。

『あなたは乙女ではないということでしたから、どうしましょうかね?』

『まあまあ、でもほら、一応異界の人間だし?』

『初対面で首切り役人呼ばわりされたわけでもありますし……』

『いや、初対面ではないよ? 一応鏡電話で――』

『ああ、怒鳴られましたよねえ。迷惑、とか言われましたし』

 ヘクターさん、遠い目。ってゆうか、真紀なにしたの?

 笑いを抑えた声で、茶髪の人が訊く。

『大神官ヘクトヴィーンを怒鳴ったのか?』

『いや、だって偽者とか言うしっ』

『異界の扉の調査もできていないと叱られましたよ……。私のプライドはもうずたずたです。せっかく夢にまで観た異界の乙女に会えると思って、楽しみにしておりましたのに』

『いやだから、あたし乙女じゃないし? だいたいヘクターさんって、乙女信じてたの?』

『信じないと口では言っても、心の底では熱い想いがたぎっていたのです』

『あー嘘っぽい』

『本当に口の悪い子ですね』

 お仕置きしますよ、とヘクターさんにんまり。どわあああと真紀が慌てふためく。

 うん、これは完全にあれだ。コントだ。でも真紀は顔を真っ赤にして、少し涙目。あれ、まじ?

 二人の間を遮るように、ルイスの片腕がすっと入った。

『それくらいでいいだろう、ヘクトヴィーン。年下の娘に意趣返しなど大人気ない』

『少しからかい方が過ぎただけですよ。あなたも彼女には甘いのですね、ルイセリオ』

『……ヘクターさん、ほんとに怒ってない?』

 ルイスの腕越しに、心細げに真紀が見ている。大神官はようやく、それらしい笑みを浮かべた。

『会うのが楽しみだと言ったでしょう? 確かに少しは驚きましたが、ね』

『よ……よかったあぁ』

『あなたは強気なのか弱気なのか、よく分からない子ですね。王の前で指環を外したときは、私でさえひやりとしたのに』

 わたしもどきどきだったよ。

『だって……どうしても話、聞かれたくなかったし』

 異界の乙女がじゃんけんで決まりました、というのは絶対に二人の秘密。二人とも、異界の乙女になんかなりたくなかったってことも。

『ルイセリオ、もう少しこのお嬢さんにこの世界の常識を教えて差し上げるべきでは?』

『予想はしていたよ』

 あっさりと金髪の男が言う。

『彼女が父に〝ありのままで王に会いに行く〟と宣言した時から、想像はしていた』

 ちょっと待った、真紀。ルイスのお父さんにも何かしたの?

『おや、アクィナス領主にも歯向かいましたか』

『あの頑固親父がよく許したものだ』

 ヘクターさんと茶髪さんがしみじみしてる。真紀、すごすぎじゃ??

『だってお父さん、ルイスにすごく失礼なことを言ったし……』

 真紀がぼそぼそ言い訳する。わたしは、あっと思った。

 いたいた、こーゆー子。妙に正義感強くて、いじめっ子には容赦なくいじめ返す子。だけど、ガキ大将ってわけじゃない。

 わたしも幼稚園のとき、おっきな女の子にいつも守ってもらってた。ちょっと真紀に似てる?

『まったく君は、他人のことだと強気になるくせに、自分のことはなぜきちんとできない?』

 ルイスの口調は、子供を叱る親のような――妹を叱る兄のような暖かいもので。

『ごめんなさい』

『最悪の事態にならなくてよかった。いつ王の逆鱗に触れてもおかしくはなかったのだぞ?』

『……はい』

『反省するなら、もっと自分を……いや、私のほうを気遣ってくれ。このままでは私の心臓が鋼でも、いくつあっても保たない。本当に君は驚くことばかりする』

 それはものすごくひねくれた、心配している、という表現。

 だけど、言葉よりも雄弁に動作が物語っていて。ルイスは親鳥が小鳥を胸に抱くみたいに、伸ばした片腕で真紀の頭を引き寄せた。

『目が離せないな……まったく』

 どこまでも優しい囁きは、顔を真っ赤にして彼の胸にいる真紀には、たぶん伝わっていない。指環から手を離してしまったから。

 だけど言葉はなくても、二人の間にはそれ以上の繋がりがあるような気がして――わたしは少しだけ、うらやましくなった。



これで「出逢い編」おしまいです。

次回幕間を挟んで、「天都編」に参ります~。

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