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アクィナスのお屋敷で余計な時間を取ってしまい、結局あたしたちは予定より一つ手前の都市ヴィゼで宿をとった。
そこからシグバルトがコマを恐ろしいまでの手綱さばきで操って、でんぐりがえった胃の中身が鎮まってしまうほどの猛スピードで突っ走った馬車はヴィーゴ、ファリマと抜けて、夕方日没と共に天都キヨウの王城に到着した。
王様との約束は、二十四時間時計で十八時。ぎりぎりセーフ、なんて思っていたら、お城の門から茶髪の男の人が走り出てきた。
『レス』
『なにをしていた、ルイス。もうイェド側は着いているぞ。王はお待ちだ。急げ!』
おっとヤバイ。
あたしは女子高生スタイル、ルイスはいつものシャツの上から魔法士の正装らしき白地金糸の縦襟の上着を着て、金の飾りのついたマントをふわりと羽織る。
――か、かっこいぃ!
なんて見惚れてる暇はない。はぐれないようにルイスに手を握られ、あたしたちは豪華な緋毛氈を敷いた王城の入口を猛ダッシュした。
走りながら、ルイスと色違いの青の上着を着た茶髪の彼が手を差し出す。
『初めまして。私はレスラーン。ルイスの同僚だ』
『マキです。よろしく』
『走りながら喋ると、舌を噛むぞ』
左斜め前からルイスの声が飛ぶ。舌噛んでおとなしくしていればいいと思ってるくせに。
『噛んでも、もう一枚あるからいいもん』
右側のレスラーンがぎょっとした顔をする。
『冗談です』
『君の冗談は心臓に悪い』
『ルイス、鋼(はがね)の心臓って呼ばれてない?』
『しばらく黙る気はないのか』
『気、でいいんなら』
『黙っていてくれ』
そんなやり取りをしながらも、あたしたちのダッシュは止まることがない。しておいてよかった、体育会系部活動(コーラス部だけど)。
頭を塔みたいにした人や、びらびらの服を着た男か女かわからない人たちがびっくりしている顔やら、絶対に目にしたことのない破格級のお城の内装なんて見ている余裕なんて当然なく――あたしたちは息を切らして、王様の待ち受ける部屋に飛び込んだ。
左手には三段ほどの高座があって、金ぴかの椅子に座る髭のおじさま――おそらく王様。右手にはよく分からない奇妙な化粧をしたおじさんたちに僧服っぽい長髪の集団などが、五、六列ぎっちりと並んでいる。
あたしのいる側と反対のドアから、その子がやってきた。
背が低い。守るように前に立つ大きな男の人のせいで、余計に華奢に見える。彼女の手を握って、若草色の魔法士の服装をした女の人が後ろをついてきた。通訳しているのかもしれない。
そんなことを思いながら、あたしはどきどきが高まっていくのを感じた。
少し顔色が悪そうだな。長距離だというから、移動大変だったのかな。顔が見たい。声が聞いてみたい。
――なんだか初恋の人に会うみたいだ……!
きっと感動の対面って、こんな瞬間のことをいうんだろう。
あたしは高鳴る胸を押さえながら、隣に立つルイスを見た。ルイスはレスたちと眼で会話して、あたしの背中をそっと押す。
『好きに話をしていいそうだ。行っておいで』
『う、うん』
おぼつかなく頷き、あたしは一歩前に出た。その子が、隠れるようにしていた男の人の背中から半身を見せる。
紺地、白いラインとリボンのセーラー服。
間違いない、同じ日本の女子高生だ。
あたしはものすごく勇気をもらったような気がして、ゆっくりと右手を差し出した。
『こんにちは、初めまして。あたし、朝野真紀です。よろしく!』
これが、あたしと彼女の出逢い。
運命があるなら、その大切なピースがひとつ埋まった瞬間だった。
今回ちょっと短めでした。
次回は理緒子のターン。異界の乙女が決まります。