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5-2


 なんだかんだばたばたしたけど、あたしとルイスは午前中のうちには彼の家を後にした。馬車の小窓から、見送りをしてくれるアルノとミルテと料理人のカガロフさんに手を振る。

『いってきまーすっ』

『お気をつけて!』

 道中食べれるようにと、パニでサンドウィッチも作ってもらっちゃった。本当、いい人たちだよ。なにかお土産持って帰ってきたほうがいいかな、なんて考えるあたしは、完全にここの家の人間の気分だ。

――もうひとりの子が本当の異界の乙女だったら、あたしはいらないもんね。のんびり天都見物でもして帰ろうかなあ。

 そんな呑気なことまで考えていたりする。だけど、口には出せない。今ルイスは軽々しく冗談が言えそうにないほど、超絶に機嫌が悪いのだ。

 あたしがお見舞いしたショルダーバッグ攻撃のせいではない。実は出発直前、鏡電話でルイスのお父さんから直々に実家に寄るように言われたのだ。

 しかも彼はあたしのことを知っているようで、どうせ天都に行くのなら立ち寄れと強引に決定されたらしい。

 仕方ないよね。最初の乙女の警護をした人の子孫で、異界の乙女伝説を強烈に信じてるんだもん。本物来たら、そりゃ会わせろって言うよ。

 ルイスは、ヘクターさんから口止めされているらしく、もうひとり異界の乙女がいることを言い出せずに承知してしまったみたい。

『ごめん、マキ』

 今までにないほど深刻な顔で謝ってくれたけど、ううんって言うくらいしか他に励ましも思いつかなかった。それくらい、ルイスはマジで親御さんが嫌いみたい。

――嫌いっていうか……どうしたらいいのか分かんないんだろうな。

 なんとなく思う。うちの兄も両親、特に男親との距離感が微妙だ。今は大学に行って家を出ているからいいものの、高校時代は顔合わせるだけでも家中の空気がぴんとするくらい、妙な緊張があった。オスが二匹居るんだなって感じ。

 言い方は悪いけど、成熟した男の人って縄張りができると思うんだ。そこに他の男(ひと)が入るのを本能的に嫌う。家族だし理性があるし、人間はそのへんの境界が曖昧だけど、大人になるってそういうことから避けて通れない。少なからず女もそうだ。だから、親と衝突する。

 好きとか嫌いとか相性とかではなくて、根源的な問題だとあたしは思ってる。巣立つための準備だ。最近はパラサイトとか多いらしいけど――微妙に自分もそうなりそうな気がするけど。

 ルイスのところは事情が複雑で、こんがらがって余計に大変そうに見えるけど、根本的に自立した子供と親って、そんなにべたべたしなくてもいいと思うんだ。うるわしい家族愛もいいけど、つかず離れずの距離感で居られればいい。お互いが悪者にならない程度に。

――田舎だと、近所の目とかしきたりとかあって面倒そうだけど。

 ルイスの家は領主という身分だから、その辺りが半端なさそうだ。今は天都で勤めてるけど、そのうちきっとアクィナスに呼び戻されて、跡を継いで親の決めた人と結婚して、しかも結婚式には近所中を呼ばないといけないような事態で。

――うわあああ、大変そう。

 他人事ながら暗くなる。これで相手に男の子が産まれなかったら離縁しろとか、産まれたら産まれたでいろんなところから挨拶がきて御礼を返して、なんてどうでもいいあたしの妄想は止め処がなくなる。嫁姑問題だって、勃発確実だよ。

――頑張れ、ルイス!

 心の中で応援する。どうやらそれが顔に出たらしく、ルイスが胡乱な眼をあたしに向けた。

『なんだ?』

『……いえべつに』

『どうせ、ろくでもないことを考えていたんだろう』

――その通りですが、ナニカ?

 むっとした顔をすると、ルイスは、ふっと笑って横を向いた。

『まったく君は……退屈をしない人だな』

『どうせあたしは異界の人間ですから? ルイス基準では変な人間でしょうけど?』

『……』

 なんだその、ここだけか?みたいな眼差しは。

『あたしは向こうではごくごく一般的な人間です。すごく普通です』

『ふーん』

『信じないの?』

『……』

 あ、また無口に戻った。

 せっかく会話の糸口ができそうだったのにと、あたしは少しがっかりする。

 だって道中二人きり(御者のシグバルトを忘れてるけど)、楽しく会話しながら行きたいじゃんよ?

 まだじっとあたしを見てるルイス。席が向かい合わせだから、どうしても視線が合いがちなんだよね。でも、見つめ返しても何にも反応がないから、仕方なく彼の視線を追って――。

『……何をしているんだ、君は』

『ん。どこ見てるのかなーと思って』

 なぜだか首をぐるんと傾げたまま、あたしは答えた。

『私は異界基準がいまだに理解できないんだが?』

『あたしを見てればおのずと明らかに?』

『……』

 ほらほらそこで黙らない、ルイス。会話はキャッチボールだよ?返していこうよ!

『るいす?』

『……いや。いつまでそうしているのかと思って』

『そろそろ首が痛くなってきたような』

『その前に頭に血が昇らないか?』

 あたしは頭を戻して、ぶるんと振った。髪の毛がもつれたので、手ぐしで直す。空気が乾燥してるから、ぱさつき加減なのが哀しい。

『マキは髪が短いな。それも普通か?』

『校則で肩についたら結ぶか切れって決まってて、長い人と短い人半々くらいかな』

 地元の中学は長髪禁止だから、高1から伸ばしはじめる子がほとんど。頭髪検査のある学校って、イマドキ珍しいんじゃないかな。

『伸ばさないのか?』

『似合わないもん、長いの』

 しかも真っ黒すぎて量も多くて、伸ばしたら手入れが大変だ。月イチのカットでなんとかごまかしてる髪だっていうのに。卒業してカラーとか自由にできたら違うんだろうけどさ。

 あたしの中では、ひそかに大学デビューを狙っている。ここから無事に帰れたらの話だけど。

『せっかくきれいな黒髪なのに』

『あたしは好きじゃないもん』

 そう言うあたしに、ルイスの青い目が本気で驚いていた。

 そうだった。このマフォーランドでは黒髪黒目が普通基準で、ルイスが規格外なんだった。ずっと見てるから忘れてた。

『言ったじゃない。向こうじゃ、みんなほとんど茶色く染めてるよ。重いもん、黒髪って。暗いし』

『暑そうだな、とは思う』

 黒が熱を吸収する色なのは、異界でも同じらしい。

『なんで元の色を染めるんだ? そのままのほうが美しいのに』

『だって格好良く見られたいじゃない』

 そういえば、金髪碧眼が変わっていると言っていたルイスは、染めたりする気はなかったのかな。ものすごく似合ってるから、染める必要はないと思うけど。

『外見を偽るのはただの虚栄だ。良いことではない』

『でも、好きな人にステキだなって思われたいとか、理想の外見に近づけてもっと自分を好きになりたいっていうのは自然なことじゃないの? それでも虚栄?』

 偽りって言われたら返す言葉ないけど、外見を変えることで気持ちが変わることがあるのも事実だ。たかが外見、されど外見。人は見た目が九割だよ。

『ルイスの言うことも分かるよ。だけど、大体の人が見た目で判断するんだよ。それを気にしないほうが不自然だと思う。気にしてコンプレックスもって……だから、ちょっとでも磨こうと思って努力するんだよ。気にしない人がいたら、それはただのナルシストだよ』

 喋りながら、あたしは思った。ルイスが言ったことって、実は彼が過去に人に言われたことなのかもしれないって。おそらく周りとか――家族とか。

『あたし、金髪にしてみよっかなぁ』

 お酢で脱色できると聞いたことがある。このくらいの短さなら頑張ればなんとかいけるかもしれないと、髪を引っぱりながら思う。

 せっかく真面目に考えたのに、ルイスが鼻先で笑った。

『なんで笑うの? 黒髪でも、色抜いたら金髪になるんだよ? お酢をさ、髪につけて放置するの。ちょっと長めに一晩とか。そうしたら翌朝キンキラキンに――』

『ならなくていい』

『なんで? 目立っていいじゃん。それでさ、ルイスと二人で王様に会いに行くの。絶対ウケると思わない?』

『その前に、ふざけるなって止められそうだけど』

『んー。でも、ヘクターさんが青筋立てて怒る顔が見れたら、それもいいかも』

『本当に処刑されるぞ?』

『金髪の二人が晒し首だったら、それこそ末代までの伝説だねえ』

 いやいやそれもすごいかも、なんてあたしが呟くと、ぷはっと噴き出す声――御者をしてるシグバルトだ。

 盗み聞きかよ、と思ったけど、そのタイミングの良さに、あたしもルイスもつられて笑ってしまった。

『君が異界の普通だったら、もうひとりの渡り人も同じ感じなのかな?』

 ちょっと考える。ものすごい美少女とかだったら、どうしよう。

 あたしの沈黙をどう読み取ったのか、ルイスの頬に、意地悪そうないつもの笑いが浮かぶ。

『ふーん』

『いやいや、そこで納得しないでください。あたしは普通、ですからっ』

『楽しみにしておこう、二人目に』

 おっと、ルイスに余計な楽しみを与えてしまったあたしって、墓穴?

 馬車内の空気を変えることに必死で、あたしはどんどん自分の墓穴を深めていることに気付かなく――いや、気付いたときにはすでに遅くて。

 アクィナスのお屋敷に着く頃には、ルイスの中であたしは決定的に変な女の子、という烙印が押されてしまっていた。



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