第5章 出逢い――マキの旅
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あたしたちは、意地悪神官ヘクターさんからもうひとりの渡り人の情報をもらった翌日、天都へ向けて旅に出ることになった。
なぜ翌日かというと、向こうの子がいる乾都イェドというのはかなり僻地(へきち)らしく、天都まで馬車で丸二日はかかるんだそう。だから、早く行って待っているのもなんだから(絶対ヘクターさんと顔を合わせるのが嫌なんだと思う)、時差をもたせての出発となったのだ。
移動手段は馬車だ。牽くのは、コマという頭に瘤のあるおとなしいすだれ髪のお馬さん。サラブレッドではなく道産子系だ。ガワガワいう鳴き声も愛嬌があってかわいい。
ルイスは天都にも宿舎があって、単身赴任してるみたいだからあまり荷物はないけど、問題はあたしの荷物。気がつくと、馬車が一台余分にいるくらいの大荷物が出来上がっていた。
――ちょっと待った。あたしはショルダーバッグひとつで来たはずだけど?
ものすごく疑問を感じたけど、アルノとミルテとシグバルトはまだ詰め込もうとしている。正確には、前者二名だけど。
『なにがこんなにいるの?』
『さあ』
ルイスは興味なし。朝だから機嫌が悪いったら。
ただ、無事洗濯を終えたあたしの下着をアルノから手渡された時は、さすがにちょっと目が覚めたみたい。
『マキ、これはなんだ?』
『ちょ……ルイスっ! 広げないでよっ!』
猛ダッシュで駆け寄り、あたしは彼の手からブラとショーツを奪った。
一度洗濯したけど、下着だけ止め方が甘くて飛んじゃって、砂まみれになったから洗い直したんだよね。それで干したままころっと忘れてて――。
『なんでルイスが持ってんのよっ!』
『アルノが君に返すと言うから持って来たんだ。朝から大声出さないでくれ。頭に響く』
『出したくもなりますっ。ルイスのスケベ!』
『すけべ……?』
おっと、さすが魔法の指環。悪口もしっかり変換しましたか。
『なぜこれを持ってきたくらいで、君にスケベ呼ばわりされなきゃならないんだ?』
『これって……もお、人の下着に触らないでってば!』
ルイスが身長にかこつけて、あたしの苺さんブラを頭上高く持ち上げる。
『下着? これが??』
『そうっ。だから返してってばっ!』
あたしは真っ赤になって、彼の周りをぴょんぴょん跳び回った。
ちくしょー、コイツこんなに性格悪かったか? ああ、最初の日は頑張って敬語使ってたのに、それも夢のようだよ。
『どう使うんだ。こうか?』
縦にしたり横にしたり裏返したり、ルイスは完全にブラジャーで遊んでいた。
――ぜっったいコイツ、わかっててやってる!!
『あ、こうか』
『頭に乗せるなーっ!』
金髪の上で見事な山を二つ作ったワイヤー入りブラをむしりとる。
『信じらんない、ルイス。スケベっ』
『こんなものを着るほうがどうかと思うけど?』
『普通です。ノーマルです。ごくごく一般的な格好です』
『一般的ねえ……』
『だ・か・ら! 広げないでってば!』
苺さんショーツを再奪取。まったく、油断も隙もありゃしない。
『そんなに見られるのが嫌なら、アルノに言っておけばいいのに』
『言いました! ちゃんと下着って』
この世界の下着とはかなり違うと思うけどさ。
『だからじゃないのか? 彼女は普通に下に着る服だと思っていたみたいだぞ?』
君のところの服は変わってるからな、と事もなげに言うルイス。
――そっか、ただの説明不足…………なわけないだろーがっ!
『……ルイス、分かってて言ってるよね?』
『いや?』
いーえ、目が笑ってるから。嘘ついてますって、目が言ってるから!
『そんなに下着って言うなら、マキ着てみせてよ』
『あ、そうだね……って、着ると思う、ここでこの場でこの状況で???』
『異界の文化への純粋な好奇心なんだけど』
『純粋なスケベゴコロの間違いじゃなくて?』
『うーん。否定はしないけど、それが下着って言われても実感が湧かないな』
まあ、水着にも似たような形はありますが。
『だから、着てみて?』
だから、それは違うだろーというのに。
あたしは乱暴に、異界から持参のショルダーバッグの奥底へブラとショーツを突っ込んだ。
『あーあ、隠されちゃった』
『……すけべ、えっち、変態』
『興味があるだけなのに、そういう呼ばれ方は気に入らないな。それに私はどちらかというと、下着よりもその下に興味があるほうだし。ね?』
さらりと言ったよ。さらりとものすごくオヤジなことを言ったよ、この人。
あたしはショルダーバッグのチャックをきっちりと締めると、ルイスの胴体目がけて思いきり振り回した。
…らぶらぶな展開を期待していた方、こんな話でごめんなさい…。