4-3
リオコのレイアウトを変えるのをしばらく忘れてました…すみません。
3
太陽が地平線を真っ赤に染めて沈んでいく前に、馬車の一行は止まり、夜を過ごす支度を始めた。
もともとが大人数だから、キャンプともなるとすごく大掛かりだ。コマを外した馬車でぐるりと周りを囲って、内側にテント、その中央で火を起こす。役割は兵士の中できっちり決まっているみたいで、タクが指示を出さなくてもみんなてきぱき動いた。
――すごいなぁ。
役に立たないわたしは、ラクエルたちと片隅で眼を丸くしてそれを眺めていた。本当はコマを外して別の場所に連れて行くくらい手伝いたかったんだけど、手綱を解こうとした途端、タクの部下のハーゲンさんという人がすごい勢いで止めに来た。
その迫力と何度も謝られるので、わたしが何か失敗したのかと思ったけど、そうではなくて、
『あなたに仕事をさせたのでは、彼が将軍に怒られてしまうんです。あなたは何もしないで、ここに居てください』
そう、ラクエルが言った。でも、わたしもタクのお手伝いがしたかったのにな。
『では、笑顔で〝ダンカス アレス〟と言ってあげて下さい。彼らも喜びます』
ダンカス アレス――ありがとう、お疲れさま。そんなくらいの意味。
試しにハーゲンさんに言ってみると、照れ臭そうだけどすごく喜んでくれた。うん、単語ひとつ覚えたぞ。
そうこうしているうちに日がとっぷりと沈んで、昼間はあんなに暑く感じたのに、急激に気温が冷え込んでくる。代わりに、熾した焚き火がさらに明るく力強く光を放った。石組みをして作った簡単な竈(かまど)に掛けた鍋から、美味しそうな匂いが漂ってきている。
仕事が一段楽した頃、白い豪奢な馬車からアルマン王子が姿を現わした。王子様の登場にみんな一斉に仕事の手を止め、頭を下げる。
「オニ イェト ラボリ アレス……」
勿体をつけて喋っている内容を、ラクエルが翻訳してくれる。
『皆、よく異界の乙女を守り、本日無事に旅を終えたことを御苦労に思う。今宵はゆっくり休み、旅の疲れを癒してくれ。天都キヨウまではあと一日余り。明日からの旅も光の神アーミテュースの加護のあらんことを。マフォーランド王国に栄えあれ!』
「……フェリシカ マフォーラス!」
という男の人たちの合唱で、アルマン王子の演説は終わった。わたしと年の違わない王子は、鷹揚に頷くと、さっさと馬車に戻ってしまった。
――みんなと一緒に食事しないのかな?
不思議に思っていると、ラクエルが尋ねてきた。
『リオコさま、お食事はどうなさいますか? 馬車に持ってこさせましょうか?』
馬車はキャンプ地を囲むように置いてあるけど、わたしとアルマン王子の馬車は一番内側の兵士のテントの間に置かれていた。
なるほど、立場のある人はテントではなくて馬車で寝泊りするものなのかも。確かにそのほうが安全そうだ。
だけど他の人はこっちにいるし火の近くのほうがあったかいから、みんなと一緒に食事をとることにした。
男の人だらけだからか、シエナが少し厭そうな顔をする。わたしも知らない男の人は苦手だけど、なんたってタクの部下だし大勢のほうが好きだから、火の周りに用意された木の椅子に進んで腰を掛けた。
食事はお椀に盛ったスープ。野菜とかお芋みたいな具がいろいろ入って、味噌風味? 本当の味噌じゃないと思うけど、すごく良く似てる。
それに、コメイっていう御飯みたいなものを丸く握ったものが、葉っぱのお皿に乗ってやってきた。
食べてびっくり。見た目はお米っぽいのに、粒粒ほくほくしたお芋のような食感。ほのかに甘くて、振ってある塩と絶妙に合う。
『美味しいですか?』
本当に美味しくて、頭をぶんぶん縦に振る。ラクエルがくすりと笑って、髪の先についたコメイの欠片をとってくれた。これはちょっとさすがに恥ずかしい。
『お代わりがいるなら早く言わないと、すぐに彼らに食べ尽くされますよ?』
まさかあの大鍋が、と思ったけど、わたしが半分も食べないうちにもう食べ終えた兵士の人がどんどんお代わりして、あっという間にお味噌汁風スープはなくなっていた。
それはタクが呆れるほどの早さだったらしく、叱られた若い兵士がこちらを見て気まずげに頭をかく。まだ全然減っていないお椀を抱えたわたしとシエナは、顔を見合わせて笑ってしまった。
言葉は通じなくても、そんなふうに夕餉の時は楽しく過ぎていって――さすがにお風呂は入れないけど、水で濡らしたタオルで顔と手足を拭い、寝袋代わりのもこもこの服みたいなのを着て、わたしたちは馬車で眠ることにした。
馬車の中は狭いだろうと思ったら、レバーを引くと椅子が動いて背凭れが倒れ、四畳くらいの広さになった。さすがに天井は低いけど、女の子三人で寝転がるには充分。毛布も敷いてばっちりだ。
馬車ベッドに横になると、細く開けている窓から空が見えた。ちらちらと星空を、焚き火の淡い明かりが照らしている。声はほとんど聞こえないけど、兵士の人が交替で見張り番をしてくれているようだ。
――タクはちゃんと寝てるかな。
ほんの少し欠けたお月さまが、ひとつ、ふたつ、みっつ。今日はすごく離れ離れになってるみたい。
『眠れそうですか、リオコさま?』
まだ起きているわたしを気にして、ラクエルが声をかけてきた。わたしは空の月を指差して、
「あれがお月さま?」
と聞いてみた。色も数も今までと違うんだもの。
言葉は分からないはずなのに、ラクエルは頷いて教えてくれた。
『あれはツキミカミです』
「つきみかみ?」
驚いた。音がすごく良く似てる。月ミカミ。月の神?
『ツキミカミは、光の神アーミテュースと闇の女神スザナとの間に産まれた、運命の三姉妹です。
白くて大きいものが一の月ツゥークで、現在を司る神。青いものが二の月イミ。過去を司ります。そして、赤いものが三の月ミィカ。未来を司るといわれます』
ツゥーク、イミ、ミィカ。それでツキミカミ。
語呂合わせみたいな感じかな。でも神秘的。
『ツゥークは他の月よりも早く現われ、早く姿を消します。つまり〝今〟はすぐに過ぎ去ってしまうということ。イミは青白くて哀しげで……一番ゆっくりと現われて一番遅くに消えます。過去は後から出来てゆくものだから。
そしてミィカは、幻月と呼ばれるほど不規則に現われます。この月だけ、淡く靄がかかっているでしょう? 実際はガス雲があるなどと言われていますが、未来は常にはっきりとは見えないもの。だから、ずっとぼんやりとしたままなのだと信じられているのですよ』
決してはっきりとは視えない未来。それでもみんな願いをこめて、この朧(おぼろ)な赤い月に祈りを捧げたんだろうな。そんなふうに思えて、ちょっとせつなくなった。
ねぇ、ミィカ。わたしの未来は、どんなふうに視えているの? あなたには視えるのかな?
わたしは元の世界に帰れてる? それとも、ここで誰かと暮らしていくのかな?
――もしも未来が朧な形でも、そこに映しているのなら……夢で教えてよ、ミィカ。
そんなことを胸の中で呟きながら、そっと眼を閉じた。
ぱたり、と頭の上で窓を閉める音がする。
優しい暗闇に包まれ、わたしは眠った。
真紀ターンに戻ります。
*文中訳はこちら。
「フェリシカ マフォーラス!」
→「マフォーランドに幸いあれ!(マフォーランド万歳)」