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4-2


 天都キヨウまでは、西へ五百リール。〝リール〟っていうのは長さの単位で、なんでも馬車で丸二日かかる距離だそうだ。

 それを知ってわたしはすごく驚いたけれど、タクたちは普通って顔をしていた。電車とか車がない生活をしているから、そういうのが当たり前なのかもしれない。

 馬車の旅に慣れてないわたしを気遣って、こっちの時計の間隔で二~三時間に一回くらい休憩を取ってくれた。ただ座っているだけなのだけれど、これが意外に大変で、休憩のたびに外へ出ては体をほぐしたり散歩して気分転換をしたりする。もちろん――こっそりトイレにも行く。こういうとき、女の子って不便だ。通訳のラクエルが女の人でよかった。

――そういえば……。

 ラクエルの職業である魔法士という存在は、あまり数がいないらしい。中でも〝送心術〟という心で話しかける魔法は、産まれもった特別な力が必要で、お城の魔法士でも数人しかできないと聞いた。

 その条件に当てはまり、なおかつ女性である彼女は希少で――そんな人を探すのは、結構大変だったのではないだろうか。

――これもやっぱり、タクの心配りなのかな。

 最初にわたしを助けた義務感からか、近衛隊長という立場のせいか、タクはわたしに関してほとんどのことを手配してくれる。しかもさり気なく、不自由がない程度にきちんと。

 だから、わたしがすぐにその気遣いに気がつかないこともしばしばで。

 後から思い返して、あれ?と思ったりするのだ。お水のこと、お風呂のこと、使っていた部屋や侍女の人、着替えのことも。

――大人だなあ……。

 紳士というには見た目がごつすぎるのだけど、そのギャップがまた好ましく思える。

 正直、こんなに大切にしてくれたのは両親でもなかったかもしれない。どちらかというと娘に過保護だった両親には、我儘を言う形でしか甘えてこなかったから。こんなふうに庇護されるのは初めての経験で、くすぐったくて心地よくて――ちょっと後ろめたい。

――タクは……わたしが水門の乙女じゃないって知ったら、どんな顔するんだろう。

 やさしいから、傷つくことは決してしないとは思うけど。

 不安になる。嫌われることに。必要とされなくなることに。

 手の平を返すような人たちを今まで散々見てきてるから、知らない土地で独りにされると思うと、ものすごく恐かった。

――我儘だ、わたし。

 我儘で、どうしようもなく自分が大事な自己中心的な人間だ。

〝わたしが水門の乙女です〟

 嘘でも堂々とそう言えれば、どんなにか楽だろう。でも、そんな度胸なんてない。

 こんなんじゃ、本当に愛想を尽かされてしまっても仕方ないと思い、わたしの気持ちはまた沈んだ。休憩に止まったちっちゃい木陰の片隅で、こっそり胸に詰まった息を吐き出す。

「――リオコ?」

 こんなとき、沈んでいるわたしに声を掛けてくれるのは、彼以外にいなくて。反射的に笑顔になって、タクを振り向いた。

 わたしの乗る馬車の御者をしてくれている彼は、休憩中のコマに水をあげているところだった。本来若いながら将軍の称号をもち、さらに近衛隊長という立場の彼に御者をさせるなんて、さすがに部下の人たちが止めたみたいだけど、

『人選に頭を悩ますくらいなら、自分でしたほうが早い』

 なんていう彼流の理屈で決まったそうだ。

 ラクエルの情報によると、タクは一度言い出したら絶対に退かないタイプで、主人であるアルマン王子もときどき手を焼いているらしい。

『頑固なんです』

 送心術でラクエルが、こっそり苦笑していた。それでも、彼が皆に信頼されているのはすごくよく分かって。わたしはにこにこしながら、彼らのやり取りを眺めていた。

 ちなみに今回の旅には、そのアルマン王子も同行している。わたしの馬車の二台前の白い立派な馬車がそうだ。あとは彼の荷物用に二台。兵士の馬車が二台。なぜかわたしの荷物の馬車も一台という、全部で豪華七台編成の大行列だったりする。

 つまりコマは十四頭いるわけで、それだけいると途中の餌や水、落とし物の量も半端ではなく、なんともロマンチックというよりは牧歌的な旅路となっていた。

 コマは大人しい動物で、マフォーランドのほとんどの地域で家畜として飼育され、乗り物や荷物の運搬などに役立っているそう。

 動物は苦手だけど、ずっと見ていると長い鬣(たてがみ)の間から覗く小さな眼が愛らしくて、いつまでも草をもぐもぐ食べている姿はかなり癒し系だ。

 勇気を出して、タクの傍にいる一頭に近付いてみる。口の周りを水でびっちょり濡らして涎(よだれ)と一緒にぶるぶるされるとさすがに悲鳴をあげてしまったけど、悪気がないのが分かるから、そんなに嫌じゃなかった。

 タクに教わって、手を伸ばして首の辺りを撫でてみる。ごわごわした固い絨毯みたいな感じだ。

 胴体より色の薄い鬣はもさもさで、レゲエの人の髪の毛みたいにすだれている。これは彼らの体温調節に欠かせないもので、下手に切ったり梳かしたりしてはいけないらしい。それでも見えなくては困るので、目のところだけ短くしたり、三つ編みにしたり(これは持ち主の好みによる)するのだそうだ。

 頭のてっぺんの瘤(こぶ)がコマの特徴で、そこがものすごくブサイクなところなんだけど、ここに脂肪を溜めているんだって。駱駝みたい、かな?

 オスはもっと瘤が大きくて気性が荒いから、こういう団体行動には向いていないらしく、わたしの馬車を牽くのは二頭ともメスだ。名前はガヤとガイラ。なんでこういう名前かというと、

「ガヤ?」

「ヤ。ガーヤ!」

 タクが声をかけると、ガヤは口をもぐもぐさせながら「ガウガオホ、ガヤウッ」と返事をした。

 つまり鳴き声。すごい、タクってコマとも話ができるんだ。思わず拍手。

「わー、すごい。ガヤも偉いねぇ」

 タクが笑って、御者台に乗ってみるか、とわたしを誘った。

 ドレスの裾をつまんで車輪に足を掛け、先に上がったタクの手を借りて御者台にのぼった。ただの板だと思っていたら、背凭れ付きの小さな椅子がちゃんと二つある。二つあるのは、昔から長距離の旅は御者が交替で馬車を進ませていたから、というのはラクエルからあとで聞いた話だ。

 御者台からコマの背越しに見る景色は新鮮で、見晴らしがよくてとても気持ちがいい。出発の時間になってラクエルが呼びに来てくれたけど、お願いして、次の休憩までここに居させてもらうことにした。

『乗り心地はあまり良くないですよ?』

 でも天気もいいし、タクとは今日あんまり話してないし、中に居ても退屈だし。

『では風が強いですから、これをしっかり膝に掛けておいて下さい』

 やっぱりラクエルはお姉さんみたいな口調で、わたしに毛織のストールを持たせ、頭に薄手のショールを巻いて顎の下で結んだ。

 なんだかマッチ売りの少女みたいな情けない格好だけど、馬車が進みはじめてその理由が分かった。

――すごい風……!

 この辺りは平野で、何もないところに吹き降ろす山からの風が尋常じゃなくきつい。しかも埃っぽい。フージャイの灰まで飛んでくる。

 やっぱり素直に中に居れば良かったかな、と思ったけど、そのうちふいに風が緩くなった。気がつくとタクがマントを広げて、わたしを守るように風を遮ってくれていた。

「イェ ヴィ ラカ?」

 タクが訊いてくる。ラカっていうのは、疲れたとか辛いっていうくらいの意味。

 疲れてないか?って、御者もしながらわたしのことも気遣って、彼が一番大変そうなのに。

 わたしは首を振って、

「イェ ヴィ ラカ?」

と逆に聞いてみた。彼はわたしのビミョーなマフォーランド語に目を丸くして、

「ダンカス。ミ イェネ ラカ」

 まぶしいくらいの笑顔でそう答えた。う、そんなに下手くそだったかな。

 だけど、わたしだって頑張ってるんだよ? みんなわたしが喋れないのを知ってるから、気を遣って短い単語で話してくれるの。それをオウム返しにくり返すだけでも、少し勉強になるんだ。だってやっぱり、みんなとお喋りしたいもんね。

 英語は得意じゃなかったけど、必要に駆られたら上達するって本当みたい。すごく喋りたい。

 ここに来てからほんの半日くらいだけど、ものすごくいろんなことがあったから、それを誰かに伝えたくて仕方ないんだ。

 わたしはタクの隣で子供みたいに、あれは何?これは何?と指を差して、いろいろと質問をした。

 本当にそれだけの、まるで幼稚園生と先生みたいなやり取りだったけど、すごく楽しかった。ずっと笑っていた。埃が口の中に入るけど、そんなの気にならないくらいに。

――毎日がずっとこうだったら、ここでの生活も悪くないかもしれない。

 水門の鍵のことや、もうひとりの渡り人のことなんてすっかり忘れて、そう思った。

 きっと、これはタクのおかげ。彼はわたしのオアシスだ。

 彼のために、わたしができることって何かあるのかな。今はまだ何にもできないけど――そのうち、いつか。



お気に入り登録ありがとうございます。

文章固くてすみませぬ…読みにくかったら教えてくださいね。


*文中訳はこちら(…ぼちぼちいらないかな;)

「イェ ヴィ ラカ?」→「疲れたか?」

「ダンカス。ミ イェネ ラカ」→「ありがとう。俺は疲れてないよ」

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